【提言】高音質・音楽配信サービスがもたらす“おいしい革命”

text/山之内正
 

ディスクの限界を超えるマスター・クオリティ音源が楽しめる“高音質・音楽配信”の世界

パソコンや携帯電話を利用して音楽ファイルをダウンロード購入する音楽配信サービスの利用者は着実に増えている。すでに便利に使っている読者は「なにを今さら!」と思うかもしれないが、その一方で、音楽はやはりディスクで聴きたいという音楽ファンも少なくないと思う。

山之内氏は08年秋にLINNのネットワークオーディオプレーヤー「KLIMAX DS」を導入。HQダウンロードソースの再生リファレンス環境を構築している

ディスクにこだわる理由は人それぞれだと思うが、なかでも「ディスクの方が音がいい」という理由はいまも根強く、音楽配信との最大の違いと考えているリスナーもいるようだ。たしかに、現在普及している音楽配信サービスの大半は携帯電話、パソコン、デジタルオーディオプレーヤー(DAP)が再生機器の主役で、ダウンロードを簡便にするために音楽ファイルを大幅に圧縮するから、音質劣化が避けられない。以前より少しは良くなったとはいえ、音質に不満を感じる、あるいはそれ以前の問題ととらえる音楽ファンがいても不思議ではない。ジャズやクラシックの配信音源が少ないという事実とも関係があるのだが、音にこだわる人が多いジャンルほど、音楽配信に魅力を感じないと考える人が目立つのである。

最近、そんな状況に少しずつ変化が起こりつつある。便利さを最優先した既存の音楽配信サービスとは対極のアプローチ、つまり音質を最優先する「高音質・音楽配信サービス」がスタートし、熱心な音楽ファンの間で注目を集め始めているのだ。「配信だからこそ最高の音質を追求する」という、まさに従来の音楽配信とは対極のコンセプトを掲げているので、使い勝手や音楽ジャンルも対照的な面がある。

まず、非圧縮や可逆圧縮(ロスレスコーデック)のデータ形式で音楽ファイルを販売するため、ダウンロードにはそれなりの時間がかかる。また、用意されている音源はジャズやクラシックが中心で、ポピュラー系のソースは数が限られるといった具合に、すべて反対の方向を向いていることが特徴だ。

再生機器も従来の配信サービスとはまったく異なるシステムを想定し、家庭のハイファイシステムで再生する音楽ファンやオーディオファンを最初からターゲットに絞り込んでいる。LAN(ローカルエリアネットワーク)に接続した外部ストレージ(メディアサーバー)から音楽ファイルを供給し、同じネットワークに接続したメディアプレーヤーで再生するLINNのDSシステムが、そうしたハイファイ再生システムの代表である。同様な機能を実現するメディアプレーヤーは他のメーカーからもいくつか登場し始めており、新しい形態のソース機器として注目を集めている。

 

“DRMフリー”がデジタル音楽再生の可能性を広げる

ここで、高音質・音楽配信サービスの具体例を紹介しておこう。英国ではリンのソフト部門である「リンレコード」、ドイツではクラシックの名門レーベル「ドイツグラモフォン」、米国ではチェスキーレコードが手がける「HDtracks」などが相次いで高音質音楽ファイルの配信をスタートさせ、日本ではクリプトンの「HQM」が6月下旬に配信を開始するという具合に、世界各地で同様なサービスは着実に増えている。HQMはクラシックの老舗レーベル「カメラータ・トウキョウ」の音源を提供することが決まっている。

ここで紹介した4つのサイトの配信システムにはいくつかの共通点がある。特に、コーデックにロスレスのFLAC形式を使用していることと、バックアップやデータの移動が可能なDRMフリー仕様で提供されることが重要なポイントだ。

FLACは音質劣化のないロスレスコーデックのなかでは特に音質と効率(ファイルのサイズ)のバランスが優れていることから、急速に採用例が増えている。LINNのDSをはじめとしてデコードに対応する機種が多いことも利点の一つだが、対応するサンプリング周波数は機器によって上限が異なるので注意が必要だ。

A&Vフェスタ2009に出展したクリプトンのブース(写真)で発表された、同社の高音質音楽配信サービス「HQM」。山之内氏はサービスインよりも一足早く、カメラータ・トウキョウの製作による高音質ソースを試聴しているが、そのポテンシャルをとても高く評価していると語る FLAC(Free Lossless Audio Codec)は可逆圧縮方式を採用し、元の音声データから音質劣化がないオープンソースのフォーマットとして注目を浴びている

音楽ファイルがバックアップに対応することは、家庭内ネットワークを使用するストリーミングオーディオでは特に重要なポイントだ。NASと呼ばれるネットワーク接続ストレージにデータを保存する場合、ストレージに万一トラブルが発生すると音楽ファイルが失われ、再生できなくなってしまうからだ。DRMフリーであれば、パソコンの内蔵ドライブから外付けのストレージにデータを移動することができ、再生時にパソコンを起動する必要がなくなるというメリットもある。著作権対策は各サイトで方法が異なるが、前述のHQMは電子透かし方式の採用を検討している。

ユーザーが所有するストレージに音楽ファイルをダウンロードする音楽配信とは別に、リアルタイム&オンラインでストリーミング再生を行うサービスにも注目すべき動きがある。高音質音楽配信に比べると音質に制約があるものの、データベースとしての利便性や即時性など、既存の音楽配信とも異なる新しいメリットがある。人気の高いサービスを2つ紹介しておこう。

2009年1月からスタートしたベルリンフィルの「デジタル・コンサートホール」は、ベルリンのフィルハーモニーホールで行われる定期演奏会をインターネットで生中継し、コンサート終了後もアーカイブから何度でも再生できるという画期的なプログラムで、シーズン会員と1回ごとの購入の両方に対応している。映像はハイビジョン、音声はステレオで、回線速度に応じて3つのストリームが用意され、大画面テレビでコンサートさながらの臨場感が味わえるため、人気が高い。

すでにスタートから数年を経た「ナクソス・ミュージック・ライブラリ」は、クラシックを中心に多数のレーベルが参加し、デジタル化した音源を契約ユーザーが自由自在に再生できる定額制のシステムだ。新譜の内容を確認したり、資料として利用するなど、様々な用途があり、情報通のクラシックファンの間ではおなじみの存在だ。

「デジタルコンサートホール」はHD映像+CD相当の高音質でベルリンフィルの演奏が生中継で楽しめるストリーミングサービス
http://dch.berliner-philharmoniker.de/
「ナクソス・ミュージック・ライブラリ」はクラシック音楽を中心にCD約32,000枚の音楽をデータベース化。会員参加することで自由に再生して楽しめる
http://ml.naxos.jp/
 
 
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