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社説 チェンジ!少子化 出産への不安ぬぐう医療体制整備を(6/1)

 産科医不足が深刻になり、地域の中核病院でお産の取り扱いを中止したり制限したりする例が相次いでいる。昨年10月には、東京の真ん中で脳内出血を起こした出産間近の妊婦が8つの病院から受け入れを断られ、出産後に死亡した。小児科医の不足も各地で問題になっている。

 医療は安心して子どもを産み、育てるための土台だ。女性たちが不安で妊娠をためらうようでは少子化は解決しない。早急な対応が必要だ。

産科医は10年で1割減

 厚生労働省の調査では、医療に従事する医師の数は2006年は約26万4000人で10年前より3万人以上増えている。だが、産婦人科・産科に限ると約1万1300人から1万人強へと1割の減少だ。

 分娩(ぶんべん)を取り扱う施設は、1996年には3991カ所あったが、05年には2933カ所になった。生まれる子どもの数も1割以上減っているが、それを上回る落ち込みだ。小児科の医師は10年前より6.7%増えている。だが現場での不足は深刻だ。

 なぜ、産科や小児科医不足が起きるのか。原因は大きく2つある。

 1つは病院での昼夜を問わない過酷な勤務実態と訴訟リスクへの懸念もあって、医学部の学生が産科や小児科を敬遠することだ。

 2つ目は女性医師が増え、なかでも産科や小児科を目指す女性が多いにもかかわらず職場がそれに対応していない。

 医学部入学者に占める女性の割合は70年代は10〜15%だったが、この10年は3割を超える。医師全体に占める女性の割合は17%だが、産婦人科では23%、小児科では31%で、20代に限ると73.1%、50.1%に達する。

 医療職場は長く男性中心で、すべての時間を仕事にささげるのを当然としてきた。家庭生活との両立支援が不十分で、女性医師の4人に1人が30代半ばで職場を離れ、復帰しても非常勤やパートで働く例が多い。実際の数以上に不足が深刻化する原因になっている。

 解決のためにはまず医師の数を確保し、妊婦が安心して出産できる体制を再構築する必要がある。

 そのためには単に医学部の定員を増やすのではなく、必要な診療科の医師が増える対策が重要だ。少なくとも国・公立大学では診療科ごとに定員を設けるなど、眼科や皮膚科など特定の科に学生が集中しない対策を考える必要がある。

 昨年の診療報酬改定ではリスクの高い分娩や休日・深夜の小児科の初診料加算などが導入された。効果を検証したうえで、さらなる切り上げも検討すべきだろう。

 そのうえで大切なのが、中核病院に医師を確保する自治体首長の指導力だ。医師不足の度合いは地域によって異なる。市立病院の産科医の手当増に取り組む動きも出ているが、少子化を重視するなら財源を割き、地元で産科・小児科医になることを条件にした特別奨学金の給付や、報酬引き上げなどを考えてもいい。

 今年から通常のお産で脳性まひになった場合に補償金を払う産科医療補償制度が始まった。訴訟リスクの高さが産科離れなどを招いているなら、専門家による医療事故調査委員会(仮称)の議論を進め、また医師個人に過度の負担がかからないよう基金の充実も急ぐ必要がある。

女性医師の就労支援を

 女性医師の就労支援も急がれる。大阪厚生年金病院では育児期間中は残業や当直を免除し、保育園の送迎に支障がない時間帯の勤務を認めている。短時間勤務、週3日の変則勤務、院内保育所の開設などの支援策を打ち出す病院も増えている。

 女性医師は今後も増加が見込まれる。産科や小児科では患者からの期待も高い。医療技術の進歩はめざましい。長期の育児休業を取らなくても働き続けられる支援が必要だ。女性側もせっかく取得した資格を無駄にしないよう努力してほしい。

 産科医の負担軽減には助産師の活躍も重要だ。助産師は出産のすべてを介助できる教育を受けている。出産は何が起きるかわからないリスクもあり医師との連携は不可欠だが、正常分娩なら助産師の介助で十分だ。助産師外来や院内助産院を設置する病院も増えている。上手に役割分担することが大切だ。

 小児科医の負担軽減では利用者の意識改革が効果をあげている。近年、救急車で搬送される7歳未満の子どもが増え小児科医1人当たりの負担は重くなっている。医師の負担を減らそうと「病気の予備知識やかかりつけ医をもち、受診の仕方を改めよう」と呼びかける親たちの活動が各地で始まった。幅広い視点で医療の「安心確保」を考えたい。

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