長き呪われし道
Silent Striders |
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死はおまえの砦の外にうずくまっているんだよ。俺はそいつの顔を見たことがあるんだ。
──“屍殺し”ファディール、サイレント・ストライダーのラガバッシュ
(C)2000 White Wolf Publishing Inc.
“サイレント・ストライダー”。
それは放浪を宿命づけられた人狼たちの名である。かつては古代エジプトに居を定めていた彼らは、皮肉な運命によって永遠の追放者となった。以来、さすらいの人狼たちは、ワームとの不断の闘争を続けながら、人跡未踏の秘境に分け入ってきた。エジプトの死者の神アヌビスの伝統を受け継ぐサイレント・ストライダーは、ガルゥの誰もがあえて入ろうとしない幽界(Shadowlands)にすら足を踏み入れている。死者の国について彼らほどよく知っている人狼は他にはいないのである。
アヌビスのごとく漆黒の毛並みと華奢な肉体を持つ、この静かなる疾駆者たちについて概説を加える。
かつて、物質界と精霊界(後の影界)は一体だった。その頃は死というものはなかった。だが、誰にもわからぬ理由から二つの世界は分離してしまった。この“大分断”のとき、ガルゥたちは父母や祖先と永遠に分かたれてしまった。彼らは死んでいずこかへと去ってしまったからである。ガルゥたちは嘆き悲しんだが、親族を取り戻すことはできなかった。中には影界へと赴いて父祖たちを探した者もいたが、杳としてその行方は知れなかった。
このとき、ひとりのガルゥが死んで去った家族との再会を切望して、仲間たちが止めるのも聞かずに旅だった。森に分け入った彼女は、地上とできたばかりの影界を長い間さまよったが、家族を見つけることはできなかった。疲れ切った彼女は、ある大きな樹の木陰で休息をとった。このとき、彼女のもとに一羽のフクロウがやってきた。
「どこへ行くつもりかね、お嬢さん? 世界には新しい道がたくさんあるが、それを全部歩こうってわけじゃないようだね」
ガルゥは木に寄りかかりながら答えた。
「そうよ、フクロウさん。両親の霊を探しているの。長老がたが“死”と呼んでる新参者と一緒に行ってしまってから、行方が知れないのよ」
するとフクロウは驚いて叫んだ。
「おやまあ! その人たちなら見たことがあるよ。でも一番暗い道をたどっていってしまってから戻ってきてないね」
ガルゥはそれを聞くと立ち上がりながら言った。
「それじゃ、行って見つけなきゃ。連れ戻さないと。フクロウさん、道を教えてくれる?」
フクロウは羽根をばたばたさせるとこう言った。
「それはいいが、あんたは夜目がきかないから、きっと迷ってしまうよ」
ガルゥは肩をちょっとすくめた。
「そうかも。でもそれなら両親もできないわ。おねがいフクロウさん、どっちに行ったか教えて。もう一度会いたくてたまらないの」
フクロウは困った顔をしながらもこう言った。
「頑固な子だね。まだ追っかけていきたいというのなら、私も一緒に行って道案内してあげるよ」
かくして、フクロウを道連れにしたガルゥは、狼の姿になると、最暗の道を走りに走った。フクロウの速さは非常なものだったが、彼女は何とかそれについていった。真っ暗な道をとても長い間走り続けた彼女の体は、だんだんと道と同じ漆黒に染まり、走りやすいように細身で丈長になった。
やがてフクロウの示す道は、下へ下へと続いていった。辺りの風景はどんどん色あせていき、まもなくまったく色がなくなってしまった。ガルゥが見ることのできる色はフクロウの黄色の眼光だけになった。そしてついに二人は、真っ黒な硝子の石でできた大きな門の前にたどりついた。そこでフクロウは門柱の上にとまって羽根を休め、ガルゥは門を開けようとした。
しかし門には鍵がかかっていた。彼女が門扉に触れると、大きな黒い精霊が地面から現れて地滑りのような虚ろな声で何の用かとこの突然の訪問者に尋ねた。ガルゥはこう答えた。
「行方不明になった私たちの家族の霊を見つけにここまで来た。すぐにこの門を開け。このままじゃあの人たちが迷ったまま、私たちのところに帰れない」
大きな夜の精霊は大笑いをしてから彼女に尋ねた。
「なぜそんなことをしなければならない? あの連中は何の準備もなく死んだのだ。だから俺と取り引きするものなどなかったのだぞ。この門を開く見返りに、おまえは何をくれるというのだ?」
ガルゥの娘は自分の胸をぱっと開くと、そこから心臓を取り出した。驚いた精霊は膝をついてその心臓を手に取った。精霊の舌がおそるおそる心臓に触れると、それはまだ鼓動を続けており、その味はガルゥの徳を顕わしていた。夜の精霊はうなずくと心臓を彼女の胸に戻して、傷口をふさいでやった。そしてこうため息をつきながら言った。
「おまえの心臓は生命の味がしたぞ、若いの。めったに味わえない味だ。これは私には貴重すぎる。よし、少しの間だけ門を開いてやろう。おまえと一緒に家に帰りたい者がいるならそうすればよかろう。だがな、俺はまた門を閉めなければならん。だからやるなら早くやることだ」
そして、精霊は門を大きく開くとこう叫んだ。
「走れ! もう一度日の当たる世界を見たいのなら、走るのだ!」
フクロウもまた飛び立ってこう叫んだ。
「走れ! ガルゥの若者よ! 家族を連れ帰りたいなら、走るのだ!」
彼女は走った。そして暗い道を駆け上がるときに、彼女は自分の後ろに霊たちがついてくるのを感じた。だが。彼女が物質界にたどり着くと、ほとんど誰もついてきてはいなかった。人間の霊たちは恐れおののいて門を出てこなかった。彼女について走ったわずかな者も、その速さについていけなかったのだ。彼らは二つの世界に狭間に取り残されて、最初の幽霊となってしまった。
ガルゥの霊たちはそれでもついてきていた。その中には彼女の父親もいて、こう娘に告げた。
「娘よ、我らは長くはとどまれぬ。もはや自然の理は前とは変わってしまったのだ。ガイアの意志を違えれば、女神はお怒りになるだろう。だが、おまえの勇気は我らに帰路を示してくれた。これからもしおまえが呼べば、我らは戻ってしばしの間助言をしよう。そしてこのことを戻って子孫に伝えよ。終末の時まで」
彼女はこの通り約束し、ガルゥの霊たちは影界からケルンへと現れ、遺族と再会して笑いあった。だが、霊たちを連れ戻した当の本人は、黙ったまま霊たちの後をついていくのみだった。そして彼女の姿を見た同胞たちは仰天した。彼女の姿は長い暗影界の旅によって長く伸び、華奢になっていた上に、闇色の漆黒に染まってしまっていたからである。
以来、彼女は自分の見たものについてほとんど話そうとはしなかった。それでも彼女はしばしば影界にあるあの森の樹のところに行って、そこに枝にとまっているフクロウと何度も話をしたという。
以上が、サイレント・ストライダー部族のはじまりを伝える伝説である。
大淘汰と業怒の戦いの災禍が終わった後、サイレント・ストライダー部族は古代エジプトに住み着いた。大淘汰によって人類に植え付けられた人狼への恐怖がもたらす災いを巧みに避けながら、彼らはエジプト文明に浸透していった。現在に至るまで、古代エジプトの記憶は部族の伝承と慣習の中に色濃く残り続けている。例えば、サイレント・ストライダーは、対称的なものを言い表すのに“赤と緑”という言い方をする。これは、ナイル河畔の緑の平野と無人の赤茶けた砂漠という環境の中ではぐくまれたエジプト人特有の表現である。
サイレント・ストライダーは、死後の素晴らしい生を信じるエジプト人の中にあって、幽界が暗く寂しい場所でしかないという真実を知っていた唯一の存在だった。そんな彼らは、死者の審判者であるアヌビス神の地上での役割を自らに課すようになった。つまり、宇宙の秩序であり正しき生き方である「マアト」に反する背徳の人間たちをその爪と牙で密かに狩るようになったのである。サイレント・ストライダーたちはナイル川沿いだけではなく、リビアの砂漠にも分け入って、悪しきものたちを倒していった。
しかし、古代エジプトにも超自然の闘争は巻き起こった。それは、二人の王の間で行われた。下エジプトの白き王オシリスと、上エジプトの赤き王セト、この両者はいずれも夜に生きる吸血鬼となり、全エジプトの支配をめぐって永遠の暗闘を展開した。二人のうちセトのほうがより堕落したワームの手先であったために、サイレント・ストライダーはしばしばオシリス勢の助力をしてセトの下僕たちと干戈を交えた。が、オシリスは敗れてセトに殺された。彼の跡を継いで闘いを継続したのは、息子であるホルスだった。ホルスは魔女であった母の魔術によって不死のマミーと化し、臣下たちとともにセトに立ち向かったのである。この戦いは三千年にわたる古代エジプト文明全体を通して続いた。
最終的にホルスは追放され、セトが勝利をおさめた。サイレント・ストライダーたちはこのときを狙って、長きに渡る戦いで疲弊しているはずのセトに対して襲いかかった。だが、何千年もの歳月の中で強大無比となっていたヴァンパイアの力はすさまじく、セトはサイレント・ストライダーの英霊たちの真の名を探り当てると、それを用いて部族全体に忌まわしく大いなる呪いをかけたのである。
余は自らの言葉にて、汝ら狼憑きを呪う。
余は汝らに我が印を刻む。
その印によりて汝らは永遠に死せる父母との絆を断たれるのだ。
余は我が手にて汝らを呪う。
その呪いによりて汝らは二度と汝が民の土地へは戻れぬと知れ。
汝らの祖先の名よ、忘れ去られよ。
やつばらの亡霊よ、ドゥアトの渇きより消え去れよかし。
余が追放されたがゆえに、汝らもまた追放され、声なきままに永遠に迷うがよい。
セトの呪いは現実のものとなった。エジプトの地に留まり続けようとしたサイレント・ストライダーは、日の目を見ることなくおぞましい死を遂げたのである。かくして、部族の大脱出が始まった。中には影界へと分け入り、失われた部族の祖霊を見つけだす旅に出た者もいたが、彼らの消息は杳として知れない。その他の大多数のサイレント・ストライダーたちは、アフリカへ、アジアへ、ヨーロッパへと散り散りになって永遠の彷徨に旅立ったのである。このディアスポラ(大離散)は現在も続いている。セトの呪いは衰えることなく、エジプトに住み着こうとしたサイレント・ストライダーは例外なく忌まわしい惨死を遂げるからである。
故郷エジプトを追われたサイレント・ストライダーのうち、アフリカに向かった者は地元民の間に、業怒の戦いを生き延びた他の変身種族が住んでおり、いまだにガルゥに対する抜きがたい憎悪を抱いていることに直面した。しかし全体としてはアフリカの原野の風土は放浪の部族の好みにあったため、多くの者がアフリカ大陸のそこかしこに宿り場を見つけることができたのである。
ウクテナ、ウェンディゴ、クロアタンの三部族の後を追って“無垢なる地”(アメリカ大陸のこと)を目指した者たちはその後、消息を絶ってしまった。
東洋に赴いた者たちは、スター・ゲイザー族と交流を深め、峻険な高山地帯を旅していった。この広大な地域で、サイレント・ストライダーたちははじめてロマニーと呼ばれた放浪を常とする人間の部族に出逢った。それ以来、両者は旅路を共にするようになっていった。
アレクサンドロス大王とともにエジプトに侵入したギリシア人を追ってヨーロッパ大陸に渡った部族民たちは、そこでブラック・ヒューリー族と最初の友好的な邂逅を果たした。この新興の大地を移動するようになったサイレント・ストライダーたちは、新たな帝国の勃興を目にすることになった。すなわち、ローマである。しかしローマ帝国は厳しい法律によって統治されており、放浪者たちにとっては住み難い国だった。その後、キリスト教がヨーロッパ全土に広まっていっても、定住しない者たちにとってはあまり状況は好転しなかった。サイレント・ストライダーたちは、社会の辺縁を静かに旅し、裏から時代の推移をじっと見守るのに終始したのである。
唯一、サイレント・ストライダーがヨーロッパ文明に影響を与えたとすれば、それはロマニー、すなわちジプシーが彼らとともにそこに流入したということだろう。インドとヨーロッパの間を隊商を組んで移動するこの人間たちは、数百年のうちにヨーロッパ全土で迫害を受けながらも、どこでも見られるようになった。サイレント・ストライダーの多くもジプシーたちと行動をともにしていった。
ヨーロッパが中世を脱した後も、サイレント・ストライダーたちの暮らしに大きな変化はなかった。新大陸の発見は、長らく連絡が途絶していた三つの部族との再会という思わぬ事件を伴ったが、それも流入する白人と先住民との激しい抗争の中で、血みどろのものへと変わっていってしまった。サイレント・ストライダーは、部族間の争いが激化の一途をたどる中、時にはメッセンジャーとしての役割を果たしながら、戦場の間をすり抜けるようにして移動生活を続けた。オーストラリアでも同様の争いが勃発し、ブンイップ部族の絶滅という悲劇を引き起こした。残念なことに、サイレント・ストライダーはこうした同族争いを止める力を持たなかった。その記憶は現在も部族の人々の間に暗い絶望の影を落とし続けている。
時代が近代から現代へと移り変わる中、放浪を続けることで世の中の諸相を見守り続けてきたサイレント・ストライダー部族にとっては、目を覆いたくなるような悲劇が頻発してきた。世界大戦の惨禍、ナチス・ドイツの民族浄化は特にその中でも部族の者に終末を強く感じさせるものだった。そして今、サイレント・ストライダーの語り部たちは、不死鳥の予言したアポカリプスの時、ワームとの最終決戦のときが間近であることをほのめかし始めた。その詳しい内容は不明だが、どのガルゥよりも多くの物事を見聞きしてきた永遠の彷徨者たちの告げる凶兆は、ワーウルフたちに少なからぬ恐れを抱かせることになるだろう。
サイレント・ストライダー部族の者たちは、放浪者であり移動生活を送るがゆえに、きっちりとした組織というものを本質的に持つことがない。彼らにとって位階だの地位だのはほとんど意味がないものだからである。そのかわりに、彼らは年を重ねた者を尊敬し、賢明な者の指導を仰ぐ。荒野で生き延びるには虚飾など必要ないのである。
サイレント・ストライダーたちは、石や木などに独特の象形文字を刻みつけておくことで、同じ道のりをたどってきた同胞に警告や伝言を残す習慣を持っている。こうした文字は、一見すると落書きにしか見えないものもある。例えば、大都市の地下鉄構内に無造作に描かれた無意味な印が、地元のヴァンパイアの餌場の位置を告げていることもあるのである。
この部族の者たちは、時折開かれる宗集会をのぞけば全員で集まることはまずない。だが、付近にいる少数のサイレント・ストライダーたちが集まって、歌や踊りや即興語りなどで親交を深め、情報を分け合うことはしばしば行われる。一方、宗集会では、あらゆる報告が交換されて今後について相談が行われる。宗集会の場所はその都度かわり、たいていは人里離れた場所や廃道などで開催される。どこで行われるかは、先述の象形文字などを使って、サイレント・ストライダーにしか分からない方法で伝えられる。
サイレント・ストライダーの保持するケルンは、全部族の中でも最少である。ひとつところに留まることを好まない彼らであるから、これは当然といえば当然のことである。サイレント・ストライダーは生まれながらに強い放浪願望を持っているからだ。もしサイレント・ストライダーが居をひとつの場所に定めたなら、彼はそこで死ぬことを選んだということを意味する。
サイレント・ストライダー部族の中にある団(Camps)には、大きく分けて以下の三つがある。
呼び名 | 説明 |
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先触れ /Harbingers | ほとんどのガルゥにとっての典型的なサイレント・ストライダーとは、この“先触れ”のイメージである。彼らはどこからともなく現れて、不吉なほのめかしを告げた後に、またどこへともなく姿を消していく。そしてその警告はまず間違いなく正しいのである。それゆえに“先触れ”たちは畏怖され、しばしば敬遠される。 |
探求者 /Seekers | 今日のサイレント・ストライダーのほとんどは“探求者”に類している。彼らは場所から場所へと転々と移動を繰り返し、伝承と知識を蓄えていくことを常としている。図書館や博物館を頻繁に訪れて古代の知恵を知ろうとしているのも彼らである。総じて彼らの蓄積している記憶は膨大なものがある。 |
漂泊者 /Wayfarers | あまり敬意を払われていないこのガルゥたちは、何ら責任を自ら負うことなく、自由気ままな風来坊生活を送っている。彼らは金銭や鍛錬の度合い、あるいは恩義の軽重によって互いをはかり、多くはメッセンジャーや泥棒、スパイといった少々規格外の仕事を報酬次第で行うことで知られる。 |
サイレント・ストライダーは、ガルゥ部族の中でも最も広範な活動範囲を持つ者たちである。彼らは、他者があえて立ち入ろうとしない秘境や荒野にも足を伸ばし、そこに埋もれた秘密を見いだし、未知の種族と遭遇するのである。時には彼らの行動が要らざる脅威を呼び起こしてしまうこともあるが、その放浪癖によって得られた貴重な物語が、ワームとの絶望的な闘争の展望を指し示すこともまた真実なのだ。
発祥の地エジプトのあるアフリカは、サイレント・ストライダーたちの最も活発な活動地域である。都市部ではボーン・ノーアやグラス・ウォーカーといった他の部族の優勢は否定できないものの、アフリカ大陸の大部分を占める原野や砂漠はサイレント・ストライダーたちの独壇場である。とはいえ、“猫の民”バステト族は平原や密林、サバンナにある自分たちの縄張りにかつて戦ったガルゥが入り込むのを嫌がり、“鰐の民”モコレ族はナイル川をはじめとした水域で隠然たる力を持ち続けている。さらに、エジプト本土は忌まわしきセトの呪いによって、サイレント・ストライダーたちは住み着くことができない。それゆえ、この“暗黒大陸”の旅は特に注意を払わねばならないのである。
北アフリカに点在する文明の残滓にも、サイレント・ストライダーたちはよく訪れている。そうした場所には埋もれた古代の遺物が残存していることもあり、秘密や知識を求める旅人たちにはかっこうの探検目標となっているのだ。そして、北アフリカの土着民の間には、サイレント・ストライダーの血縁の民の血がはるか古代より脈々と流れているのである。
先住民とヨーロッパ人との終わりのない闘争が続いているアメリカ大陸でも、サイレント・ストライダーはその抗争を裏側を縫うようにして放浪している。北米だけではなく、アマゾン流域でもワームとの激戦が展開されており、その帰趨が全世界での戦況に影響を与えるとまで言われているのである。
アメリカの幽界には、虐殺された先住民らの霊魂の叫びがこだましており、彼らをなぐさめるのはサイレント・ストライダーの大切な仕事のひとつである。しかし、急速な工業化が進んだ北米では、ワームだけでなくウィーバーの勢力による浸食も着実に進んでおり、自然界のバランスはほとんど崩壊してしまっている。ここでの戦いはどこよりも厳しいものとならざるをえない。
サイレント・ストライダーの歴史上、ヨーロッパは悲劇と辛酸の舞台だった。ジプシーをはじめとする放浪者たちはどこへ行っても蔑視され弾圧され続けたからである。現在でも、永遠の旅人たちがヨーロッパの中で安住できる場所はない。そして何よりも、ヨーロッパは部族どうしの争いが最も熾烈な地域でもある。北方ではシルバー・ファングとゲット・オブ・フェンリスが相争い、南方はブラック・ヒューリーが支配し、東欧にはシャドウ・ロードらが覇を唱えている。サイレント・ストライダーがこうした実りのない抗争に関わる必要はどこにもないのである。
広大なインドにはサイレント・ストライダーを惹きつける数多くの遺跡と秘密が眠っている。事実、サイレント・ストライダーの中にはインドの血を色濃く引く者も決しては少なくはないのだ。そうした者たちは東洋に関する貴重な情報を部族にもたらしている。極東地域は、未知の部分が多く旅には危険がともなうが、サイレント・ストライダーはここにも足を伸ばしている。東洋土着の変身種族“変化妖怪”についてはまだよくわからないため、幾人かのサイレント・ストライダーは興味深く彼らを観察しているのである。
沿岸部を除けば人口密度が極端に低いオーストラリア大陸は、サイレント・ストライダーにとって別天地であるかのように見える。だが、ここは過去のガルゥの愚かな行いによって滅ぼされたブンイップ部族と、虐殺された先住民の霊らの嘆きが冥界に響きつづける、非常に危険な場所でもある。そうした霊魂をしずめるのはその道に長けたサイレント・ストライダーたちにとっても容易ではないのだ。オーストラリアの冥界、すなわち“夢の時”(Dreamtime)に分け入ろうとする者は、その混沌とした状況に相当の覚悟を要することだろう。
影界もまたサイレント・ストライダーの旅路に多くを占めている。彼らは頻繁にこの精霊界を通って、世界各地へと出かけていく。また、多様な影界そのものも彼らの好奇心をそそる対象であり、多くのサイレント・ストライダーは積極的に影界の深奥を探求していくのだ。しかし、サイレント・ストライダーにとっての影界で何よりも重要なのは、他の部族がほとんど知らない“暗影界”すなわち冥界である。そこを駆けるがゆえに、この部族は他のガルゥたちから畏怖されているのである。
先に紹介した「冥界渡りの伝説」が語るように、サイレント・ストライダーと冥界とは切っても切れない関係にあるといってよい。彼らは語り継がれた“最暗の道”を祖先と同様に駆け下り駆け上ることで、余人が立ち入ることをためらう危険なネガティブ・エネルギーの領域へと分け入っていくのである。残念ながら、古代エジプトの冥界であるドゥアトは、彼らの力をもってしても探し出せてはいない。おそらくは完全に消えてしまったのだろうと多くの者は考えている。
幽霊、すなわちレイスたちは、冥界に独自の社会を築いている。それはヨーロッパでは“スティギア”と呼ばれる暗黒帝国であった。そして冥界の奥地には負の力が渦巻く無限の大洋が広がっており、さらにその奥には恐ろしい悪霊たちが住まう闇の領域があるのである。サイレント・ストライダーたちはこうした恐るべき領域を、祖先とフクロウの精霊が伝えてきた導きに従うことで疾駆する。彼らにとって、休らえぬ死者たちは、その未練を断ち切って宙ぶらりんな状態から解放してやるべき対象である。実際にサイレント・ストライダーの多くは、過去の争いの犠牲者たちの鎮魂を自らの務めとしている。
サイレント・ストライダーは永遠の放浪者である。彼らには一時の宿り場以外には立ち止まるべき場所は存在せず、帰るべき故郷もない。それゆえに、この不思議なワーウルフたちにとって生活とはすなわち旅なのである。彼らは、その旅路で多くのものを見聞きし、それはこの世界の行く末を知ることにもつながっている。終末を語る“フェニックスの予言”を伝える部族、その自称は決して誇大妄想ではない。
そして彼らが故郷エジプトへと帰ることのできる日が来るのかどうか、それはまだ誰にもわからないことなのだ。