移動理美容車内で髪を短かくしてもらう真子正久さん

移動理美容車内で髪を短かくしてもらう真子正久さん

 田んぼに囲まれた校庭に赤トンボが舞う。九州最大の繁華街、福岡市中央区天神から南西にわずか10キロ。同市早良区の脇山小学校は、稲刈りを終えたばかりの田園風景に溶け込んでいる。

 「都心に近い田舎暮らしはいかが-」。脇山小校区で空き家見学ツアーが行われたのは、昨年11月だった。市街地に住む団塊世代などの応募が殺到。定員23人に対し、5倍の114人。主催した市は大型バス、大型タクシーを急きょ手配して定員を増やした。

 参加者62人は校区の空き家4軒を見て回った。昼食の弁当のおかずは脇山で採れたシイタケ、タケノコの煮付け。田舎料理の腕を振るった地元住民と参加者の会話も弾んだ。30代の女性は「脇山の歴史や文化も理解できた。実際に住むのにも、とても安心できました」とアンケートに書き込んだ。

 同じ校区内なのに、ツアーに組み込まれなかった地域があった。脇山小から、さらに11キロ南の板屋集落。町内会長の真子(まこ)キミヨ(69)は市の担当者の言葉が忘れられない。

 「板屋はちょっと遠かですもんね」

   ☆   ☆

 「1カーブ」「2カーブ」「3カーブ」…。

 脊振山頂に通じる山道に不思議な標識が立っている。計33カ所のカーブごとに市が設置しており、ふもとから何カ所目なのかが、ひと目で分かる。

 最後の「33カーブ」を過ぎると、板屋集落にたどり着く。福岡・佐賀県境に近く、標高は約600メートル。19世帯31人が暮らし、その8割近くが65歳以上。ほとんどが「真子」姓である。

 1977年完成の脊振ダム建設に伴い、集落の一部が水没。板屋を離れる住民が相次ぎ、人口が減った。60年代は児童数が30人を超えた脇山小板屋分校は79年に廃校となり、106年の歴史に幕を閉じた。

 今、米を作る農家は2家族。その1人、真子美津子(73)も、なかなか体がついてこない。週末、マンションが立ち並ぶ福岡市南区大橋から長男が農作業の手伝いに来る。ダイコンやハクサイも作るが、週2回も出荷できればいいほうだ。市場に毎日届けてくれる働き盛りが集落にはいない。

    ☆   ☆

 板屋集落の中心部にある知的障害者更生施設「板屋学園」。近くに住む真子正久(82)は、施設に月一度やって来る「移動理美容車」を利用して1年になる。

 「短こう摘んどいてください」。正久は理容師の女性に注文した。短く切っておけば、散髪の回数を減らせる。4、5センチに伸びていた銀髪は、バリカンですっきり刈り込まれた。

 昨秋まで、板屋からバスを乗り継ぎ、さらに20分歩いて、福岡県那珂川町の理髪店に通っていた。「ここなら(山から)下に行かんでいいけん本当に助かる」。施設で散髪をする板屋の住民は5人に増えた。

 毎年秋にある集落の消防訓練。今年は施設から職員8人、やはり集落にある市立背振少年自然の家の職員10人が参加した。地元住民は5人。「もう消防ポンプやら扱いきらん」。ホースを抱えた若手職員を見守る真子ヒサヨ(80)は、そうつぶやいた。

 施設の事務室に腰の曲がった女性が現れた。「きょう那珂川まで下りる車はないやろか」。病院への送り迎え、電球の交換、食料品の買い出し…。お年寄りの頼みごとが絶えない。 (敬称略)

    ×      ×

 ふるさと再生への取り組みなどの情報を「わたしたちの九州」取材班までお寄せください。ファクス=092(711)6242。メールアドレス=tiiki@nishinippon.co.jp

=2007/10/10付 西日本新聞朝刊=