「国家の品格」とディズニーランドのホスピタリティ
競争と格差社会について考えてみたいと思います。
ディズニー出身の私が出した結論は以下の通りです。
「競争至上主義に基づいた組織運営を長期間にわたり推進すると、企業も社会も必ず衰退する」ということです。
所得格差、教育格差、希望格差など格差もいろいろですが、ここでは職場内の総合的な実力格差(スキル格差)を取り上げてみたいと思います。
それではなぜ、格差が生まれるのでしょうか。簡単に言えば格差=差とは「自由競争」の結果といえるでしょう。
自由に競争させれば結果に差が出ます。勝つ人と負ける人が生まれます。
ゴルフを考えればその当たり前のことがよく分かります。
プロ選手の大会にはハンディキャップ(弱者に与えられている有利な持ち点)はありません。当然タイガー・ウッズのようなランキング上位者、つまり「強い者」が勝つ確率が高くなります。
大会で優勝すれば高額な賞金を手にすることができます。
年間を通じて何回も優勝争いに加わる選手と、毎回予選落ちの選手では獲得賞金に差がつくことは当たり前のことです。端的に言えばこの差が所得格差になるということです。
さて、話を表題にある「国家の品格」(著者 藤原正彦 新潮新書)という本の内容に移します。
この本では、個人の行動基準や、日本という国家の持つべき品格は「教養から生まれた情緒(あわれみ)」「惻隠の情(思いやり)」など武士道の思考基盤に基づくべきであると説いています。
そして、行き過ぎた競争主義や金銭至上主義は、産まれながら日本人のDNAに組み込まれている、この武士道の思考基盤をずたずたにしてしまう、と書かれています。
(もちろんこの本の内容はこれだけではないのですが、今日のテーマにとって大切な部分だけにフォーカスさせていただきます。)
少しだけ本文を引用します。
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実力主義を本当に徹底し始めたらどうなるでしょうか。例えば、同僚は全員がライバルになります。ベテランは新入りにノウハウを絶対教えなくなる。教えたら最後、自分が追い落とされてしまいます。したがって、いつも敵に囲まれているという、非常に不安定な、穏やかな心では生きていけない社会になってしまうのです。
競争社会とか実力社会というのは、野放しにすると必要以上に浸透していきます。究極の競争社会、実力社会はケダモノの社会です。
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この本への賛否にもかなりの「格差」が生じていることは知っていますが、私自身は、著者のこのような指摘は概ね正しいものである、そう考えていることをまず申し上げておきます。
さて、上記の「非常に不安定な、穏やかな心でない環境」のなかで仕事をするということは、所属員にとってはどのような意味を持つのでしょうか。
不安であるということです。
やるか、やられるかの環境では、安心して能力を発揮できないということです。
具体的には、所属員は良いアイディアを出さなくなります。出したら最後もって行かれる(盗まれる)可能性があるからです。
所属員同士のチームワークにもひびが入ります。チームワークでの仕事の成果が、個人の評価の対象になりにくいからです。
そして、何よりも問題であるのは「マインド」の問題です。以前に豊かさマインドと欠乏マインドについて書きましたが、安心して能力を発揮できない、不安な環境では「勝つこととは、他人を負かすこと」という欠乏マインドが中心になってしまいます。
つまり、小さなパイの取り合いが始まるということです。
グローバル(世界的)な競争に立ち向かっているはずが、気が付いてみれば競争相手は同じ職場の同僚・・・
衰退している商店街の経営者のパラダイムと同じです。競争相手は郊外の大型スーパーマーケットではなく、100メートル先の同業者・・・
このように、小さいパイを取り合うようなマインドでは、グローバルな競争には決して勝てません。
特に、ホスピタリティビジネスにおいては、この競争至上主義は「命取り」になってしまうでしょう。
その理由は簡単です。良いサービスや良いおもてなし、そして最上のホスピタリティは一人ではつくり出すことができないからです。
ディズニーランドが提供している価値「しあわせの創造」も同じです。良いチームワークがないと良い結果が出るはずがないのです。必ずほころびが生じてしまうのです。
プロゴルフのトーナメントとは全く違うということです。
競争だけが良い成果をもたらすと言う考え方は間違いである、このことをご理解頂けましたでしょうか。
さらに危惧すべき大切なことがあります。
著者は「新入りにノウハウを絶対教えなくなる。」と書いていますが、ノウハウを教えなくなるのは新人に対してだけではなくなります。職場内教育(OJTオン ザ ジョブ トレーニング)制度自体が機能しなくなってしまうということです。
現在の上級職者の多くの方々は「仕事のノウハウやスキルは盗むもの」と教えられたことでしょう。
徹底した競争主義とはそのような「盗み合う」職場環境へ逆行させてしまうものです。
しかしながら、日進月歩の現代社会においては、そのような旧来型の教育システムは、すでに通用しなくなっています。
このようなOJT制度が機能しない職場では、所属員のスキルの低下やモチベーションの低下と正比例して、仕事の生産性も低下していくことでしょう。
さらに、今日の成熟した消費者は、企業の「教育水準」を容易に判断する「目」を持っています。また、耐震強度偽装問題、ライブドア問題などを経験した日本国民は、企業の「知性や知的水準」を鋭く見抜く「目」も養いつつあるのです。
競争と格差社会における職場内のスキル格差について考える・・・
その結論は「競争至上主義に基づいた組織運営を長期間にわたり推進すると、企業も社会も必ず衰退する」でした。
まとめますと
所属員が安心して能力を発揮できない企業、職場内にノウハウや知識が蓄積されない企業においては、所属員のスキルの格差が拡大することにより、製品や提供するサービスなどの品質の低下を招く。
この状態が長く続くと企業全体の生産性の低下につながるだけでなく、企業にとって一番大切なもの「良い評判」を失ってしまう。
「良い評判」を失えば、顧客も離れていく。
このような理由から、「競争至上主義」に基づいた組織運営を長期間にわたり推進する企業が勝ち残っていくことはない、と私は判断しております。
最後に、武士道とディズニーランドのホスピタリティとの関連性について述べておきます。
ディズニーランドではサービス・マインド、ホスピタリティ・マインドを高めるには、ゲストとキャスト、キャストとキャストのWIN−WINの関係を大切にするよう教えています。簡単に言えば「両者とも勝つ」ということです。
「小さなパイを取り合う」のではなく、「豊かさをお互いに分かち合いましょう」という考え方です。
競争に関する考え方も一般的に言われる「成果主義」の競争とは違います。先日の当ブログに記した通り、いかにゲストに「しあわせ」を提供したか、そのミッション(使命)のために、いかに「協力」「サポート」したか、これらを競い合っているのです。
そしてそのことによりアウトプットされた成果物こそが、ゲストがディズニーランドで実感するホスピタリティであるのです。
ホスピタリティの概念とは、領域の広いホスピタリティで示した通り「助ける」から「もてなす」まで領域が広いものですが、「国家の品格」の著者がいう武士道の「情緒」「形」とホスピタリティは、かなり近い概念であると私は考えております。
この武士道に関しましては、「ホスピタリティを学びたい方への三冊の本」でも触れていますので、是非再読していただきたいと思います。