陪審制を民主政治のための無償の学校と評価したのはフランスの政治思想家トクヴィルでした。裁判員制度も真の民主主義へ大きな可能性を秘めます。
一八三一年から翌二年にかけ九カ月にわたってアメリカ合衆国を旅したトクヴィルは、アメリカについて書かれた最良の本とも民主主義を考える際の古典的名著ともされる二巻の著書「アメリカのデモクラシー」を残しました。
岩波文庫版序文によると、名門貴族の生まれで、若き司法官だったトクヴィルがアメリカをめざしたのは、歴史分析と真剣な思索から、「平等の漸次的段階的発展こそ人類の過去であり未来」との認識に至り、そこに語らざる神の確かな意志の徴(しるし)を見たからでした。
◆国民性変える陪審制
革命の混乱と無秩序が支配するフランスとは対照的に、アメリカでは自由と平等の民主革命が革命なしで進んでいました。役立つ教訓を合衆国に求めたのです。新しい政治学への野心もありました。
トクヴィルによれば、政治の法制の真の保障は刑法であり、犯罪者を裁く人間こそが真に社会の主人です。すべての市民を裁判官席に着かせるアメリカの陪審制は人民主権の教義そのものでした。
トクヴィルが注目し考察の対象としたのは、陪審制の司法面ではなく政治的側面でした。そして、陪審制の実施は国民性に多大な影響を及ぼし、民事訴訟に導入されれば影響はさらに増大すると分析を示したうえで、陪審制の効用を列挙しています。
陪審制は人々に衡平原理の実践と自分自身の行動の責任を回避せぬことを教える。すべての人に社会に対して果たすべき義務のあることを感じさせ、統治に参加しているとの実感を与える。自分自身の仕事とは別の事柄への関与を強いることで社会の錆(さび)ともいうべき個人的利己主義と戦わせる―。
◆社会参加に意義がある
トクヴィルは人民の判断力の育成、理解力の増強に信じられぬほど役立つのが陪審制の最大の利点とし、無償でいつでも開いている学校と結論するのでした。
それから百七十年、日本で国民参加の裁判員制度がスタートしました。戦前の大日本帝国憲法下の一時期、陪審制が試みられたことはありますが、本格的な市民参加は初めて。裁判員制は市民だけで有罪か無罪か評決する米英型の陪審制と市民と裁判官とで評議する独仏型の参審制を折衷した日本独自の制度です。
これまで国民にとって司法は遠く、関心の薄い存在でした。裁判への参加を求める強い世論があったわけではありません。小渕内閣で設置された司法制度改革審議会の審議内容が十分知られていたともいえません。国会の全党派一致の決定だったにもかかわらず、裁判員制導入は「寝耳に水」が多くの国民の感想、今なお不満と不安の声が漏れるのも無理からぬところかもしれません。
仕事や家事、育児を中断して参加する市民の負担は軽いとはいえませんが、導入はやはり意義深く大きな期待もかけられています。歴史的な改革といわれるように、裁判のあり方が変わろうとしています。
公判前に争点整理が行われ、裁判は劇的に短くなりそうです。十年裁判などは論外でした。
検事調書の任意性や信用性の争いがもっぱらだった法廷は、裁判員の前での証言や供述の真実性の争いが中心となり活性化がはかられるでしょう。そうなれば、捜査も自白から、より物的証拠重視とならざるを得ず、何より難解な法律用語は市民に分かる言葉に変わらなければならないでしょう。
その一方で迅速と効率優先の裁判からは法廷での真相解明の努力が失われかねません。訴訟的真実で満足すべきだとの議論には抵抗感が残ります。なお実体的真実の追求にこだわりたく思うのです。
裁判員制導入による一連の司法改革の意味は小さくありませんがより大きな意義は、裁判を通じての「市民の社会への積極参加」のなかにあります。
トクヴィルが合衆国で発見したのは、人々がそれぞれの立場で社会の統治に積極的な役割を果たそうとするとき、だれもわが事のようにタウンや地区や州全体の事柄に関心を寄せ、社会全体の繁栄がわが身の幸福を左右すると理解するようになっていくことでした。最大多数の福祉に役立つ民主主義社会、そこにトクヴィルの期待がありました。
◆社会の主人の自覚こそ
裁判員制度は市民に社会の主人としての自覚とともに責任と義務も求めているのでしょう。それが民主主義の成熟といえるかもしれません。時間をかけて制度を育てわが身の幸福追求が全体の繁栄となる社会にしたいものです。
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