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ヴィクティム・レッド 47-2
それは常軌を逸した戦いだった。
破壊の極みをこの世に呼び覚ますサイコキネシスを操る少年、クリフ・ギルバート。
荷電粒子砲『ブリューナクの槍』を放つARMS『マッドハッター』に身を委ねるキース・シルバー。
本来が長距離戦闘向きである『ブリューナクの槍』にとって、人間の子供という小さい的は
非常に狙いづらいものだったが、シルバーはあえて荷電粒子を収束させずに放つ。
そうすることで拡散されたプラズマエネルギーは、容赦なく医療セクション内を蹂躙していた。
もはや、そこは地獄の底のごとき光景と成り果てていた。
理性の箍の外れたクリフが撒き散らす悪意が建築構造物を片っ端から粉砕し、
その上に降り注ぐ拡散ビームの雨が瓦礫の山を溶解させていく。
シルバーの熱線はクリフの服すらも焦がしてはいない。無意識の防御本能ゆえか、
クリフの周囲にはサイコキネシスの膜が張り巡らされてあらゆる異物を弾いていた。
そのクリフの攻撃──それはとても攻撃と呼べないようなもので、ただ彼の暴走する
超能力が広範囲すぎるゆえにシルバーに届いているだけであったが──は、
最終形態を発現させて全身ナノマシンの塊となった『マッドハッター』に致命傷を与えるに至らなかった。
どちらも譲らず、引かず、己の全てを叩きつけるような死闘を繰り返している。
魔王の牙が怪物を噛み砕くのが先か、軍神の業火が少年の身を焼くのが先か──それはそういう戦いだった。
「ククク……ハハハハハハ! 素晴らしいぞ! クリフ・ギルバート!! なるほど、これがサイコイネシスか!」
シルバーは嗤っていた。髑髏の奥底に潜む二つの光が、爛々と輝きを増していた。
その哄笑など聞かぬげに、クリフはぶつぶつと聞き取れない言葉を口から漏らしている。
異様な光景だった。
その戦闘領域には人間などどこにもいなかった。
そこには世界の暗黒と一体化した獣と、無慈悲な殺戮機械がいるだけであった。
「う、うう……」
キース・レッドは自分が境界線に立っていることを痛烈に自覚していた。
今、目の前で暴れている二匹の怪物は、彼にとっての明確な未来予想図だ。
レッドの行く道は修羅の道だ。この世界には敵しかしないと断じ、立ちふさがるもの全てを排除する道だ。
その先に待っているものが、それだ。
すなわち、人の心を忘れた獣か、血の通わぬ機械か。
後に戻る道は無い。そんなものは生まれたときから存在しない。
キースシリーズとしてこの世に生を受けたときから、それは決定済みの事項だ。
ならば、自分はどっちになるのか──獣か、機械か。
このままどっちつかずで立ち尽くしていられたらどんなに楽かと思う。
迷う時間はあまりなかった。
両者の戦闘は加速度的にエスカレートしており、死そのものであるバトルフィールドは容赦なく拡大している。
知らず、レッドは壁際まで後ずさっていた。背後に立ちふさがる壁は、レッドに逃げることを許可していない。
そしてまた、建物を支える壁の一つが崩れ落ちる。
さらに広くなったエリアに転がる瓦礫の隙間に、レッドは信じられないものを見た。
「セピア!?」
とっくに避難していると思っていたキース・セピアが、地面に座り込んでいたのだ。
その膝にはなにか小さいものを抱えていた。
「レ、レッ──」
轟音が響き、一塊の天井が落盤を起こす。どん、と腹にくる震動の後には、わずかな静寂が訪れる。
その隙間を縫うように、小さな、か細い声がいやにはっきりと聞こえた。
「にいさん」
セピアの膝の上の小さいものが口を利いた。ものではなく人だった。
その言葉こそが獣と人を決定的に分かつ一言、獣を人たらしめる言霊ででもあるかのように、
この空間に逆巻く念動力の激流が一瞬で消えた。宙を飛び回っていたコンクリートは糸の切れたように次々と落下し、
力場に閉じ込められていた粉塵が晴れたことで辺りは光を取り戻す。
「ユーゴー!?」
クリフが叫んだ。
さっきまでは半ば閉じられていた目は、しっかりと見開かれていた。その瞳には形ある意志が宿っていた。
獣はもういない。彼は人間だった。それはつまり──
「血迷ったか、クリフ・ギルバート! サイコキネシスを解くとはな!」
人を殺すのは機械だということであった。
戦闘の恍惚に完全に没入しきっていたシルバーにとって、クリフの精神の回復などなんの意味もなかった。
本来の正常な状態に復帰したことを、逆に「血迷った」となどとエラー扱いしていることからも、それは明白だった。
『マッドハッター』は両手を合わせ、十の爪をクリフに向けた。プラズマ化されたエネルギーがそれらの中心点に集まる。
それは中天に輝く太陽か、或いは夏に咲く花に似ていた。
クリフの絶体絶命の瞬間に、妹が声にならない声を上げる。
「やめて」
事実、それは声にならないもので、ただ喉を鳴らしただけでしかなかった。
だがそれでも、ユーゴー・ギルバートの切実な願いはこの場の全ての者に届いた。
「にいさんを、いじめないで。たったひとりの、にいさんなんです。
いつまでも、いっしょに、たすけあっていくって、ちかったんです」
今度は口すらも動いていなかった。それなのに、彼女の声はどんどん大きくなっていく。
それはまるで、直接心に語りかけてくるかのように。
「黙れっ!」
怒気を露わに、シルバーが吼える。
「娘……戦いの邪魔を……するな!」
臨界寸前だった『ブリューナクの槍』の砲口がユーゴーに、そしてセピアに向けられる。
「や──」
やめろ、と飛び出しかけたレッドをあざ笑うように、それは放たれた。
加速されて異常な熱を蓄えたエネルギーの奔流が注がれる。
眩い光がレッドの目を灼き、視界がホワイトアウトする。
視力が正常に戻ったとき、そこにはなにもなかった。
「あ、ああ──」
それは誰の声だったか。レッドのものだったかも知れない。クリフのものだったかも知れない。
次の瞬間には、今度こそ地獄から呼び込んだような壊滅的なサイコキネシスが膨張する。
全てが無に帰そうとしている世界は漆黒に染まり、その暗闇に抱かれてレッドは意識を失った。
なにか胸のむかつくような悪夢から覚めて、レッドは身を跳ね起こす。
そこはベッドの上で、無機質な病室の中だった。
妙にリアルな夢だったはずだが、それは朝靄のように掻き消えてもう思い出せない。
その代わりに、目を背けることのできない現実を思い出す。
「セピア!」
答える声はない。
あれが夢だったなら、あの記憶が現実でなくて、今がいつもの不本意な朝の始まりだったら、
「なーに、レッド」と間抜けな声が返ってくるはずだった。
茫然自失となりかけたレッドだったが、がちゃりという音とともに開かれたドアから入ってきた者を見て、
「セピア……」
目を真っ赤に泣き腫らしたキース・セピアと、彼女に手を引かれるユーゴー・ギルバートの姿があった。
「レッド! レッドレッドレッド!!」
三メートルはあろうかというドアからベッドまでの距離を、セピアはたったの二歩で飛び越えてレッドに体当たりした。
「し、死ぬかと思った……怖かった……怖かったんだから!」
レッドはそれを最初、「キース・セピアが死にそうな目に遭って恐怖を覚えた」という意味だと思ったが、
どうやらそういうことではないらしく、
「わたしの『ニーベルングの指輪』でも、レッドの『グリフォン』が反応しなくて、だからもうレッド死んじゃうのかって──」
そこから先は言葉にならなかった。セピアはレッドの肩に顔を押し付け、わんわん泣き出したのだ。
「あー……」
レッドもレッドでなんと言ったらいいか分からず、ただ「オレがなんとも思ってないことでお前が泣いてどーする」
と、そういう言葉を何度も飲み込みながら黙ってセピアの頭頂部を眺めてながら彼女の泣きやむ時を待っていた。
「──で、なんでお前らは生きてるんだ」
もっと別の言い方があるような気もしたが、他に言い方も思いつかなかったので直截に訊く。
セピアはユーゴーと顔を見合わせて、ちょっと微妙な顔をした。
「僕だよ」
いつ現われたのか、病室の隅に一人の少年が立っていた。
そいつを見て、レッドもまた微妙な顔になる。
「グリーン……」
「この間の借りはこれで返したからな」
澄ました顔でグリーンがそう言うのへ、
「誰も頼んでねーよ」
「なんだって? おいちょっと待てよレッド……仮にも僕は君の命の恩人──」
一触即発の空気が流れかける寸前、
「やめなさい、二人とも」
病室の入り口にはキース・バイオレットが立っていた。そお顔は、いつもよりも厳しいものだった。
「兄弟喧嘩をしている場合じゃないでしょう。今は一刻を争う事態なのよ」
関連語句: 恐怖 太陽 空間
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