余り知られていない冤罪事件に福岡県飯塚市で発生した女児誘拐殺人事件がある。1992年2月、登校途中の小学1年生2名が行方不明になり、甘木市の山中道路脇斜面で遺体となって発見された。
司法解剖で扼殺、直接の性的暴行の痕跡は無かったが、性器内から被害者以外の微量の血液を検出した。
また遺留品が発見された現場付近にワンボックスカーが止まっていて、中年男が立っていた、車の後輪がダブルタイヤだつたなどの目撃情報があった。
これらの証拠によって捜査が開始され、ワンボックスカーでダブルタイヤの車の持ち主、久間三千年氏が捜査線上に浮かび、任意提出された髪の毛でDNA検査がなされた。
しかし、鑑定は不一致となり、福岡県警は久間氏を逮捕できず、重要参考人としてマークし続けたらしい。それから1年後、マークしていた捜査員とトラブルになり、警官を負傷させたとして逮捕されて罰金刑を受けたりするが、更に月日が過ぎた1994年9月23日、今度は容疑者として逮捕された。
逮捕の決め手は被害者両名の衣類に付着していた微量の繊維が、久間氏の車のシート繊維とが一致したとする鑑定結果だった。
それから67日間、久間氏は一貫して否認を貫いたが、裁判となり、有罪・死刑判決を受け、これが2006年9月8日に確定することになる。
これらの経過は、「冤罪ファイル」誌3月号に詳しく記載されているので、ぜひ読んで欲しい。
一昨日、日大法医学部の押田教授を訪ねた際、印象的な言葉を聞いた。先生は「DNA検査で一致しないことは百パーセント証明出来るが、一致すると完全には証明出来ない」と言われたことだ。99.9パーセントの確率ならば百に一回は間違うことになるが、これでは犯罪の証明力としては不完全ではなかろうか。
一般的にDNA鑑定は完璧な証拠と思われているし、マスコミでも取り扱われている。非常に危うい話だ。
この飯塚事件は2008年10月28日、久間氏の無実の訴えが無視されたままに死刑が執行された。
有罪の証拠は、DNA鑑定と車のシート繊維鑑定が一致したということだけらしいが、DNA検査は、科学警察研究所が行ったもので「ほぼ一致した」との鑑定なのだ。その道の権威である押田教授の言葉を考えれば、この鑑定結果は怪し過ぎる。一致しても百パーセントは信頼出来ない鑑定なのに、ほぼ一致とは何事たろう。
科学警察研究所、通称科警研ほど、うろんな存在は無い。どんな証拠であっても、捜査体制から求められる証拠は作り出す能力を持っている。北陵クリニック事件などでは、千回も検査出来る被害者の血液を総て使い果たして、守大助の点滴容器に入れた筋弛緩剤を検出した鑑定を出した。医学者が揃って点滴では殺せないと言い、当時の院長が病死に医療過誤だと言っても、総て使い果たしたとすれば、最早再鑑定は不可能。これが科警研のやり口だ。
鑑定結果が被告に悪ければ、犯人性を示せば食らい付く裁判官魂、飯塚事件は死刑。北陵クリニック事件は無期懲役で一件落着だ。
久間氏には自白は無い。車のシート繊維が一致と言っても、同じ車は福岡県内に165台。他の県は調べてもいないのだ。「ほぼ一致」などと、いい加減なDNA鑑定をする組織のやることでは、その車シート繊維の一致だって信用できたものでは無い。
この飯塚事件、死刑が確定して、僅か2年で執行された。平均では7〜8年経過後の執行というだが、死刑に判を押したのは鳩山邦夫法務大臣だった。首相は誰?
飯塚市は麻生首相の城下町。この飯塚事件をマスコミが調査に行けば、すぐさま取り囲まれるという複雑さもある。怖い話だね、怪しげな話だ。
足利事件がDNA検査で無実が証明された今、この飯塚事件の異様な結末を社会が注目して欲しいものだ。
司法解剖で扼殺、直接の性的暴行の痕跡は無かったが、性器内から被害者以外の微量の血液を検出した。
また遺留品が発見された現場付近にワンボックスカーが止まっていて、中年男が立っていた、車の後輪がダブルタイヤだつたなどの目撃情報があった。
これらの証拠によって捜査が開始され、ワンボックスカーでダブルタイヤの車の持ち主、久間三千年氏が捜査線上に浮かび、任意提出された髪の毛でDNA検査がなされた。
しかし、鑑定は不一致となり、福岡県警は久間氏を逮捕できず、重要参考人としてマークし続けたらしい。それから1年後、マークしていた捜査員とトラブルになり、警官を負傷させたとして逮捕されて罰金刑を受けたりするが、更に月日が過ぎた1994年9月23日、今度は容疑者として逮捕された。
逮捕の決め手は被害者両名の衣類に付着していた微量の繊維が、久間氏の車のシート繊維とが一致したとする鑑定結果だった。
それから67日間、久間氏は一貫して否認を貫いたが、裁判となり、有罪・死刑判決を受け、これが2006年9月8日に確定することになる。
これらの経過は、「冤罪ファイル」誌3月号に詳しく記載されているので、ぜひ読んで欲しい。
一昨日、日大法医学部の押田教授を訪ねた際、印象的な言葉を聞いた。先生は「DNA検査で一致しないことは百パーセント証明出来るが、一致すると完全には証明出来ない」と言われたことだ。99.9パーセントの確率ならば百に一回は間違うことになるが、これでは犯罪の証明力としては不完全ではなかろうか。
一般的にDNA鑑定は完璧な証拠と思われているし、マスコミでも取り扱われている。非常に危うい話だ。
この飯塚事件は2008年10月28日、久間氏の無実の訴えが無視されたままに死刑が執行された。
有罪の証拠は、DNA鑑定と車のシート繊維鑑定が一致したということだけらしいが、DNA検査は、科学警察研究所が行ったもので「ほぼ一致した」との鑑定なのだ。その道の権威である押田教授の言葉を考えれば、この鑑定結果は怪し過ぎる。一致しても百パーセントは信頼出来ない鑑定なのに、ほぼ一致とは何事たろう。
科学警察研究所、通称科警研ほど、うろんな存在は無い。どんな証拠であっても、捜査体制から求められる証拠は作り出す能力を持っている。北陵クリニック事件などでは、千回も検査出来る被害者の血液を総て使い果たして、守大助の点滴容器に入れた筋弛緩剤を検出した鑑定を出した。医学者が揃って点滴では殺せないと言い、当時の院長が病死に医療過誤だと言っても、総て使い果たしたとすれば、最早再鑑定は不可能。これが科警研のやり口だ。
鑑定結果が被告に悪ければ、犯人性を示せば食らい付く裁判官魂、飯塚事件は死刑。北陵クリニック事件は無期懲役で一件落着だ。
久間氏には自白は無い。車のシート繊維が一致と言っても、同じ車は福岡県内に165台。他の県は調べてもいないのだ。「ほぼ一致」などと、いい加減なDNA鑑定をする組織のやることでは、その車シート繊維の一致だって信用できたものでは無い。
この飯塚事件、死刑が確定して、僅か2年で執行された。平均では7〜8年経過後の執行というだが、死刑に判を押したのは鳩山邦夫法務大臣だった。首相は誰?
飯塚市は麻生首相の城下町。この飯塚事件をマスコミが調査に行けば、すぐさま取り囲まれるという複雑さもある。怖い話だね、怪しげな話だ。
足利事件がDNA検査で無実が証明された今、この飯塚事件の異様な結末を社会が注目して欲しいものだ。