<1>歌舞伎十八番集(郡司正勝・校注/日本古典文学大系98所収/岩波書店/品切れ)
<2>歌舞伎十八番(戸板康二・著/隅田川文庫/1470円)
<3>江戸っ子と助六(赤坂治績・著/新潮新書/714円)
江戸時代に「助六」を上演する劇場は、劇場前の大通りに桜を植え、両側に並ぶ芝居茶屋には吉原と同じのれんや提灯(ちょうちん)をかかげて、町全体が「吉原」に変身した。その上舞台、東西両桟敷、花道にまで桜を飾って劇場の内部も全て吉原にした。観客は吉原そのままの町を通って客席に入ると吉原にいるかのごとき夢見心地で「助六」を見た。「助六」はほかの演目と違う江戸歌舞伎の一大イベント。江戸随一の名所「吉原」こそテーマだったからである。
主人公浅草花川戸の〓客(きょうかく)助六は、江戸ッ子の代表。男が好(よ)くて、女にもてて、威勢がよくて、なにかというとタンカを切る。悪態。ただの悪口毒舌と違ってカラッとしてユーモァたっぷりだから、悪態をつかれた方も苦笑するほかない。「鯉(こい)の吹流し」。ハラワタがない。
江戸ッ子の典型は、主人公の助六だけではない。ほとんど登場人物全員が江戸ッ子。したがって「助六」を見れば江戸ッ子のよさも悪さもわかる。
その「助六」を知るにはむろん舞台を見るのが一番だが、江戸時代の古体を知るにはテキストを読むのがいい。
なかでは<1>の郡司正勝の、微に入り細をうがつ校注がすぐれた本がいい。久保田万太郎の句に「助六の素性よく知る燕(つばめ)かな」。燕は空から助六の世界を見たろうが、このテキストを読むと今日の舞台ではカットされている助六と揚巻(あげまき)のラブ・シーンもあって、「助六の素性」がよく見渡せる。
<2>は助六だけの本ではないが、助六もその一つである歌舞伎十八番全体がわかる本。
「助六」だけを書いた本はなかなかないが、唯一<3>がそれである。助六の時代背景、歴史的なその誕生の経緯が要領よくまとめてある。
この三冊で読者も江戸の空の燕になれる。
毎日新聞 2009年5月31日 東京朝刊