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特集ワイド:「友愛」探せば町に生きていた 地名・店名・労組用語・そしてその裏

 民主党の鳩山由紀夫代表が「友愛」と言うたび、茶だんすの奥から硬くなったようかんを出されたような気がする。こんな危機の時代に友愛でもないだろう、と。でも待てよ。我々が薄汚れているのかもしれない。友愛を探しに街に出た。【國枝すみれ】

 困った時は電話帳だ。友愛玩具、友愛運輸、友愛セレモニー(葬儀会社)、友愛病院、友愛接骨院--。

 仙台市泉区には友愛町があった。昭和50年代に造成された友愛団地が名前の由来らしい。団地を造成した日本勤労者住宅協会の関係者をたどると「労働金庫が作った友愛貯金からとったんです。そのころは友愛という言葉がよく使われていたんです」。

 東京・神保町には友愛書房という古本屋がある。書棚にはキリスト教関連の本が1万冊以上並ぶ。キリスト教伝道者で労働運動のリーダーでもあった賀川豊彦氏がつけた店名だという。

 友愛ってキリスト教では大切な言葉なんですか? 

 店主の萱沼元さん(64)は首をかしげる。「聖書のなかに友愛という言葉はないんです」。念のため、と聖書の言葉がすべて載っている大辞書を引いてくれた。「やっぱりない」

 友愛の原語は英語の「フラタニティー」だ。萱沼さんの娘婿も店頭にきて電子辞書で調べてくれた。「ああ、死語になっていますね」

 どうやら、兄弟愛、同胞愛といった元の意味で使うことはなくなってしまったらしい。確かにフラタニティーと聞けば、今では米国の男子学生が酒を飲んでらんちき騒ぎをする社交クラブの意味で使われることばかり。世の中がすさむのと同時に友愛という言葉も廃れていったのだろうか。

   ■

 東京都港区の友愛会館の6階にある友愛労働歴史館を訪ねた。解説員の間宮悠紀雄さん(62)が大歓迎してくれた。なにしろほとんど訪れる人がいない史料館なのだ。

 1912(大正元)年にできた友愛会は、戦前の労働組合運動の中心的組織だった「日本労働総同盟」の前身となる組織。英国の友愛組合(フレンドリー・ソサエティー)をモデルにした。日本でも英国でもかつては労働組合は非合法だった。だから表向きは共済、親睦(しんぼく)を目的と見せて実際は労働組合の建設を目的とする組織を作ったのだ。友愛は(組合関係の)業界用語だったのだ。

 「鳩山さんのいう友愛を青臭い書生論と批判するのは抵抗がある。病院も労働運動もそれぞれの立場で友愛活動している。これをきっかけに友愛という言葉が市民権を得られたらうれしい」(間宮さん)

 友愛探しに疲れ、文京区音羽の鳩山会館で一休み。鳩山由紀夫、邦夫兄弟は、祖父の一郎元首相が建てたこの洋館で育った。2人は昨年からここで鳩山友愛塾を開き、塾生に友愛を教えている。

 友愛思想の源は一郎氏が翻訳したオーストリアの政治家、リヒャルト・クーデンホフ・カレルギーが1935年に書いた「自由と人生」にさかのぼる。カレルギーは23年に「汎ヨーロッパ」を書き、時代の寵児(ちょうじ)となった人物だ。第一次大戦後の疲弊したヨーロッパを救うためには、欧州連盟、さらには「ヨーロッパ合衆国」をつくるべきだと主張したのだ。彼の経歴は面白い。父はオーストリアの貴族、母は日本人女性の青山光子。ゲランの香水「ミツコ」は彼女の名前にちなむとの説もある。

 「自由と人生」を読んでみた。カレルギーによれば、フランス革命は自由、平等、友愛(博愛)を目標にしたが、平等と友愛は実現しなかった。自由と平等の対立を解消するのが友愛で、人間が本来持つ人類愛を喚起することによって、強制されることなくお互いの尊厳を尊重することだという。頭では理解できても、なぜか心にすとんと落ちてこない。「紳士、淑女によって構成される友愛社会」などと言われると、「壮大な理想論」と思ってしまう。

   ■

 あー、友愛はどこにあるのだろう。

 取材したいとメッセージを残しておいた格安友愛外国語教室(大阪市)から電話があった。「いつも友情と愛情を込めて授業をしています」と代表の温玉芳さん(44)。

 温さんの母親は中国残留孤児。20年前に一家で日本に戻ってきた。最初は言葉で苦労した。自分も多くの人に助けられたから、社会に貢献したいと中国語教室を始めた。

 「日本語が不自由だと学校でいじめられる。不況で一番先に仕事を切られる。子どもが中国語を忘れてしまい、日本語がつたない親と意思疎通できないケースもあります」

 苦労する在日中国人のため、温さんは大阪市教育委員会の通訳もしている。その日も学校の先生から生徒の母親に伝言を頼まれた。「遠足が雨で中止になった場合でもお弁当はいります。今日は自分の弁当を子どもに食べさせたけど、次は持たせてください」という内容だった。

 探せばあるんだ、友愛。

 夜になった。こうなれば居酒屋だ。東京都練馬区にある「やきとり友愛」に行ってみる。カウンターとテーブル三つの小さな店。店長の佐藤章次さん(60)は尊敬していた税理士の勧めで店名を決めた。

 「金もうけしようとせず一生懸命やっていれば、客が足を運んでくれる。客が仲良く飲める店にすればお金は後でついてくる、って言われてね」

 店を持って7年。練馬駅近くに移転して3年になる。ポスター、メニュー表、ソファのカバーも常連客が作ってくれた。いまどきそんな奇特な客がいるものだろうか。移転前からの常連だという女性(44)に聞いてみた。なんでそんなにこの店が好きなの?

 女性はじっとこちらの顔を見て、「私、DV(ドメスティックバイオレンス)被害者なんです」。5年前、小学校4年と1年の子どもを連れて暴力をふるう夫から逃げ、母子寮に避難した。唯一の息抜きは銭湯に行くこと。

 ある日、銭湯帰りに子どもたちが「いいにおいがする。おなかすいたよ」という。ためらっていると、佐藤さんが「どうぞ、どうぞ」と声をかけた。代金を取らずに子どもたちにコロッケや空揚げを食べさせてくれ、土産まで持たせてくれた。「いまも思い出すだけで涙が出ます」と女性。

 町の片隅で、友愛は確かに生きていた。鳩山代表の語る友愛は、私が見つけた友愛よりも骨のあるものなのだろうか……。

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毎日新聞 2009年6月3日 東京夕刊

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