米同時多発テロ(01年9月)の直後、ブッシュ米大統領(当時)は「十字軍の戦い」という表現で軍事的対応を示唆した。11~13世紀を中心に十字軍と戦ったイスラム世界は今も「十字」という言葉を嫌い、赤十字を赤新月と言い換えたりする。大統領の不用意な一言が、その後のアフガニスタン攻撃やイラク戦争に「反イスラム」的な印象を与えてしまったことは否定できまい。
これがただ一度の舌禍ならともかく、ブッシュ政権の施策にはイスラム急進派ばかりか穏健イスラム教徒も反発し、米国とイスラム世界の関係はかつてないほど冷え込んだ。
こうした経緯を思えば、オバマ大統領が米国とイスラム世界の「新たな始まり」をうたう演説をしたのは画期的である。カイロ大学やイスラムの総本山とされるアズハルが協力した演説で、オバマ大統領はイスラムと米国は決して戦わないと明言した。イスラムは米国の一部をなすという注目すべき歴史観も示した。
ブッシュ政権の「テロとの戦争」にもイスラム教徒との相互理解は必要だった。テロは無論、非難されるべきだが、中東に広がる草の根的な反米感情を放置すればテロ根絶は難しい。米国の超党派の識者たちがパレスチナ和平への取り組みを強く求めたのは、そうした現状認識からだろう。しかし、ブッシュ政権は積極的に対処しようとはしなかった。
演説でオバマ大統領は、パレスチナ、イスラエル双方の苦しみに言及し、パレスチナ国家樹立とイスラエルの安全を基礎とする「2国家共存」構想を支持した。具体的な提言はしなかったが、イスラム急進派のハマスを含むパレスチナ人に暴力放棄を求める一方で、イスラエルによるユダヤ人入植地建設を批判した。さらに同国の攻撃を受けたガザの「人道危機」を強く憂慮したのは、「イスラエル一辺倒」ともいわれたブッシュ政権との違いだろう。
米国はイスラエルと強固な同盟関係にある半面、「人道」を外交の金看板として中東和平の「仲介者」を自任してきた経緯もある。オバマ政権はパレスチナ情勢の打開に積極的に動いてほしい。
不透明な核開発を続けるイランに対してオバマ大統領は、無条件の対話に応じる用意を表明した。また他国に特定の政治形態を押しつけるべきでないと述べたのは、ブッシュ政権の「中東民主化」構想や「レジームチェンジ(体制転換)」論と決別して融和に踏み出したことを示していよう。
だが、米国への信頼を回復できなければ、どんな中東政策も絵にかいたモチに終わるだろう。「核なき世界」に言及したプラハでの演説同様、大統領の実行力が問われている。
毎日新聞 2009年6月5日 0時04分