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【2009.3.1.毎日新聞】 発言席「青年と平和」 創価学会名誉会長 池田大作
危機の打開へ若き活力を アインシュタインが精神分析の創始者フロイトに「戦争を避ける方途」を尋ねた。答えは明快であった。「人と人の間の感情と心の絆を作り上げるものは、すべて戦争を阻む」「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!(浅見昇吾 訳)。すなわち対話によって、心の温かみのある社会を建設することだ。そして文化の創造と交流である。特に良質の活字文化は絶対に護らねばならぬ平和の砦だ。
ノンフィクションライター泉流星 辻井正次理事長 辻井正次CEO
イルカ・セラピー 名誉毀損原告 浅見昇吾 浅見淳子
「子供たちの叫び
」 尾崎ミオ
ノンフィクションライター品川裕香
「イジメのプロ集団」による執拗な自閉症イジメ、差別は、私達患者や家族が自殺するまで続く。
本部 愉快犯によるたびたびの放火により改築に次ぐ改築現在の姿
2004年 「自閉症と発達障害研究の進歩」2004/Vol8 寄稿 山岸美代子
メールはこちら risco002@yahoo.co.jp
日本は言論の自由が保障されているかと思ったが実は幻想だった。
にほんブログ村に登録し、しかし何度も通報により削除されてきた。
改めて、登録しようとしたところ、6/4 21:25 本登録され、
6/5 7:02 削除された。
何と準備の良いことか。少なくとも日に100人ほどは支持してくれていたブログ。
それ程不法行為に満ちているのだろうか。
現在、花風社 浅見淳子社長と上智大学准教授 浅見昇吾の二人から名誉毀損の
民事訴訟を起こされているが、同じ訴訟は2度起こせない。
果たして一体何がにほんブログ村から、私を排除しようとしているのか。
一体何を見せたくないのか、知らせたくないのか。
何方か心ある人は、私のブログをリンクして、自閉症の子供を持つ親たちに
真実を伝えて下さい。 お願いします。
自閉症の話を始めるととたんに、ランキングが外された。(6月4日の件)
自閉症の本当の話をされるのが本当に困るらしい。
週明けにまたどこかのブログが、強制削除されそうなので、今の内に書けることを書く。
インターネットと言っても、現実社会そのもので、現実にイジメを受ける側は、
インターネットの中でもやはりイジメられる。
学校で、イジメに遭っても、級友教師一緒になって面白がってイジメる。
「アスペ」の連中も、口では「ボクは学校で苛められた」なんて言いながら、
インターネット上では、嵩(かさ)にかかってイジメに加わり、本当に楽しそうだ。
彼らの言う苛めは、私達自閉症が体験するイジメとはレベルが違う。
自閉症、自閉症の仲間は、イジメられている時点ではイジメられている事を自覚出来ないから
死ぬまでイジメられ続ける。
私のブログを書いても書いても、通報して消すのは、楽しいんだろうな。
何が楽しいか分からないが、大切にしている日記や手帳を、
大切にしているのを知っていて、焼却炉に投げ入れ喜ぶ。
「だって、焼却炉に入れただけで、火を付けて燃やすとは思わなかったモン。
中を確認しないで、燃やした人が悪くて、私は悪くないモン。」ってか?
まあ、その程度だけど、イジメるのが楽しくってしょうがないんだろう。よっぽど楽しいんだろうな。
5月2日 訴状とは別に、内容証明で通告書が来た。あぼーん店を即刻消さなければ
刑事告訴するというのだ。以前強制削除されたジオログは麻布警察署に告訴状を提出済み、
このあぼーん店も警察署に刑事告訴をする。と言うんだ。
とても善いことだ。
私が警察に逮捕され、「花風社代表 浅見淳子」の潔白が証明されれば、
北海道の田中とかいう医者や、長崎の岩永、服巻、杉山、辻井、竹田、NHKの海老沢、その他自閉症関係者は
こぞってバンザイ三唱、みんな胸を撫で下ろすだろう。
私も、10年来追求してきた真実が明かされるから、バンザイ三唱に加わる。
しかし、もし、私が8年間主張していた、「ニキリンコ」「泉流星」「花風社代表 浅見淳子」が
同一人物であったら、「花風社代表 浅見淳子」は虚偽告訴で実刑だ。
さて、この刑事事件はどう転ぶか。 結末が出る頃には、またあちこち強制削除されていて、
わたしの情報をインターネット上で見ることは出来ないと思う。
ブログが強制削除されていて、結末を知ることが出来ない人は、メール:risco002@yahoo.co.jp
に、問い合わせて下さい。
鉄格子の中に放り込まれていなければ、返事を書きます。今日現在刑事告訴の動きはありません。
「この子トールとそっくり。」
「ほんとだ。トール君自閉症ナンじゃないの」 頑固で意固地な私を家族が、からかった。
それは、昭和42年、カナー型の少年の日常を写したドキュメンタリーだ。
自閉症という言葉もこのとき初めて聞いた。日本中の人も多分初めてだったと思う。
「重い子供がいるんだから、軽い子供だっているにちがいない」私は画面を見つめ確信した。
番組では、始めは耳が聞こえないのかと思ったこと。
呼びかけても向かないが、でんでん太鼓の音にはきちんと反応すること。
小学高学年になった今でも、写真撮影の時はこちらを見ようとしないこと。
など、その特徴的な事柄について、淡々と事実だけ、よけいな推測を交えず報じていた。
(当時の作り手は、まともだったね)
実は写真撮影の時、困らせるのは私も同じ。
目玉が強い意志を持って、さらにレンズを通し巨大化してこちらを見つめるのだ。
気持ち悪いっちゃあない。
別に写真に撮られるのが嫌いなんじゃない。
あの強い目を見なければいけない事が嫌いなのだ。
もちろん、そんなことが出来ないのは、4才ぐらいまで、5才になると嫌々従うようになる。
そんな私と、その子供に家族は無意識に共通点を感じたのだろう。
我が家は、西は博多から東は札幌まで、全国の主要都市を転居して歩いた。
それに伴い、小学校3校、中学2校、高校2校、さらには中学予備校迄含めると、
高校を卒業するまで、延べ8校を転々とした。
同じ地域に住んでいたなら、高校以外はだいたい似たような顔ぶれの持ち上がりだが、
私は、実に多くの異なる同年代(延べ2000人)と机を並べた事になる。
しかし、それでも話が合う(同じような思考回路を持つ)人間に巡り合うことは無かった。
大学を5年で卒業後、就職。 転職した先で妻と出会った。
彼女も一風変わり者。何とも変わっているのは私と話が合うことだ。
付き合いだした頃、彼女が怒り出すのを覚悟してこう言った。
「ねえ、厳密に言うと、あなたは自閉症の軽いタイプだと思うよ。」
意外にも彼女は怒ることなく、それどころかほとんどの人が知らない自閉症について詳しいことに驚いた。
そして、自身のことについては、否定も肯定もする事は無く、
その後も何度か同じ話が出たが、いつも同じ態度だった。
ところが、その時蒔いた種は結婚15年後、突然芽を出す。
結婚して15年。私は鬱になっていた。
もちろん自分でうつ病だなんて自覚もないし、そのうち気も晴れると思っていた。
しかし、気が晴れる日は来ない。
異変に気付いたのは妻だった。
彼女の異常なほどの答えを求める執念は、最新の自閉症研究資料の収集にねらいを定め、
新設のクリニックになんとか診察の予約を取り付けた。勿論二人分である。
私は、私が自閉症か自閉症でないかはどうでもいいことだった。
ただ、かつて見たカナー型の子供と私は繋がっていると強く感じ続けていたのだ。
妻は、診察の予約だけでは飽きたらず、講演会などにも出席していた。
その時、ある噂を聞きつけてきた。「ニキリンコと言う自閉症で、翻訳家の女性が居るらしい」
自閉症の翻訳家と言うことには別に驚かなかったが、それで食っている話を聞いて驚いた。
自閉症でそんなに世渡りが上手く出来る人が居るんだ。
しばらくしてNHK教育テレビにんげんゆうゆうにて「ニキリンコ」が登場した。
私は驚愕した。「こんな自閉症居るわけない!」
かつて、「太鼓と少年」と言う自閉症を紹介した真面目な番組を作った、同じNHKが
こんな「偽物」をまことしやかに放送するなんて。
その後、なんとNHKの取材と女性自身の取材を一度にコーディネートをし、さらに、
NHKでは言葉より筆談の方がコミニュケーション出来ると、パソコンのディスプレーを介して
会話する一方で、女性自身の取材では大いにしゃべり、打ち上げは、小料理屋で
話は大いに盛り上がり延々4時間に渡ったと言うのだ。
妻が申し込んだ自閉症の診察は、当日嫌ならキャンセルすれば良いと考えていたが、
そこで私の考えは変わった。
こんな偽物が大手を振って歩いては、今までの自閉症の環境は一気に壊れてしまう。
それを警告出来るのは、同じ当事者しか居ないだろう。
私は、怒りの勢いで、診察日にクリニックに向かった。
そして私は、日本では数少ない専門家の診察を受けることができ、
「アスペルガー症候群」と診断された。遅れて、妻もきっちり「アスペルガー症候群」と診断された。
「軽い自閉症」の自覚があった私にとって、診断や診断名など、どうでも良いことだったが、
現実は違った。
なぜなら、アスペルガー症候群は「脳機能薬」の感受性が一般の人と違うことがある。
私は少量の抗うつ剤の適用を受け、今では安定した日常を過ごしている。
もしこれが何の知識も無い一般の精神科だったら。
生活費の苦労の上に、抗鬱薬の副作用に悩む日々であったなら、考えるだに恐ろしい。
私はこんな大人。 山岸 徹 52才 自営(2009年)
自閉症のこどもを持つ親に会うと、自己紹介の後に、必ず訳の分からない説明がされる。
「うちの子は中機能自閉症です」・・・・・「?」
「うちの子は自閉が強い広汎性発達障害です」・・「?」
「私は自閉傾向のアスペです」・・「!!!!?」
自閉症は長い間「謎の病気」であり、おおよその障害者像というものがあったが、
それは、医者個人の能力に頼り切りの「診断」であった。
だから、実際に子供の頃「自閉症」と診断され、施設に入ったかつての子供たちの中には、
今の基準で見れば、首を傾げたくなる例が時々見られる。
テレビなどで、その様子を見ていると、少ないながらも、その子なりに上手く意志を伝えてる。
身近に自閉症の子供を見ている親なら、やはり「あれっ?」と思う例もあるだろう。
1990年代に入ってからは、ずいぶん自閉症の判定基準も整備されて来たようで、
2000年以降に診断を受けた人達は、かなり精度高く「診断」を受けていると思う。
科学というのは、地道なデータを整える多くの科学者と、時々現れる突拍子もない科学者によって
進歩する。小柴先生が良い例で、小柴先生無くしてカミオカンデもニュートリノの観測も無かった。
自閉症もそうで、ローナウイングが出てきたことで、一気にあらゆる事の関連づけが証明され、
自閉症の「診断基準」が世界的に認められた。
その一部が、自閉症スペクトラムという考えであり、知能指数70を境に自閉症を2つのグループに
分けるという考えである。
つまり、知能指数70以下を「自閉症(カナー型)」
知能指数70以上を「アスペルガー症候群(アスペルガー障害)」としたのである。
これは、今後40年以上この呼び方とこの区分け方が支持され続けるだろう。
しかし、世の中、名誉欲に溢れた人間が居る。彼らはローナウイング程の実績を残せない代わりに
何とか、自分が行った事、印しを残したい欲望が満ち満ちている。
そんな時に発揮するのが、呼び方の「マイナーチェンジ」だ。
自分の影響力が及ぶ範囲であれば、「高機能」「中機能」「低機能」の分類を決めれば、
その分類に倣って多くの人がその言葉を使うようになる。
その満足感を得るために、地方地方、学派学派独特の呼び方が定着する。
極めつけが「ニキリンコ」が提唱する「自閉」。せっかく医学的に明確な診断基準が出来たにも
関わらず、それと逆行するように「自閉」という言葉だけを定着させようとやっきだ。
患者側、あるいはその家族にしてみれば、学派だの思惑などは関係ない。
とにかく、この子のために、自分の為に役に立てばそれでいい。
もし、自閉症の為に役に立てるならば、それぞれが意味が分からない呼び方をするのではなく、
単純に「自閉症(カナー型)」と「アスペルガー症候群(障害)」に分ければいいのである。
そして、その上で、個々の子供たちがどの様に違うか。或いは同じか。
きちんと診断を受けた人間のデータを、少しづつ集めていけば、
20年後には、何か分かり易いガイドブックにでもなるかもしれない。
そのかすかな希望を持って、 ブログに裁判に張り切って行こう!
なんか子供が変かな?そう思っていたら、病院へ行くのを勧められ、自閉症の診断を受けた。
確かに、ショックはあるだろう。どうして善いか分からないかもしれない。
しかし、日々子供は育つ。
我が家のすぐ近くの家では、ネットの情報など漁らず、特別本を探し歩くこともせず、
ひたすら他の姉弟と分け隔てなく育てるだけで、伸び伸び育った自閉症の女の子も居る。
情報が有るから善いと言うことは無く、情報が有りすぎると言う場合もある。
多分、子育てには「正解」など無いのだろう。子育てもあなたの人生の一部なのだ。
子育てが全てでは無い。
しかし、不安に震える母親には、この本を先ず勧める。
この本は、あくまで子育ての途中経過であり、成功体験の報告ではない。
子育てが成功したかどうか。それはその子供が寿命を全うしたときに、ようやく分かるかもしれない
答えのない事だと私は思う。
昭和42年、NHKのドキュメンタリー「太鼓と少年」を見て、自閉症に取り憑かれた。
彼と私は、ほぼ同い年。彼は今どうしているだろう。生きているだろうか。
以来、自閉症の事を考えていた。
「自閉症ってなに?」・・「カナー型とかなんとかいうやつでしょう?」
それは、単語だ。説明になっていない。
知ったかぶりの奴に歴史を聞いた時の様に、物知り顔の主婦に、詳しく話を聞こうとした時の様に、
仕事が出来ないヤツに仕事の説明を聞いた時の様に、
誰に自閉症の事を聞いても、聞けば聞くほど分からなくなった。
しかし、世の中偉い人が居る。ローナ・ウイング
だ。
1970年からこつこつとデータを集め、ついに自閉症の「自閉症」という概念化に成功した。
L.Wing(1988)'The continuum of autistic characteristics',in E.Schopler and G.B.Mesibov(eds),
Diagnosis and Assessment(New York:Plenum Press)
1988年のこの発表をきっかけに、幾つもの論文が発表され、関連が付き、自閉症を的確に
捉えられるようになった。
私が、どんなに求めても、得られなかった「自閉症」のヒント。
日本人に聞いて分からなかったことが、多くの英米の医者、本当の科学者の研究が翻訳され
直接読むことが出来るようになって、ようやく「自閉症」の大まかな形が具体的に分かるようになった。
真理に目を向けている本は、どの本も同じ事、つまり「自閉症」について語っている。
ところが、その切り口は微妙に違い、言葉(表現)がまた微妙に違い、
実物(私の妻)を観察して考え、私を観察して貰い、その様子を聞いてまた考える。
途中、自身、或いは妻のアスペルガー症候群としての診断もあり、さらに肉付けがされ、
ようやく、なんとか言葉にして説明出来るようになってきた。
私が、知り、私が得た一部ですが、自閉症の事を少しでも知りたい人へ、
私が呆けない内に、私と、妻と、さらにここで参加する仲間と共に、書き残して行こう。
なんだか、ブログが10日以上続いただけで、自動車の販売セールでもやりそうな勢い。
なんたって、4月6日から、通報、削除、通報削除の繰り返し。4月6日に通報されたブログが45日振りに再公開
された当日には、また通報削除。
大体、ヤフー側が通報に従って、大幅削除したにも関わらず、ほとんど追加記事も書いてないのに半日保たない。
不思議な話だよな。待ってましたとばかりの通報だもんな。
4月の通報の時もそうだったけど、裁判ネタを書いている内は削除されないんだ。ここから情報を取ってるんだろうな。
みんな自閉症の子供を持っていたり、自閉症の子供に関わっている人たちだろうから、少しでも役にたつならと、
頭を絞って自閉症のネタを書き出すと、3日保たず、ランキング外しや、通報削除が始まるんだ。
だから、裁判ネタばかりで申し訳ないなと思いながらも、気持ちを自閉症の内面に移行させると、
削除されるから、なかなか頭の切り替えが出来ないんだよ。
でも、今日は31日。来月からは6月。裁判開始の月で、1日は月曜。なんかいいことあるかな。きっとあるよ。
私達には、本当にいいことがあるし、浅見淳子、上智大学教授浅見昇吾 は、もう嘘吐き続けなくていいんだから
彼らにとってもいいことだと思うんだけど、嘘を吐いてもお金が儲かった方がいいのかな。
それにしても、浅見夫婦はお金持ちなんだな。
他人の事だから真剣に考えてなかったけど、今回の事件の弁護士の着手金だけでも、109万円。
その他文書も書いているし、裁判資料は膨大だ。別途文書費もかかっていそう。印紙代だけでも8万円だろ?
それに裁判に勝ったら、報奨金はいくらになる?凄いね。余程自信と確信に満ち満ちているんだろうな。
被告山岸徹(私の事ね)は 「ニキ・リンコは実在しない偽物の自閉症者であり、
健常者で実在する花風社の浅見淳子が商売のためにでっち上げた架空の人物であって、
浅見淳子がニキ・リンコを装っている。」 とする荒唐無稽かつ明らかに虚偽の主張を繰り返している。
まさしく、私は上に書いた通りの事を主張している。
それを、浅見淳子浅見昇吾 夫婦は、「荒唐無稽かつ明らかに虚偽である」ことを証明してくれるんだ。
誰かが、アドバイスしてくれた様に、私達も彼らに、パスポートの提示を求めている。きっと裁判は簡単に終わるだろう。
お楽しみは、その後なんだ。 お楽しみに。
長崎の岩永先生は「善意の第三者」かと思っていたら、なんだ、花風社とのビジネスパートナーなんだ。
花風社から、色々本を出していて、この5月にも新刊を発売したばかり。
花風社 浅見淳子の名誉のためなら、証言ぐらいするな。
と、言うことで、自閉症の関係者は、自閉症というテーマで繋がっているのかと思ったら、
いつの間にか、浅見淳子と「ニキリンコ」「泉流星」を中心とした、ビジネスパートナーとして
しっかり繋がり合うことになるんだね。
そうなると、利益関係者ということで、かなりその責任は大きくなる。
第一回口頭弁論が近づいているけど、この後、戦線が拡大するかもしれないな。 結構大変。乞うご期待。
今回の裁判はこう言うことだ。名誉毀損ならままある話だ。
特に文化人や、芸能人などマスコミに出ている人たちは、名誉は重要だ。
その場合、名誉毀損訴訟で訴訟金額 1円 とか、100円 と、謝罪広告なんて組み合わせが多いな。
今回は、名誉毀損だ ついては、2000万円損害を被ったから、金払えという裁判なんだ。やっぱり金か。
上智大学准教授浅見昇吾の分が、800万円。浅見淳子の分が1200万円だというんだ。
准教授といえば、年収1000万円を越すんだろう?その浅見昇吾先生が800万円だ。
1200万円を要求する浅見淳子は一体いくらの収入があるんだ。
おおよそ、浅見昇吾の1.5倍と考えると年収1500万円。社員数人の小企業の社長の年収が1500万円とは、
この不景気の中、大田区でも見あたらないんじゃないかな。
まして、出版不況と言ってるご時世。凄い年収だよね。
花風社って、そんなに儲かっているのか。自閉症商売というのはそんなに儲かるモノなのか。
どうりで、電話は鳴りっぱなしで、数人の社員がひっきりなしに電話を取ってる。
これは、聞いた人しか分からないが、まるで通販のコールセンターみたいに、電話が引きも切らず鳴りっぱなし。
本当に凄い活気なんだ。ただ、電話に出る名前は、花風社以外の聞いたことのない名前だから、
いろんな名義で、いろんな商売をして、とにかく金儲けが上手い人なんだろうな。本当に凄いんだから。
その人が、自閉症に目を付けたんだから、やりようによっては、本当に儲かる商売って事だ。凄いね。
まあ、お金が無い私達は、この裁判のことは、もうある程度の目安を付けて、その先どうやるかに話は移っている。
さあ、どう進めるか。
もし、この話に興味があって、手弁当でも協力してくれる弁護士さんがいれば、是非連絡下さい。大いに歓迎します。
私達機械を設計する技術屋にしても、営業マンにしても、仕事をするとき「保険」を掛ける。
この保険と言うのは、一般的に言う保険ではなく、別の選択肢を用意しておくと言うことだ。
人間の予測には限りがあるが、それでも、この設計の、この部分が上手く行かなかったとき、どうするか。
ここで、お客さんにアピールして、それが聞き入られなかったらどうするか。
常にもう一つの選択肢を頭に入れながら、仕事を進める。
実際には、もう一つの選択肢を準備した部分は、注意しているし、よく考え込んでいるから、ほとんどの場合上手く行く。
失敗するのは、まさか、こんな事で失敗するとはと思うような、考えも付かない所で躓くんだ。
今回の裁判で考えてみるとこうなる。
被告山岸徹は 「ニキ・リンコは実在しない偽物の自閉症者であり、健常者で実在する花風社の浅見淳子が商売のためにでっち上げた架空の人物であって、浅見淳子がニキ・リンコを装っている。」とする荒唐無稽かつ明らかに虚偽の主張を繰り返している。
事実、私の主張は今も変わらないし、原告側の主張も変わらない。では結果はどうなる。選択肢は2つしかない。
1.原告 浅見淳子 上智大学准教授浅見昇吾 側の全面勝訴 2000万円を手にしてホクホク。
2.被告 山岸徹の主張が認められ、 原告敗訴。(訴訟無効)
1.の結果が出た場合、原告と被告以外の人たちは、「ああそうだったか」程度の影響しかない。まあ無関係だ。
2.の結果が出た場合どうだ。 今まで「ニキリンコこそ自閉症のサンプルモデルです。」「自閉症の代表です」
と言ってきた人たちは、多少なりとも影響がでるだろう。いや、大いに関係ありだな。
だって、この場合、「ニキリンコは自閉症を騙った詐欺行為」であったことを認定されるんだ。
ニキリンコを持ち上げてきた人たちは、詐欺の片棒を担がされた事になる。あまり関わらなかった人はいい。
例えば、長崎大学の岩永先生になると、裁判の重要証拠「甲 3号証」に署名捺印している。
この責任は、自動的に降りかかってくる。
ニキリンコと一緒になって、セミナーを開催し、多くの父母を集め、集金、そしてニキリンコを正当化するのに協力したことになる。
「善意の第三者」(つまり、岩永先生も騙された一人)であるなら、別の意見つまり、ここでは私の話、が出た時点で、
「あれっ、ちょっとまてよ」と別の選択肢も考え、中立の立場を取るのが、成熟した社会人だ。
電話をした限りでは、岩永先生の態度は、1.の選択肢しか考えていない態度だった。
今、別のルートで接触を試みているが、果たして、彼はどんな態度をとるのか。他の自閉症関係者と同じで、
1.の選択肢しか持たない人なのか。
いや~自閉症関係者は、不思議な人が多いな。