週刊金曜日2007.3.9（645号）「佐藤優の飛耳長目１３」のタイトルだ。
「学者が余分なことを言ってしまった例」のコメント以来佐藤さんが岩下提案に対して正面から論じたものだ。「知識人がどのような姿勢で北方領土を含む領土問題に関与すべきかという点について、岩下氏と一度公共圏できちんと議論してみたい」と結んでいるが期待したい。
（以下全文コピーさせていただきました）
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●岩下明裕・北大教授の“沈黙宣言”に疑問
佐藤優の飛耳長目 １３
週刊金曜日2007.3.9（645号）
理論と実践の関係をどうとらえるかという古くて新しい問題がある。かつてマルクス主義が日本のアカデミズムに大きな影響力をもっていた時期に、理論と実践を厳しく峻別すべきであると主張したのがマルクス経済学者の宇野弘蔵だった。宇野弘蔵は『資本論』研究の第一人者で、その影響力は日本のみならず北米にも及んでいる。
宇野弘蔵は経済学で説くことができるのは恐慌の必然性であり、革命の必然性は説けないとした。裏返して言うならば、革命は実践家（革命家）が、そのときどきの国際環境や国内情勢を評価し、組織的活動によって行なわれるのである。宇野弘蔵のこのような理論と実践を峻別するという考え方に筆者は強い影響を受けた。
歴史研究においてもこのような理論と実践の峻別は重要と思う。
その関連で、最近、興味深い出来事があった。２月１５日、北海道大学スラブ研究センターの岩下明裕教授が日本記者クラブで講演を行ない、この講演を最後に、「北方領土問題関連の公での発言を少し控えるという」（２月２６日『毎日』夕刊）「少し控える」という内容がつまびらかでないが、岩下氏は「学者がすべき問題提起は十分にした。あとは実務家が団結してロシアとの交渉にあたるべきだ」（同右）と述べている由だ。
筆者は、岩下氏のこのような姿勢は政治問題に一旦関与した知識人の振るまいとして無責任と思う。
提言に伴う責任
誤解がないように強調しておくが、筆者は岩下氏の中露国境交渉、北方領土問題に対する研究については、水準も高く、外交実務家や有識者の参考になる優れた内容であると肯定的に評価している。文藝春秋が発行する『日本の論点』２００７年版の北方領土関連部分は筆者が執筆したが、参考文献に岩下氏の『北方領土間題――４でも０でも、２でもなく』（中公新書、０５年）をあげた。岩下氏がどこまで自覚しているかはわからないが、『北方領土問題』は学術啓蒙書の枠にとどまらず、政治的提言も行なっている。自ら行なった政治的提言に対しては政治的責任が伴う。岩下氏の提言を『毎日新聞』の鈴木英生記者が次のようにまとめている。
＜岩下教授の考えは「フィフティ・フィフティ」論ともいわれる。たとえば、面積最大の択捉島以外の３島を返還させるなど、日露双方の国としてのメンツ、国益、地元や旧島民の利益などを考慮した上で、「島を分け合う」政治決断で問題を解決するものだ。これを現実的な妥協線だと説く論拠は、
�� 日ソ国交正常化の過程では２プラスαで交渉をした
�� 日本が４島返還を国論にしたのは１９６０年代と遅い
�� 日本の関係者は択捉島以外の出身が多く、ロシア人は同島を中心に住んでいる
�� 旧ソ連、ロシアは一度も４島返還を正式な政策オプションにしていない
――など多岐にわたる。＞（同右）
筆者の岩下氏の言説に対する認識も鈴木氏のまとめと同じだ。外交実務家として北方領土交渉に取り組んだ経験からすると岩下氏の言説はほとんど現実に影響を与えない。鈴木氏が文節化した四点について、順に検討してみたい。
�。隠坑毅暁�の日ソ国交正常化交渉で日本側の立場にジグザグがあったのは確かだが、同年１０月の日ソ共同宣言締結後、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の返還を求めるということで日本政府の立場は一貫しているので、国交正常化前の交渉過程が外交実務交渉で意味をもつことはまずない。
�■隠坑僑闇�代に四島返還を国論にした（筆者はこの認識は間違えていると考える。日本政府の立場を国論とするならば、５６年の日ソ国交正常化以降、国論は四島返還だ）ということは、既に半世紀近くそのような要求を掲げているということであり、外交交渉では相当大きな意味をもつ。
�９垢乏禿腓鵬真予擦鵑任い燭�ということは、領土要求の本質と全く関係ない（無人島が領土係争で深刻な問題をもつことからも明らか）。
�せ幼司峇圓箸いΔ里脇�本の外交目標で、そのようなオプションがロシアから出てこないのは当たり前のことだ。
取り引きは可能か
岩下氏の意思とは全く関係ないところでこの「フィフティ・フィフティ」論を一部外務官僚が密輸入し、政策に取り入れようとした。
そのため、岩下氏は面倒な政治に巻き込まれたと感じたのであろうが、純粋な学術研究の枠を超えて、政治的提言を行なった時点で、岩下氏は政治に巻き込まれるリスクを負ったのである。この点に対する認識が岩下氏には薄いと言わざるを得ない。
筆者と岩下氏の見解が噛み合わないのは、北方領土問題の本質に関する認識が異なるからだと思う。
岩下氏にとって、北方領土問題は島の数や面積による取り引きが可能な問題である。筆者にとって北方領土問題は、「歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島は日本の領土である」という国家神話を維持するという超越的問題である。「北方四島が日本固有の領土である」という日本政府のスローガンに筆者は違和感をもつ。固有の領土と言うことならば、日本が国際約束に基づいて獲得した千島列島と南樺太（サハリン）も日本固有の領土である。太平洋戦争で、ソ連は当時有効であった日ソ中立条約に違反して日本と戦争状態に入った。ソ連との関係に限れば、太平洋戦争で日本は侵略された側なのである。しかし、敗戦国である日本は、１９５１年のサンフランシスコ平和条約で固有の領土の一部である千島列島と南樺太を放棄することを余儀なくされたのだ。そこで、固有の領土より狭い北方四島についてあくまでも日本領であるという神話を創ったのである。神話は外交交渉での取り引きの対象にならない。実はこのような論理は、ロシアの政治エリートには理解しやすいのである。
ソ連型共産主義という国家神話が崩壊した後、ロシアはユーラシアの大国という神話を創りだし、国家と国民統合の基礎にしている。むしろロシア人の論理からすれば、日本にとっての北方領土が歯舞群島、色丹島、国後島の三島に縮小するならば、逆に今後、ウルップ島を含む五島、更に全千鳥に拡大する危険性を感じる。これがロシア政治エリートの内在的論理だ。
＜今後の発言を控える背景には、「４島か２島十αか」の論争で時間を浪費するより、こうした研究（筆者注・対馬や与那国島などの国境地域の研究）に専念して返還に備えたいとの希望があるようだ。そのうえで「交渉が本格的に動き出したら、何が正しい解決か、改めてはっきり言いたいと思います」＞（同右）と岩下氏は考えているようであるが、北方領土交渉を本格的に動き出させるために岩下氏は持論の「フィフティ・・フィフティ」、「２プラスα」について語り続けるのが筋だと思う。
筆者は、「交渉が本格的に動き出したら、何が正しい解決か、改めてはっきり言いたいと思います」という岩下氏の発言に知識人の傲（おごり）を感じる。知識人がどのような姿勢で北方領土を含む領土問題に関与すべきかという点について、岩下氏と一度公共圏できちんと議論してみたい。
岩下明裕・北大教授は『北方領土問題』で昨年の大佛次郎論壇賞を受賞した。上の新聞記事は「受賞に寄せて」を寄稿した昨年12月13日『朝日新聞』夕刊。
下の新聞は沈黙を決断した理由を語った2月26日『毎日新聞』夕刊。
(写真撮影／編集部---写真はナシです)
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（参考）
こういう人たちが群がってくるから岩下氏もしばらく沈黙したくなるのでしょうね。
●吹浦忠正（ユーラシア２１研究所理事長）の新徒然草
ここに毎日新聞の岩下氏記事がある。
面積等分論に反対の理由 [2007年03月01日(木)]
●斉藤勉のウォッカ酔夢譚
「領土２等分」論の岩下教授批判をお読みくだされば。 2007/01/31 15:34
ところで、斉藤氏のブログの2007/4/13記事に、「佐藤氏に大宅賞」として以下の記述を見つけました。
わが畏友、佐藤優氏が「第３８回・大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞しました。小生も同時代を過ごしたソ連崩壊前後のモスクワ在勤時代の情報活動を描いた「自壊する帝国」（新潮社）が評価されたものです。昨夜、たまたまあるパーティーに一緒に出ていて、小生の目の前で「受賞」を知らせる佐藤氏の携帯電話が鳴り、「大宅賞を取った！！」と彼にしては珍しく全身で興奮し、本当に嬉しそうでした。皆さんもぜひ、読んでさしあげてください。
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まず、「フィフティ・フィフティ」論を密輸入した外務官僚について。岩下教授の所属する研究センターのホームページによると、ある元大使が数年前から時々同センターを訪問しているとのこと。この元大使は著書『外交官の仕事』（草思社、2005年）の中で鈴木宗男代議士や佐藤氏を暗に非難しており、現役時代の佐藤氏らにとって敵であったと思われます。この人物が「密輸入」で大きな役割を果たしたのでしょう。
次に、先住民アイヌの犠牲について。日露両国によって翻弄された「旧土人」がたどった悲惨な運命は、和田春樹『北方領土問題：歴史と未来』に詳しく述べられています。岩下教授の『北方領土間題：４でも０でも、２でもなく』は、先住民への顧慮が欠けているところが学術研究として大きな欠陥になっています（同僚に指摘されたとかで、まえがきとあとがきで後付で触れているだけ）。佐藤氏が「北方四島は日本領＝日本の国家神話」と繰り返すのも、先んじて国家の形を整えたグループが未だ国家の体をなしていないグループに何をしたかを顧慮していない点で岩下教授の主張と五十歩百歩とも言えるでしょうが、外交実務では方法的に脇へ置いておくのもやむを得ないことであり、また今さら取り上げて交渉に利用するような格好になり搾取の上塗りになるのを避ける意味もあるのかもしれません（ロシアの民族学者アルチューノフをたびたび賞賛しているのであってみれば、アイヌに関する知識も十分お持ちのはずですから）。
鈴木さんの本で名前を見たことがあるような気もしますので調べてみます。
私は岩下教授の論を初めて読んだときはついに正面からこういうことが言えるようになったのだと感激しました。４島一括返還以外は聞く耳持たないとの硬直した世論が、鈴木さん・佐藤さんがきっかけで緩んで今まで見えなかった現実的アプローチが見えてきたことの現われと思えます。佐藤さんもそれは分かっていると思います。いや領土は神話だの論は、日ロ領土交渉に徹底して突っ込んだ佐藤さんでしか言えない言葉でしょう。
先住民のことについては、今、佐藤さんが沖縄をキーに日本の南北の辺境民と国家というテーマで小学館「本の窓」で”開国・私のナショナリズム”として展開中ですね。
こんなのも：
5月17日 （木）
１４：３０〜 第13回 緊急会見フォーラム！
『スペシャル対論！！ 参議院改革！地域主義！アイヌ問題！』
■講演 鈴木宗男（衆議院議員／新党大地代表）
多原香里（新党大地副代表）
■対談 鈴木宗男＋多原香里VS佐藤優＋宮崎学
■主催 フォーラム神保町
『北方領土間題：４でも０でも、２でもなく』に関連してもう一言。この中に、国立大学教員すなわち国家公務員である著者が現地を訪問したことがはっきり書かれていて驚きました。現地主義は中ロ国境問題研究以来の岩下教授最大のメリットではありますが、これを公務員身分でありながら自国の係争地域で敢行、しかも公言するとは無防備なのか、意図的挑戦なのか、第三者にはうかがい知れないが、いずれにせよ外務省がすっ飛んでくるのも無理はない、４島返還方針への反対論者として牽制もしてやらなければならないのだろうし、と思っておりました。ですから麻生外相の３島返還容認発言はまことに意外でした。でも、実は、密輸入の用事だったようですね。いつもながら佐藤氏に教えられました。
拙著に書いているはずですが、私の北方領土渡航は、いわゆる「ビザなし」渡航です。ですから、内閣府や外務省、運動関係者の方々と一緒に渡航しています。下記のサイトをよろしければご笑覧ください。
http://src-home.slav.hokudai.ac.jp/jp/news/103/news103-essay2.html
あと河東大使の名誉のために言っておけば、河東大使は私の議論には否定的だと受け止めています。憶測でものを言われる方が多いのですが、直接、メールや手紙で正面から訊いてこられた方に対して、私はできるかぎり、真摯にお答えするようにしています。ただそれでは話をつくることができないので、本人には取材しない方が多いようです。
先住民族の件については長くなりますので、また別の機会に。
貴サイトの今後の充実を期待します。
岩下明裕拝
まさか岩下教授が弊ブログを読まれていたとは、何やら身震いがします。
私のような全くの素人が興味の赴くままに勝手に情報を集めてまとめている内容なのですが、何かのお役に立てればこんなにうれしいことはありません。
お気づきかと思いますが私は岩下先生の論議にははじめから好感を感じております。佐藤さんはおやっと思ったほどハードラインでしたが、鈴木さんは政治家としてまた異なった感覚をもっておられると思っています。公共圏での議論などできれば面白いとは思いますがそれが最終目的のためにいい方向に行くかはよく分かりませんね。（公共圏の前に私的にはお会いになっているのならいいなと思いますが）
ビザなし渡航記じっくり読ませていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。