2006年01月23日

病院のホスピタリティ

今日は病院(ホスピタル)のホスピタリティについて、私が実感したことを書いてみたいと思います。

以前に領域の広いホスピタリティ概念@.pdfにおいて、病院やテーマパークのホスピタリティ概念を比較した表を紹介しました。

その内容は、同じホスピタリティでも病院のホスピタリティは「助ける」という意味合いが強く、テーマパークのホスピタリティは「楽しませる」という意味合いが強いというものです。

さて、最初に病院のホスピタリティに関して私が実感したことをまとめてみます。

◇顧客である患者は「助けられている」と実感している。

◇病院のスタッフは「心の回復」を手助けしているが、まだまだやるべきことは多い。

以上の2点です。

「実感した」と書きましたが、その理由は昨年末から数日前まで母が入院していたからです。身内の話で恐縮ですが、その時の体験を通じて私が実感した病院のホスピタリティについて書いてみたいと思います。

母が入院した施設は、介護老人保健施設を備えた病院であり、俗称で言いますと「老人病院」です。比較的長期に入院する高齢者の方が多く、治療よりも介護に重点を置いた病院です。完全看護保険医療機関であり、付き添いも不要です。

それだけに、スタッフの対応こそがこの病院のホスピタリティ評価の決め手になることは間違いありません。

結論から申しあげますと入院した病院に対する母の「患者満足度」は非常に高いものでした。




「患者満足度」という用語を使いました。一般的にお店などの接客現場では顧客満足という用語が使用されますが、病院の場合にはこのように「患者満足」という用語が使われています。ご存知でしたでしょうか。

さて、母に限らず日本の高齢者には、「当たり前のサービスに対してもありがたがる」という特性があります。このことは一昨年の中越地震の際の避難所生活に対して「ありがたい、ありがたい」と頭を下げていた被災住民(高齢者)の姿を思い浮かべれば、容易に理解していただけるものと思います。

それでも、患者満足に対して母が下した評価は、私から見ても十分に正しい評価であったと言えます。

それでは一体何が患者である母を満足させたのでしょうか。
その答えは「マインド」です。スタッフの「心をこめて介護したい」というマインドが母の心に伝わったからにほかなりません。

スタッフはホスピタリティ・マインドを持って業務を行っていたということです。

来訪者である私に対しても、すれ違う介護スタッフは「こんにちは」と声をかけてくれます。エレベーターが一緒になったときも「お先にどうぞ」と気を使ってくれました。若いスタッフが多いのですが、ホスピタリティ・マインドに関する教育が行き届いていることを実感しました。

「体を拭いてくれたり、着替えさせてくれたり、いつも本当に親切にしてくれるの」という母の言葉がすべてを物語っています。

さて、それではなぜこの病院のスタッフの「マインド」は素晴らしいのでしょうか。
それは、この病院全体の「理念」が患者と接遇する現場に行き届いているからです。つまり、すべてのスタッフに病院の「理念」が擦り込まれているということなのです。

今や病院も競争の時代です。一般企業が顧客満足経営を目指しているように、病院においても患者満足経営の必要性が認識されるようになってきました。この病院も患者満足を高めるという理念経営を行っているに違いありません。

しかしながら、患者満足というお題目をいくら唱えても、病院の患者満足度は決して高まるものではありません。
このことは、CS(顧客満足)経営でもホスピタリティ経営でもまったく同じです。

以前に、ホスピタリティ経営とは、
ホスピタリティ・マインドを持ち、ホスピタリティ・マネージメントにより、ホスピタリティ・オペレーション(心のこもった接客現場運営)を行うことであると書きました。当たり前のことですが病院もまったく同じなのです。

母が入院したこの病院にはホスピタリティの環境があった、このように言うことができそうです。

病棟の床はフローリング、ベッドや家具も木製でした。ロビーや談話室もウッディーな造りであり、施設的にもホスピタリティの環境づくりを目指していることが十分に伝わってきます。
このようなアメニティーとしてのホスピタリティとスタッフのホスピタリティ・マインドにより、母には病院の「理念」が伝わり、「満足した」という結果につながっていったことと思われます。

前述したように病院のホスピタリティとは助けることです。スタッフの仕事は患者が日常性を取り戻すための手助けです。
母と同様に「助けられている」と実感している患者が多い病院こそが「患者満足度」が高いホスピタルである、私はそのように考えます。

次に、「まだまだやるべきことは多い」という点ついて、私の見解を述べさせていただきます。

この病院のホスピタリティ全体を評価すると「マインドは良いが、徹底度は50点」でしょうか。

マインドは本当に良いのです。それだけに「もったいない」のです。
どういうことかと言いますと、スタッフが「心をこめる」のは患者との接遇時だけではないということです。つまり「すべての作業に対して心をこめる」ことが求められるということです。

ディズニーランドではホスピタリティの環境を創出するために、すべての物、すべての行いに心をこめます。
すべての物やすべての行いが「ホスピタリティを語っている」というと美しすぎる表現に聞こえるかもしれません。それでもこれは事実なのです。

「ディズニー7つの法則」トム コネラン著 日経BP社刊 にはこのような表現があります。

“すべての人が、語りかけ、歩み寄ります”
“すべての物が、語りかけ、歩み寄ります”
「いい加減なところがあれば、そうした努力はほとんど無駄になってしまいます」

この病院の「もったいないところ」「努力が無駄になってしまうところ」を具体的に指摘しましょう。

◇ロビーや談話室の花(シクラメン)や観葉植物がしおれかけていた。
 元気な植物は観る人に元気を与えます。元気のない植物は反対の感情(不安)を抱かせてしまいます。

◇手すりの前が車椅子置き場になっていた。
病院内の手すりは患者の歩行を補助するために設置されています。安全面から考えてもふさわしい置き場ではありません。

◇不必要なポスターや掲示物が多すぎる。
役所が作成したポスターや施設を紹介する掲示物など、入院患者向けか、来訪者向けか、あるいはスタッフ向けなのかわからない、つまりメッセージ効果のない(意味のない)掲示物は見苦しいだけであり、ホスピタリティの環境づくりのためには排除すべき物です。

◇通路に不要な物が置かれていた。
一時的であっても患者や来訪者用の通路を物置代わりにしてはいけません。理由は安全性の問題と見苦しさです。
患者や来訪者は「大切にされていない」と感じてしまいます。

◇「子供ぽさ」を活用している。
小学校低学年の子供が書いた絵や工作が展示されていたが、はたしてどのような狙いであるのでしょうか。受け取り方によっては「安直さ」を感じてしまいます。

◇音に対しての気遣いが希薄であった。
ドアの閉まった病室にいた際、談話室からの何かをたたく様な大きな音が聞こえてきました。その音の正体は木製のベッドを修理する音でした。患者に不快感を与える音が生じる作業は、屋外等病室まで音が届かない場所で行う必要があります。
さらに、掃除機の大きな音も気になりました。
不快な音や臭気は出さない、このことはホスピタリティの環境づくりの基本です。

“すべての物が、語りかけ、歩み寄ります”
ご理解いただけたでしょうか。このように「すべて」とは「細部へのこだわり、細部への心配り」を指しているのです。


◇受付の機能が弱い。
受付は「フロント」「コンサルジュ」でもあるのです。あらゆる質問に答える、来訪者にも最高のサービスを提供することが求められます。前述の“すべての人が、語りかけ、歩み寄ります”なのです。
詳細は書きませんが、患者や来訪者のためにできることはまだまだたくさんある、そのように実感しました。


このように、病院スタッフのせっかくの良いマインドが、現場で実際に100%体現されていないことは、大変残念なことであると考えます。

ディズニーランドと比べてみれば分かります。ディズニーランドは上記のような細部にまで徹底してこだわります。細部まで徹底する、つまり十分な心配りをすることによってはじめて「顧客満足」や「患者満足」は100点に近づいていくのです。

「ここまでこだわっているのか、ここまで徹底しているのか、ここまで心配りをしているのか」そのように顧客に実感してもらうことこそが、まさにホスピタリティ・ビジネスの成功の秘訣なのです。

決して難しいことを言っているのではありません。上記指摘項目も少しだけ見方を変えれば、誰でも気がつくことであり、誰でも改善できることなのです。


最後に
「ホスピタリティとはおもてなし」、よく聞く解釈ですが、今日のこのブログを読んだ方は、たぶんこの解釈には違和感を覚えたのではないでしょうか。

もう一つ、冠婚葬祭の「冠婚」の部分、つまり結婚披露パーティなどの慶事に関する産業は、ホスピタリティ・ビジネスであることは間違いないでしょうが、反対に「葬祭」の部分、つまりお葬式などの弔事に関する産業は、はたしてホスピタリティ・ビジネスと言えるのでしょうか。

さらに、慶事において「おもてなし」をするという表現は正しいのでしょうが、弔事であるお葬式などの場で、「おもてなし」をするといって良いのでしょうか。

さて、皆さんはどのように考えますか? いつか私の解釈を書いてみたいと思います。