保険
テーマ:ブログ私達機械を設計する技術屋にしても、営業マンにしても、仕事をするとき「保険」を掛ける。
この保険と言うのは、一般的に言う保険ではなく、別の選択肢を用意しておくと言うことだ。
人間の予測には限りがあるが、それでも、この設計の、この部分が上手く行かなかったとき、どうするか。
ここで、お客さんにアピールして、それが聞き入られなかったらどうするか。
常にもう一つの選択肢を頭に入れながら、仕事を進める。
実際には、もう一つの選択肢を準備した部分は、注意しているし、よく考え込んでいるから、ほとんどの場合上手く行く。
失敗するのは、まさか、こんな事で失敗するとはと思うような、考えも付かない所で躓くんだ。
今回の裁判で考えてみるとこうなる。
被告山岸徹は 「ニキ・リンコは実在しない偽物の自閉症者であり、健常者で実在する花風社の浅見淳子が商売のためにでっち上げた架空の人物であって、浅見淳子がニキ・リンコを装っている。」とする荒唐無稽かつ明らかに虚偽の主張を繰り返している。
事実、私の主張は今も変わらないし、原告側の主張も変わらない。では結果はどうなる。選択肢は2つしかない。
1.原告 浅見淳子 上智大学准教授浅見昇吾 側の全面勝訴 2000万円を手にしてホクホク。
2.被告 山岸徹の主張が認められ、 原告敗訴。(訴訟無効)
1.の結果が出た場合、原告と被告以外の人たちは、「ああそうだったか」程度の影響しかない。まあ無関係だ。
2.の結果が出た場合どうだ。 今まで「ニキリンコこそ自閉症のサンプルモデルです。」「自閉症の代表です」
と言ってきた人たちは、多少なりとも影響がでるだろう。いや、大いに関係ありだな。
だって、この場合、「ニキリンコは自閉症を騙った詐欺行為」であったことを認定されるんだ。
ニキリンコを持ち上げてきた人たちは、詐欺の片棒を担がされた事になる。あまり関わらなかった人はいい。
例えば、長崎大学の岩永先生になると、裁判の重要証拠「甲 3号証」に署名捺印している。
この責任は、自動的に降りかかってくる。
ニキリンコと一緒になって、セミナーを開催し、多くの父母を集め、集金、そしてニキリンコを正当化するのに協力したことになる。
「善意の第三者」(つまり、岩永先生も騙された一人)であるなら、別の意見つまり、ここでは私の話、が出た時点で、
「あれっ、ちょっとまてよ」と別の選択肢も考え、中立の立場を取るのが、成熟した社会人だ。
電話をした限りでは、岩永先生の態度は、1.の選択肢しか考えていない態度だった。
今、別のルートで接触を試みているが、果たして、彼はどんな態度をとるのか。他の自閉症関係者と同じで、
1.の選択肢しか持たない人なのか。
いや~自閉症関係者は、不思議な人が多いな。
1 ■もひとつ
原告が三人の名前を使って商売をしていたことが判明しても = 「自閉症を騙り」ではないかもね つまり 原告が自閉症である場合
これだと読者やセミナー参加者 信者向に言い訳は出来る でしょ?またまたうまく丸めこまれちゃう親御さん いそうでしょ