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社説

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雇用危機―住まいの安全網にも力を

 雇用の不安定化とともに、安心して住める場所を確保できない人が増えている。いつ家を追い出されるかと、心配しながら暮らす人たちだ。

 各地で問題になっている「追い出し屋」のトラブルも、その一例だ。

 収入が不安定な非正規の労働者などは、連帯保証人になってくれる人がいなかったり、手持ちのまとまったお金がなかったりする人が多い。そうした人たちをターゲットに、家賃保証会社が保証人代わりになり、敷金・礼金不要で入居させる賃貸方式が、ここ数年で急速に広がっていた。

 家賃滞納時の立ち入りを認めるなど、借り主に不利な形の契約を結ばされることが普通だ。それが昨年以降、仕事が減るなどして家賃が少しでも遅れると、保証会社や管理業者から強引に退去させられる例が相次いでいる。

 留守中に鍵を勝手に付け替え、家財道具まで処分してしまう行為まであるという。国土交通省は、野放しだった家賃保証業の規制を検討し始めた。

 だが、それだけでは根本的な解決にはならない。背景には、雇用危機に直面する非正規の人たちへの住まいの支援策が、十分に整っていない実態があるからだ。

 低所得者向けの公営住宅はどこも高倍率のうえ、若い単身者には入居資格がない。そもそも非正規社員の場合、勤め先からの住宅補助をもらえる人が少ない。滞納をおそれる貸主は、普通の賃貸契約では貸したがらない。

 その結果、初期費用がいらない物件や寮付きの派遣の仕事を選ばざるを得なくなる。仕事や収入が途絶えると、路頭に迷うことになる。大量の「派遣切り」がその流れを加速した。

 働く貧困層の拡大とともに、住宅政策のほころびが出てしまったのだ。

 職と住まいを同時に失った人に対して、政府や自治体はあわてて雇用促進住宅のあっせんや公営住宅への優先入居の手を打った。4月にまとまった経済対策では、失業者向けに最長6カ月の住宅手当支給も打ち出された。

 だが、いずれも緊急の措置だ。家を失う人をこれ以上出さないような、永続的な支援を考えなくてはならない。

 たとえば、収入の不安定な労働者にも家主が貸しやすくなるよう、公的機関が家賃を保証し、滞納時に立て替えるようにはできないか。高齢者や障害者にはすでに制度がある。

 公営住宅の建設は抑えられたままでいいか。政府と自治体が家賃差額を補助して、民間賃貸住宅を低家賃で供給してもらう制度を拡充してはどうか。生活保護にいたる前の支援策として、公的な住宅手当の仕組みが必要ではないか。こうした議論も深めるべきだ。

 仕事を失っても、住まいさえあれば次のスタートを切りやすい。住まいの安全網はきちんと張っておきたい。

時効見直し―多角的な議論をもっと

 死刑にあたる罪は25年。無期懲役の罪なら15年。

 こうした一定期間が犯罪の発生から過ぎると、その後に容疑者が分かっても起訴できない。この公訴時効が成立する事件は、殺人事件だけでも年に50件前後ある。刑法犯全体では一昨年7千件を超えた。

 なぜ時効制度があるのか。長い時が過ぎると、証拠が集めにくくなって裁判が難しくなる。被害者や社会の処罰感情も薄れる、といった理由からだ。

 これに対し、事件の被害者や遺族らから、時効の撤廃を求める声が強まっている。2月には、未解決事件の遺族を中心に「殺人事件被害者遺族の会(宙(そら)の会)」も発足した。

 欧米には時効を設けていない国がある。法務省は公訴時効制度を見直すかどうかの検討に入り、国民からの意見を6月11日まで募っている。

 背景にあるのは、DNAで個人を識別する鑑定の精度が飛躍的に進歩したことだ。

 事件現場などに残された犯人のDNAを保存しておけば、将来、犯人を特定することができるはずだ。遺族の憤りは、時間がたって増すことはあっても薄れることはないし、国家が犯人の逃げ得を許してはならない。時効撤廃の論理はこのようなものだ。

 これに対して、日本弁護士連合会や一部の被害者の中からは次のような反対論が出ている。

 時間がたつほど、アリバイや被告に有利な証言は探しにくくなり、十分な弁護活動ができない。捜査機関がDNAを適正に集めていなかったり、きちんと保管していなかったりして、犯人以外のDNAが紛れ込んでいる恐れもある。DNA型鑑定だけを頼りにすると冤罪が起きる可能性がある。

 犯罪にはだれもがあう恐れがあり、社会全体として犯人を追及しつづけることが予防にも通じる。時効撤廃論にそれなりの説得力はある。

 とはいえ、徹底した冤罪防止策を時効撤廃とともに実施することが必要だ。関係者の取り調べの全過程を録画して永久保存する、採取したDNAについては捜査部門から独立した機関が適正に保管する、といったことだ。

 時効の見直しをめぐっては、(1)対象事件の範囲をどうするか(2)捜査体制は追いつくのか(3)法改正時に、未解決のまま時効が進行中の事件にも適用すべきか、など多くの論点がある。

 法務省の見直し案には、撤廃のほかに、延長やDNA型による起訴、検察官請求による時効停止・延長といった選択肢も示されている。

 公訴時効については4年前に延長されたばかりだ。時効は司法の根幹にかかわる。国会だけでなく、国民の間でも、じっくり、多角的に論議する必要がある。

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