オバマ米大統領が4月5日、プラハで核軍縮を宣言してから1カ月。この間、核廃絶を掲げる日本は、いつになく素早く動いた。
10日後、麻生太郎首相はオバマ大統領に親書を出した。内容は非公表だが、「核兵器を使った唯一の核大国として行動する責任がある」という演説のさわりを引いて強い支持を伝える一方、「日本にとって日米安全保障体制下での核抑止力を含む拡大抑止は重要」とクギを刺していた。
「核軍縮は米露だけでなく、中国も一緒に進めないといけない」。ワシントンでバイデン米副大統領に親書を渡す際、安倍晋三元首相はこう強調した。
オバマ演説の6時間前、日本上空を北朝鮮の弾道ミサイルが飛んだが、核の傘の主な対象は中国だ。中国は核兵器の近代化を進め、軍縮の枠外にいる。
米国が核軍縮に動くなら、日本は核の傘の確認を迫る。冷戦期と変わらない現実だ。
オバマ演説の翌6日、ワシントンで有力シンクタンクのカーネギー国際平和財団が核軍縮の会議を開き、スタインバーグ米国務副長官をはじめ、46カ国の核の専門家や政治家約840人が参加した。
日本人のパネリストは佐藤行雄元国連大使一人。外務省の旧アメリカ局安全保障課長、北米局長を歴任した「安保屋」の代表格で、会議における事実上の日本代表だった。
佐藤氏は冒頭発言で「米国が日本との協議なしに核への依存を減らそうとするなら、日本人は米国の拡大抑止を信用しなくなる」と主張した。
核の傘の存在を確認するだけで、中身を問うことなく、米核戦略に全面依存してきた日本が、戦後初めて「核の傘のあり方」を巡り、米国と突っ込んだ議論を始めるべきだと訴えたのだ。
今年2月末、防衛省・自衛隊の化学防護・情報部門や防衛産業の専門家OBらで作るNPO(非営利組織)「NBCR対策推進機構」(東京、会長・片山虎之助元総務相)は、核問題に関する報告書を参院外交防衛委員会事務局に提出した。
「保有直前の段階まで核開発を進めておく『寸止め』開発が日本に望ましい」として、核兵器の開発準備から量産化までの手順を具体的に説明した内容も含まれている。
「核恫喝(どうかつ)を受けそうになった場合、1週間程度で核兵器を完成させることができ、同時にそれまで核は保有しない。この状態が国際情勢、国内情勢から現状ではもっとも望ましい」との理由だ。
同機構の井上忠雄理事長は、元陸上自衛隊化学学校長で核技術の専門家。「日本の核武装は非現実的だが、米国の核の傘に不安を持つ人も多い。核防護検討会のような核兵器に関する米国との対話組織が必要」と言う。
核軍縮が始まれば、米核戦略が変わり、核の傘も変質する。核軍縮を支持しつつ、核の傘を維持するには、日本も米戦略にもっと参画すべきだ。数少ない核の専門家たちが、そう考え始めている。
麻生首相は外相だった06年10月、国会で「(核保有の是非を)議論しておくのも大事」と発言し物議を醸した。オバマ核軍縮は、日本でタブーだった核論議の解禁につながる可能性をはらんでいる。
毎日新聞 2009年5月4日 東京朝刊