【社会】自殺抑制狙う 観光企画賛否 東尋坊バンジー2009年5月31日 07時03分
切り立ったがけの名勝として知られる一方で自殺者が後を絶たない東尋坊(福井県)で、観光資源として「バンジージャンプ」を採り入れたらどうか、とのアイデアが波紋を広げている。青木ケ原樹海(山梨県)では散策プランが人気で、自殺に悩む観光地では、対策を兼ねた「体験型企画」に行政や観光関係者が注目する。「いい案だ」との声がある半面、自殺者の遺族からは強い反発もある。 (福井支社報道部・川本光憲) アイデアは、福井県の観光振興を検討する福井商工会議所が四月末、福井市に提言した。「なかなか思いつかない案」「人が集まることで自殺者減少に効果があるのでは」など、十件ほどの賛成意見が商議所にメールなどで寄せられた。 商議所の峠岡(みねおか)伸行地域振興・会員サービス部長は「がけを見るだけのスタイルは限界。体験型でなければ客は増えないし自殺が多い負のイメージもなくならない」と提言の背景を説明する。 県観光連盟の岩壁明美事務局次長は「東尋坊は観光客が高齢化しており、若者を集めて未来の客の確保を急がなければ」と体験型企画自体には賛成だ。 東尋坊で自殺志願者の保護活動を続けている特定非営利活動法人「心に響く文集・編集局」の茂幸雄代表(65)は、親族が自殺した男性の肉声を紹介する。「案にはショックでした。遺族の気持ちは誰も分かってくれないんですね」。男性は報道で提言を知り、茂さんが自殺見回り中に話し掛けてきたという。 青木ケ原樹海を抱える富士河口湖観光協会は、自殺対策と観光振興を目的に三年前から樹海での散策プランを始めた。遊歩道を整備、森林浴が楽しめるようにし、週末には多くの観光客が訪れる。 山梨県警によると、昨年の樹海での自殺者は百三十一人。散策プラン実施以降の効果はまだ検証できていないが、協会事務局の中村晃士さんは「きっと自殺者減少の成果はでる」と期待を込める。 福井県警の統計では、東尋坊を管轄する坂井西署全体での自殺者は昨年が二十四人。保護した自殺志願者は八十八人に上っており、対策が急務なのは間違いない。 商議所は今後も議論を続けるが、茂代表は「観光地が盛り上がる取り組みなら、もろ手を挙げて賛成する。しかし、自殺者の遺族感情も考える必要がある」と話し「イベント名に“自殺疑似体験”と名づけるなど、誤ったやり方にしてはならない」とくぎを刺す。 東尋坊が国定公園にあることから、環境省は「バンジーは岩を破損する可能性があり難しい。短期のイベントで、大臣の許可がある場合などに限られる」と、実現には否定的だ。 ◆アイデアに軽率さ 街づくりに詳しい福井工業大の下川勇准教授の話 バンジージャンプは奇抜な発想の一つだろうが、アイデアに軽率さが残る。投身自殺を想起させるバンジージャンプの実施には、市民感情も敏感になるだろうし得策とは言い難い。 <東尋坊> 福井県北西部にあるがけ。日本海の波に浸食された海面上25メートルに及ぶ柱状の岩壁が連なる。越前加賀海岸国定公園に属し、国の天然記念物・名勝。県によると、年間観光客は1991年の183万人をピークに減少し2000年に入り100万人を切った。近年は地元観光業者と旅行会社が提携したツアーなどで120万人台まで回復したが、往時のにぎわいはない。 (東京新聞)
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