深い森の中を、異形の者たちが進む。

 

 数はおおよそ二十体くらいだろうか。

 

 頭に角を生やし、鋭い牙を持つ、筋肉質の体を持った人のような者。

 

 修験者の格好をし、赤い顔に長い鼻をもつ者。

 

 それは伝説に登場する鬼や天狗と呼ばれるものだ。

 

 彼らは、何かを探すように森の中を進み続ける。

 

 そこへ、茂みの中から一人の少年が飛び出してくる。

 

 黒い髪を逆立て、野生的な顔つき、迷彩柄の服に身を包んでいる。

 

 そして、少年の左目は漆黒に染まっている。

 

「ダークマター!!」

 

 少年はそう叫ぶと、右手を掲げる。

 

 すると、彼の周りに幾つもの黒い珠が現れ、それらが一つになり大きな珠となる。

 

「押し潰れろ!プラネットヘル!!」

 

 少年が右手を振り下ろすと、大きな珠が鬼達のど真ん中に落ちる。

 

 珠の下敷きになった鬼たちの叫びが、辺りに響く。

 

 珠が分裂し、幾つもの手のひら大の大きさになる。

 

「クケェェェェェェ!!」

 

 少年の後ろから、一体の天狗が手にした尺丈で襲い掛かる。

 

「チィッ!」

 

 少年が両手を突き出すと、黒い珠が合わさり黒い壁となる。

 

 それに天狗が触れると、まるでアクション映画を見ているかのように、木をへし折りながら吹き飛ばされる。

 

「ぶっ潰す!!」

 

 少年は右手に黒い珠を握ると、吹っ飛んだ天狗に向かい投げつける。

 

 黒い珠は鏃に変化し、天狗を貫く。

 

 それを合図にしたかのように、潜んでいた天狗たちが一気に襲い掛かる。

 

「うざってぇ!!」

 

 少年が指を鳴らすと、黒い珠が周囲に飛び散り、天狗たちを貫く。

 

 そこへ生き残った鬼達が、一気に突っ込んでくる。

 

「捕まるかよ!!」

 

 少年は鬼達の攻撃をかわしながら、地面に黒い珠を次々と囲むように置いていくと、にやりと笑い右手を掲げる。

 

 それと同時に、黒い珠が輝き鬼達を六角形の柱に閉じ込める。

 

「一気に決める!!」

 

 少年の左目の黒がさらに濃くなり、まるでブラックホールのような、全てを飲み込む黒になる。

 

「光すら曲げる超重力の中で潰れて消えろ!ヴェルヴェットォ…リボルバァァァァァァァ!!」

 

 少年はそう叫ぶと、右手を力の限り振り下ろす。

 

 それと同時に、漆黒の光が柱の中に満ち溢れ、モノが潰れる音が響き渡る。

 

 そして、漆黒の光が消えると、柱のあった場所は六角形に綺麗に陥没し、その中心にあったものはすべて押しつぶされていた。

 

「ざっとこんなもんよ」

 

「……まだですぞ?」

 

 辺りに老人の声が響き、少年に向かって金属で出来た六角形の棍が振り下ろされる。

 

「うおっ!」

 

 少年はベルトに差し込んでいた、分厚いくの字型のナイフを取り出し、棍を受け止める。

 

「一三様、最後まで油断めされるなと、何度言ったら分かるのですかな?」

 

「山ジィ……全然気配を感じなかったぜ?」

 

 二人は互いに間合いを取る。

 

 少年―一三はナイフを腰の辺りに構え、老人―山崎は棍を上段に構える。

 

「一三様、そのナイフではワシの棍には勝てませんぞ?」

 

 山崎が不敵に笑う。

 

「そうでもないぜ?アームドダークマター!!」

 

 黒い珠が一三の持つナイフに次々と集まり、刃が漆黒に染まる。

 

「いっくぜぇ!!」

 

 一三がナイフを振り上げ、飛び掛る。

 

 そして一気に振り下ろすと同時に、一三を漆黒の珠が覆う。

 

「この山崎に小手先の技は通じませんぞ!!」

 

 山崎が手にした棍でナイフを受け止める。

 

 だが、受け止めた瞬間、まるで重たいものを受け止めたかのような衝撃が山崎を襲う。

 

「なんと!!」

 

 肘が曲がり、刃が迫る。

 

 山崎は全身を流れる『気』をコントロールして耐える。

 

「ぬぅぅ!」

 

 山崎の体に血管が浮かび上がる。

 

「重力制御をするためのダークマターをナイフに集めて、重量を増したのさ!おまけに落下スピードも増やし、なおかつ!上空からの重力攻撃!!山ジイにかかっている今の重力は、通常の四十倍近いはずだ!!」

 

「やりますなぁ!だが、この程度!!」

 

 山崎が一三のナイフを押し返す。

 

「山ジイ……俺の勝ちだ」

 

「ぬっ?」

 

 一三は左手を山崎の鳩尾に押し当てる。

 

 その手のひらは漆黒に包まれている。

 

「しまった!」

 

「サドンインパクトッ!!」

 

 山崎が吹き飛び、木に激突する。

 

「うわっ!やりすぎたか!!」

 

 一三が山崎に駆け寄る。

 

 そこには、倒れてぐったりとしている山崎。

 

「し、しまったぁ!殺しちまったぁぁぁぁ!!」

 

「まだ死んではおりませんぞ!!」

 

「ぐぼらっ!!」

 

 山崎の棍が一三の鳩尾を直撃する。

 

 一三は鳩尾を押さえ、地面をのた打ち回る。

 

「この二年で、中々の実力になりましたな。一三様」

 

「そ、そいつは…ど、どうも……」

 

 山崎は息もままならない一三を誉める。

 

「一応、並みの術者相手には曳けはとらぬでしょう」

 

「ど、どうでもいいけど…洒落にならないくらい、苦しいんだけど……」

 

 いまだにうずくまっている一三を見て、山崎はため息を付いた。

 

「気合で補いなされ」

 

「……金属製の棍プラス気による強化……。気合じゃ…む……り」

 

 一三はそう呟き、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 気を失った一三は、山崎によって屋敷まで運ばれ、自室の布団に寝かされていた。

 

 一三がうっすらと目をあける。

 

(あー、俺の部屋か)

 

 壁に貼られた海外のバンドのポスターに、読み散らかされた漫画本。机に散らばる筆記用具に教科書。

 

 押入れからちょっとはみ出ている、十八歳未満は購入できない雑誌。

 

 まさに思春期の男子の部屋だ。

 

「山ジィめぇ……おもっくそ突きやがったなぁ」

 

 まだ痛む鳩尾をゆっくりとさする。

 

「はや?お兄様、目さましたん?」

 

 襖を少し開け、木乃香が顔を出す。

 

 その手には、子狐に化けている妖狐の弁天が抱きしめられている。

 

「おう、木乃香」

 

 一三は右手を上げて木乃香に挨拶する。

 

「うち、心配したんよ?ボロボロで山ジィに担がれて。弁天さんも心配しとった」

 

 木乃香は一三のそばに正座すると、抱きしめていた弁天をずいっと突き出す。

 

 すると、弁天はすばやく前足で一三の頬を引っかく。

 

「いってっ!何すんだよ!!」

 

「弁天さんもおこっとるんや。無茶したから!」

 

 木乃香の言葉に、弁天がそうだといわんばかりに頷く。

 

「あー、悪かった」

 

 一三がそういって、弁天の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

 乱暴ながらも、やさしい撫で方に弁天は嬉しそうに目を細める。

 

「む〜!うちも〜!!」

 

 頬を膨らませ、ぷんすか怒る木乃香に苦笑いを浮かべながら、そっと撫でてやる。

 

「そういや、最近、ツナとは遊ばないのか?」

 

 頭を撫でながら、一三は木乃香に問いかける。

 

「ん〜、せっちゃん、ずっと剣の修行してばっかや。お兄様も神主の修行ばっかやし……」

 

「ごめんな」

 

 父親である詠春は木乃香を魔法とは無関係の世界で生きてもらいたいと考え、一三の修行は神主としての修行と彼女に教えていた。

 

「一三様、失礼いたします」

 

 扉の向こうから、女の声がする。

 

「はいよ〜、開けていいぞ〜」

 

 一三が許可を出すと、すっと襖が開き一人の巫女が頭を下げる。

 

「詠春様が大広間でお呼びでございます」

 

「親父が?……わかったすぐ行くと伝えてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 巫女はそっと襖を閉めると、その場から退く。

 

「さてと、親父が何の様だぁ?」

 

「ほんになぁ」

 

 一三の言葉に、木乃香は弁天を抱きしめ小首をかしげた。

 

 

 

 

 

 一三が大広間に入ってみると、そこには詠春が真面目な顔をして座っていた。

 

「一三、良く来てくれた」

 

 詠春の口調はいつもの柔和なものではなく、関西呪術協会の長として威厳があった。

 

 一三も真剣な表情になり詠春の前に、背筋を伸ばし胡坐をかく。

 

「何のようだよ親父」

 

「……お前に麻帆良学園都市に行って貰いたい」

 

「麻帆良学園都市?爺さんのいるところか?」

 

「うむ」

 

 詠春の義父であり、一三の祖父である近衛近右衛門が取り仕切る街『麻帆良学園都市』。

 

 街ひとつが巨大な学園になっており、小学校から大学まで全てエスカレーター方式で進むことが出来る。

 

 だが、それは表の顔。裏の顔は、関東地区の魔法使い達を仕切る『関東魔法協会』の総本山だ。

 

「何で俺がそこに行かなきゃならないんだ?」

 

「……関西と関東は昔からの因縁がある。それでは、いざというとき互いに連携して事態を解決できない。そこで、それを流すためにもお前を麻帆良に送り、同盟を結ぶ」

 

「何だ、戦国時代みてぇだな。自分の子供を差し出して、同盟を結ぶなんて。それじゃまるで、こっちが弱いみたいなやりかたじゃねぇか」

 

「それだけではない。一三、お前の命に危険が及ぶかもしれん」

 

「俺に?」

 

 詠春の言葉に、一三がきょとんとする。

 

「木乃香に魔法とは全く無関係の生活を送らせている。あの娘は魔法の存在すら知らない。もし、私の後を継ぐとなれば、実の子供である木乃香では不安。となれば、次期当主はお前となる。だが、お前とは血のつながりがない」

 

「……チッ!一部の連中が俺を鬱陶しく思っていると。俺を近衛家の人間だと認めたくない連中……。木乃香は何も知らないから傀儡に出来ても、俺は知りすぎているからなぁ」

 

「……すまん」

 

 詠春は一三には深々と頭を下げる。

 

「親父が頭を下げるこたぁねぇよ。そんなことは昔からあったしよ。それに俺のこの力のせいもあるんだろ?」

 

 一三の左目が漆黒に染まり、右手の上に黒い珠が現れる。

 

「魔法でも呪術でもない。ましてや気でもない。俺の左目が黒くなったときに現れる、重力の塊―ダークマター。どの文献にも、どの伝承にも載っていない力。ま、連中にしてみりゃ、わけのわからない力は怖いわな」

 

「……それにお前は山崎の指導により、すでにダークマターを用いた戦闘術を確立させている」

 

「潰すなら、実戦なれしていない今……ってか」

 

 詠春がゆっくり頷く。

 

 一三は左目を元に戻すと、ガシガシと頭をかく。

 

「……わかった。行く。俺って京都以外の街に行くのって、ナギと旅していた時以来だなぁ。で、いつ行くんだ?」

 

「お前が中学を卒業したらだ。麻帆良学園の高等部に進む。あの街の中ならおいそれとお前に襲い掛かるわけにもいくまい。本来ならもっと早い段階がいいんだが、それではあまりにも不自然だ」

 

「わーった。……あー木乃香にどういうかなぁ。あいつ泣くよなぁ」

 

「それは私が説得しよう」

 

「頼んだぜ、親父。話しってのはそれだけか?」

 

「ああ」

 

「んじゃ、俺部屋に戻るわ。まだ宿題終わってねーんだわ」

 

 そういうと一三は、すっと立ち上がり部屋を出て行く。

 

「……すまんな」

 

 詠春は去っていく、一三の背にそっと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 時は流れて三月―

 

 一三は中学を卒業し、麻帆良学園高等部への進学も決まった。

 

 そして、今日は麻帆良へ旅立つ日だ。

 

「いややぁ〜!うちもお兄様と一緒にいくぅ〜!!」

 

 京都駅の新幹線ホーム。

 

 重たそうなドラムバックを担いだ一三が、困った顔をしている。

 

 木乃香が別れたくないと、大泣きしているのだ。

 

「お〜い、木乃香ぁ。泣き止んでくれよ」

 

 ドラムバックをどさりと下ろし、木乃香と同じ目線になる一三。

 

「ちゃんと夏休みや冬休みは帰ってくるからよ」

 

「いややいやや!うちはお兄様と一緒にいるんやぁ!!」

 

 一三が困った顔でぽりぽりと頭をかく。

 

「ん〜…よし!それじゃこうしよう!俺は木乃香に毎週必ず手紙を書く。だからお前も手紙を書け。それでその日に何があったか、どう過ごしたか俺に教えてくれ。俺も、色々教えるから?な?」

 

「ひっく…ひっく…ほんま?」

 

「ああ!本当だとも!俺が木乃香に嘘付いたことあったか?」

 

 木乃香がふるふると首を横に振る。

 

「だろ?だからな」

 

 木乃香はこくりと頷き、そっと右手の小指を立てる。

 

「げんまん…嘘付いたらはりせんぼん……」

 

「おう!」

 

 一三は木乃香の小さな小指に自分の小指を絡ませ、上下に振る。

 

 それと同時に、発射のベルがホームに響く。

 

「それじゃ行ってくる。親父、元気でな!」

 

「ああ」

 

 一三は木乃香の後ろにいた詠春に片手を上げて挨拶をする。

 

「お兄様!ちゃんと手紙書いてな!!」

 

「おお!」

 

 一三がそういって、新幹線に飛び乗ると、ドアが閉まり、ゆっくりと発射して行く。

 

 木乃香が小さな手を懸命に振る。

 

 一三も、それに答え手を振る。

 

 やがて、木乃香の姿が見えなくなると、ため息を一つ付く。

 

「で、弁天、お前は何をしてるんだ?」

 

 一三がそう呟くと、バックのファスナーが勝手に開き、弁天が頭を出す。

 

「なんや、そのしけた声は?こない可愛い女子と一緒に麻帆良まで旅できんねんで?」

 

「俺はお前がここにいる理由を聞いてるんだが?」

 

「惚れた男のそばにいるのに、理由なんか必要なんか?」

 

「……ああ、もういい。麻帆良に着くまで静かにしてろ」

 

「ああん♪任しとき!それくらいお安い御用や!一三、愛しとるでっ!!」

 

 そういうと、弁天はバックに引っ込み、器用にファスナーを閉じる。

 

「はぁ、先が思いやられるぜ。でも、楽しみでもあるがな」

 

 そう呟き、一三は席へとむかった。


─<続く>─

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