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映画は細部に宿る 髙山文彦

映画マニアとしてアニメ業界に名高い髙山文彦監督に「映画の細部」を聞こうという本連載。「細部」が話題だけに、話題もあっちこっちの寄り道ほうだい。今回も果たしてどこまで行くのやら。

第4回 『大アマゾンの半魚人』と『仁義なき戦い』、
それに『ポケットの中の戦争』

※今回は映像をお見せできないのが残念です。興味を持ったらすぐさまDVDなどで確認することをお薦めします※

―今回は映画監督と「映画の記憶」、要は「先行作品のある場面」を後続の監督がいかに継承しているか、ということなんですが……。

髙山 今回はテーマがテーマだから、まずちょっとコレを見てよ。(とハンドヘルドPCを持ち出して)。『大アマゾンの半魚人』(1954年、ジャック・アーノルド監督)なんだけどさ。まずは冒頭、半魚人の化石を発見する人。

―パナマハットですね。

髙山 で、『ジュラシックパーク』を見てみるよ。琥珀を発見するシーンと化石を発掘するシーンに注目。

―あ、パナマハットだ。

髙山 そうでしょう。おそらくここが元ネタだと思うんだよね(笑)。あと『アマゾンの半魚人』のヒロインのジュリア・アダムスが襲われるシーン。まず一人で泳ぎだして、ちょっとシンクロナイズドスイミングみたいな踊りをやってると、水面下から襲われて……。

―これはわかりました。『ジョーズ』(1975年)の冒頭、そのまんまですね(笑)。

髙山 その通り(笑)。あと『ジュラシックパーク』で卵の中から恐竜が生まれるところは、ウィリス・オブライエンとレイ・ハリーハウゼンが特撮を担当した『The Animal World』(1956年)なんだよね。この作品、日本未公開なんだけれど、『黒い蠍』のDVD特典映像として一部が収録されているんだ。

―へぇー。これなんかは、わざと似せてる感じですね。卵の殻の質感とか。

髙山 本当に、スティーブン・スピルバーグって、'50年代あたりのクズと呼ばれていたSF・ホラー映画を原点に持っているんだなぁ、と。

―こういうのってどこまで意識的なんですかね?

髙山 ものにもよると思うけど、『ジョーズ』の冒頭はかなり意識的で、パナマハットでキャラクターを印象づける方は、無意識なんじゃないかなぁ。

―それにしても『大アマゾンの半魚人』って、いろんなところでよく引用されますよね。

髙山 今見るとわかるけど、演出意図が明確なんですよ。恐怖の主体を観客に直接に見せず、想像力を刺激する事で怖がらせようとしている。低予算を逆手にとった見せ方が実に経済的で、映画作法としてなかなか賢い。だから、後の作り手たちが、あのイメージをもっとテクニックを駆使して再現してみたいとか、現在の特殊効果を使えば別の見せ方もできるぞとか、考えやすいと思うんだよ。で、その一人がスピルバーグという。そのスピルバーグがもうひとつ大きな影響を受けているのがハワード・ホークス。ホークスのアクションの影響がものすごくデカイ。『ジョーズ』が公開された時に、映画評論家の蓮實重彦が「こいつはハワード・ホークスだ」と言っていて、当時は「え?」と思ったんだけれど、確かに後で見直すと本当にそうだった。さすが蓮實と思ったね。『ジュラシック・パーク』(1993年)のラストで恐竜の骨がバラバラになるのなんかは、ホークスの『赤ちゃん教育』への意識的なオマージュだと思うし、『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク2』(1997年)の恐竜の足下をジープが走るところなんてモロに『ハタリ』(1961年)だしね。……そういえば宮崎(駿)さんにも『大アマゾンの半魚人』の影響があるんだよ。

―え、どこなんですか。結構意外な組み合わせって感じですが。

髙山 まずはここ。半魚人が水中から上がってくるカット。手が地面にまずかかるでしょう。

―おお、いわゆる水カゲが、地下のルパンと銭形のところにやってくるカットですね!

髙山 そう(笑)。半魚人の手と、カゲの手のデザインもわりと似ている。それと半魚人がしずかに忍び寄るところ。テントの陰から半魚人の手がスーっと伸びてきて……。

―この手が伸びる構図は、ルパンが不二子に会うところですね。

髙山 ね。たぶん宮崎さんのほうは、無意識だと思うんだよ。きっと映画の内容なんかは忘れていて、「手の出方が格好良かったな」とかそういうイメージだけが体の中に残っていて映画を作る時に出てくるんじゃないかな。宮崎さんだと『地獄の天使』(1930年、ハワード・ヒューズ監督)もそういう映画だよね。

―ハワード・ヒューズって、『アビエイター』(2005年、マーティン・スコセッシ監督)でも主役だった、伝説的大富豪のハワード・ヒューズですよね。キワモノじゃないんですか?

髙山 いや、この映画はとても面白いよ。飛行機映画では最高の一本かもしれない。こちらは第一次世界大戦を舞台にイギリス人兄弟の恋愛模様と航空戦がメインの内容。実際に爆撃機飛ばして撮影したりして、空戦シーンは特に素晴らしい。で、本編にドイツの飛行船が出てくるんだけど、サーチライトで照らされながら雲の中から出てくるところとか、飛行船から降ろされるゴンドラの形。そのゴンドラを釣っているワイヤーを、大きなペンチで切るところとか。結構『天空の城ラピュタ』(1986年)っぽいんだよなぁ。宮崎さんがすごいのは、こんなふうに、いろんな作品からイメージをキャッチした上で、自分のものとして作品の中に生かすところがすごい。スピルバーグとか黒澤(明)も同類で、そういう人って演出術が舞台や小道具をどう見せるか、という「もの」に帰着するんだよね。

―その3人はビジュアル型の監督たちですね。

髙山 そう俺、宮崎さんの作品を見ていて、「この人、もしかしてあの小説を読んだんじゃないか?」って直感したことがあるの。一つは『風の谷のナウシカ』(1984年)で、アスベルがナウシカの「やめて」というイメージを受け取るところ。もう一つは絵物語『シュナの旅』(アニメージュ文庫)で、草が芽吹いて少女が踊るところ。この二つを見た時、ロアルド・ダールの短編『カティーナ』(『昨日は美しかった・飛行士の10の短編』新書館、『飛行士たちの話』ハヤカワ・ミステリ文庫)に出てくる少女カティーナのイメージとすごく重なってきて。「きっと宮崎さんは、ロアルド・ダールの短編集を読んでいる」って直感してたの。そうしたら『紅の豚』(1992年)で、飛行機の墓場の場面がでてきて。あれは同じ短編集に入っている短編『彼らは年をとらない』の一場面そのままだったから、そこで直感が確信に(笑)。『カティーナ』なんか、ストーリーはまったく違うんだけれど、小説の中の一番鮮烈なイメージをバッチリ掴んでいるから、「あ、あの小説っぽい」とわかるんですよ。

―高山さん自身が、影響を受けているな、と思ったのはあったりしますか。

髙山 自分でそう思ったのは『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989年)。作品が完成しただいぶ後にアンケートに答える機会があって、「ラストはカルビーノの『まっぷたつの子爵』を意識していた」とか答えたんだけど、その後に、ヘミングウェイの『老人と海』を久々に読み直したの。『老人と海』のラストは、アメリカからの観光客が老人のとったカジキマグロの骨を見る場面なんだけれど、観光客に給仕が「サメが食べてしまった云々」と拙い英語で説明しようとするけどうまく伝わらなくて、観光客は「サメの骨って大きいのね」とか言って行ってしまう。結末が、すごいディスコミュニケーションで終わるの。これって『0080』のラストで、アルが泣いているのに、友達が見当違いの慰め方をするのと同じことなんだよね。「ああ、俺はこれをパクッてたのか!」とその時になって気付いた(笑)。

―そう言われると、アルとバーニーの関係も……。

髙山 そうなんだよ(笑)、少年が自分だけのヒーローを信じて慕うという構図は、かなり『老人と海』なの(笑)。作っている時はまったく意識してなかったんだけどね。

―そういえば、バーニーがあるセリフがきっかけでジオン兵とばれる展開がありますよね。あれは……。

髙山 あれは俺の注文。『大脱走』(1963年、ジョン・スタージェス監督)で、脱走してドイツ人のふりをしているんだけど、バスに乗ろうとした時、思わず「Thank You」って答えて、バレる場面があるじゃないですか。あれが元ネタ。

―ああ、翻訳小説とか洋画っぽい雰囲気かと思ったら、やはりそうなんですね。……今、無意識のうちに影響を受けているという話がありましたけど、逆に押井守監督なんかは、かなり意図的に過去作のイメージを導入しますよね。

髙山 わかりやすいのは、OVA版『機動警察パトレイバー』第5話でSLが出てくるところかな。あれははっきり『けんかえれじい』のパロディだからね。これは意識的かどうかわからないんだけど、『機動警察パトレイバー2theMovie』(1993年)に、「戦争はもうとっくに始まっているんだ」という意味のセリフが出てくるでしょう。俺はアレ、『仁義なき戦い 代理戦争』(1973年、深作欣二監督)の小林旭のセリフからじゃないかと思うんだよね。脚本は伊藤(和典)さんだけれど、あのセリフは押井さんじゃないかなぁ、と。セリフの後、後藤が水上を行く船から見たかのような風景ショットがモンタージュされるんだけど、その中に朽ちた倉庫の向こうに、近代的なコンビナートが見えるカットがある。深作って、ボロボロの貧民街と近代的な工場という対比をよく使っていて、『軍旗はためく下に』(1972年)や『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973年)でそういうカットがあるし、『解散式』(1967年)では、コンビナートを背景に着流しのヤクザがドスで対決するシーンがある。画作りがシュールで印象的なんだけれど。

―そのあたりは案外無意識なのかもしれませんね。

髙山 そういえばこの間DVDで見た『ライジング・サン』(1993年、フィリップ・カウフマン監督)。冒頭にケイリー=ヒロユキ・タガワが演じる日本人がカントリー&ウェスタンのカラオケをやっているという、すごいふざけたシチュエーションから始まるんだけど、そのカラオケマシンから流れる映像が西部劇で、切り落とされた腕を犬がくわえて、西部の街を走っている(笑)。黒澤のネタをセルジオ・レオーネ&クリント・イーストウッドが『荒野の用心棒』(1964年)でパクッたのを、パロディにしているという(笑)。フィリップ・カウフマンって、イーストウッドの『アウトロー』(1976年)で脚本・監督するはずが、結局監督を降ろされて、イーストウッド自身が演出したたという因縁があるんだけれど、もともと『ミネソタ大強盗団』(1972年)という西部劇の傑作をものにしている監督だったりして、おそらく西部劇がすごく好きなのよ。『ライトスタッフ』(1983年)で、サム・シェパードがジェット機のエンジンが置いてあるところに馬で来るところなんか、歴然と西部劇でしょう。だから『ライジング・サン』の冒頭を見ると、そういう複雑に屈折した思いが感じられるという(笑)。しかも、『ライジング・サン』の音楽担当は黒澤とも縁が深い武満徹だし。

―人に歴史あり、ですね。『ライジング・サン』はショーン・コネリー扮する刑事が、親日家という設定でしたよね。

髙山 そう。それで驚いたのが、ショーン・コネリーの初登場のシーンが、和机に向かって正座している姿を背中側から撮るというもので、あれって『赤ひげ』(1965年)の三船敏郎の登場カットと一緒なんだよ。これも狙ってやったのか、それとも無意識なのか、偶然か……。

―なんかこの話、まだまだ続きそうですね。

髙山 じゃあ今回はこのへんで。次は、サム・ライミがいかにカートゥーンを愛しているか、という話からにしようか。

構成・文:藤津亮太

次回予告

まだまだ続く「映画の記憶」をめぐるよもやま話。次回は『スパイダーマン』で陽の当たる場所(?)に出てきたサム・ライミの話題から。いよいよ「映画は細部に宿る」のタイトルらしくなって参りました。

※内容が予告通りとは限りません。


髙山文彦 プロフィール

アニメ制作スタジオのトップクラフト、アートランドを経てフリーに。1989年『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』で監督デビュー。現在公開中の『ストレンヂア 無皇刃譚』では脚本を務めている。代表作は『WXIII 機動警察パトレイバー』(総監督)、『ガンパレード・マーチ 〜新たなる行軍歌〜』(監修・シリーズ構成・脚本)など多数。

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