なぜ戦争は起きるのか
戦争は、通常政治的な現象だと考えられている。民族や宗教やイデオロギーの対立から戦争が起きるとか、石油を手に入れるために戦争が起きるとか、そうした通俗的な説明に満足している限り、近代の戦争の本質を理解することはできないし、戦争を防ぐ有効な手段をも見つけることができない。
注意:小学生は、このページではなくて、「なぜ戦争が起きるのか(小学生向け)」を読んでください。
1. 不足の危機と余剰の危機
現代の資本主義社会にとってインフレよりもデフレの方が脅威であると前章の第1節で書いた。1973年のオイルショックをきっかけに顕在化したインフレは、確かに生活苦を私たちにもたらしたが、1990年のバブル崩壊後に顕在化したデフレは、それ以上に悩ましい生活不安を私たちにもたらした。一般に、社会が危機に直面すると、生き残りのための革命が起きるが、こうした現象は現代資本主義社会では、資源インフレ=貨幣デフレから脱却する局面で見られる。この意味で、現代資本主義社会の危機は資源余剰の危機であると言うことができる。
他方、産業革命以前の前資本主義社会は、前章で見たとおり、太陽黒点数が減少する資源デフレの時期に、飢餓の危機に直面し、そしてその危機を乗り越えるために、政治的革命(集権化)と経済的革命(技術革新)を断行する。この意味で、前資本主義社会の危機は資源不足の危機であると言うことができる。
では、なぜ現代資本主義社会の悩みの種が豊作貧乏で、前資本主義社会の悩みの種はその反対(凶作貧乏とでも名付けよう)なのか。それは、資本主義社会が、大量生産のメカニズムを持ち、投機的な思惑から、消費しきれないほどの大量のストックを作り出してしまうからである。資本主義社会が文字通りのストック型経済であるのに対して、前資本主義社会はフロー型経済である。満腹のライオンは、おいしそうなシマウマが目の前を通っても、将来の飢えに備えて、それを捕獲し、貯蓄するといったことはしない。同様に、前資本主義社会は、消費しきれないほどの大量のストックを作り出して、ためこむということはあまりしない。
資本主義社会と前資本主義社会とでは、その存立を脅かす危機の種類が異なるので、危機を克服するための戦争の種類も異なってくる。前資本主義社会の戦争には、凶作貧乏から脱却するために行われるディスインフレ型戦争が多いのに対して、資本主義社会の戦争には、豊作貧乏から脱却するために行われるリフレ型戦争が多い。
2. ディスインフレ型の戦争
このタイプの戦争は、前資本主義的段階の人類だけでなく、動物どうしの間にも見られる。鷹は雛を2羽産むが、餌が少ない時は、強い雛が弱い雛をつついて殺す。縄張りとメスをめぐる死闘もよく起こる。このように、希少な資源を奪い合う戦争が、ディスインフレ型の戦争である。現在、少なくとも、先進国は、もはやディスインフレ型の戦争をしなくなったが、貧しい発展途上国に関しては、その限りではない。
ディスインフレ型の戦争は、資源が少なくて人間が多いために起きる。だから、リフレ型の戦争とは逆に、資源の破壊ではなくて、人間の破壊に重点が置かれる。その結果、例えば、リフレ型の戦争と比べて、ディスインフレ型の戦争では、使用火薬量に対する戦死者数の割合が高い。資源の獲得が目的であるから、敵が所有していた資源(土地を含む)を戦利品として略奪することが頻発し、かつ容認されている。捕虜は、戦勝者のために資源を生産する奴隷として使役されたり、それができない場合には殺されたりすることが多い。
3. リフレ型の戦争
このタイプの戦争は、現代の人間社会という、財の生産能力が過剰になった特殊な社会が行う戦争で、通常の動物から見れば、贅沢な戦争である。「リフレ」という名称からわかるように、この種の戦争は、デフレの底からスタートして、インフレの頂点に達するまで行われる。このことを、金利と物価のサイクルであるコンドラチェフ・サイクルで確かめてみよう。金利と物価が最も上昇したインフレの頂を山、最も下降したデフレの底を谷と表記すると、以下のように、資本主義が成立してから、谷から山に向かうリフレーションの時期に戦争が頻発し、山から谷に向かうディスインフレの時期には平和な時期が多いことがわかる。
デフレは、バブルの崩壊によって起きる。そしてリフレ型の戦争は、バブル的な過剰投資によって生まれた過剰在庫・過剰設備・過剰人員・過剰債務を削減することを目指す公共事業である。もちろん、日本のように、戦争しないことを国是とする国は、もっと平和的な公共事業で、デフレからの脱却を図ろうとする。しかし、90年代の日本の公共投資を見ればわかるように、平和的な公共事業は、うまく行かないことが多い。それには、いくつか理由がある。
平和的な公共事業は、労働需要を増やし、労働者の可処分所得を増やすことで消費財需要を拡大することが期待されるが、公共事業自体があくまでも生産活動なので、過剰設備をさらに過剰にすることにもなりかねない。結果として、物価の上昇にはあまり効果がない。これに対して、戦争は資源の潰し合いだから、もっとドラスティックに在庫と設備の過剰を解消してくれる。また、流通の麻痺による供給不足は物価を急騰させてくれる。
平和的な公共事業のもう一つの欠陥は、公共事業を行う公務員に当事者意識がなく、公共投資の投資効率は、民間投資のそれと比べて、かなり低い。そのため、デフレで低くなった金利をさらに低くすることにもなりかねない。しかし、戦争は、国家の存続を賭けて行われるのだから、政府に効率を上げようとする強い当事者意識を与えることができる。
もう一つ、これは精神的なことだが、公共事業は内向きの投資であるため、投資対象や投資額などに関して、野党の反対を受け、中途半端な規模で中断されることが多い。これに対して、戦争は、外部に敵を設定するわけだから、カタルシス効果が期待でき、挙国一致で大規模な予算を組むことができる。
4. アメリカの戦争ケインズ主義
こうしたことから、アメリカ合衆国のような国は、デフレから脱却するために、平和的な公共事業よりも、戦争を好んでする。もちろん、国際的な・国内的な承認を得るためには、景気対策とは別に、戦争の大義名分を捏造しなければならないし、場合によっては、自国を被害者の立場におく演出も必要である。
その典型が、太平洋戦争であって、よく知られているように、フランクリン・ルーズベルトは、ニューディールと呼ばれる、平和的なケインズ的財政政策を実行しようとしたが、国内の反対派と妥協した結果、積極財政は中途半端な形でしか実行されなかった。特に38年には、政府債務の累積を憂慮する財政均衡主義者の声に押されて、連邦支出を削減した結果、GNPは6.3%減少し、純投資も46億ドルの黒字から66億ドルの赤字に転落し、失業率は14.3%から19.1%にまで上昇した。
そこで、ルーズベルトは、国外にスケープゴートを見つけ、それを叩くことでアメリカ国民を一致団結させ、無制限な財政支出を可能にしようとした。そして、選ばれたスケープゴートが、日本だった。ルーズベルトの策略は、日本にパール・ハーバーを奇襲攻撃させ、それまで第2次世界大戦への参戦に反対していた国民の世論を変えることに成功した。議会はほぼ満場一致で対日参戦に賛成し、アメリカ連邦政府の財政支出が、真珠湾攻撃の年、1941年には205億ドル、42年には516億ドル、43年には851億ドル、44年には955億ドルと無制限に増えていっても、誰も文句を言わなくなった。
この挙国一致の戦争ケインズ主義のおかげで、アメリカは恐慌から脱出することができた。国民は、積極的に兵役に志願し、失業問題も解消した。戦争が、過剰人員の削減に効果があるとはいっても、それは、兵役によって失業者を吸収するという方法によってであって、兵士を戦場で殺すという方法によってではない。確かに、働き盛りの兵士に殺し合いをしてもらえば、労働市場における供給過剰を削減することができるかもしれないが、兵士となることができる働き盛りも消費者の一部であるから、デフレ解消という点では逆効果の面もある。
5. リフレ型戦争の特徴
それゆえ、近年のアメリカのアフガニスタンやイラクへの攻撃を見てもわかるように、現代のリフレ型戦争では、軍事施設の破壊が主で兵士の殺戮は従である。特に、純粋な消費者である女性や子供を殺したりすると、たとえそれが誤爆によるものであっても、国際社会の強い非難を浴びるようになったが、それは、ヒューマニズムの精神や人権意識の向上の結果というよりも、デフレからの脱却というリフレ型戦争の本来の趣旨に反するからである。
リフレ型の戦争のもう一つの重要な機能は、インフレにより貨幣価値を減価させ、過剰債務を軽くするということである。しばしば、不良債権はデフレの原因であるという人がいるが、これは因果関係が逆であって、デフレが原因で不良債権が増えるのである。その証拠に、リフレ政策なしで不良債権を処理しようとすると、不良債権は逆に増えてしまう。不良債権を処理する1番良い方法は、経済をインフレにすることである。
6. ユニフォーム原因論批判
こうした戦争の経済学的説明に違和感を持つ人も多いかもしれないが、しばしば戦争の原因として取り上げられる戦争の政治的文化的側面は、あくまでも表層的な意識に現れる結果現象に過ぎず、経済的な均衡回復こそ原因として実際に戦争を動かす深層の構造である。だから、「民族・人種・宗教・イデオロギーの対立から戦争が起きる」という通俗的戦争論は皮相である。
戦争における民族・人種・宗教・イデオロギーといった差異化の記号は、サッカーの試合における選手のユニフォームに喩えることができる。ユニフォームを着ないと、誰が敵で誰が味方かわからなくなってしまう。その意味で、試合を戦うには、ユニフォームが必要である。しかしだからといって、「選手は、ユニフォームが原因で戦っている」と言えるだろうか。もちろん、相手のチームが憎くなると、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の論理で、ユニフォームの色までが憎くなるかもしれない。しかしそれは、結果として起きることであって、決して原因ではない。
戦争の原因をどう認識するかは、戦争の防止策にも違いをもたらす。平和論者の中には「民族・人種・宗教・イデオロギーの対立から戦争が起きる」というユニフォーム原因論に基づいて、「自分と異なる価値を理解する多元的価値観を持ちなさい」、「国際交流を通じて相互理解を深めなさい」、「かつて戦争した民族と同じ歴史認識を共有しなさい」としたり顔でお説教を垂れる人がいるが、このような方法で戦争がなくなるわけがない。実際、日本のような民族・人種・宗教・イデオロギーの対立がほとんどない島国の内部でも、有史以来多くの戦争が起きたではないか。
そもそも、自分と他者が異質であるという理由だけで、なぜ多大な犠牲を払ってまで戦争をしなければならないのか。ユニフォーム原因論では、これが説明できない。したがって、ユニフォーム原因論者にとって、戦争は不可解なものに見える。ユニフォーム原因論者は、しばしば「戦争は愚かだ」と嘆くが、そういう人は、戦争の愚かさと思えたものが、実は自分の愚かさではないのかと疑ってみる必要がある。
戦争は合理的な経済の法則に従って起きる。だからといって、私は、日本はデフレから脱出するために戦争をするべきだと主張しているわけではない。デフレから脱却するには、もっと弊害のない平和的な方法がある。それを説明する前に、戦争とマネーサプライの関係について論じなければならない。
書名 | コンドラチエフ波動のメカニズム―金利予測の基礎理論 |
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媒体 | 単行本 |
著者 | 安宅川 佳之 |
出版社と出版時期 | ミネルヴァ書房, 2000/12 |
戦争は何故起きるのだろう?私は今その事を調べています。
でも、
調べれば調べるほど、複雑な真実が浮かびあがって来るのです。
今、こんなに幸せに生きられる事に感謝しなければいけませんね。
学校で、戦争のビデオをみました。「・・・・・・残酷だ・・・・」
私はそれしか思えませんでした。死体の除去シーンがあって、吐き気がしました。だけど、このビデオは本当にあったことで「現実に目をむけてはいけない」ということを学びました。喧嘩やいじめなど、ささいな出来事でも憎しみ・怒り・恨みから戦争は起きると思います。私は命を無駄にすることがないよう生きたいです。
私も昔戦争のビデオを見ました。そのビデオには原子爆弾で死んでしまった人々が写っていて吐き気がしました。
学校の先生たちは、戦争の悲惨な映像を見せれば、子供たちが反戦的になって、彼らが大人になってからも戦争を支持しないようになるだろうと期待しているのでしょう。そうした反戦教育を戦後長い間やっているにもかかわらず、なぜいまだに戦争を望む人々が日本にもいるのか、なぜ小林よしのりの影響を受けて、戦争を美化する人々がたくさんいるのかを考えてみてください。
私は戦争という愚かな行為が国民のためになるとは絶対に考えることはできない。 大きな過ちである。犯罪である。
戦争というのはすべてを破壊し奈落の底に叩きつけてしまう恐ろしい凶器。
家族や友達のことを考えればわかるはず。誰でも家族はいるはず。
戦火の中に必ず悲劇が存在するということを忘れてはならない。
私は今、戦争の原因について調べています。
このサイト(資料)を見て非常にお役に立ちました。
色々えらい人が話し合って戦争が1つでもなくなってほしいです。
如何なる理由があろうと、戦争でたくさんの貴い命が失われていいはずがないと思いました。
私の中で戦争というものは理解できないものです。
同じ場所に住む人が、同じ地球に住む人々が争って結局最後に残るのはなんなんだろうと思います。
たとえ勝っても、たしかに国に資源が入ったりして生活が豊になるかもしれません。しかし自分たちのために他の国あるいは他の地域の人々を殺したことをいつまでもいつまでも悔やみ続けるのではないでしょうか?
戦争が経済的に必要になると、「他の国あるいは他の地域の人々を殺したことをいつまでもいつまでも悔やみ続ける」ことがないように、戦争を正当化するイデオロギーが現れ、それが人々を洗脳します。だから、たとえ動機が経済的であったとしても、表向きは、復讐の正義や自由のための戦争といった崇高な目的が掲げられます。
僕は、戦争についての平和作文を書いています。色んな戦争を調べていますが、どうしてこんなにも戦争は多いのでしょうか。
人間は、戦争を何度も繰り返して歴史を築いてきました。その戦争の中で、大切な何かをたくさん学んできたと思います。戦争をしなくてすむような大切な何かを。
けれど、戦争は続いています。もしかすると、僕たちはその大切な何かを見過ごしてしまっているのではないでしょうか。
大切な何かをちゃんと見つけることが出来るまで、僕たち人間の戦争は終わらないんじゃないかと思います。
私もそう思います。でも、大切な何かって何でしょうかね。
あたしは今人権作文をかくために、戦争のことについて調べました。
戦争はなぜおきるのか・・・??
理由はいろいろあるでしょう。
でも理由があるにしても話し合うだけではだめなのでしょうか??
戦争をして何になるんでしょうか。
戦争をしたら解決するのでしょうか??
何でも戦争したらいいと思うのはやめてほしいです。
戦争にまきこまれる住人の気持ちも考えてほしい。
そう私は思います。
今でも戦争をしている国はあります。
そんな国が1つでも減りますように・・・。
私は今、戦争について調べています。
戦争は、必要なものなのでしょうか?
「話し合うことで解決」 することは、できないのでしょうか?
戦争をすることで、人が沢山死んでしまうだけなのに……、戦うことでなにか解決するかもしれません。そのぶん、たくさんの人が犠牲になります。 大切な何かがなくなります。
ほかに、解決法はないのでしょうか?
戦争とは、人々の意識の中にある。
私益追求や自我独占欲、いわば私的権益こそが戦争の原因です。
簡単に言うと自分さえ良ければ良いと言う意識のことです。
自己中が蔓延する世の中である限り、戦争は無くならない。
しかし、これだけでは、世界的或いは国家間にも及ぶ民族紛争には至らない。
その最大の原因は、国家に金を貸す金融資本家たちの存在だ。
彼らは、国家や企業に金を貸して戦争を起こして巨大資本を獲得する。
世界最大級の自己中集団が、国家政策をもコントロールするからだ。
金を借りる立場(国家)が、貸す立場(資本家)より弱いのは世の中の常だから。。。
彼らが仕掛ける国際金融市場経済(グローバル経済)とは、まさに搾取支配の構造なのである。そして、彼らは、マスコミをも支配しているから、みんなは事実を知らない。
どうする?
そうした、国際金融資本家たちの暗躍を暴き実態事実を解明することです!
“最大の原因は、国家に金を貸す金融資本家たちの存在だ。 彼らは、国家や企業に金を貸して戦争を起こして巨大資本を獲得する。”
中ソ国境紛争や中越戦争など、金融資本家が存在しないはずの社会主義国家間の戦争をどう説明しますか。金融資本を持たない貧しい下層民が、しばしば、熱烈に戦争を支持するという事実をどう説明しますか。金融資本家にとって、戦争は、通常ネガティブな要因です。巨大資本を獲得することが目的なら、もっとリスクの低い方法が他にあるでしょう。
戦争が起きる原因・・・
もうちょっとわかりやすくなりませんか?
どうして世界は戦争を止めないのか
答えはひとつ「儲かるから」
完成してしまえばそれ以上の進歩は望めない
じゃあどうしたらいいか
完成したものを壊してしまえばいい
そうすればもう一度作ることができる
壊して作る、それが戦争
例にイラク戦争を挙げよう
イラク戦争では世界中から復興資金として世界銀行にお金が集まる
そのお金でアメリカは自国の企業に復興をさせる
日本はアメリカの下請けとして物資の輸出が盛んになる
軍需産業が伸び、莫大な復興需要が生まれる
日本の経済を振り返ると戦争が起こったときのみ好景気になっている
これは「戦争=儲かる」ということの裏づけ
国益のためなら自国民の死もいとわないのが国家
しかしそれを非難することはできない
なぜならその恩恵を受けているのは私達にほかならないから
いわゆる平和維持のためにはある程度の犠牲は避けて通れない
私達はその犠牲の上に生きているということを知っておく必要があるのではないだろうか
私も今、国語の時間で、「平和のとりでを築く/自分の考えを発信しよう」という勉強をしています。
今回は、パソコンを使っても良いということなので使っています。
私が調べに来たのは、「戦争が起こる原因」です。
どうして戦争が起きたのか、それは人々に不幸をもたらす事を知らないかのように。
けれど、戦争を行った人達は、それがいけないことであると、分かっていたのでしょうか?
その人々達にとっての「平和」って何でしょうか?
そして今の私達にとっての「平和」とは・・・?
もしも私が戦争時代に生まれていたら、私はいったいどうしたんだろう?
自分の考えさえ、はっきり分からないなんて、情けないです。
願うのはたった一つ。
人々の幸福と、平和な未来と。
もし戦争時代に生まれていたら、私は、皆さんは、 どうしますか?
小学生が読んでもわかる解説のページを書きました。
「なぜ戦争が起きるのか(小学生向け)」
小学生がコメントを書くときは、こちらに書き込んでください。
戦争や核兵器は絶対使ってはいけないと思います 私は戦争していた時代に生まれなくてよかったと思います
なぜ人は戦争をするのですか
ぜひ教えてください
戦争をしてメリットはあるんですか
その意見賛成です
人はなぜ戦うんですか?
今、僕に出来ることはありますか?
しりませんこ☆
こわいよブッシュ
なんとかしろ麻生
どうして戦争がおきるの
どうしたら戦争はなくなるの?
戦争についてよくわかりました
戦争反対!!!!!!!! (チョリース!!)
何のために戦争するんでしょうか
それは人間が愚かだからでしょうか
あと一部の金持ちが裏で軍などを動かしているのでしょうか
ぜひ教えてください
戦争をした人は死んでからも罰を受けるのでしょうか
たくさんの人の命が奪われるのは可愛そうだと思います 笑 笑 笑 笑 笑
戦争は一生消えない
人間だしすぎww
はい
なぜ、戦争が起こるのでRすか??教えてください・・?お??
きもい
戦争を止める方法は?
私は、今学校で戦争の原因のことについてしらべています。
なにか、知っているなら、教えてください。
おもしろい
ハマッた!
お
も
し
ろ
い
☆
戦争かあ~
悲さんだね~
まあ今のわたしたちには関係ないないq(^-^q)
ラララララ♪
真っ赤なお鼻の
トナカイさんは
いつもみんなのわらいもの
でもそのとしの
クリスマスの日~
サンタのおじさんは言いました~
ゆかいだ~
戦争なんてやめちゃえば?(@_@)
戦争が無くなるワケないっしょ??ウチはそっちに1000万懸けるよ(^o^)
日本は、戦争終わってるから…
ほかの国わぁ、戦争なんか終わんないんじゃな~い(^_^)/
なんでウチのかいたコメントがチビプリンのトコに載ってるワケ?
少女Aさんは、だれですか?(^^;)
ウチの学校にいるっぽいから…
人は、命あるかぎり、しっかり生きなきゃいけないと、おもった!!
なぜ戦争は起こるのですか
チビプリンさんひどすぎますよ 戦争のなくなる日は絶対にきますよ
そうだ そうだ ひどいひどい
速く死にたい
戦争はかんた
そんなわけないだろ、たらちゃん
たらちゃん、遊園地に行こう
戦争大好き
戦争大好き
じゃない
ちゃんと書いてください。
戦争は人間の欲望の象徴だ だから人間が欲望をもっとおさえれば戦争は減ると思う
戦争大好き(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)
とてもわかりやすかったです!
戦争大好きっておかしいとおもう。なんで、そんな事言うんですかっ?
戦争で奪われたものあるだけど戦争で与えられたものはない 戦争が好きだ馬鹿言ってんじゃねー戦争で奪われた人の身にもなってみろ 戦争で奪われたものの大切さを知るのは後からなんだよ
少女Bさんの言うとおりですよ。戦争が好きだなんて間違ってます!
戦争終わるって、言うなら、
アンタが、止めてみれば~(^o^)
皆さんの意見、色々見させてもらいました。私的に、全部の国が平和であってほしいです。私は実際、戦争がどんなものかよくわかりません。だけど、もし自分の家族や友達が居なくなったら、私は一人じゃ生きて行けないと思います。「戦争が続いてほしい」とか、「戦争大好き」とか、そんなふうに思ってほしくないです。
戦争大好き(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)(^o^)
戦争大好きなんて、言うなよ(怒)
本当ひどいよ
戦争&ブッシュだよな!
戦争なんかより、アンパンマンの方がおもしろいよ~~~~~~~~~~~
アンパンマンだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い好き!
でもよ、麻生&ブッシュでもあるよなぁ~
どうも麻生です
……悲惨なコメントが大量だな。
戦争が手段にすぎないのであれば、
その手段が必要とされる状況が続く限り、
戦争は無くならないのだろうか。
戦争の目的を正しく認識していれば、その目的を実現するための代替手段を探すことによって、戦争を回避することができます。戦争を廃絶するために必要なことは、戦争の目的をなくすことではなくて、有効で無害な代替手段を開発することです。
その通りですね。特に不況によって起こる戦争に至っては、
政府だけでなく国民がその目的を理解し、対策手段を考える必要があります。
これはお国に任せるだけでは避ける事は難しいでしょう。
生産する物の見直しや主流となる社会構成の見直しも必要になると思われます。
2.ディスインフレ型の戦争を読んでいて、
昨今の格差社会の現状は、形を変えたこの戦争そのものなのではないかと思えました。
この現状を見てみぬ振りをする層は、リフレ型戦争への片棒を担いでいると言っても過言ではないのではないでしょうか。
一度この格差状態に陥ってしまえば、代替手段で例え景気が戻り経済において均衡を得られたとしても、
人間の心境的な均衡が元に戻る事は無いように思えるのです。
大震災などの災害により危機的状況を体験した人は、価値観が一気に変わるといいます。
戦争はその危機的状況をもたらし、人の心境にも影響を与える部分もあるのではないかと私は考えます。
しかし、かといってその為に戦争をするべきだとは私も思っていません。
ただ、長らく平和が続き他人の事に無関心になり、昔とは違い特に都心は人と人との繋がりが希薄になっている状態で、
有効で無害な代替手段がしっかりと開発されるのかどうかは疑問です。
リフレ型戦争を回避するにはあらゆる要因も同時に解決する必要がありそうな気がします。
戦争を回避するには、全ての国の軍隊に核武装させる事。大国のみが核兵器を保有する事で持たぬ者を制御しようとしている現実から目を逸らしてはならない。大切なのは戦闘力が均衡する事によってのみ、戦争を回避する事ができる要素が発生するという事だ。核不拡散の運動は核兵器が開発され保有する国家が存在する以上、無意味且つ危険な運動でしかない。
“戦争を回避するには、全ての国の軍隊に核武装させる事。”
核武装するのが国家の軍隊だけならいいけれども、核拡散が進んで、国家でないテロリスト集団までが核武装したら、問題があるでしょう。核の所有が核戦争の抑止力として働くのは、所有者が、正体のはっきりしている、責任が問える主体である場合に限られます。
仰るとおり、核の所有のレベルは独立国家のレベルが限界でしょう。もしも全ての国家が核武装し終わった時が来たのなら、核兵器の所在を軸にして、新たな価値観が生じて、国家自体の存在理由も変化するかもしれません。使えない兵器でも兵器は時代を変える力になるでしょう。