第2次世界大戦前の東京の建物が、移築、保存されている東京郊外の博物館 | 4747|共感27
35561| JAPANjohn_lemon | 2008.05.28 08:11:22
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第2次世界大戦前の、東京中心部及び、東京郊外の、住宅や店舗等の建物が、移築、保存されている、野外博物館、江戸(edo)東京建物園です。東京の西の郊外の広い公園、小金井(koganei)公園内にあります。ここの野外博物館に移築、保存されている建物は、少なくとも、第2次世界大戦直前の1940年まで、建物本来の用途で、実際に使用されていた事でしょう。また、第2次世界大戦後も、日本では、戦後間も無い1950年代初めくらいまでは、新しい建物よりも、主として第2次世界大戦前に建てられた建物を、そのまま使用していました。したがって、ここの博物館の建物は、1930年代から1950年代頃までの、東京(中心部及び郊外)の住宅、お店、農家(農民の家)等の建物の姿と考えて良いでしょう。ここの野外博物館に保存されている建物は、全般的に、アニメ映画監督のMIYAZAKI HAYAOの世界観に通じる物があるので、MIYAZAKI HAYAOのアニメが好きな韓国の方には、お勧めの東京areaの観光spotの一つです。以下、この博物館の展示物の一部を紹介します。写真は、先日、この博物館に行って来た時の物です。

 

1937年に住宅地に建てられた写真館(photo studio)です。2階の写真撮影roomは、天井が高く、明かりを入れる為に、窓が大きくなっています。
写真撮影room。

 

 

 


edo時代中期(17世紀末から18世紀半ばくらい)に建てられた、農家(農民の家)です。
上の農家(農民の家)の内部の様子。

 

 

 


1925年に建てられた西洋式住宅です。写真2枚目以下は、この家の内部。

この部屋は書斎(library)? 日本の西洋式住宅は、西洋式住宅に日本伝統式の住宅を併設して建てる場合や、家の敷地内に、日本伝統式住宅と西洋式住宅の両方を立てる場合(第2次世界大戦前の日本の富裕層に多く見られた住宅形式)の西洋式住宅、別荘として使用される場合の西洋式住宅、西洋式住宅のownerが、西洋式住宅とは別に別荘として日本伝統式住宅を保有している場合の西洋式住宅等を除けば、一般的に、少なくとも一部屋は、日本伝統式の畳の部屋となっています。この家は、別荘としてでは無く、持ち主がmainに暮らす家として使われていた物であり、且つ住宅の大きさからして、別荘として日本伝統式住宅を保有する程の、ゆとりのある家庭とも思われない(第2次世界大戦前は、現在よりも、収入や資産の大きさと住宅の大きさが比例する傾向が強かった。現在の日本は、この様な傾向がそれ程強く無く、相当の資産を保有している者でも、小さくて質素な家に暮らしている様な場合が結構ある。)ですが、この様な場合の、日本の西洋式住宅としては、珍しく全部の部屋が西洋式の部屋となっています。この家は、ゆとりのある庭を持つ一戸建て住宅であった様ですが、家の建物が建てられている部分の面積は小さく、しかも、2階建てでは無い平屋建て(1階建て)なので、生活するのに必要な部屋以外に日本伝統式の部屋を設ける住宅床面積の余裕がありません。

 

居間(living room)

居間(living room)から見た食堂(dining room)。写真には写っていませんが、食堂(dining room)の奥に台所(kitchen)があります。 この家は、この他に寝室(bed room)が一つあります。寝室(bed room)が一つしか無い事から、子供が無い、夫婦が暮らしていた家なのかもしれません。

 

 




meiji時代後期(1890年代から1910年代くらい)に建てられた交番(police box)。
 
 
 
1928年に建てられた、化粧品店の建物です。
左側の建物が、1927年に建てられた文房具店の建物。右側の建物が、1927年に建てられた、花屋の建物です。地価の高い都心の商業地区に建てられた、お店の建物なので、幅のとても狭い3階建ての建物になっています。1階部分が、店となっています。2階と3階部分は、おそらく倉庫や、店の主人(owner)や従業員の休憩室として使われていた事でしょう。

 

 



これは、1926年に建てられた、傘の問屋(wholesale store)の建物です。建物の1階の正面(写真では、右下の部分)が店となっています。この建物は、店の主人(owner)の家族が暮らす住宅と、店を兼ねた建物の様です。
 
 
 
 
以下の写真は、edo時代後期(18世紀末頃から19世紀半ばくらい)に建てられた、裕福な農家(裕福な農民の家です)。
家の門。
 
 

家の外観。
 
 
以下、家の内部の様子。
 
 
Link:Miyazaki hayaoの世界観が好きな方は、合わせてこちらもどうぞ。。。
1920年代に東京郊外に建てられた田園住宅。

 

日本語:http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ptravel&page=5&nid=57088&st=writer_id&sw=john_lemon&start_range=55231&end_range=57088




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mentaikoman|05-28 09:34
日本人ですが、この場所は知らなかったです。。。。
 → john_lemon|05-28 11:57
コンパクトな敷地に種類豊富な建物が、移築、保存、展示されている野外博物館なので、見て廻り易く、楽しめる野外博物館だと思います^^。
yaka89|05-28 12:16
推薦。何故非推薦が2個も。韓国人のやきもち?
 → rna123455|05-28 18:44
ごめん. 韓国人たち中には日本という単語だけ出てきても条件反射的に発作する精神病者が多いから.
 → nisiokatuyosl3|05-28 22:11
john_lemon氏のスレッドに漂う スノッブSnob臭に 嫌悪感を感じるからでしょう www
 → john_lemon|05-28 23:00
yaka89 05-28 12:16>推薦ありがとうございます^^
 → john_lemon|05-28 23:02
nisiokatuyosl3 05-28 22:11>色々人による好みがあるので、非推薦は仕方無いと思っています。
daumko|05-28 13:39
侵略国の戦争当時建物には興味なし. 非推薦
 → zaq123|05-29 01:01
先進国は全て侵略国だよw…文化は上から下へ流れるものだ…これを侵略というのは未開国の論理
 → aassddff789|05-29 06:25
馬鹿 daumkoは華僑なの .. まだ華僑の韓国日本李癲癇作戦に移る??
 → selly2053|05-29 14:29
しかし戦争の後君逹はドイツと違うの
1964|05-28 17:49
三省堂のような建物は神田あたりでまだ見かけたような気がする。
 → cin_cin|05-28 19:00
秋葉原から神田にかけて、まだこういう建物が残っていますよ。いわゆる看板建築ですね。
 → john_lemon|05-28 23:03
都心に、たまに、この様な建物がポツンと残っていたりしますよね^^
cin_cin|05-28 19:00
15年ほど前、この近くに住んでいました。
 → john_lemon|05-28 23:05
この辺りは、まだ武蔵野の面影が残っていて、都心と比べると緑が豊富で、ゆったりしていますね^^
99yen|05-28 21:36
(≧∇≦)b ポチ
 → john_lemon|05-28 23:06
推薦ありがとうございます^^
x_zap|05-29 02:18
10年ほど前に行った時にはほとんど建物ごとに学芸員の人がいて、ずいぶんと職員が有り余ってるんだなと思いましたね。高橋是清邸ではマン・ツー・マンで説明を受けました。(建物のことだけでなく殺されたときの状況なども)
 → john_lemon|05-29 09:11
あっ、 x_zap さんが、学芸員だと思われたのは、地元のボランティアガイドです。私は、10年前には、建物には、それ程興味が無く、この博物館も知らなかったので、もしかしたら(10年前は)違うかもしれませんが、少なくとも近年に関してはそうです。地元で、街ぐるみで、この博物館を盛り上げて行くと言う、活動が旺盛な様です。高橋是清邸は、立派で、この博物館の目玉とも言える建物ですが、上の投稿の建物の中に入れると浮いてしまうので、外しました。
 → x_zap|05-29 23:10
そうですか。結構若めの人もいたので学芸員かと思いましたが。いずれにしろ古民家めぐりは楽しいですね。ここは広いのでじっくり見れば一日潰せるし。ついでにうまい蕎麦でも食って帰れば最高です。
 → john_lemon|05-30 00:03
そうですね^^ 私は、近年建物に興味を持ち始めたので、この様な場所は、とても楽しめます。
mattew|05-29 12:58
ここ行ってみたかったんです。興味深く拝見させていただきました。
 → john_lemon|05-30 00:02
ここの他に、東京郊外で、古い建物が移築、保存、展示されている野外博物館は、川崎市の生田緑地にある日本民家園がありますが、江戸東京たてもの園は、主として戦前に建てられた、東京の様々な種類の建物が集められているのに対し、日本民家園は、主として東日本と中部地方の、江戸時代に建てられた農家が展示物の中心となっています。日本民家園は、敷地が広く、緑が豊富で、四季折々の景色も美しく、見応えがありますが、(主として東日本と中部地方の、様々な形態の農家が集められているものの)展示物のほとんどが江戸時代に建てられた農家なので、建物にそこそこ興味がある方でも、後半の方になると展示物に少し飽きて来ると言った欠点があります。一方江戸東京たてもの園は、コンパクトな敷地に種類豊富な建物が、移築、保存、展示されているので、見て廻り易く、また、比較的飽きる事なく、最後まで展示物を興味深く見て廻れると言う特徴があります。両者は、あまり特徴が被っていないので、ある程度建物に興味がある方ならば、両方楽しめると思います^^..
nuppon|05-29 17:01
本来こういう趣のある建物は移設せずに東京の街に残すべきだと思うんですけどね。同潤会アパートとか旧都営住宅とか壊して新しく出来た建物見ると、がっかりする。
 → john_lemon|05-30 00:08
そうですね。本来はその様な形が理想だと思います。壊して新しく出来た建物見ると、がっかりする>東京の最近の残念な事例は、三信ビルですね。
syacho|05-29 23:08
こんな場所があったとは…ぜひ行ってみたいですね。私は神田近辺で働いていますが、神田には古い建物が結構残っていますね。しかし最近は新しいビルの建築が進んでいるので、減ってきているかも。老朽化が進んでいるから仕方ないのかも知れませんけど…
 → john_lemon|05-30 00:30
機会がありましたら、訪れて見て下さい^^ 上で紹介した建物の他に、西麻布にあった三井家の邸宅や、高橋是清邸、古い銭湯の建物等、集められている建物の種類が、本当に豊富で、飽きないと思います。江戸東京たてもの園のある小金井公園は、とても気持ちが良い公園なので、江戸東京たてもの園に行かれたついでに、小金井公園の芝生で敷物を敷いて、弁当等を食べるのもお勧めです^^
dhkdnwjstk|05-30 05:45
.<-これ縛られ
hotdog|05-30 10:53
宮崎駿監督の映画で有名になりましたね。
中国:平遥(14世紀の町並み風景) [34]
- 第2次世界大戦前の東京の建物が、移築、保存されている東京郊外の博物館 [30]
福岡ただいま‾ [14]