宿り木

「はあ…、はあ…」
なんだろう、体が熱くてとってもだるい。風邪でもひいたのだろうか。
いや、中でも特に右手が痛いぐらいに酷く疼いている。まるで、右手の熱が体全体
に拡散していっているようだ。
「クルル、どうしたんだ?ずいぶん顔が赤いぞ?」
暗黒魔道師エクスデスを追う四戦士のリーダー格でるバッツが心配そうに声をかけ
る。彼らは数々の貴い犠牲を乗り越え、ついにエクスデスが潜む次元のはざまに乗
り込むことに成功した。
遺跡、森、町、洞窟、塔…。次元のはざまに相応しく、法則性も何も無く絵本の頁
のように場面場面が連続する世界。塔の通路の最後にある扉を開けたら、今度は目
の前に荘厳かつ空虚な城郭が姿をあらわした。
この城の中にエクスデスがいるのかもしれない。意を決して城門を開いた4人だっ
たが、中は魔物こそ出現するもののエクスデスの気配は感じ取れなかった。
まだこの先がある…。気持ちを新たにし城内を進む4人だったが、そんな時4人の
中で最年少のクルルに異変が起こったのだ。
「ううん…、なんでも……あうっ」
クルルはみんなに心配をかけまいと微笑もうとしたが、頭に生じた激痛に顔を顰め、
足を縺れさせて倒れこんでしまった。
「クルル!どうしちまったんだ…
おいみんな!凄い熱だぞ!」
あわててファリスがクルルを抱きかかえると、その体温が非常に高くなっているこ
とに気づいた。
「クルル、いつからこんなになっていたんだ?!」
「えっと…このお城に入ってからすぐ…くらいかな…」
「バカ!気分が悪いなら早く言えってんだ!バッツ、レナ!どこか安全な部屋を探
すんだ。一旦クルルを休ませないと!」
「わかったわ姉さん!バッツ!」
「ああ、急ごう!」
脱兎の如く走り出すバッツとレナ。
「しっかりしろクルル。ちょっとの間だけ辛抱してくれよ」
「うん…わかった…」
ファリスの腕に抱えられたまま、クルルはスゥッと目を閉じた。

ル…
   ルル……
      クルル……

誰?私を呼ぶのは…
深い深い静寂の中、誰かが自分の名前を呼んでいる。

目覚めるのだ…。クルル・マイア・バルデシオンよ…

なんだろう。この声、前にも聞いたことがある…あれは…たしか…


「私を本気にさせたな!死の世界へ行くがいい!!」
まだまだ!まだまだ死ねんのじゃ!この命、燃えつきても!わしは、貴様を、倒す!!
「怒りや憎しみで、私を倒すことはできぬ!」


思い出すのもおぞましい光景。クルルの意識が一気に覚醒した。
「………!!エクスデス!!!」
目を見開いたクルルの前に、スカイブルーの鎧に身を包んだ男…暗黒魔道師エクス
デスがその姿をあらわしていた。
「バッツ、レナ、ファリス!エクスデスが………。えっ?!」
戦闘態勢を取ろうと三人に声をかけたクルルだったが…、三人はどこにもいなかっ
た。いや、問題はそこではなかった。自分が立っている空間。そこは壁も床も廊下
も存在せず、ただただ黒く、『無』の世界が広がっていた。
「こ、ここって…どこ?」
「ここか?ここは貴様の心の奥底。意識の中の世界よ」
「意識の…なか?」
「本来の貴様は次元城の廊下で女に抱えられて寝ておるわ。今の私は、貴様の心の
中に入り込んで、こうやって顔をあわせているということよ」
心の中に入ってきている?!
「じゃあなに?現実世界では私達を倒せないから、心の中で殺そうって考えているの?!」
「馬鹿め、そんなことが出来るなら貴様らはとっくに私に倒されているわ」
なんなのだろう。訳がわからない。自分を倒すためでもなく、ただ顔を見せるため
に現れたとでも言うのだろうか。
「じゃあ一体…なにをしにきたって言うの?!
わざわざ心の中にこなくても、もうすぐあなたのところに行ってやっつけてあげる
んだから、勝手に人の心の中に入ってこないで!!出ていってよ!!」
「ファファ…出ていって、か。それを今更言うのかね…」
兜に隠れて見えないはずなのに、なぜかクルルにはエクスデスの顔がニヤリと歪ん
だのが見えた、感じがした。
いやな空気がクルルの周りにまとわりついている。まるで、何かとても大事なこと
を忘れていたかのような、心の奥が震えそうな冷たい空気が。
「な、なによ今更って?!まるで、ずっと前からいたような言い方じゃない!!」
「ああいたとも!!忘れたのか、私が貴様の体の中に潜んでいたときのことを!!」

「!!」


そうだ、あれは私の世界とバッツたちの世界がエクスデスによって一つに繋げられ
た後のことだ。私とバッツとファリスが大賢者ギードのほこらに向ったとき、途中
で手に刺さった小さなとげ。
実はそのとげはエクスデスが化けたもので、私達の前でエクスデスに戻り、ギード
と死闘を演じたことがあった。
「あの時、わずかながら貴様の体の中にわが分身を残しておいたのだ。だからこそ、
こうして貴様と心の中で会話が出来るというのよ」
クルルは目を見開いて以前とげが刺さっていたところを見てみた。確かに右手の人
差し指の先に言われなければ気が付かないほどの、小さな小さな黒い点があった。
「じ、じゃあ…、あの時から、ずっと、私の中に………?!」
「そうだ、だからこそお前達の行く先行く先が手に取る様にわかり、刺客を指し向
けることが出来たのだよ。まさか貴様らも、仲間の一人が自分も知らないうちに私
の情報提供役になっているとは思っても見なかっただろうよ。
もっとも、お前達はふがいないあいつらを全て返り討ちにしてしまったがな」
クルルに頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。確かに自分達の行く先々に次元
のはざまの魔物が都合よく現れるので変だとは思っていたが、それがまさか自分が
原因だったなんて!
しかも、自分も知らないうちに祖父の敵にいいように使われていただなんて!!
「そ、そんな…。私が、エクスデスに利用されていたなんて……
…嘘よ、こんなの嘘…」
がっくりとうなだれるクルルを尻目に、エクスデスはなおも話を続ける。
「しかもお前達は次元のはざまに入ってきて、はざまの魔物を悉くなぎ倒し、とう
とうこの次元城まで辿り着いてしまった。
ここまで来てしまっては、情報提供役としてのお前はもう不要というわけだ」
「………じゃあ、どうするの…。役に立たないなら、殺すっていうの……」
無自覚とはいえ、敵を利する行動を取ってしまい、かけがえの無い仲間を幾度と無
く危機に陥らせてしまったという罪悪感がクルルの心を押し潰していた。
もうとても顔をあわせることが出来ない。いっそ、死んでしまいたい。殺してくれ
るなら、それはそれでいいかもしれない。
鬱に陥ったクルルの意志は、自虐的な思考しか発生させてくれなかった。
「頭の悪い奴だ。心の中で殺すことは出来ないと言ったはずだぞ。それに、貴様に
はまだ別の利用価値があるのでな、ファファ…」
なんという奴だ。あれだけ自分の知らないところで勝手に自分を利用し、このうえ
まだなにかやるというのか。
「私が『無』の力を完全に手に入れるにはあと少し時がいる。それまで貴様らに邪
魔をされたくはない。
それに、貴様らの手で私が使える有能な手駒もかなりの数を失ってしまった」
「だから……、なによ…」
「単刀直入に言おう。貴様らは私の新しい手駒となってもらう。地上を『無』の力
で征服するための、忠実な下僕としてな…」

「!!バカなこと言わないで!私達があんたの手下になんてなるわけないじゃない!」
クルルは流石に顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。よりにもよって祖父の仇の手下に
なるなんて考えもつかない。
「あんたの手下になるくらいなら、死んだ方がましよ!!」
「残念だが、お前に運命の選択を許した覚えはない。これは既に決定したことだ」
「なんでそんなこと………あうっ!!」
突然クルルの指先、エクスデスのとげが刺さっているところに激痛が走った。見る
と、とげの黒い点が見る見る大きくなり、爪先まで黒く染まった時漆黒の奔流がそ
こから溢れ出てきた。
「な、なによこれ………っ!!」
「我が分身を通して、貴様の中に私の力を流し込んでいるのだ。世界中の邪悪の意
志が融合した、私の力をな…」
奔流は突風となり、突風は旋風となってみるみる拡大し、クルルの体に容赦なく叩
きつけてくる。クルルの指から発せられる黒渦はクルル自身を巻き込み、巨大な竜
巻となっていった。
「ああああああっ!!」
四方八方から襲い掛かる風がクルルの体を打ち貫くたびに魂まで響く激痛が走る。
逃げようとしても、辺りを渦巻く旋風は逃亡を許さず、そもそも発生源が自分であ
る以上逃げるという言葉自体が不毛なものであった。
「バッツ、レナ、ファリス!!助けて!!」
助けを呼んでもここが自分の心の中である以上、助けに来てくれるものなどいやしない。
そんなことはわかっている。
しかし、それでもクルルは叫ばずにいられなかった。
「助けて、助けて、助けてぇっ!!」
激痛に目を閉じ、涙を流しつつもなお叫び続けた。


くすくす、じゃあ、助けてあげようか?


声が、聞こえた。
助けてくれる、って確かに聞こえた。
「だ、だれっ?!」
痛みをこらえつつゆっくりとまぶたを上げると、自分の目の前で小さな黒風が渦巻
いている。
それは次第に密度を濃くし、黒い人型のシルエットを形成していき、一気に拡散し
たあとそこには

紛れも無く、クルル・マイア・バルデシオン自身がいた。
ああ、でもこれは自分ではない。
自分は、こんな人を見下したような表情はしない。自分はこんな酷薄な笑みを浮か
べたりはしない。自分はこんな、深い闇を宿した目をしていない…

「………、私?!何で私の前に私がいるのよ…」
「ここは私達の心の中。あなたはいまのクルルであるクルル・マイア・バルデシオン
としての心。そして私は、エクスデス様の下僕としてのあなたの心…」
「エクスデスの手下の心?!嘘よ!私にそんな心、あるわけが無い!」
「あるのよ、あなたの心の中に。わたしがね…」
ニタニタ笑いながら、そのクルルはクルルに近づいてくる。
「エクスデス様が私達の体に刺さったときに生まれた私は、最初、とてもとても小
さなものだったの。あなたという大きな光の隅で、ともすれば消えてなくなるくらいの…

でもね、エクスデス様がご自分の分身を残してくれたおかげで、少しづつ、少しづ
つ私は大きくなっていくことが出来た。エクスデス様に私達がいまどこにいるのか
知らせることも出来るようにもなったの。
嬉しかった…。私を生み出してくれた方の役に立つことが出来て…」
眼が泳ぎ、陶然とした表情で呟くクルル。そんな自分を見て、クルルは目の前が真
っ暗になりかけた。
「違う…違う!あなたは私じゃない!!私は、そんなことはしない!!」
「あなたは、私なのよ。確かに今はこうして面と向っているけれど、私はあなたの
心の一つ。あなたのあるべき、もう一つの姿」
「違う!!違う!!絶対違う!!」
「あなたも感じていたはず。その身に流れ込んでくる、エクスデス様の声を。エク
スデス様の力を。エクスデス様の、意志を」
「違う!!違う!!」
「あなたとエクスデス様は一つに繋がっている。あなたはエクスデス様の御寵愛を
授けられた存在。エクスデス様に、見初められた存在。エクスデス様の下僕である存在」
「違う!違う!」
「エクスデス様のために生きる、あなた」
「違う!」
「エクスデス様のために働く、あなた」
「違う」
「エクスデス様を敬う、あなた」
「違う…」
「エクスデス様を奉る、あなた」
「ちがう…」
「エクスデス様を崇める、あなた」
「ちが…」
次第にクルルの眼が虚ろなものになっていく。

「エクスデス様のものである、あなた」
「………」
もうクルルは返事すらしない。クルルの肩を抱えたもう一人のクルルが耳元で囁いた。
「エクスデス様のものである、あなた」
「えくすですさまのものである、あなた…」
「エクスデス様を崇める、あなた」「えくすです
さまをあがめる、あなた…」
「エクスデス様を奉る、わたし」「えくすですさまをたてまつる、わたし…」

もう一人のクルルの輪郭がぼやけ、その姿が次第に失われていく。いや、クルルの
中に入っていっていると、言うべきか。

「エクスデス様を敬う、わたスデスさまをうやまう、わたし…」
「エクスデス様のためにエクスデス様のためにはたらく、わたし…」
「エクスデス様クスデス様のために生きる、わたし…」

「「エクスデス様の下僕である、私」」
いつの間にか、もう一人のクルルは消えていた。

クルルの周りに纏わり付いていた竜巻が次第に収縮し、一陣の風を残して消え去っ
たとき、クルルは変わらぬ姿でそこに立っていた。
「さあ、目を覚ますがよい。クルル・マイア・バルデシオンよ」
エクスデスの声にゆっくりと目を見開くクルル。その目には、さっき相対していた
もう一人のクルルと同じ、深い漆黒の光が宿っていた。
「クルル・マイア・バルデシオンよ、お前は一体なんだ」
「私は…」

「私、クルル・マイア・バルデシオンは偉大なるエクスデス様の忠実な下僕。永遠
の忠誠を誓う存在…」
クルルの小さな口元から、エクスデスに対して従属を誓う言葉が発せられ、その場
に恭しく跪いた。
「ファファファ…。そうだ。それでよいのだ」
その様をエクスデスは満足そうに眺めていた。
「ガラフの奴め、我が手に堕ちた孫の姿を見て、あの世でどう思っているのかのう
一度、聞いて見たいものよ。
お前はどうなのだ?祖父を手にかけた私をどう思っているのだ?」
「所詮おじいちゃんはエクスデス様の意志を理解できなかった存在。むしろ死んで
よかったのです。頑固なおじいちゃんを殺してくれたエクスデス様には感謝の念が
絶えません」
あれほど好いていた祖父に対し、クルルはこれ以上ない蔑んだ表情と共に言葉を繰
り出す。そこには祖父に対する情や念は欠片も存在していなかった。

「我が下僕クルルよ、お前に後の三人を陥れるため、新たな力を授ける。我が分身
が刺さった指をかざすがよい」
言われるままにクルルは、エクスデスの前に右手をかざした。
すると、奥深く刺さっていたとげが抜け落ち、空中で静止したとげは見る見るうち
にその体積を増していく。
チリのような大きさだったとげがゴマのようになり、豆のようになり、胡桃のよう
な大きさになっていく。
やがて膨張を止め、クルルの掌に収まったそれは、紡錘型のの形をした真っ黒い植
物の種だった。
「それは我が分身の中に私の暗黒魔力を込めた種。それを体の中に入れることでお
前は完全な私の下僕として転生を果たす。さあ、それを飲むがよい」
「はい」
ためらうことなくクルルは手元にある不気味な種を嚥下する。喉の奥を通過した種
は発芽というプロセスを得ずに、その形を崩壊させ暗黒物質をクルルの胎内に拡散
させる。
肉壁に張り付いたそれは細胞一つ一つに滲入し、組成を変質させ奥へ奥へと潜り込
んでいく。変質させられた細胞も同様に、周りの細胞に襲い掛かり同化を促してい
く。
瞬きもせぬ刻で種の粗はクルルの全身に行き渡り、その体を人間の殻から脱皮させ
ていった。


種を飲み込んだ瞬間、クルルが纏っている雰囲気が激変した。人では決して纏うこ
との出来ない闇の気配。あの暗黒魔道師エクスデスが纏う気配と同質のものを、ク
ルルは得ていた。
「我が下僕クルルよ。お前に与えた力、見せてみるがいい」
「はい。わかりました」
刹那、クルルの衣服がはじけ飛びその裸体が現れる。すると、その玉のような皮膚
の下から何かが浮き出てきた。
「うあああ…」
次第に形を整えていくそれは、さながら植物の蔓と幹。胸を、腰を、腕を覆ったそ
の姿は、遠めに見れば水着かなにかを着込んでいるようにも見える。
そして最後に、両手の爪が漆黒に染まって長く伸び、上犬歯も同じように黒く長く
生えてきた。爪や牙からは黒い液体がじわりと溢れ、滴となって零れ落ちた。
「………ふうぅ………。凄い…この体、ゾクゾクしてくる…
エクスデス様、このような体を私に賜り、ありがとうございます…」
クルルは自分に新しい体を与えたエクスデスに、至福の笑みを以って応えた。
「クルルよ、おまえの爪と牙は私が与えた分身そのもの。それを他の三人に打ち込
みお前と同じ存在にするのだ。それがお前に与えられた、新たな存在価値だ」
「わかりました。必ずや、ご期待に応えてみせます…」
口元に酷薄な笑みを浮かべて、クルルは深々と頭を垂れた。


それまで寝ていたクルルの眼が、突如カッと見開いた。
「なんだクルル、まだ寝ていていいんだぞ。体の具合が悪いんだろ」
口は悪いが優しくファリスが語りかけてくる。その顔を、クルルは無表情にじっと
眺めていた。
「………クルル?」
「ねえ…、ファリス。バッツとレナは?」
「二人か?二人ともクルルを休ませられる場所がないか探しに行っているよ。すぐ
戻ってくるから心配するな」
「そう…。そうなの…」
心なしか、クルルがニヤリと口をゆがめたような気がした。
「ファリス…」
「どうした?」
「私、ちょっとファリスに話したいことがあるの…」
「なんだよ。言ってみろよ」
「ちょっと大声では話しにくくって…。耳、貸してくれる?」
急に話したいことがあるなんて…。ちょっと変に思いつつもファリスはクルルの方
に顔を傾けた。
「これでいいか?で、なんだよ」
ファリスの首に腕を絡ませ、口元をファリスの耳に寄せてくる。吐息が首にかかっ
てきて少しむず痒い。
「あのね…」
艶のある呟きと共に、クルルの表情が一変した。瞳には深い深い暗黒の光が宿り、
顔をニタリと嫌らしく歪ませ、くぱぁと開いた小さな口から、犬歯がギリギリと伸
びてくる。
完全に伸び切ったそれは色を漆黒に変化させ闇色の液体を滴らせつつ、ファリスの
喉笛をめがけ…





「あぐぅっ!!」



暫くして、バッツとレナが走りながら戻ってきた。
「ファリス!ようやっと安全なところを見つけ………、あれ?」
二人が戻ってきたとき、クルルはけろりとした顔でファリスとともに立っていた。
「クルル……、立てるの?」
「うん。もうすっかりよくなっちゃった。ごめんね、二人とも心配かけちゃって」
「お前達が探しにいってからちょっとしたら『もう大丈夫』ってたちあがってさ。
まったく、人騒がせにもほどがあるぜ」
ファリスは茶化すかような言葉づかいで、クルルの頭を軽く小突いた。
「こらファリス、クルルが大丈夫だったんだからいいじゃないか」
「本当に大丈夫なのね。無理はしてないわよね?」
「もうぜんぜん平気!ほらこんなに!」
その場でぴょんぴょん跳ねるクルルに、バッツもレナも苦笑するしかなかった。
「じゃあ先を急ごう。こうしている間にも、エクスデスは『無』の力を手に入れる
かもしれないんだ」
「そうね。姉さん、クルル、行きましょう」
今戻ってきた通路の方に振り向くバッツとレナ。その姿を見てクルルとファリスは
ニヤリと嫌らしく顔を歪めた。その口元には、不自然に長い黒い犬歯がチラリと顔
を覗かせ、両手の爪は鋭利な刃物のように鋭く尖っている。
「そうそう。バッツ、レナ、行く前にちょっと話しておきたい事があるんだ…」

                                終





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