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アメリカよ・新ニッポン論:第3部・平和の未来/6 ソマリア沖海賊、護衛艦出動

 ◇「国益」気負う海自

 仕出し弁当を前に、会議室の雰囲気は硬く会話は途切れがちだった。2月、東京・市ケ谷の防衛省A棟(本館)の一室。海賊対処について、船主協会・海運会社の幹部と防衛・国土交通両省の担当者の打ち合わせが済み、海上自衛隊側が「お昼をご一緒しませんか」と誘った時の光景だ。

 海運と海自。海洋国家を支える官と民の間柄だが、意外にもこれが「戦後初の会食」だったという。

 太平洋戦争中、旧海軍は商船を根こそぎ徴用し、多くの船や船員が失われた。「軍はいざとなれば我々を利用するだけだ。絶対に信用できない」。苦い記憶は、半世紀過ぎても船乗りの間に根深く受け継がれている。外洋で他国軍の艦艇と行き交えば敬意を表して旗を掲げるが、海自と出合っても無視する船も多い。

 ぎこちない空気の中、海自幹部が起立した。「戦時中、6万柱の船員の方々が犠牲になられたことを我々は存じております」。あえて古めかしい言い回しで和解を求め、「今回、海賊対処で海上自衛隊は戦後初めて海外で民間の方々の命を守る使命を得ました。大変な栄誉です」と締めくくった。

 護衛艦出動には、冷戦後の自衛隊海外派遣の歴史を画する狙いも込められている。湾岸戦争後の掃海艇派遣(91年)、陸自のカンボジアPKO(92年)、モザンビークPKO(93年)、ルワンダ難民救援(94年)からイラク復興支援(04年)まで、これまでの派遣はすべて国際貢献の名の下に、絶えず米国の顔色をうかがいながら行われてきた。

 それが今回、強盗・誘拐犯にすぎない海賊相手とはいえ、初めて「国益」を守るために海外へ出た。米中両国に触発されての派遣だが、「米軍の補完機能しかない」とされてきた海自内には「自立への第一歩」と気負う空気がある。

 だが、現実は甘くない。4月12日、米国は沸きかえった。ソマリア沖で同8日、米貨物船が海賊に襲われ、乗組員の代わりに人質になった船長が、米海軍特殊部隊に救出されたのだ。部隊は犯人3人を射殺、拘束した1人を「米国の法律で裁く」として米国に連行した。キリスト教の復活祭だったこともあり、米メディアは「素晴らしい贈り物だ」と速報。華々しい救出劇が一日中テレビ画面にあふれ、「ヒーローは私ではなく海軍だ」と語る船長の言葉に国中が酔った。

 発生直後から、米メディアは連日「オバマ大統領の危機管理能力が試される最初のテストだ」とあおった。米連邦捜査局(FBI)の交渉人も送り込まれたが難航。狙撃を含めた強硬策を許可したのはオバマ大統領だった。解決後は声明も出して歓呼に応えた。

 過剰に武力を頼み、非合法な手段も辞さなかったブッシュ前政権。米国民はあきれ、疲れ、反省し、人権尊重・対話路線にかじを切るオバマ政権に期待したはずだったが、いったん事が起きれば「銃を持つ民主主義」の本性は牙をむく。

 本格参入したばかりの米国が、いきなり武力を前面に押し出したことで、海賊側も報復を宣言、アデン湾に不穏な空気が漂いだした。米同盟国の英海軍にも「米国はやりすぎだ。エスカレートしなければいいが」と懸念する声がある。

 武器使用が正当防衛や緊急避難の場合に限定されている自衛隊にも戸惑いが広がる。派遣護衛艦には、特殊部隊「特別警備隊」が乗船。実動任務は初めてだ。早々に起きた米軍の銃撃戦で緊迫感は一気に高まっている。防衛省幹部は「派遣部隊は極めて慎重に行動させるが、米国の事件があったことで、日本関係船が標的になった場合の世論は怖い」と悩む。

 海運会社幹部は「米軍の活躍を見て、正直うらやましいと思った」と率直だ。ただ、旧軍に対する戦時中の不信感が氷解したわけではない。「日本には日本独自のやり方があると思う。我々が願ってきたのは、海上保安庁でも自衛隊でも外務省でもいい、国が責任をもって対応してくれることだけだ」=つづく

毎日新聞 2009年5月13日 東京朝刊

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