政府の経済財政諮問会議で財政再建をめぐる議論が始まった。財務相の諮問機関である財政制度等審議会も財政健全化目標について、新しい「物差し」の導入を打ち出しており、今月下旬に決定する「骨太の方針2009」に向け、新目標の策定が焦点となってきた。
政府はこれまで、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を11年度までに黒字化させる財政健全化目標を掲げてきた。小泉政権が06年に打ち出したものだ。しかし、景気後退による税収減や大規模な財政出動で収支が急激に悪化。与謝野馨財務相は「(目標は)到達できない」と明言していた。財政再建への道のりは一段と遠のいたとみるべきだろう。
これを踏まえ、諮問会議でも民間議員が、基礎的財政収支の達成期限について11年度から約10年間先送りする方針を示した。その上で、国内総生産(GDP)に対する国と地方の債務残高比を新たな目標に加え、歳出削減と消費税率の引き上げを着実に実施するよう求めた。
一方、財政審も与謝野財務相に提出した10年度予算編成に向けた建議(意見書)の中で、過去最大の追加経済対策で財政が「極めて危機的な状況」にあると警告。GDPに対する国・地方の債務残高比率の引き下げを新たな健全化目標の柱とするよう提案した。
債務残高対GDP比は、国債などの借金が経済規模に見合うかどうかを判断する指標だ。国・地方の長期債務残高は09年度末で816兆円に上り、GDP比は168%に達する見込み。60〜70%台の欧米に比べ、財政状況の厳しさが際立っている。
政府が新たな目標に力点を置く背景には、目標達成時期の単なる先送りでは財政運営の失敗を認めることになりかねず、目標自体の切り替えによって批判をかわそうとの思惑もありそうだ。しかし、債務残高対GDP比の引き下げは、基礎的収支の黒字化より基本的には達成が難しいとされ、歳出抑制策としても効果が疑問視されている。
財政健全化の実現には、経済成長、歳出改革、歳入改革の三つが欠かせない要件だ。諮問会議で民間議員は、10年後、5年後の二つの中長期目標を設定するよう提言している。
先が見通せない経済状況の中で、総選挙を控え消費税増税の扱いなど踏み込んだ議論ができるかどうか。実効性のある新目標を掲げ、着実な出口戦略を示すことができなければ、諮問会議の存在意義も問われよう。
栃木県足利市の保育園女児が誘拐、殺害された足利事件で、東京高検は無期懲役が確定し服役していた菅家利和さんの再審開始を認めるとの意見書を東京高裁に提出し、菅家さんを釈放した。
無実を訴え、再審を求めている受刑者を、裁判所が再審開始を決めていない段階で検察が自主的に釈放するのは極めて異例だ。しかし、物証に乏しい事件の中で唯一の切り札だったDNA鑑定が覆り、自白の信用性も揺らぐ事態になったからには当然であろう。
高検の意見書は、DNAの再鑑定結果について「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当することを争わない」とした。裁判所は速やかに再審を開始して無罪を言い渡し、本人の名誉を回復しなければならない。
突きつけられた問題がいくつかある。一つは科学捜査のあり方だ。逮捕時の1991年は、DNA鑑定による捜査の「黎明(れいめい)期」だった。現在の精度とは雲泥の差がある。
直接証拠がなく、状況証拠を積み重ねて立証するケースでは、科学鑑定がより重要度を増す。先月から始まった裁判員制度でも、迅速で分かりやすさが求められるだけに、積極的な活用が期待される。それだけに確実な鑑定でなければ裁判員の心証を誤った方向に導いて「冤罪(えんざい)」を生みかねない。科学鑑定の証明力についてより慎重な姿勢が求められよう。
「自白」の信用性についても同様だ。科学鑑定を示すことで自白の強要がなかったのかどうか。冤罪防止の観点から、取り調べの「可視化」を求める声がさらに高まるだろう。
最高検は4日、検事によるチームで、捜査段階から公判までの全過程を調査すると発表した。徹底的な検証を望みたい。
(2009年6月5日掲載)