2009年05月09日
<時の人> | 経歴はこちら>> |
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Q そうすると、菅家氏のした「自白」も誤りだったということになりますか。
そうですね。犯人と菅家さんのDNA型が一致しないということは、菅家さんは犯人ではないことを意味します。したがって、菅家さんの自白はそれだけで虚偽のものということになります。
ではなぜ、菅家さんはその日のうちに自白したのか。菅家さんは知的レベルが必ずしも高い人ではありません。DNA鑑定によって菅家さんを犯人と「確信」していた取調べ警察官は、否認を続ける菅家さんにそれを突きつけ、自白を迫ったのです。DNA鑑定という科学捜査がある、犯人の精液からお前が犯人だということが分っている、否認しても無駄だ、と言われて耐えられるでしょうか。菅家さんの自白も、実は間違ったDNA鑑定が生み出したもので、両者は不可分一体のものなのです。
Q 東京高裁は、今回のDNA鑑定の結果に基づき、再審開始を認めることになると考えていいわけですか。
論理的にはそうです。しかし足利事件の場合、菅家さんの自白は捜査段階だけでなく公判段階でもなされ、しかも一度否認に転じたのに再度公判で自白したという意味で、これまでの多くの事件と異なっています。公判廷で、裁判官の前でも自白がなされたのが足利事件です。
東京高裁は、自白の信用性について、さらに何らかの証拠調べを行ったうえで決定を下すのではないかとも考えられます。が、DNA再鑑定の結果により菅家さんの無実は明らかですので、私たちとしては、直ちに再審開始の決定を下すよう求めるつもりです。
Q ここでもう一度、事件を振り返ってみたい。佐藤弁護士は一審判決後に菅家氏の弁護人になったわけですが、どのような経緯からですか。
私と菅家さんとの出会いは、私の人生の中でもっとも運命的なものの一つではないかと思いますが、きっかけはDNA鑑定を特集した法律雑誌に私が「DNA鑑定と刑事弁護」という論文を寄稿したことでした。
菅家さんを支援する人たちがこの論文を読んで、私に控訴審の弁護を依頼してきたのです。しかし、私は一審の弁護人から菅家さんは犯人であると直接聞いていました。私は一審判決のDNA鑑定の評価には問題があると思っていたものの、菅家さんの弁護人になることにはためらいがありました。ところが、当時裁判所から選任されていた国選弁護人に電話したところ、控訴趣意書の提出期限が迫っているのに菅家さんと接見して事情を聞くことさえしていないことを知り、即座に弁護人になることを決意し、裁判所に連絡しました。私選弁護人が付けば、国選弁護人は解任されることになっていたからです。
もはや後戻りができない状態で、菅家さんと初めて東京拘置所で接見しましたが、拘置所に向かうときの不安な気持ちと、拘置所を後にしたときの晴れやかな気持ちを今でも覚えています。接見して間もなく、私は無実を確信しました。私の刑事弁護人としての感性が試された瞬間だったと今思います。以来、100回近く接見していますが、無実の確信が揺らいだことは一度もありません。
そして、事件について調べれば調べるほど、菅家さんが無実であることの証拠は見つかっても、有罪を示すものは何ひとつ見つかりませんでした。大袈裟ではなく、これだけ明白な無実の事件はないと思います。