エキスポランドのジェットコースター事故とディズニーランドの安全管理
具体的には「アドボカシー・マーケティング」アーバン・グレン著 英治出版 という書籍との出会いです。
アドボカシーとは
アドボカシー(またはアドヴォカシー、advocacy)とは、本来「擁護」や「支持」「唱道」などの意味を持つ言葉で、日本では、近年、「政策提言」や「権利擁護」の意味で用いられるようになっている。また、アドボカシーを、「社会問題に対処するために政府や自治体及びそれに準ずる機関に影響をもたらし、公共政策の形成及び変容を促すことを目的とした活動である」と定義する専門家もいる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
さらに詳しくお知りになりたい方は「オックスファム アドボカシー」で検索してください。
ホスピタリティ・マーケティングとアドボカシー・マーケティングの違いとは何か、アドボカシーをビジネスとして捉えてよいものだろうか。
悩みに悩み、考えに考え・・・最近ようやく結論にたどり着き、講演等で話させていただいております。
今後このブログでもアドボカシー・マーケティングについては触れていく所存です。
本題のジェットコースターの事故について書かせていただきます。私は東京ディズニーランドのビッグサンダー・マウンテンやスペース・マウンテンの運行責任者を務めてきました。したがって、この事故の背景にあるものは何であるのかが手にとるように分かります。
このブログでもこの言葉を紹介したことがあります。
「悪の葉っぱに斧を向ける人は千人いても、根っこに斧を向ける人はひとりしかいない」H・D・ソロー
マスコミはエキスポランドだけに斧を向けています。もちろん事故を起こしたのはエキスポランドという会社です。取り返しのつかないことをしてしまったこの会社の運行責任者は厳しく断罪されるべきです。
しかし、です。根っこはどこにあるのでしょうか。そこを考えてみたいと思います。
「国家の品格」の著者である藤原正彦氏は、報道2001という番組でこのような意味のことを話されていました。
「経団連や経済同友会の意見が経済政策のみならず、教育や安全保障の分野にまで入り込んでいることが、日本の荒廃の原因だ。この経済至上主義こそが日本の問題である」
この発言に「我が意を得たり」と思いました。私は教育に限らず生活安全全般においても「経済至上主義」がさまざまな問題を引き起こしていると考えているからです。
JR西日本の脱線事故、エレベーター死亡事故、六本木ヒルズ回転扉死亡事故、ライブドア問題やプロ野球の裏金問題など、すべての根っこには「利益最優先」というパラダイム(ものの見方考え方)があります。
今回のジェットコースター事故も同じです。エキスポランドという会社もしかり、国土交通省の外郭団体であり、安全運行を指導する立場にある「財団法人 日本建築設備・昇降機センター」しかりです。
特にこの外郭団体のパラダイムが決して「安全最優先」でないことは明白です。シンドラーエレベーターの死亡事故も、六本木ヒルズ回転扉死亡事故も、今回のジェットコースター死亡事故もこの外郭団体が安全管理を徹底指導していれば防ぐことができたはずです。
これだけ頻発して死亡事故を発生させてしまったことで、この団体の存在意義と職員のパラダイムが問われるのか、それとも全く「おとがめなし」なのか、私はその点を今後注視していきたいと考えております。
「遊戯施設の実態に詳しい青木義男・日大教授(安全設計工学)は「近年の遊園地は二極化が進み、一部の人気遊園地は安全管理を徹底する一方、そうでないところは人件費から削る。」6日毎日新聞
それではディズニーランドの安全管理はどうなっているのか、この問いに答えさせていただきます。
まず、こちらのページを開いてみてください。
実践女子大学生活文化研究室顧客サービス・e−セミナー・テキスト@
ディズニー・テーマパークの魅力−「魔法の王国」設立・運営の30年−
実践女子大学生活文化研究室の松田義幸教授にお話を伺ったところ、このファイルはダウンロードフリーであるとのことです。松田教授のお計らいに深く感謝申し上げます。
まず、第一章の「テキスト発刊に寄せて」と「はじめに」をお読みください。今まで「ディズニー方式」への日本社会の評価が低すぎたことをご理解いただけると思います。(※このテキストでは「ディズニー方式」という言葉は使われていません)
次に第7章の5のバックステージの生命線「品質と安全」 176ページ〜179ページを読んでいただくと、ディズニーランドのアトラクションの「予防整備作業」の実際をご理解いただけることでしょう。
メディアに携わる方や法案をつくる方、そして全国の安全管理の担当者の方々にこの「ディズニーランドの真実」を知っていただきたい、安全最優先、SCSEの思想に転換してほしい、そう願って止みません。
最後に拙書『すべてのゲストがVIP』東京ディズニーランドで教えるホスピタリティ に書いた安全に関する文をいくつか紹介させていただきます。この部分に関してもコピー、転載はフリーです。
日本社会の安全に少しでも貢献できれば幸いに思います。
■深夜の人間サンドバック(Acceptance Test)
仮に、「スペース・マウンテン」のステーションエリアのブレーキ機器を一部改良すると想定します。現状でも特別な問題は生じていないものの、より高性能な制御装置が開発される場合もあります。
新しい装置や制御システムを導入する際には、必ず受け入れる側の信頼を得るための承認テストが行われます。
このテスティングは通常二〜三夜連続で行われます。最初の日はまず、無人のロケットを何時間も走らせます。立ち会いはメンテナンスの担当者とアトラクション担当のスーパーバイザー、ワーキングリードです。
ロケットを何十周も周回させ、多くの細かいデータを収集します。ゼロ・コンマ何秒単位の機器の反応時間や、数センチ単位のロケットの停止位置などを測定し、安全性を確認するのです。
無人の後は、サンドバックをロケットに載せ、同様なテスティングを行います。あらゆる場合を想定します。子供だけが乗車した場合を想定した重量を載せての測定、許容重量いっぱいのサンドバックを載せての測定などです。
屋外のアトラクションの場合、雨天時を想定したテスティングも行います。ブレーキに水をかけ、濡れてブレーキが利きにくい状況での数値も計測します。
さて、サンドバックでの測定が終了し、安全性が確認できた場合、最終日には人を載せます。なぜ、サンドバックでのテスティングだけではいけないのでしょう。
サンドバックと人とでは重心が違います。サンドバックは揺れませんが、人は前後左右に揺れます。さらに「止まりごこち」とでも表現すればよいのでしょうか、停止する時に受ける感覚も大切です。とにかく「最後は人の五感で確認」。これもディズニーの原則の一つです。
■安全へのアプローチ
「自分が働いている場所をすごい所だ」と感じた人は少ないかもしれません。ディズニーランドで働くとそのすごさを実感することがあります。それは来場者数や施設の素晴らしさではありません。
あるアトラクションの改修工事が行われる時、アトラクション側からメンテナンス側に要望事項を提出しました。
それは、複雑なライド(乗り物)の入庫や出庫システムを現状よりシンプルしてほしいというような依頼内容でした。新人キャストの育成を容易にするためと、人的ミスを防止することが目的です。つまり、アトラクション運営を「簡単」にしたかったのです。メンテナンス側の回答はNOでした。
■全自動は安全の敵?
「人間は限りなく楽な方向を望む。ボタン一つの操作ですべてを解決できる仕組みを望む。そしてそれは人の力を低下させることにつながる」
「楽をすることにより得るもの」と「楽をすることにより失うもの」。その大きさをしっかり認識しなくてはいけないということです。
私はこの原理原則を理解して初めて、ディズニーのすべての作業手順が「楽でない」「意識的に苦労させる」ようできていることに気付きました。その時に、自分が働いている場所はただのすごさではない。めちゃくちゃすごいということを実感したのです。
ジェットコースタータイプのアトラクションでは、いわゆる「全自動」で制御システムを立ち上げていくことが可能です。パソコンのスイッチを入れるだけで利用するアプリケーションが立ち上がっていくことと同じです。この方式を使えば、数分でコースターの運転が可能になります。キャストも必要としません。
このようにメリットが多いにもかかわらず、通常時間帯の運営では決してこの方式を用いません。二〇分を費やそうが、キャストを五人必要としようが、必ず「標準手順」通りに立ち上げていきます。軌道切替ポイントに異常がないか、実際に目で確認しコントロールセンターに報告するキャスト、一方でその報告を受け、センター内の制御システムに指令を入力するキャスト。相互確認により作業を一つ一つ進めていくのです。
安全を最優先させているからこそ、あえて現場で問題を見付け出す、このプロセスを重要視するのです。例えばコンピューターの立ち上げ時にパスワードを入力しないことは、危険なことではないでしょうか。「全自動は安全の敵」。少なくともディズニーランドはそう考えています。
■安全の要はメンテナンスキャスト
運営側のキャストに対し、安全性と機能性を考慮した施設や機械を提供するメンテナンスキャストの存在は、ディズニーランドの運営の要と言えます。
ディズニーランドはバックステージで働くキャストを含め、全員のチームワークで成り立っています。しかしながらあえて個人的見解を言えば、一番大変で苦労が多いのはメンテナンスのキャストであると断言できるのです。
「スペース・マウンテン」のテスティングの項目でも紹介しましたが、メンテナンスキャストは早朝から深夜に至るまで、アトラクションや各施設を点検・整備します。航空機に例えれば、パイロットやキャビンアテンダントがアトラクションキャストです。メンテナンスキャストは航空機の整備士であり機関士であるのです。ゲストの目の前で活躍することはありませんが、ディズニーランドの運営上最も重要であり、最も信頼が高い人たちなのです。
■「スカイウェイ」の故障と救出
「スカイウェイ」は「プーさんのハニーハント」のオープンに伴い廃止されたアトラクションです。一般にいうロープウェイです。このアトラクションは、ディズニーのアトラクションの中では特異的な存在でした。
「ファンタジーランドへようこそ!」
ゴンドラの扉が開くとキャストが大きな声で迎えてくれます。このようにソフトウェアはディズニーそのものですが、機械関係はスキー場のロープウェイと同じものなのです。鉄道法、索道法が適用されるため、月次で索道協会へ運営報告をします。このアトラクションのスーパーバイザーを担当すると次の事柄が見えてきます。
一つ目は、「日本のロープウェイの仕組みがわかる」ということです。東京ディズニーランドや東京ディズニーシーのほとんどのアトラクションは「ディズニー製」です。ライドの制御システムから運営に使用する用語まで、ほとんどディズニーが独自に考え出したものです。
それに対して「スカイウェイ」は日本式でした。索道法の索とは縄とか綱の意味です。握索(あっさく:ゴンドラのロープを掴む)とか放索とか、用語は日本語なのです。これが非常にわかりづらい。運行の仕組みのトレーニングを受けても、一度日本語からディズニー用語に変換しないと、安全装置などの働きが理解できないほど不可解でした。ゴルフや野球をすべて日本語で説明しなくてはならないのと同じ位の不自由さを感じました。
次は、「日本の運行規定に関して」です。索道協会へ提出する運行報告書の内容も、ディズニー的なものとは一八〇度違うように感じました。私は考え込みました。所管の国土交通省や索道協会が必要とする数字やデータは、どのような意味を持つのだろうかと。日本中のロープウェイやゴンドラの運行会社も同じように考えているのではないかと。少なくてもディズニーでは使えないデータばかりを要求されていたからです。私にはとても理解できません。より大切な捉えるべき数字があると思うのですが。(以下略)
■見逃さないワーキングリードに育てる
「ビッグサンダー・マウンテン」がオープンしてすぐのことです。ワーキングリードからスーパーバイザー数名が呼ばれました。「見てもらいたいことがある」というものでした。私たちは三階のキューエリアに急行しました。
「スパイラルビュートの揺れが通常より大きく見える」
二人のワーキングリードはそう言います。スパイラルビュートとは、三階から見え、列車が渦巻き状に走り抜ける場所です。列車走行エリアの中でも、最もスピードが出ている箇所の一つです。
「揺れが大きい」と指摘されましたが、正直私にはその違いはわかりませんでした。私たちスーパーバイザーは、念のためアトラクションを休止させ、メンテナンスキャストに点検を依頼しました。
結果的には、施設に異常が見付かりました。鉄骨の筋交い部分に不具合があったようです。もちろん何本もある中の一本であり、この不具合が事故に直結することはありませんでした。揺れも地震発生時に想定されるものより小さかったようです。
アトラクションは再開され、不具合はパーク閉園後に修理されました。
このことが教えてくれたものは、いったい何であったのでしょうか。そうです、この二人の「見る目」の素晴らしさです。そして放置せず報告したことです。
この不具合は幸い軽症でしたが、知らずに放置しておけばいつか事故につながるものに発展した可能性も否定できません。不具合とはそのように考えるべきものなのです。
こうした二人の貢献こそ「褒め称えられるべきもの」です。実際に当時のマネージャーはこの二人を高く評価してくれました。
「ディズニーランドの安全は、最後は人の持つ五感で」というディズニーの教えの正しさを実感した一日でした。「小さな異常を絶対に見逃さない」。ディズニーランドの基本的行動指針です。一方、日本社会で何かを見逃したことによる「大事故」発生のニュースを聞くたびに、この二人のワーキングリードの活躍ぶりが脳裏をかすめるのです。
■航空機並みの安全装置
フェールセーフ(fail-safe:安全を保障する仕組み)の基本的考え方は、実にシンプルです。それは、どのような故障が発生しても、事前に設定してある定位置に停止させることです。つまり、走行エリア内に相当数設置されている「非常用ブレーキ」にコースターを停止させるのです。この「非常用ブレーキ」に停止することは、「安全」なことなのです。たとえコースターの車輪が破損しても、このブレーキに必ず停止します。そのような、故障までをも事前に想定した制御システムになっているのです。
長くなりましたが、ここで皆さんに伝えたいことは、ディズニーランドのアトラクションは航空機並みの安全装置が備えられているということです。一方で、このことはある問題を抱えているとも言えるのです。それは「すぐ停止する」という問題です。安全性を最優先させるために、意図的に止まりやすくしているのです。
たった一つの機器類の異常や、十数秒単位の発進時間の遅れなどで、この「安全装置」が作動する仕掛けになっています。
アトラクション休止は効率を悪くします。ゲストの体験回数を減らします。ワーキングリードもスーパーバイザーもメンテナンスのキャストも、なるべくアトラクションを停止させないよう、点検、改善そして指導を繰り返しているのです。
■小さなルール違反を見逃さないこと
ディズニーランドでは、「自己流」の手順や「自己流」のルールは許されません。それでも、「自己流」がより良いものであると実証されれば、喜んでそのアイディアを取り入れます。「自己流」がマニュアルに記載され、「公式」なものになっていくのです。非公式な「裏マニュアル」などを存在させない仕組みになっています。
ディズニーランドでは、小さなルール違反も許されません。身だしなみ規定違反、些細な伝達ミスなどいろいろあるでしょうが、その違反がやがて大きな問題に拡大していくことを知っているからです。スーパーバイザーだけではなく、すべてのキャストが、ルール違反を見付けたらその場で指導し改善する義務、報告する責任があるのです。
アトラクションに安全装置が設置され、フェールセーフを可能にしているように、パークの様々な運営現場においても、このように「キャストの目」という安全装置が作動する仕組みになっているのです。それは、ディズニーランドというテ−マパーク全体にとっての「安全装置」になっているのです。
■だから安全装置を働かせる
ゲストを知ることは重要です。そのこととともに、キャストを知ることも大切なのです。あらゆる人に相反する両面性があるということを十分認識した上で、キャストとのコミュニケーションを図らなくてはならないのです。
キャストはこの手順で行います。なぜならばこういう理由があるからです。キャストはミスや失敗をするものです。だからこのような安全装置をあらかじめ用意しておくのです。もしかしたら安全装置が働かない状況が発生することも考えられます。だからキャストやスーパーバイザー全員の目を常に光らせます。
「なぜならば」と「だから」が大事であることが理解していただけたでしょうか。
最悪の結果を招かないよう、何重にも安全装置が働く仕組みを作っているのです。最大規模の問題に発展する可能性がある、最小規模の問題点を発見できることこそが大切であるということを教えているのです。
ボタン一つ押せば何でも「楽ができる」。この時代にあっても、あえて楽をさせないのがディズニーです。「楽」というベクトルを働かせず、人間の最大限の英知を結集させる方法で、ムダやムリという不効率を徹底的に取り除くのです。それがディズニー方式です。すごいと思いませんか。
亡くなられた小河原良乃さんのご冥福を心よりお祈りいたします。