闇に仕えし光の巫女
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ボーゼルの手によって、闇の巫女に堕ちたダークプリンセス・ラーナ。
リアナが光の巫女となるより早く、彼女は諸国の君主を焚き付け、各地で戦争を勃発させた。
さらにボーゼル配下の魔物も跋扈し始めたことで、四方八方で戦いが起こる。
光の神殿は防衛に追われ、リアナを迎えに行く余裕などなかった。
村に釘付けになったリアナ、そしてその光の力を狙い、村を包囲した一団があった…
「我々はレイガルド帝国の者だ!光の巫女よ、出て来い。さもなくば村を焼く」
隊長らしき粗暴そうな男の大声に、村人は震え上がった。
「て、帝国軍がついにここまで…」
「あっという間に大陸の半分以上を占領したという強国が、リアナを…」
帝国がどのような意図で光の巫女を狙っているかは分からないが、渡さねば確実に村は滅ぼされる。
「だが女神の祝福を受けた光の巫女を渡せば、帝国に大陸統一の大義名分を与えるようなもの…」
「強引な武力制圧を繰り返す血なまぐさい奴らに、リアナを渡してたまるか!」
恐れながらも、村人たちが武器を手に取ろうとしたとき、当のリアナが彼らの前に飛び出した。
「やめてください!帝国に逆らえば、多くの犠牲者が出ます。
私のために、村のみんなの血を流すなんて耐えられない…私一人で済むなら行きます」
ざわめく村人たちだったが、実際のところ戦っても勝ち目はないし、リアナを逃がすのも容易ではない。
降伏するしか道はなかった。
村の門から外に出ると、兵隊長とその配下たちが待ち構えていた。
「お前が巫女か?」
「はい、リアナです…。私があなた達と共に行けば、村に手出しはしないのですね?」
「おう、もちろんだ。お前にも手は出さねえ。皇帝陛下から厳命されてるんでね」
「…分かりました」
帝国兵が慎重に彼女を取り囲み、逃げないように腕を縄で縛った。
それを横目に見るや、隊長はにやりと笑った、
「けっ!簡単に終わりすぎてつまらんぜ。やはり任務は血を見ねえとな。
お前ら、慰みに村人でも皆殺しにしてやれ。
ただし建物には手を出すなよ。『村には』手を出さない約束だからなぁ」
たちまち柄の悪そうな兵士たちが武器を手に、門の中へ駆け込む。
「ひ、ひどい!なんてことを…っ」
叫んでもがくリアナを見ようともせず、隊長自ら剣を抜いて村に切り込もうとしたその時である。
「待ちなさいっ!」
不意に空から舞い降りた影に、今にも殺戮を始めようとした兵士達は慌てて空を見上げた。
その瞬間視界に広がったのは、巨大な鷹、そしてその上に乗った人間。
あっという間に彼らはなぎ倒され、爪にかかり、また飛んでくる手槍に打ち倒された。
「きゃあっ!」
手で目を覆ったリアナの耳に鳥の羽ばたく音が聞こえ、続いて明るい少女の声が響く。
「ごめんね、驚かせちゃって!ケガはない?」
恐る恐る目を開いたリアナの目の前に、巨鳥が舞い降りようとしている。
周囲を見回してみると、帝国兵の一団は散々に打ちのめされ、散り散りに逃げ出していた。
そして鳥の背からは、先ほどの声の主であろう少女がひらりと飛び降りた。
ショートボブカットの銀髪が印象的な彼女は、見たところリアナと同い年くらいだ。
だがその身軽ながら隙のない身のこなしは、彼女がただ者でないことを示している。
「あ、ありがとうございます。何とお礼を申したらいいか…」
丁寧にお辞儀するリアナに、少女は明るくにこやかに答える。
「別にいいの!帝国軍に困ってるのはあたしも一緒だから。
あっと、あたしの名前はシェリー。よろしくね」
「リアナです…本当にありがとうございます、シェリーさん」
「シェリーでいいわ。話し方も普通でいいの。堅苦しいのはキライだしね。ところで…」
シェリーはじっとリアナを見た。
「光の巫女リアナって、あなたのこと?
ちょっと一緒に来てほしいんだけど、いいかな。手助けしてほしいって人がいるのよ」
- 数時間前のこと、リアナの村から離れた城、カルザスにて――――
「シェリー様…やはり城から抜け出そうとしておられましたか」
兵隊長キースが扉を開けたのは、シェリーが今にも部屋を出ようとしていた瞬間だった。
「もう、キースったら!何でこんなタイミングで呼びに来るのよ。せっかく腕試しに行こうとしてたのに」
「帝国軍が活発に動いている中で城を飛び出されては困ります。
…それより、父王様がお呼びです。急ぎ、謁見の間にいらっしゃるようにと」
「謁見の間?…どうしたのかしら」
わがままな姫ではあるが、帝国軍が迫っている今は勝手なことをしている時ではないと分かっている。
「…おお、来たかシェリー」
病に弱った王の前には、来客と思しきふたりの人間が立っていた。
ひとりは、黒いマントに身を包み目元を兜で隠した男。
もうひとりは、黒マントとレオタードスーツに身を包み、年に似合わない冷たい目をした少女。
「ボーゼルと申したな。これがわしの娘、シェリーだ」
「お初にお目にかかる、シェリー王女。私は魔道士のボーゼルと申す者…」
ボーゼルと名乗った男は丁寧に、そして幾分馬鹿にしたように一礼した。
「で、あたしを呼んだのはどうして、お父様?」
「…それについては、彼から直接聞くとよい。ボーゼルよ、説明してくれるかな」
「承知した。シェリー姫は、『光の巫女』についてご存知かな」
それを聞いてほんの一瞬、ボーゼルの傍らに立つ少女の眉間が歪んだが、気づいた者はいなかった。
「見回りで光の大神殿に行くこともあるから、聞いたことはあるけど…確か、リアナって子?」
「分かるなら話が早い。その光の巫女を、私の指定するところへ連れてきてもらいたいのだ」
ボーゼルが話したのは次のようなことだった。
彼は古代魔法文明の遺物について研究しているが、帝国軍が跋扈していることで落ち着いて研究もできない。
さらに帝国は古代の魔法武器を発掘し、大陸の覇権を揺るぎないものにしようとしている。
そんな中、彼の研究していた遺跡から封印された古代の魔剣が発見された。
本来なら封印を解くにはある巫女の祈りが必要なのだが、帝国軍がその噂を聞きつければ、力づくでその封印を破るだろう。
悪用されるくらいなら一足先に封印を解いたほうがいい。
対帝国の切り札として使うか、帝国の知らぬ場所に封印し直すかは巫女に任せるとして―――
シェリーにとってはあまり興味のない話だったが、父は強く心を動かされたらしい。
帝国に反目する国のまとめ役であるカルザスだが、帝国の総力をまともに受け止められるだけの力はない。
病もあって弱気になっている王としては、強大な力はぜひとも欲しいところだろう。
シェリーにはそれがよく分かった。
「つまりそのリアナって子を迎えに行けばいいんでしょ?」
「行ってくれるか、シェリー…キースは城の守りに残しておきたいし、他に頼める者もおらんのでな。
それに巫女はお前と年も近いと聞く。無骨者が迎えに行くより、同年代の娘が行く方が安心するだろう」
「でもあたし、リアナの顔分からないわよ」
それを聞いてボーゼルは意味ありげな笑みを浮かべた。
「心配はいらぬ。私の横にいるこの娘…彼女と瓜二つの少女だ。村の場所も分かっている。
だが急いだ方がよかろう…帝国軍が光の巫女を強奪しに向かっているとの噂もあるのでな」
- 「あの…シェリー…?」
鷹の上で、爽やかに頬をくすぐる風の中、リアナに呼びかけられてシェリーは我に返った。
連れて来た兵士は村の護衛に残し、リアナの承諾を得、彼女達は今まっすぐにボーゼルの指示した島へと向かっているところだった。
「あ、ごめんボーっとしてたわ。どうしたの、リアナ?」
「その…本当なの?私にそっくりの、女の子がいたって」
まだ遠慮しているのか、ゆっくりと自信なさげに話すリアナ。
それに対してシェリーは屈託ない笑顔とはきはきした口調で返答する。
「うん、本当にそっくりだったわ。ちょっとあっちの方が大人っぽかったけどね。
あと、一緒にいた男の人、カッコよかったけど…なんかうさん臭かったな」
だが、女性の話に気を取られていたリアナは後半部分を聞き逃していた。
「やっぱり…きっと姉さんだわ。少し前に闇のモノにさらわれ行方不明になった…
無事かしら…姉さん」
不安そうなリアナの肩を、シェリーはぽんっと明るく叩いた。
「生きてたんなら無事なのは間違いないじゃない。きっと優しく迎えてくれて、何があったか教えてくれるわよ」
「そうね…ありがとう、シェリー」
これから向かう場所の名前をふたりは知らなかった。
もし知っていれば、そこに招いたボーゼルの正体について何か感づいたかもしれない。
その島の名はヴェルゼリア。かつて闇と混沌の神が降臨した、今なお邪気の残る禁断の地。
島の奥に位置する洞窟寺院跡にはただならぬ気配が漂う祭壇と、ふたつの魔法陣…
そこで奇妙な儀式の準備をするボーゼルと、苛立たしげに歩き回る少女=ダークプリンセスの姿があった。
「どうしたのだ、ダークプリンセスよ。お前らしくもない。
魔剣復活の儀式が終われば、望んでいた力が手に入るのだぞ?」
「…どうしても光の巫女を使わねばならないのですか、ボーゼル様」
ダークプリンセスは憎しみに満ちた赤い瞳で、じっとボーゼルを見つめた。
闇の中でもうっすらと濁った光を帯びたその目には、人間らしからぬ狂気が宿っている。
「光と闇の巫女が揃わねば、魔剣の封印を解くのに無駄な時間を費やさねばならぬ…人間の肉体が滅びるほどの時間だ。
そうなれば、お前の望みもかなわず終わるのだぞ?」
悔しげに唇を噛みながらダークプリンセスはうつむいた。
「しかし、光の巫女と…あの忌々しいリアナと協力するなど、私には…」
「『協力』ではない、『利用』だ。お前の妹は道具に過ぎん」
「はい…」
うなずいたものの、彼女の心情はその鮮血色の眼が雄弁に語っている。このままでは憎悪に任せてリアナを殺しかねない。
「ダークプリンセスよ、もっと私の近くに来るがいい」
「は?はい、ボーゼル様。しかし何を…」
リアナへの敵意と、唐突な命令への戸惑いを浮かべながら、彼女はボーゼルの眼前に立った。
その額に、ボーゼルの指が軽く当てられ…黒い電光がばちりと走った。
「はうっ!?あっ…、あうっ、はあっ!」
ダークプリンセスが小声で悲鳴を上げた。感電したかのように、体のあちこちがぴくぴくと細かく揺れている。
「お前は何者だ?ダークプリンセスよ」
「あぁ、わ、私はぁっ…闇の巫女っ…」
ぶるぶると体を震わせながら、ダークプリンセスは視線を中空に泳がせている。
口は半ば開き、顔には軽い苦痛と怯えの表情が浮かんでいる。
「お前の主は誰だ?」
「ボ、くぁっ…、ボーゼル、さまぁ…です…ボーゼル様の命令は、あぅっ…絶対…」
「お前の主は、何を望んでいる?」
「光の巫女と、ぉっ…私で、魔剣の封印を、っっ…解くことぉ…です」
「そのために、お前はどうする必要がある?」
「はぁぁ…、リアナと封印を、解きます…従順に…ボーゼル様の、命ずるままに…ぃっ」
最後の言葉を口にした瞬間、彼女の震えはぴたりと止まった。
少し呼吸は荒いが、表情は静かで、先ほどまでの憎しみや怯えが嘘のようだ。
そう、まるで先ほどまでとは別人のように冷たい。
「ふぅっ…取り乱して失礼いたしました。ボーゼル様、我が唯一の主様…。
このダークプリンセス、いかなる命令であろうと遂行いたします」
氷のように冷酷な赤い瞳、仮面のような美しく冷たい顔。それを見て、ボーゼルはにやりと笑った。
- 「ここで待てって言われてたけど…なんかイヤな感じの島ね」
「恐ろしい力を感じるわ…私、この島は怖い…」
洞窟遺跡の入り口前で、シェリーとリアナは不安そうに辺りを見回していた。
今にも化け物が出てくるのではないだろうかという禍々しい空気が、遺跡の中からも島中からも漂ってくるのだ。
そこに遺跡の中から、コツ、コツ、コツ…と乾いた足音が響いてくる。
油断なく構えるシェリーと、怯えてその後ろに隠れるリアナ。しかし姿を現したのは、一人の少女だった。
「ラーナ姉さん!!」
リアナが叫んで飛び出した。一方、シェリーはふたりの姿を見て驚いていた。
改めて同時に見ると、驚くほどふたりは似通っている。顔立ちも背丈も体型も。
だが、その漂わせる空気はまるで別物だ。
リアナが純粋な少女らしさを全身から漂わせているのに対し、ラーナからは人間らしさが感じられない。
抱きつこうとするリアナ。だがラーナは冷ややかに手でリアナを制した。
「姉さん…!?」
…そしてラーナに関して言えば、以前見た時とも雰囲気が違う。
ぎらついた敵意むき出しの眼だったはずが、今は恐ろしく無感情だ。
「リアナを運んできてくれたこと、ボーゼル様に代わって礼を言うわ」
淡々と人形のように、シェリーに向かってラーナは言った。
「運んで、って…リアナをモノみたいに言って、それでも彼女のお姉さんなの?」
むっとした顔で反論するシェリーだが、ラーナはそれに耳も貸さずリアナの手を取り遺跡の中へと導く。
「来なさい、リアナ」
「ね、姉さん…?」
静かだが有無を言わせない力が、ラーナの手にはこもっている。
リアナは怖かった。島が、遺跡が、何より別人のような姉が。
だが逆らえない。恐怖や悲しみ、苦労に耐えたことのない彼女は逆らう術を知らなかった。
逆に直情的なシェリーは彼女らの後を追おうと駆け出す。
「…導かれざる人間が入れば、魔物が容赦なく襲う。死ぬ気?」
ラーナの低い声に、思わずシェリーの足がすくんだ。
「ここで待ってるわ…リアナの身に何かあったら、許さないわよ!」
必死に振り絞った声など聞こえないかのように、ラーナはリアナを伴って遺跡の奥に姿を消した。
「偉大なる闇よ!全てを包む闇よ。今、お前の時代が来た…」
祭壇の前でボーゼルは満足そうにつぶやいた。そして背後の気配に、笑みを隠そうともせず振り向く。
「戻ったか、ダークプリンセス」
「はい、ボーゼル様。光の巫女もここに」
満足そうなふたりと逆に、リアナは異様な気配に震えが止まらなかった。
「ダーク…プリンセス…!?」
なぜ姉が奇妙な称号で呼ばれているのか、それに対する疑問だけでない。
闇の力に満ちたこの遺跡は何なのか。そして禍々しくも美しいこの男は何者なのか。
なぜ姉は闇の力を持つ男を主と呼び、そして自らも闇の力を身に宿しているのか―――
わからない。頭が痛い。吐き気がする。意識が遠のきそうになる。
疑念と恐怖、そして遺跡の邪気にあてられ、リアナの思考はぐるぐると渦巻いていた。
「さあ、少しの間魔法陣の中でじっとしていてもらうぞ。お前達の力が必要なのでな」
ボーゼルの魔力ある声が、リアナの耳に入ってくる。
ゆらゆらと揺れる視界の中に、祭壇の左右に設けられた魔法陣が映る。
そこに立たなければいけない。美しい声がそう言っている…。
- だが、光の巫女に任じられたリアナの心は、強い意志でその声に抵抗した。
「ああっ…駄目!闇の者の声に、屈してはいけない…」
魔力の支配から逃げることは諦める。ただ、心を売らず、動こうとしない。それだけに集中する。
闇の魔力に抵抗する最も有効な手段を、リアナは無意識のうちに身に着けていたのだ。
ボーゼル一人ではこの抵抗を崩すことはできない。そう、一人なら。
「ダークプリンセス」
ボーゼルの声を聞くや、ダークプリンセス=ラーナがリアナの顔をくっと右手の指で持つ。彼女の眼を覗き込みやすいように。
「私の眼を見なさい、リアナ」
「あ…ね…姉さん…」
慕っていた姉の声。
無意識の心の盾は、無意識の安心感によって取り除かれる。
そして宝石のように澄んで美しく、吸い込まれそうなルビー色の瞳。
冷ややかで落ち着いていて、何の迷いもなくて。
姉の声と眼によって心の障壁を溶かされたリアナの耳に、再度ボーゼルの甘い声が響く。
「さあ、光の巫女、闇の巫女よ。今からお前達は巫女の像となる…。魔法陣の上に立ち、両手を掲げ、そのまま立ち尽くすのだ」
その命令は、すんなりとリアナの頭の中に吸い込まれていった。
そう、私は巫女の像になる。魔法陣の上に立ち、両手を掲げなければ…。
全くぶれのない足取りで魔法陣へと歩むラーナと、うつろな眼とおぼつかない足取りでゆっくり魔法陣の中に入るリアナ。
だが魔法陣の中に入ると、二人は同時に背筋を伸ばし、すっと両腕を天に掲げた。
眼は開かれたまま、しかし何も見ようとしていない。
全く身じろぎをせず、まるで本当の像になったかのように。
その意識は、たったひとつのことに集約されている。
私は、巫女の像。両腕を掲げ立ち尽くす、そのために存在する。
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身じろぎもせず立ち尽くすラーナとリアナ。
それを確認すると、ボーゼルは祭壇に向かって興奮した声で呪文を唱えた。
「…光はその力を失い、闇を縛る戒めは解けん。
今、剣は持てる力の全てを取り戻さん!」
その言葉に、遺跡内の空気が激しく反応する。
祭壇上に雷光が走り、大地が震える。
そしてふたりの巫女の身体から、光と闇の魔力が抽出され、祭壇に集まる。
「う、ううあっ…」
「く、くぅっ…」
依然として像になりきり、身じろぎせず立つ姉妹。
だが強大な魔力に反応して、全身から汗がこぼれる。身体が震え、うめき声が口から漏れる。
やがて音もせず黒い閃光がほとばしった。
それが合図だったかのように、ふたりの巫女が崩れ落ちる。
「やあぁ…っ」
強大な闇の気に集中力を削がれたか、弱々しくリアナがその場に座り込む。
「くうぁ…っ」
耐えようとしたラーナだが、彼女ももはや精神力が限界を迎えていた。
姉妹が気を失い、ぐったりと座り込む中、ボーゼルは祭壇の上に現れた黒塗りの大刀に手を伸ばした。
不気味な形状と赤黒い色彩が特徴的な片刃の剣…魔剣アルハザード。
「ふふ…ふははははは!」
しばらく経ってから、ふたりはほぼ同時に目を覚ました。
「う…ううっ?」
「はっ…私は…」
術にかかったことを思い出せないでいるリアナより先に、ラーナが立ち上がった。
「ボーゼル様、私は何を…?リアナの処分を話していたところから、記憶がないのですが…
それより、辺りに満ち満ちているこの気…アルハザードが、封印が解けたのですか?」
口元に満足しきった笑みを浮かべながら、ボーゼルは手にした魔剣を掲げた。
「ダークプリンセスよ。お前達のおかげで、魔剣は力を取り戻したぞ」
黒い炎をうっすらとまとった剣に、ダークプリンセスは恍惚のため息を漏らした。
「素晴らしい力ですわ…!」
だが光の巫女リアナには、その邪悪すぎる力は脅威以外の何物でもなかった
「…な、なんということを!魔剣の力を解放してしまうなんて!」
「光の巫女よ、礼を言うぞ。このすさまじいまでの力を感じることができよう」
感じられる。だからこそ言葉にできない絶望感も味わっている。
「…ああ、この世が闇に覆われてしまう…」
恐怖と無力感の中で、そのつぶやきだけが唯一しぼり出された。
そんな彼女を見るラーナの瞳には、再び憎悪の炎がともっている。
「ではボーゼル様、アルハザードの封印も解けたことですし…リアナを殺してよろしいですね?」
「…っ!?姉さん!!」
儀式によって全身の力が抜けて立てないリアナに対し、ラーナは恐ろしい執念でリアナの方へと歩いてくる。
- だがあと数歩のところまで迫った瞬間、彼女は急に顔を歪めた。
「うっ…!?あ、頭が…」
立ったまま苦しそうに身をよじり、両手で頭を抱えると、ラーナはリアナのすぐ前に倒れ伏した。
「姉さん!大丈夫!?」
唯一の肉親であり、やっと再会できた姉を心配して、リアナはラーナに身を寄せた。
殺意を持って近寄ってきたことなど関係ない。きっと何かの間違いだ。
頭を抱えたまま悶え苦しむその顔は、間違いなく姉、優しかったラーナ姉さんなのだから。
もしもの時は、己の命を魔力に変えてでも回復魔法を使って―――
しかしその必要はなかった。ボーゼルの声が響いた。
「ダークプリンセスよ…お前の愛しい妹を傷つけてどうするのだ。
用が済んだからといって殺したりはしない…
彼女にはこれからも、働いてもらうとしよう」
その声はいかなる効果を持っていたのか…
ラーナはぶるっと一度身を震わすと、目を開いた。
「リアナ…?」
その瞳は今なお赤いが、冷酷さや殺意はもうない。人形のような無感情でもない。
あふれんばかりの感情が輝いている。
「私…ごめんなさい、リアナ。一体何をしようとして…」
「姉さん…!」
リアナはラーナを抱きしめた。やっぱり、優しい姉さんだ。
「フフ…姉妹の再会というやつか。私は邪魔せずしばらく消えるとしよう。
ラーナよ、『妹を優しく迎えてやるのだ』」
「はい…ボーゼル様。ご命令のままに」
ボーゼルの甘い声に、ラーナはにっこりと笑う。
「リアナよ…光輝の者にとって、この邪剣の力は確かに忌まわしかろう。
しかしこの剣そのものが…闇それ自体が悪、というわけではない。
お前の姉が優しく教えてくれるであろう。何も心配することはない…」
優しくそれだけ言うと、ボーゼルは音もなく消え去った。
「え……?」
恐ろしいばかりであったボーゼルからの柔らかい言葉。リアナは混乱した。
どういうこと?闇が邪悪ではない…?しかし彼は暗黒の…
考えるリアナの体を、不意にラーナがぎゅうっと抱きしめた。
「リアナ…久しぶりね。無事でよかった…
さっきはごめんなさい。覚えていないけど、私…きっと闇の悪い面に支配されていたのね。
でも、もう大丈夫。私は正気に戻ったわ…正しい闇に」
「正しい…闇?でも、闇はすなわち悪だって、司祭様が…」
「そう教えられたわね、人間達に…でも、違うのよリアナ…教えてあげる」
ラーナはリアナの両手を握ると、顔をぐっと近づけた。
- 唇と唇が触れ合いそうな距離。視界いっぱいに、ラーナの赤い瞳が輝いている。
リアナはまばたきを忘れ、それに見入った。
紅の双眸を見つめているうちに、リアナは奇妙な感覚を覚え始めた。
身体に力が入らない。頭が重い。横になりたくなる。
「そうよリアナ…横になりなさい…」
ラーナの声に命じられるまま、リアナは背中を、頭を、地に横たえる。
「そうよ…あなたにはもう力がない。私の言うとおりにするしかない…」
仰向けになったリアナの上に、ラーナはうつぶせに横たわる。
「ね、姉さん…!?」
傍目から見れば、身体を重ねる双子の姉妹は鏡写しのようにも見えるが
リアナからしてみれば、羞恥心と困惑ばかりが浮かんでくる。
…しかしラーナの妖しく潤んだ眼を見ているうちに、今度は別の感覚が襲ってきた。
(姉さんの肌…あったかい…柔らかい…)
二人とも肌の露出は多い。だが不思議なことに、服を着た部分からも熱が伝わる。
まるで何も身に着けていないようだ。
触れ合う胸と胸の柔軟な感触までが伝わるなんて。
(嫌…何を考えているの、私!)
ふと気づき、罪の意識にさいなまれる。だがそれゆえにますます体が火照る。
「恥ずかしがることはないのよ、リアナ。ほら…」
耳の脇をぺろりとラーナの舌がくすぐり、髪が頬をなでる。
「闇はこわいものなんかじゃない。感情そのもの、生物を進化させる力。
それを人間は忘れ、進化を停滞させている。間違っているのは、今の光。これからそれを教えてあげる…」
ラーナの背を、そして姉妹を覆っていた漆黒のマントがぶわっと広がり、気体とも固体ともつかない、物質なのかもわからない気の集まりとなる。
それはたちまち幾筋もの線となり、ラーナの体を伝って、リアナの体を這う。
脚、腕、首、そして服の中をしゅるしゅると動く感触。
「あ、あ、ああ…ああうっ…」
鼓動が数倍の速さになる。恐怖が襲う。
感じやすい部分を触れられて体熱はいっそう高まったが、『それ』に対する恐怖が快感を上回った。
不意にぴたりと『それ』の動きが止んだ。太ももで、首筋で、腹上で、背中で、耳元で。
だがそれは一瞬だった。
ラーナがリアナの両手首を取り、地面に押し付け、両足を絡める。
リアナのミニスカートとラーナのレオタード、両者の股がぴったりと密着する。
「さあ…始めるわ―――――」
ラーナの囁きと同時に、無数の『それ』がいちどきに侵入を始めた。リアナの中へ―――
「あああああああああーっ!?」
- 耳、ヘソ、足の付け根…あらゆる場所から侵入する『それ』、すなわち『闇』。
支配、欲望、憎悪、恐怖、破壊――――体内に入り込んだ『それ』にリアナが感じるのはそれだけ。
「いやあーーーっ!やめて、姉さん!」
リアナは身をよじった。だがラーナがしっかりと体を密着させ離そうとしない。
それならせめて、この恐ろしさから目を背けて…
目を閉じようとしたとき、ラーナの声が響いた。『それ』を通じて頭の中に。
(リアナ…妹の分際で姉に逆らおうというの?
ふふ、それは許さないわ…あなたは私に逆らうことなんかできない。
私の命令には、すべて従わうの。それがあなたの運命)
「はああうっ…ご、ごめぇえんっ…姉さん」
「『姉さん』?ふふ、対等の口を聞こうというの?」
「ああああっ!!ご、ごめんなさ…い、いえ、申し訳ございません、お姉様ぁ…」
「そう、それでいいの…さあ、何も考えず力を抜いて…私の導くままになるの、リアナ」
「はい…お姉様…」
闇の動きに合わせ、ラーナの体が、腰が、揺れる。
リアナも腰を揺らさずには、いられない。
…次第に、恐怖と苦痛が和らいでくる。代わって快感が、心身を満たす。
(…な、何…気持ち、いいの?そ、そんな…闇の力なんかで!!)
「ん、ぁあんっ…はあぁ…」
抵抗しようとする精神と裏腹に、肉体はラーナの命令通り力が入らず、ラーナと暗黒の気に触れられるがまま。
いや、意思すらもあまりの邪悪な快さの前に吹き飛びそうだ。
どう触れればリアナの体と心を思い通りにコントロールできるか、ラーナは熟知している。
そして光の巫女が悶えるたびに見える精神の隙を、闇の巫女は見逃さなかった。
耳元から入り込んでいる暗黒の気を通し、リアナの脳に直接声が響く。
「リアナ、気持ちいいでしょう?」
「……っ!」
脳を直接くすぐられるような、異様な快感にリアナの意識は危うく飛びそうになる。
「リアナ…今の気持ちをいいなさい」
「……ぁう」
黒い気が触手と化し、頭の中に広がるのを感じる。次第に頭の中が真っ黒に染められていくのが分かる。
(こ、これ以上…はうぅ…わ、私は…ふぁあぅっ)
全身の恍惚感と塗り替えられる精神、内外からの刺激に思考すらも断たれていく。
「リアナ、言うのよ…これは命令だから…」
そこを逃さず、優しい口調で聞こえてくるラーナの言葉。抵抗する力はリアナに残っていなかった。
- 「気持ち…いいです…お姉様」
自らその言葉を口にしたこと瞬間、リアナは気が楽になった。
己の口から言葉を発することで、意識までも支配されていく。
(そうよ…気持ちいい…ああ、でも…)
わずかに残る罪の意識に気付いたのか、ラーナは妖艶に微笑んで言う。
「大丈夫…罪悪感などいらない。あなたは光の巫女のまま。あなたは正気だから」
「ほ、本当…お姉様…ぁ?」
「本当よ…だからもっと、気持ちよさを声に出して…獣のように、鳴いていいのよ」
精神を絶対的に支配しているラーナの言葉に、リアナは完全に踊らされた。
私は闇に染められてなんかいない、光の巫女だ。
私はおかしくなってなんかいない、正気だ。
リアナ自身も気付いていないが、「光の巫女」の称号を得た自負心は確実に存在した。
自分は巫女、選ばれた存在なのだと。
そして確実にリアナを操るラーナの言葉によって、リアナは思い込んでしまった。
(そう。私は間違いなく光の巫女。闇に正気を冒されるはずがないわ…)
そう考えたことで、闇によってもたらされる悦楽に対する嫌悪感は失せてしまった。
「リアナ、声に出すのよ…あなたは光の巫女。あなたは正気…そうでしょう」
「はっ、はう、はい…私は光の巫女…私は正気です…ああ…」
言葉は心身を隙だらけにした。恍惚を求める肉体はとどまることなく、闇の刺激を求める。
隙だらけになった肉体と精神に、闇はそれまでと比べ物にならない激しさで侵入する。
もはやラーナが誘うまでもない。
「ふぁぅうん…私は、はあっ、光の巫女…私は、ああ、正気…正気、正気っ…」
リアナは闇の侵入に合わせびくんびくんと体を揺らし、ためらわず叫んだ。
それが一層ラーナの攻めを、そして己の快感を増すことを承知した上で。
- 程なくリアナの体は黒い霧で包まれた。
だが、闇の力が体内に収まらない。彼女の肉体に適応しきらず、精神を汚染した程度で止まっている。
「くあぁあ…ふぅう…わ・た・し・は…」
不気味に光る虚ろな瞳で言葉にならない言葉をつぶやくリアナ。
注ぎすぎたか。このままでは廃人となってしまい役に立たない。
密着してリアナを押さえ込んでいた体を、ラーナは不意に離した。
「あ、あぁあっ…おねえ、様…?待って…」
闇の力を注ぎ込まれることに慣れきっていたリアナは、ふらつきながら横たわっていた体を起こした。
口をだらりと開け、上体をゆらゆらと揺らし、手をラーナのほうへ伸ばす。
その手を取ると、ラーナはもう一方の手でリアナを誘った。
「さあリアナ。今度は、あなたが私を楽しませなさい」
「……!?」
予想外の命令に、中毒者のごとく混濁していたリアナの意識は急に鮮明になった。
ごくり、とリアナの喉が鳴る音を敏感に聞き取り、ラーナは妖しく微笑んだ。
体内に挿れられた「何か」から得られる快感も、度を重ねるごとに薄れ、意識が濁っていった。
ようやく姉が身を離したことで、リアナは助かったと思った。これ以上責められては気絶してしまいそうだったから。
だが、それでも求めずにはいられなかった。
無意識のうちに体はラーナを、そして彼女からほとばしる「何か」を求めていた。
だが、姉の言葉は衝撃的だった。
「今度は、あなたが私を楽しませなさい」
姉だけが「それ」を注ぎ込めるのだと思っていた。
「それ」がリアナの心身に刻み込んだ、姉に対する畏怖は相当なものだったから。
自分のような愚かで無力な存在が、姉さん…いいえ、お姉さまを…?とんでもない。
それともリアナの中に残っていた光に対する罪の意識が、一瞬恐怖を覚えさせたのかもしれない。
欲望をむき出しにして同性に、しかも姉に手を出すという罪深すぎる行為に対して。
だが。
誘いを拒むには、姉の肢体は魅力的すぎた。
光沢のある黒い拘束衣に包まれた、曲線的でスタイルの素晴らしい体。
つややかな肌、唇。
魔族に魂を売った証の、赤い瞳。
それを自分の思いのままにできるなんて…?
興奮に思わずリアナは、ごくりと喉を鳴らした。
リアナの心中を察したラーナは待ち切れなさそうに、くいっと指でリアナを誘った。
好きにしていい。ラーナの無防備な姿勢がそう物語っている。
誘う指を見た途端、リアナの理性は吹き飛んだ。
「あ、ああぅっ…お、お姉様ぁーっ!」
-
体内の闇によって何倍にも増幅された欲望に駆られるまま、リアナはラーナに飛びかかった。
先ほどされたように、上から姉に覆いかぶさり、両の腕でラーナの体を激しく愛撫する。
「ふふ…うふふふっ…!」
獲物を捕らえたような、いつものリアナからは想像もつかない表情、リアナのものとは思えない笑い声がにじみ出る。
次の瞬間、リアナの肌や衣類の隙間から闇の気が走り出した。
元々リアナの肉体に収まりきらなかった「それ」は、すさまじい激しさでリアナの肌を伝い、ラーナの四肢の上で踊り狂った。
「あ…ああっ、はあうっ、ひゃあん!」
たちまちラーナの口から、悦びの入り混じった悲鳴が飛び出す。
「くくく…激しいわ、リアナ…ひあぅっ!」
「はあ、はあ、お許しを、お姉様…でも…ふふふ」
楽しい。自分の体から「何か」が放たれるのが気持ちいい。
そしてそれを受けた姉は、自分の思うがままに悶え、悦び、叫ぶ。
自分を責めさいなんでいた時の恐ろしさは微塵もなく、貫くような快感に溺れきっている。
彼女をどうもてあそぶかは、自分の気分次第。今、姉様は私の思うがまま――――
許しを請いながらも、リアナの瞳に浮かんでいるのは無邪気で嗜虐的な笑みだった。
やがて。ラーナを抱きしめたまま、リアナは「力」の放出を緩めた。
一度にラーナを「壊して」しまうより、時間をかけて楽しみたいという考えだった。
「はぁう…くくくっ、リアナ…激しくて、不器用だけど、たまらないわ…」
魔力の襲撃が和らいだことで、ラーナがようやく喘ぎながらも言葉を発した。
そしてラーナの声を聴いた途端、リアナは自分が「姉の下僕」であることを思い出した。
「あぁあ…止められない…お姉様の体を責めたてることが…
私の思い通りにお姉様が動き、声を上げるのが、たまらないんです…お許しを…」
「そうよリアナ、攻撃は楽しいのよ…。それこそが本来あるべき気持ち。
光も本来、そうあるべきだったのよ」
「光も…?」
「そう。今までの光は気持ちよくも楽しくもなかったでしょう…。それは偽りの光。
かつて『光輝の一族』と名乗る偽者共が、人間を大人しくさせるために偽りの『光』を定めた。
そしてそれに反抗した闇の一族を滅ぼし、偽りの伝説を広めたのよ。
でもそれを見かねたボーゼル様が、魔族を率いて私の心を解き放ってくれた。
そしてリアナ、あなたも助けるよう、私にお命じになった。闇の力を用いて、光をあるべき姿に戻すために…」
本来のリアナであれば、ラーナの言葉の矛盾を指摘できたかもしれない。
だが暗黒の魔力を体中に浴び、さらにそれを行使する悦楽を知った後では、姉の言葉が全て正しいものとして頭に入ってきた。
- そうだわ…。光の巫女になっても、こんな快感は教わることが出来なかった。むしろ堅苦しい規則ばかり。
伝統、格式とうるさかった神官たちは恐れていたのね。真実を知られることを。人が本能を発露することを。
「今や光輝の軍勢は平和に溺れ、この世界は停滞しきっている。今こそ強い闇の一族が覇権を取り戻すべき。
そしてあなたは闇に従う『真の光の巫女』として君臨する。
愚かな人間たちを操り支配するために…」
話しながらもラーナが巧みに闇の魔力を糸に編み、いつの間にかリアナのヘソや服、耳の中に這わせていることにリアナは気づいていなかった。
分かるのは、その言葉を聞くだけで、エクスタシーがアタマとカラダに走ることだけ。
なんだか気持ちいいけれど、それは当たり前。
お姉様の言葉を聞くだけで気持ちよくなるのは、それが正しいから。
間違ってるはずがない。だって、私は――――
「私は正気で、光の巫女だもの。間違っているのは光輝の軍勢ね。
あいつらは闇に勝てると思い上がった者たちだわ。私が正しく導かないと」
その言葉を発したリアナの体に、闇の力が収まり始めた。
「あ、ああ、ああっ…!」
体を小刻みに震わせながらリアナは喘いだ。
だがそれは恐怖ではなく、喜びの声だった。
「あなたが目を覚ましてくれて闇も喜んでいるわ…。
光の巫女の使命を果たすために、あなたの身も心も強くしてくれる。
そして闇の巫女であるこの私が、最後の仕上げをしてあげる。
さあ、リアナ」
「はい…お姉様…」
闇の魔力で互いを染めあったせいか、思考がシンクロする。
どちらからともなく、姉妹は自然に目を閉じ、抱き合い、唇を重ねた。
「ん…、んむっ、んぁぁん…」
互いの舌が絡まり、口内にエキスを注ぎ合う。
リアナは、純然たる暗黒の雫を一滴残さずすくい取ろうとし。
ラーナは、堕ちつつある光と闇のカクテルを楽しむために。
(あはあぁ…お姉様のは…闇は、熱くなる…)
(んぅん…甘い…堕ちる光の味は、たまらないわ…)
頬を染めて色っぽく笑う姉妹の脳裏に、妖艶な男の声が響いた。
「光の巫女よ…闇の快楽を受け入れたお前は、我が下僕に相応しい。
さあ、私に忠誠を誓い、さらなる力と喜びを得るがいい」
その声の主が誰か、リアナは瞬時に感じた。
先ほどまで忌み嫌っていた闇の王子。
でも、どうしてあんなに闇を憎んでいたのかしら。
こんなに素晴らしくて、恐ろしいくらい美しくて、壊れそうなくらい気持ちいいものを。
人間の世界では望めぬほど強く美しい、そんな男女の奴隷になり、力のおこぼれにあずかれるなら――
「はい…ボーゼル様。そして、ダークプリンセスお姉様。
お二人にお仕え出来るなんて、このリアナ、光栄の至りですわ」
その言葉を待っていたかのように、リアナの肉体から闇が液状化して這い出す。
「それ」は、暗黒に全てを委ねたリアナの衣服に、びっしりと貼り付いた。
- 「…もう、いつになったら出てくるの!あたしのこと、忘れてない?」
洞窟入り口で一人、シェリーは苛立ちながら待っていた。
長居すればするほど、この島の不気味な空気がひしひしと迫ってくる。
それにリアナの姉と名乗った女の態度には納得いかないものがあった。
恐ろしい物が待ってるのは覚悟の上。シェリーはぐっと拳を握り締めた。
「よしっ、これ以上待たされるならいっそ助けに!」
「その必要はないわ…」
不意に後ろから声をかけられて彼女は慌てふためいた。
そして振り向き、そこに立っていた人物に気付いて2度驚いた。
「リ…リアナ!」
「私はこの通り。何も心配いらないわ…」
優しく微笑む彼女は、まさしくリアナだった。
「よかった、無事だったのね!…でも、どうしたの?」
シェリーがまじまじとリアナを見たのも当然だった。
確かにリアナの微笑む表情、衣服の形状は、洞窟に入る前と全く変わっていない。
だが純白の絹で織られた巫女装束は、今や妖しい光沢を放つ漆黒に染まり、血のような赤い模様がそれを縁取る。
肩には姉と酷似した刺々しい肩当が付き、黒いマントが足元まで降りている。
手に握られた長大な赤黒い剣は、一目見て魔剣と分かる。
元々肌の露出は多かったが、腹部や太ももにあんな赤い刻印は入っていただろうか?
長い爪、伸びたヒール、そして意思は感じられないのに異様な輝きを放つ赤い瞳。
無邪気な微笑が変わらないだけに、シェリーはむしろ異質な感覚を覚えた。
「心配することはないわ。ボーゼル様のご加護よ」
「以前のままでは戦えぬと思ってな。儀式に協力してくれた礼、というところだ」
いつの間にかボーゼルとダークプリンセスまでもがそこに立っていた。
「じゃあ、儀式はうまくいったってわけ?」
「ええ、ボーゼル様とお姉様が導いてくださったおかげよ。
これが伝説の魔剣、アルハザード…素晴らしい力だわ」
リアナは嬉しそうに、手にした剣を舐めるように見つめた。
「ちょ、ちょっとリアナ…そんなヤバそうな剣持って大丈夫なの?
いくらすごい魔法の加護受けてるっていっても、光の巫女が闇の剣なんて持ったら…」
「ふ…我が力を以ってすれば、光の巫女に闇の剣を持たせるなど容易いこと」
ボーゼルの言葉に、中で起こったことを知らないシェリーはなんとなくうなずいてしまった。
「それに悠長なことを言っている暇はないぞ、カルザスの姫よ。
その剣を解放したことで私は様々なものが見えるようになった。
例えば、そなたの城に押し寄せる無数の帝国兵など、な…」
「何ですって!?早くお城に戻らなくちゃ!」
乗ってきた鷹に慌てて駆け寄ろうとするシェリーを、ボーゼルが手で制した。
「焦ることはない…巫女を連れてきた礼に、我が手勢を貸してやろう。
魔剣の魔力を使えば、一部隊を城の近くに送り込めるだろう」
「私達もご一緒する…」
「もちろんですわ。お姉様」
「ええ!?ちょ、ちょっと、危ないから」
シェリーの呼びかけを聞く風もなく、リアナは魔剣を掲げた。
ほどなく一匹の魔竜が風を切り、彼女らの元に舞い降りる。
「あなたがエストね。私はリアナ、あなたの新しい仲間…さあ、私とお姉様を乗せて」
- カルザス城壁前にて―――
シェリーは空中を舞い、眼下の戦場を驚きの目で見つめていた。
「ウソ…でしょ?」
彼女の目線の先にはリアナがいる。
リアナの前には、無数の敵兵。
リアナの後には、文字通り草一本生えない焼け野原が広がっていた。
彼女は戦場に着くとすぐ、シェリーの制止も聞かずに竜の背から飛び降りたのだ。
城壁に殺到していた帝国兵は、すぐに標的を目の前の小娘に切り替えた。
襲い来る精兵に向かい、リアナは魔剣を一振りした。
黒い閃光が辺りを包み、次の瞬間そこには数々の残骸と、微笑むリアナしか残っていなかった。
「リ、リアナ、すごい…!さあ、城内に入って。これで篭城しやすく…」
その言葉に、リアナは愛らしく首をかしげた。
「どうして篭城するの?
雑魚がたくさん、私達に仕留めてほしくて待ってるのに…」
優しい口調と似ても似つかぬ、残酷な言葉。
シェリーは身を凍りつかせた。
「さあ、行きましょうシェリー。私の後からついて来れば、帝国兵なんて一掃できるわ」
止めたら殺される。そう直感したシェリーは、ただ遠くから見守るしかできなかった。
一方リアナは、微笑を絶やすことなく敵陣の奥へ奥へと歩み続けた。
魔剣アルハザードを振るうたびに屈強な帝国兵が寸断され、吹き飛ばされる。
そして倒した敵の生命力は、剣を通してリアナに吸収される。闇の魔力として。
「くすくす…魔剣から注がれる『本当の光の力』は、すごくなじむわね…」
だが肉体の髄まで闇に冒されたリアナには、人間を歪める邪気こそが「純粋な光」にしか思えなくなっていた。
慈悲に満ち溢れた微笑と共に、逃げる者も命乞いする者も、皆平等に手にかけていく。
「く、狂ってる…」
断末魔と悲鳴を聞くたび、彼女はにっこりと明るく笑う。
「私は正気よ?かわいそうな人間たち…これが本当の光。最高の悦楽をくれるの」
ぶつぶつとつぶやきながら攻撃を強めるリアナに、帝国兵もむざむざとやられていたわけではない。
魔法部隊の精鋭が集まり、リアナめがけて魔法弾を一斉に放った。
「きゃあっ!」
強大な力を得たとはいえ、身のこなしは素人にすぎないリアナは軽々と吹き飛ばされた。
やったか。魔法部隊の後ろに控えていた歩兵がとどめを刺そうと倒れたリアナへ駆け寄る。
…だが、兵士たちのわずかな希望はすぐ絶望に変わった。
「うふふ…やるわね」
帝国兵一軍団を一瞬で壊滅させた後で、リアナは嬉しそうに笑った。
「やっぱり私に悲鳴をあげさせてくれる奴らの方が、気持ちいいわ。
そして一瞬だけ希望を持って散った人間って、いい鳴き声を出すのね。
興奮したわ。…お姉様には、及ばないけど」
ボーゼルとラーナの術によって、光の巫女リアナは新しい道を歩み始めた。
彼女は魔剣アルハザードを振るい、ボーゼルの忠実なしもべとして世界を本当の光=暗黒に包むべく戦った。
やがて戦争が終わる頃には、彼女の名は魔族以上に恐ろしい魔将軍として、恐怖と共に語られるようになったという…
完