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社説

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「北の核」と日本―味方を増やす防衛論議を

 「北朝鮮のミサイル基地を攻撃する能力を持つべきだ」「米国に頼るだけの防衛でいいのか」「日本独自の早期警戒衛星を打ち上げよう」……。

 北朝鮮の核実験やミサイル発射を受けて、こんな主張が自民党ばかりか民主党内からも聞こえてくる。

 防衛大綱の見直しに絡んで、自民党国防部会の小委員会は、集団的自衛権の行使容認や武器輸出3原則の緩和などを盛り込んだ提言をまとめた。日本の防衛政策の根幹を変えようという話が、いくつも語られている。

 以前から一部にくすぶっていた意見とはいえ、隣国の核実験という機に乗じるかのように、いとも軽々と噴き出したところに危うさを覚える。

 冷静に考えてみよう。たとえば他国のミサイル基地を攻撃するといっても、単純な話ではない。

 そもそも山中などに隠されたり、移動したりするミサイルの位置をどうやって把握するのか。日本攻撃の意図は確認できるのか。たとえ憲法問題を別にしても、軍事的な非現実性は明らかだろう。抑止力の向上にもつながるまい。逆に韓国や中国が日本に身構えるのは必至で、地域の軍拡や緊張を増すことになる。

 浜田防衛相は「単なる議論ならば国民の感情をあおるだけだ。冷静に対処すべきだ」と批判している。防衛政策通の石破農水相も「まことに現実的でない」と手厳しい。当然の反応だ。

 北朝鮮の行動が極めて挑発的で、これまでの瀬戸際戦術の域を超えているのは確かだ。国連安全保障理事会を中心に国際社会が結束し、この暴走を止めなければならない。その作業がいま進行中だ。

 日本の安全をどう守るか。政治が担う最大の責任はここにある。米国との同盟を基軸にして、中国や韓国、ロシアなど近隣諸国との関係を安定させ、共存共栄の結びつきを深めていく。これが日本の安全保障の基本である。

 日本国内の突出した議論は、北朝鮮の脅威だけにあまりに目を奪われ、結果としてこの大事な連携を乱しかねないことが見えていないのではないか。

 「いざというとき、米国は本当に日本を守ってくれるのか」。そんな不信を口にする向きさえある。イラクやアフガニスタンの戦争に消耗し、北朝鮮をめぐる軍事関与に二の足を踏むのではないか、という疑念かもしれない。

 だが、だから日本独自の軍事的備えを強めよという主張は、同盟の基盤である相互信頼をひび割れさせる。同盟をいかに確かなものにするかにこそ力を集中させるべき時なのに、これでは逆行だ。

 北朝鮮の脅威が深刻であればあるほど、米国との信頼、近隣国との結束を固めるべきだ。視野の狭い、軽率な議論はいい結果を生まない。

オバマ演説―イスラムの不信をとかせ

 「アッサラーム・アライクム(あなたたちの上に平和を)」。世界中のイスラム教徒が交わすあいさつだ。

 オバマ米大統領は中東訪問を締めくくるカイロ大学での演説を、この言葉で始め、「イスラム世界との新たな始まりを求めたい」と語りかけた。

 インドネシアのイスラム社会で育った自らの幼年期を話した。イスラム系米国人の貢献をたたえ、「イスラムは米国の一部だ」と宣言した。イラク戦争は必然に迫られた戦争ではなかった、と失敗を認めた。

 「イスラムへの偏見と戦うことは米大統領の責任だ」と言い切った時、会場は大きな拍手に包まれた。率直な言葉は、きっとイスラム教徒の琴線に触れたに違いない。

 オバマ氏はさらに、イスラエルによる入植地建設の継続は正当性がないと断言し、米国での公民権運動の歴史を引きながら、パレスチナ側にも暴力の放棄を求めた。イランには、核開発の廃棄を求めつつ、前提条件なしで関係改善を呼びかけた。

 「9・11」テロ以後、米国ではイスラムとテロリズムとを一体視して排除する空気が高まった。アフガニスタン攻撃に際してブッシュ前大統領は「十字軍の戦い」と公言し、イスラム世界の反米感情の猛火に油を注いだ。

 「文明の衝突」といわれるほど深まった米国とイスラム世界との亀裂を、オバマ氏は丁寧に埋めようとしている。それは米国にとって最大の安全保障につながるからでもあろう。

 ただし、現実の世界は厳しい。米軍はイラクからの撤退を決めた。ところが、アフガニスタンではイスラム原理主義勢力タリバーンが復活し、オバマ政権による増派決定もあって、民間人を含めた犠牲者が増加し続けている。

 イスラム側には、植民地支配からグローバル経済の格差まで、常に欧米列強に支配され、虐げられてきたという思いがわだかまっている。

 そうした積年の恨みが、国際テロ組織アルカイダですら一定の共感を集める土壌となっているのだ。アルカイダのオサマ・ビンラディン容疑者は、演説前に音声声明で「オバマは米国への憎しみの新たな種をまいている」と非難したという。

 大統領は、まず1月の就任演説で「握ったこぶしを開くなら、手を差し伸べる」と呼びかけた。4月にもトルコで「米国はイスラム世界と戦争することはない」と宣言した。

 だが、幾重にも絡まり合った相互不信は、すぐに解けるものではない。イスラム世界にさらに歩み寄り、人びとの心を引き寄せなくては、中東和平もアフガンやイラクの安定も、その道は開けないだろう。

 オバマ氏にはこれから、自らの言葉を裏付ける行動が求められる。

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