2009年06月06日

「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害

足利事件で無期懲役が確定し、再審請求中の菅家利和氏が釈放されました。おめでとうございます。

 

私は同じ「冤罪(逮捕、起訴されていませんから最後のパレード事件は冤罪事件ではありませんが)」被害者として、菅家氏の「間違ったでは済まない」「絶対に許せない!」という気持ちは、実によく分かります。

 

まさに、「筆舌に尽くしがたい苦痛」を強いられるのですから。

 

冷静になり、「最後のパレード」事件を振り返ってみます。

 

足利事件は「白いものを黒」と捏造された冤罪事件でした。「最後のパレード」事件は「純白のものを黒に近いグレー」と印象づけられた読売による捏造報道事件だったのです。

 何が起きたのでしょうか。以下のストーリーをご高覧ください。

 <開始>読売中学校での出来事です。数年前の学校新聞に掲載された「修学旅行の思い出」に書かれたエピソードが、今月発行された別学年生徒が書いた「修学旅行の思い出」エピソードにそっくりであると、読売中学校関係者は読者から通報を受けました。それは、旅行先のディズニーランドでドナルドダックからとても親切にしてもらったというエピソードでした。

 学校新聞の発行者は、日曜日の夜にそのエピソードを書いた生徒の家を訪ね「盗作したのか」と聞きました。

 疑われた生徒は「盗作はしていません。一緒に行動した仲間に聞いてもらえば盗作ではないことが証明できます。」と答えました。

 しかしながら、読売中学校の学校新聞発行者は、一緒に行動した仲間に聞くことなく、翌日「小沢二郎君が数年前のエピソードを盗んだ疑惑が浮上」と大々的に新聞に書きました。読売中学校ネットニュースにも流しました。読売中学校定時校内放送でも小沢二郎君の盗作疑惑を報じました。

 疑われた小沢二郎君は「盗んだものではない」と盗作を完全否定しましたが、後の祭りでした。小沢君は「悪者」のレッテルを張られ、友人を失い、やる気も失い、「人間てなんてひどい、今度生まれかわるとしたら・・・そうだ貝になりたい。貝ならば人間にひどい目にあわされなくて済む。」と考えるようになりました。<終了>
 

では、読売はなぜ一緒に行動した仲間(サンクチュアリ出版の編集責任者)に事情を聞かず、月曜日にいきなり報道したのでしょうか。その答えは簡単です。盗用していないことが判明してしまうと、読売の「商品」である捏造記事を報道できなくなるからです。

 

読売は足利事件にかかわった警察や検察同様に、自分たちにメリットがあれば他人を不幸にしてもかまわないと考える人間の集団のようです。そうなのです。「幸福の創造」をポリシーとするディズニーランドの精神と読売の精神は正反対、180度違うのです。

 

私も菅家氏同様に「絶対に許さない!」覚悟で読売と戦っていきたいと考えています。

 

私は、政治家や有識者も読んでいるという「論談」や書籍で盗用疑惑に関する説明責任を果たし、次に、読売に「最後のパレード」が店頭から消え、私に印税も支払われなくなったこの捏造報道の説明責任を果たすよう求めていきます。

 

そして、時間はかかっても今回の「最後のパレード」事件の全容を明らかにしていきたいと思います。それは、記号論や大衆洗脳論につながっていきます。そして、私は出版や東京都議会などへの請願を経て、最終的には「マスメディアによる大衆洗脳や印象操作を防止する(したくてもできなくなる)法案」を、党派を超えて立法府へ提出できるよう動いていきたいと考えています。

 

読売の捏造報道により講演の仕事もなくなりました。社会貢献活動もしばらくは行えません。時間はたっぷりあるので、小沢問題や他の印象操作事件、そして郵政選挙で行われた大衆洗脳を調査分析し、分かりやすく解説していきたいと思います。

 

冤罪被害者である菅家利和氏や松本サリン事件で冤罪・報道被害にあった河野義行氏にもお会いし、アドバイスを頂きたいと考えてもいます。

 

最後になりますが、読売にこの言葉を贈りたいと思います。

 私たちはみな、片翼だけの天使だ。互いに抱きしめあって、初めて空を飛べるのだ。ルチアーノ・ド・クレセンゾ
 

「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害@


「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害A

 

「最後のパレード」とディズニーランドの変節@

 

「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害C

 

「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害D

 

「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害E


 「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害F

※論談投稿順、「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害Bは実在しません。