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発信箱:むなしい科学=元村有希子(科学環境部)

 雨降れば雨に放射能雪積めば雪にもありといふ世をいかに

 湯川秀樹はこの歌を、米国の水爆実験(1954年3月1日)の後に詠んだ。ノーベル賞受賞後は核兵器廃絶運動に取り組み、激しさを増す核開発競争を批判した。

 太平洋上での実験は予想以上の破壊力を示し、操業中の「第五福竜丸」の乗組員23人が「死の灰」を浴びた。日本は広島、長崎に続いて三たび核兵器を経験している。

 そして今月、北朝鮮が地下核実験を実施した。「成功」を伝える発表文は「科学者、技術者らの要求に従い」と始まる。作っては試し、改良してまた試す。こうした試行錯誤なしに科学の発展はない。だが、科学者たちは結果の深刻さについて一度でも想像したことがあるだろうか。そう考えたらむなしくなった。

 戦時中、米国で原爆開発計画に参加した科学者の回想録(「原爆をつくった科学者たち」岩波書店)。巨額の金を使って刺激的な先端研究ができる喜びと、世界初の核実験を成功させた興奮がつづられている。広島と長崎への原爆投下手順表を作った科学者は「当時の最大の心配は、手順表を実行した時の深刻な影響ではなかった」と語った。

 砂漠の真ん中の実験場は放射能に汚染され、今も自由に立ち入れない。日本でも陸軍と海軍が原爆開発を計画し、湯川ら多くの科学者がかかわった。未完に終わったから「加害者」にならずに済んだ。

 人間はこの60年間、同じことを繰り返してきた。政治家が科学者を利用し、科学者は無邪気に目標を追いかけ、多くの命を奪い、地球を汚し、誰ひとり幸せにしなかった。どう考えても、これ以上むなしい営みはない。

毎日新聞 2009年5月30日 1時20分

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