あまりにも軽率で場当たり的な迷走劇だった。麻生太郎首相が次期衆院選のマニフェスト(政権公約)の目玉にしようと打ち上げた厚生労働省の分割構想が、関係閣僚や自民党内の強い反対の前に、あっけなく断念に追い込まれてしまった。
分割構想は、十五日に開かれた政府の安心社会実現会議で示された。首相は渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長の提案を受ける形で、内閣府の関係部局を含め「社会保障省」と「国民生活省」に分割する持論を示して必要性を強調した。検討の指示を受けた与謝野馨経済財政担当相らが素案取りまとめの調整に動いていた。
これに対し、舛添要一厚労相が強く反発、首相の二分割論に対抗する形で三分割論を挙げるなどして早急な取りまとめをけん制。自民党内にも「大きな官庁は他にもあるのに、なぜ厚労省なのか」など族議員を中心に異論が噴出した。すると、麻生首相は一転して「最初から(分割には)こだわっていなかった」と断念を表明、さらに「分割しろと指示したことはない」などとも語った。
厚労省は国の一般会計予算の半分近くが関係するマンモス官庁である。年金記録問題や厳しい経済状況下での雇用対策、新型インフルエンザといった難題が山積、厚労相の多忙ぶりが際だっている。巨大組織ゆえの弊害もあろう。国民生活と直結する分野が多いだけに、時代状況や課題の変化に応じて効率的、機能的な組織への転換を図ることは一考に値する。
とはいえ、今回のように突然ポンと花火を打ち上げて短期間で事を運ぼうとするのは無理がある。省庁の分割や再編などは日本の将来像を描き、現状の問題点や原因を分析した上で、省庁全体の在り方をどうするかを考え、国民の合意を得ながら進めていくべきものであろう。
同時に一国のリーダーには、高い理念と成し遂げようとする信念が欠かせない。だが、麻生首相は強い反対にさらされるや簡単に引き下がったばかりか、自ら指示した言葉を翻し、責任をかわそうとした。その姿勢は嘆かわしい限りだ。
選挙前の慌ただしい時に打ち上げた背景には、相次ぐ不祥事で国民の批判が強い厚労省にメスを入れることで衆院選に向け「生活重視」の改革姿勢をアピールする狙いがあったのか。指導力を示そうとしてのトップダウンだったのか。しかし、判断力を欠いた迷走劇は首相への信頼に新たな失点を重ねた。
かんぽ生命保険は、旧日本郵政公社時代の簡易生命保険の保険金不払い問題で、これまでの調査状況や今後の対応策を総務省に報告した。
最終的な不払いの総数は三十万件から四十万件になるとの見通しだ。さらに契約者から請求がないため支払っていない未請求は、今年三月末時点で総額二千九百二十一億円に上った。
副社長は会見で陳謝するとともに「会社として意図的に減額するなどの不払いはなかったと思う」と述べた。しかし、件数はあまりに多い。
公社時代は、被保険者と面接せずに契約するなど法令順守体制の不備が指摘されてきた。契約者が受け取るべき保険金を支払わないで済ませていたとは、不誠実というしかない。
保険金不払い問題は、二〇〇五年に民間生保で発覚したのが発端である。その後の調査で三十八社で五年間に約百三十万件の不払いが見つかった。かんぽ生命は昨年八月、総務省の報告命令を受けて、〇三年から〇七年までの保険金支払い約千三百万件の契約を調査。不払いの疑いが濃厚な契約が多数存在することが分かったという。
不払いは保険金を過少に認定したり、入院特約付きの契約で死亡保険金しか支払わなかった場合などだ。未請求は定期保険の満期を迎えながら契約者が忘れていたため請求しなかったケースなどが該当する。
不払いと未請求のあった顧客には来年二月末までに通知を終える予定で、連絡のつかない人には直接訪問も行う。支払いが完了するのは当初目標の来年三月末より遅れる見込みという。
信頼回復にはそれだけでは足りない。業務改善計画や再発防止対策を示すとともに、顧客を重視した経営を着実に実践していくことが重要だ。
(2009年5月31日掲載)