2009年05月09日
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犯罪捜査に活用されているDNA鑑定をめぐり、近く裁判所の歴史的な判断が下されそうだ。19年前、栃木県足利市で起きた女児殺害事件。警察は「DNA型の一致」を決め手に幼稚園バス運転手(62)を逮捕した。裁判で無期懲役が確定したが、再審請求の審理の中で、実は「DNA型は不一致」の可能性が高いことが判明し、5月8日、それを示す鑑定書が裁判所に提出されたのだ。二審から被告の無実を主張し弁護に当たってきた佐藤博史弁護士に、インタビューした。(あらたにす編集部・丸山伸一)
足利事件とは、1990年5月12日(土)に栃木県足利市内のパチンコ店で4歳の幼女(松田真実ちゃん)が行方不明になり、翌13日、近くの渡良瀬川の河川敷で死体となって発見されたわいせつ目的誘拐、殺人、死体遺棄事件である。
捜査は難航したが、DNA鑑定が決め手となって、およそ1年半後の91年12月1日、菅家利和氏(当時45歳)が任意同行され、その日のうちに自白して、翌2日未明に逮捕された。
菅家氏は、以後捜査段階だけでなく、公判段階でも自白を維持し、途中公判で否認に転じたものの、すぐに再び自白して結審し、結審後再び否認に転じたが、2週間後の93年7月7日に、宇都宮地裁で無期懲役の判決を受けた。
Q 菅家氏の公判供述が二転三転していますが、一審段階で、菅家氏は無実ではないかと考える人はいなかったのですか。
ええ、ほとんどいませんでしたね。それは菅家さんが任意同行された初日に自白したこと、以後、捜査段階でも自白を維持したことだけでなく、公判廷でも認めたこと、一旦否認に転じたもののすぐに自白した経緯からです。それに菅家さんが本格的に否認に転じたのに、すぐに結審して2週間後に判決日が指定されたということは、裁判所が菅家さんを有罪と決め込んでいたことを意味しますが、そのことについてもおかしいと思った人はいなかったのです。
私は控訴審の段階から弁護人になりましたが、一審の弁護士から「菅家さんは犯人である」と聞いていましたので、弁護人になったときは半信半疑でした。しかし、東京拘置所で菅家さんに初めて接見したとき、「犯人ではない。菅家さんは無実だ」とすぐに思いました。
それからもう15年になりますが、以来無罪の確信が揺らいだことは一度もありません。
Q そのことはあとでお聞きしたいと思います。まずは、きょう(5月8日)、検察・弁護側双方から再審請求・即時抗告審の東京高裁に提出されたDNA再鑑定書のことですが、そもそも高裁が再鑑定を命じる(2008年12月)決断をしたのはなぜだと思いますか。
東京高裁の3人の裁判官が決められたことなので、理由は私には分かりません。あくまでも私の観測ですが、マスコミの影響も大きかったのではないかと思います。再審請求の一審にあたる宇都宮地裁は、昨年の2月13日に請求を棄却しましたが、DNA鑑定の再鑑定を命じることもせず、菅家さんと犯人のDNA型が違う可能性を示した弁護側のDNA鑑定について、資料となった毛髪が菅家さんのものかどうか分からないから証拠価値がないと、いわば門前払いしたのです。
これについて、ほとんどのマスコミが「それはおかしい。何故DNA再鑑定をしないのか」と批判したんですね。
また、アメリカではDNA鑑定が可能な場合は被告人や元被告人にDNA鑑定を受ける権利を認め、実際に200人以上の人の無実が証明されていますが、今回、DNA再鑑定を命じた東京高裁の裁判長は田中康郎裁判官で、アメリカの制度に明るい方だったことから、そのことも影響したのではないかという人もいます。
Q 今回明らかになったDNA再鑑定の結果について,分かりやすく説明して下さい。
今回の再鑑定は、犯人の精液が付着した真実ちゃんの半袖下着の遺留精液と菅家さんの血液を用いて、弁護人推薦と検察官推薦の2人の鑑定人によって行われましたが、結論からいえば、両鑑定とも、犯人と菅家さんのDNA型は一致しないというものです。
その理由は半袖下着から犯人の精液に由来すると考えられる男性のDNA資料が得られたが、そのDNA型は菅家さんの型と一致しないというものです。
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