幼少期から長年性的虐待を受け続けたとして、県内の20代の姉妹2人が、いすみ市に住む親せきの男性に慰謝料など計1000万円の損害賠償を求める訴訟を起こしていたことが分かった。両親に虐待を打ち明けた時点で被害から数年が経過し、公訴時効で強制わいせつ罪に問うのが困難なため、事実の解明と補償を求めて民事提訴に踏み切ったという。原告代理人の守屋典子弁護士によると、こうしたケースはきわめて珍しい。【中川聡子】
訴状などによると、男性は姉妹の父方の親せきで、当時は姉妹の両親と互いに家を訪ね合う関係だった。虐待が始まったのは9歳ごろ。姉妹はそれぞれ、男性の自宅などで胸を触られたり、下着の中に手を入れられるなどのわいせつ行為を受けた。姉は20歳ごろ、妹は16歳ごろまで虐待を受け続け、誰にも言えなかったという。
2人のうち精神的に安定していた妹は、07年3月に被害を母親に告白。母親を通じて妹の被害を知った姉も被害を認めた。男性は両親との話し合いで一度は事実を認め、確認書も作った。だが、その後「意図的に触っていない。確認書は不本意」と主張を翻し、姉妹は提訴に踏み切った。
姉妹とも幼少期に不登校になったり進学を断念するなど精神的に不安定な状態が続き、今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療で通院しているという。
初めての口頭弁論は2日、千葉地裁一宮支部で開かれた。被告側は「偶然、洋服の上から触ったことはあったかもしれないが、わいせつ行為は全く行っていない」と争う構えだが、代理人の弁護士は取材に対し「答えることはできない」とコメントした。
守屋弁護士は「民事も時効があり提訴は難しいが、今回は被告本人が2年前にサインした確認書があるため可能になった非常に珍しいケース。幼少期の性的虐待は本人が理解できず、解決手段もないのが当然で、法的な時効の起算点を見直すべきだ」と話す。強制わいせつ罪の公訴時効は、05年の刑法改正で5年から7年に延長されたが、姉妹の被害は05年以前で大部分が時効にかかっている。
岩波新書「子どもへの性的虐待」の著者で、虐待問題の実態に詳しい森田ゆり・エンパワメント・センター代表は、今回の民事訴訟の背景について次のように分析している。
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幼少期の性的虐待の影響は甚大だ。自尊感情が損なわれ、非行に走ったり、うつ病を患うなど深刻な影響をもたらす。母親になってから我が子を虐待してしまうケースも多い。子どもへの性的虐待は大多数が身近な男性によるもの。周囲に被害を告白できず、誰にも気付いてもらえないということが、さらに傷を深くする。
だが、性的虐待の深刻さへの認識は日本では低い。近親者の加害者に接近禁止命令を出す法律も未整備で、国の被害者支援への取り組みも不十分だ。専門家による虐待の証拠集めや被害者への面接が制度化されておらず、子どもが被害を訴えても児童相談所や警察が適切に介入できないケースが多い。
こうした事情もあり、刑事告訴や民事訴訟を通じて被害が社会的に認知される件数は、実際の発生件数に比べればごくわずかだ。姉妹は今回の提訴を通じて、心的外傷から回復していくことを目指しているのではないか。
刑事手続きには時効の壁もある。性的虐待への米国の取り組みに注目すべきだ。80年代の法改正で、幼少期の虐待を成人してから訴えたり、心理的被害が虐待に起因することが分かった時点を時効の起算点にできるようになった。(談)
毎日新聞 2009年6月3日 地方版