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不思議なカマキリ予報 |
☆★☆★2009年05月30日付 |
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「朝虹は雨」「夕焼けは晴れ」と、昔の人は教えている。天気に関する気仙地方の格言ではこのほか、「月にカサがかかると翌日は雨」「夕日にモヤがかかれば雨」「夏季に北風が吹けば雨」など、さまざまな言い伝えがある。 気象衛星などない時代、海は海、山は山でそれぞれに気まぐれな天気の変化を予測した。浜の人たちは、海風の方向で今後波立つのか凪いでいくのかを知り、山間部の人たちは五葉山や氷上山の上を流れる雲を見れば、おおよその見当が付いたのだと思う。 現代は気象予報士まで誕生する時代。「降水確率何%」と予測するものだから、身近な事柄で天気を予測するということがなくなってきた。 広い範囲なら、確かに天気予報は当たる確率が高くなってきたように思う。そうは言っても、狭い範囲ではそうはいかないこともある。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」と川端康成は書いたが、気仙もまた峠一つ越せば別世界≠ニいうことだってある。そのためか、『陸前・気仙の民俗』(金野静一著)によると動物による天気占いまであった。 観察の対象になった動物は数多い。たとえば「猫が朝、顔を洗えば雨」だという。ホントかしら。「猫が顔をかくして寝ると雨」まではともかく、「猫が顔をなでる時、手が耳を越せば晴れ」となると、それを確かめるには相当な根気が要求されますね。 「犬が青草をかむような時は大風」など、とにかく昔の人の観察力には頭が下がりますが、きょう明日の天候がどうなるかは序の口。本当のすごさは、長期予報さえしてしまうところにある。「筍の多い年は大風多し」「蜂が低い所に巣を作る年は大風」とのこと。今年のタケノコの出来やハチの巣はどうなんでしょうか。 「山ツツジの咲く年は干天」との言葉もあった。今年は、今出山頂に咲くツツジ群落が、ことのほか美しい。もしかすると、今夏は水不足なんでしょうか。 前に紹介したこともあるが、カマキリの予知能力もすごい。動物行動学の権威・日高敏隆氏の随筆で知ったのだが、カマキリが木の枝に生む卵の高さを見ると、その冬が暖冬か豪雪かが予測できるということだった。 卵のある場所が降雪面より高過ぎると鳥に見つかりやすく、雪より下だと雪解け水が巣に染みて、卵がふ化しない。それだけに、カマキリの卵の位置を観測していれば、気象庁以上の正確さで長期予報ができることになる。 この研究で博士号を取ったのは新潟県長岡市の酒井與喜夫さんという無線会社の社長さんだという。最近、㈳雪センター理事長の酒井孝氏の講演要旨がネットで紹介されており、カマキリ予報≠フ仕組みを知った。 越冬できないため雪を知らないカマキリが、なぜ冬の雪の量を予測できるのか。カマキリ博士の疑問はこの一点に絞られたわけだが、超低周波センサーを聴診器代わりに、カマキリが卵を産み付ける木を調べたところ、振動数が多くなる場所があったという。 木がちょっと温かくなってもおり、その位置とカマキリの巣が一致することに気づいた。つまりカマキリは、樹木から情報を得て巣の位置を決めていたことになる。そうなると今度は、なぜ木は毎年、その振動数が変わる場所を上下させているのかというナゾにぶつかるが、それもいずれカマキリ博士は明らかにしてくれるだろう。 天気予報が、いろいろな現象から可能であることが分かってきたが、何かと騒がしい政界の予知はできるのだろうか。今年は、定額給付金の配布やら高速道料金の割り引きなど、これまであまりなかった現象がみられた。こういう異常年≠フ政界の先行きがどうなるか、選挙スズメの予想を聞いてみたくなりますね。(谷) |
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教えていただいた言葉 |
☆★☆★2009年05月29日付 |
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この仕事をしていると大勢の方々にお会いし、授業料なしでさまざまな事柄を学ばせていただける。こんなありがたいことはない。そう、常々思っている。 過日、N氏にインタビューさせていただいた折も、これまで知らなかった先人たちの言葉をいくつも教えていただき、知識も心も豊かになった思いがした。 N氏は、「人間は誰しも、ある程度の余裕ができないと、社会にまで目が向かない」と語り、こんな言葉を挙げられた。 『恒産無くして恒心無し』 今から約二千三百年前に生きた古代中国の思想家・孟子の言葉だ。「恒産」は一定の財産や職業、「恒心」は正しい道に従う安定した心。その言葉の意味するところは、「安定した収入がなければ、心も安定しない」ということ。調べてみると、孟子が政治の基本として生活の安定の必要性を説いた言葉なのだという。 日本の現状はどうか。非正規雇用のワーキングプアの増加に加え、不況襲来による相次ぐ派遣切り。正社員でさえ明日におびえている。「恒産」とはほど遠い。 N氏はまた、「人間、絶好調な時は気をつけなきゃいけない」と述べ、この言葉を口にされた。 『名利の坑に墜つ』 名誉や利益を手にした時、あるいは十中八九、成功を手中に収めた時、思わぬところに落とし穴が潜んでいる。なんでも、平安時代の偉いお坊さんの言葉とか。 公益法人なのに莫大な利益を上げ、公私混同とも言える経営で栄耀栄華≠誇ってきた日本漢字能力検定協会の理事長親子。そう言えば、かつては時代の寵児ともてはやされながら、表舞台から消えていった人たちも多い。 N氏はさらに、「徳川家康の遺訓の中で一番有名でないところ」と前置きし、こんな言葉も紹介してくださった。 『負けることを知らざれば、害その身に至る』 恥ずかしながら、徳川家康の遺訓と言われてもピンとこなかった。改めて調べてみると、確かに遺訓の冒頭だけは、この私ですら知る有名なものだった。 『人の一生は重荷を負て 遠き道をゆくが如し いそぐべからず 不自由を常とおもへば不足なし こころに望みおこらば困窮した る時を思い出すべし 堪忍は無事長久の基 いかりは敵とおもへ 勝事ばかり知りて まくる事をしらざれば 害其身にいたる おのれを責めて人をせむるな 及ばざるは過ぎたるよりまされ り』 幾百年の時を経ても変わることのない人生の有り様を表現した遺訓。さすがに戦国の時代を生き延び、二百六十余年の太平の世を築き上げた天下人の言葉だ。 恒産恒心にしても、名利の坑にしても、徳川家康遺訓にしても、現代の我々に対する教えとして、その価値は全く色あせない。それどころか、現代にこそ当てはまる言葉とも言えそうだ。 そう考えると、何百年経とうが、何千年経とうが、人間というのは変わり映えがしない生き物、ということなのかもしれない。 それにしても、インタビューをさせていただく人生の先輩たちの博学博識ぶりにはいつも驚き、感服するしかない。 我が身を振り返り、自問自答してみた。 「私は、若い人たちにどのような先人の言葉を伝えてあげることができるだろうか」 いにしえの言葉を頭の中から懸命に絞り出そうとするが、気の利いた言葉も、相手の心にしみ込むような言葉も見つからない。 浮かんでくるのは「浅学非才」の四文字。なんとも情けない。自省の意味を込め、教えていただいた言葉を読者の皆様にもお伝えしたいと思い、書いてみた。(下) |
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絵で社会を豊かに |
☆★☆★2009年05月28日付 |
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「イタ車」と言えば数年前までフェラーリやアルファ・ロメオなどに代表される、イタリア製の高級外車を指した。ところが最近では、アニメやゲームの美少女キャラクターなどを車体全面に描いた、痛い(見ていて恥ずかしい)車、通称「痛車」が隆盛で、ファンの間で広まり話題となっているようだ。 高級外車の販売状況は芳しくないようだが、痛車の方は未来が明るい。昨季から国際自動車レースのスーパーGTに、音楽合成ソフトに登場する美少女キャラを描いた痛車が参戦している。その名も「初音ミク Studie GLAD BMW Z4」。興味のある方はインターネットなどで写真をご覧いただきたいが、流線型のスマートなボディが並ぶサーキットの中で、少女キャラが車全体に描かれたレーシングカーの姿はまさに異様。それでも広告スポンサーの撤退などに苦しむモータースポーツ界の新たな取り組みとして注目を集めているのだという。 車体にイラストを描くというアイデアは特別珍しいものではなさそうだが、個人的に印象に残った痛車がある。それは所用で名古屋市を訪れた時のこと。市内を走る公共バスの車体全面に、幼稚園児か小学生のものと思われるイラストがずらりと並んでいたのだ。 お世辞にも上手な絵が並んでいたわけではなかったが、絵柄といい色合いといい、温かみのあるイラストばかりでほのぼのとしつつ、これなら描いた本人だけでなく、家族や友達もバスを見るのが楽しみになるだろうと一人で感心してしまった。公共交通手段の利用機会減が叫ばれて久しい気仙だが、こうしたアイデアをうまく転用し、市民が乗り物を身近に感じ、遠回りながらも乗客数の回復につながらないものかと思いを巡らせていた。 そんな折、絵に関することで興味深い取材をする機会があった。先日、大船渡市のJR・三鉄盛駅駐輪場が、増加している自転車盗難の防止を図るため「美化・自転車盗難防止モデル駐輪場」に指定された。大船渡警察署が関係機関に呼びかけて始まったもので、防犯対策として大船渡、大船渡東両高校生徒が、月一回駐輪場を整備していくことなどを計画している。 駐輪場の整備による盗難防止効果は他地域でも実証済みだが、注目したいのは高校生が自らの手で美化を担うという点。その中でも、目玉の一つとして盗難防止や施錠徹底のための啓発看板を、両高校の美術部が制作するという対策が掲げられている。自分たちの作品が否が応でも地域の人々の目に触れる場に飾られるとあっては、美術部生徒らも腕を撫して看板づくりに励んでいるのでは、と想像する。 学業、部活と何かと忙しい高校生にとって、こうした学外業務が増えるのは歓迎の声ばかりではないだろうが、自分たちが手掛けた看板が並ぶ駐輪場は彼らの目にどう映るだろうか。地域の人々や関係者に好評を博したり、また逆に万が一その看板が荒らされたりしたら、彼らはどう思うだろうか。絵というツールを通して彼らが地域社会に参加し、そしてその中から学んでいくものはとても大きいように思える。 街の中を見回してみれば、人気がなく空き家になっていたり、シャッターを下ろしたままの店が続いたりと、寂しくなった場所も多い。陸前高田市では四月、高田高美術部の生徒が消防団屯所のシャッターに絵を描いた、というニュースを本紙でもお届けしたが、意外なところにこうしたアイデアを結びつけられる場所があるかもしれない。若さ溢れる子どもたちの作品が街中に溢れたら、「痛く」なく楽しめると思うのだがいかがだろうか。 (織) |
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服作りの難しさ |
☆★☆★2009年05月27日付 |
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二、三年前のこと。テレビアニメの「サザエさん」で、サザエさんが高価な服を買えない代わりに、布を調達して自らの手で作った話があった。 安くておしゃれな服が買える現代。「既製服が高いから自分で作るなんて世情に合っているのだろうか」と疑問を抱いたのだった。 そんな自分が、本格的な服作りに熱中するとは。夜な夜なミシンに向かい、この一カ月弱で三枚の服を縫い上げたのだ。 きっかけは、紫色のギンガムチェック生地との出合い。一度は購入をためらったのだが、ファッション雑誌で同様の柄が取り上げられているのを見て、改めて買い求めた。 しかし、今度は何を作ったらいいか悩んだ。シャツにしたいが、市販の型紙を使うのか、型紙と作り方が載った本を参考にするのか…。探し始めると「これだ!」というデザインがない。いくつかの書店をまわり、『私の好きなシャツスタイル』(茅木真知子著、文化出版局)という本を見つけた。 ページをめくると、襟と合わせ、カフスの部分に白地の布を使った、水玉柄のクレリックシャツワンピースが目に留まった。「あの生地でもかわいいかも。ぜひ作ってみたい」。四月末、型紙写しから制作を開始した。 型紙が出来た翌日、ミシン糸や襟などに用いる接着芯などを買いに手芸店へ。店内を巡るうちに思い出したのが、中学生時代の家庭科の授業だった。被服の実習では、一年生でスモック、二年生でスカート、三年生ではパジャマを作り、服作りの基礎を学んだ。 布を縫い合わせる手順は本に記載されている。しかし、実は布を裁ったあとに縫い代を付ける方法など示されていない作業もあった。それまですっかり忘れていたのだが、縫い代の印を付けるチャコペーパーにルレット、仮縫い用のしつけ糸など、授業で習った作業と道具が思い浮かんでいった。 中学時代以上に周辺道具を充実させ、ようやく作業をスタート。とはいえ、布を裁断し、縫い代を付けるだけも二時間かかった。あとは切り抜いたパーツを順々に縫い合わせていくだけなのだが、そこでも次々と難が生じた。 自宅のミシンはボタン一つでスタートとストップを、レバーで速さが操作できる。足でペダルを踏み、速さを調節する昔の電動ミシンに比べれば、作業はスムーズに進むと思っていた。 ところが、現実は最も遅いスピードでもステッチが曲がってしまう。仮縫いをしても、ミシンをかけると縫い代が合っていない。 ため息をつきながら、ミスした部分をほどいては縫い直す作業を繰り返してばかり。そして、毎夜ミシンと格闘すること一週間。ようやく完成と相成ったのだった。 一週間も手を動かし続けていると、出来たあとも落ち着かない。休む間もなく母に頼まれたルームワンピース、一着目のデザインを一部変えたシャツワンピースを作った。今度は何を作ろうか…と思案している。 服作りを通して、服の見方が変わった。シャツのデザインや布の裁ち方などと、今までなら気にも留めなかったことが気になる。 何より感じたのは、体で覚えたことは忘れていない≠ニいうことだった。机で学んだ数学の公式や歴史の出来事は忘れてしまったが、実践した服作りのノウハウは思い出すことができた。 今後身に付けたいのは、採寸とオリジナルの型紙作り。これらも授業で教わった記憶はあるのだが、どうしても思い出せなかった。いつかはサザエさん並みに、自分が思い描いた服を作ってみたい。そのためにも、もっと奥を深めようと思っている。(佳) |
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うざねをはいて語源を調べる |
☆★☆★2009年05月26日付 |
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気仙言葉の語源を探るには、本欄で疑問を提示するのが早道ということが分かったので、本日も日頃使い慣れている言葉の語源考を「丸投げ」することにした。「おしょす(恥ずかしい)」というのは当地だけでなく広く県内一般に使われているが、さてこの言葉はどうして生まれたのか。まことに「おしょす」話だが、定説があれば教えてほしいものである。 「笑止」と関係がありそうだが、下手なことは書かないことにしよう。でないと「笑止千万」と怒られそうだから。 「ちょす(さわる、いじる)」も普段何気なく使っているが、これも他の言葉をもって代用は難しい一つで、なんとなくわいせつ感が漂うところがいい。なにせ女性などに下手に手をだすと「ちょしたりして。やんた(いやらしい)こと」とにらまれ、にらまれるだけでなくセクハラと訴えられる。 「ちょす」の延長には「ちょすまわす」がある。道具などを修理して元に戻すとネジが一本余ったりする。そんな時「下手にちょすまわすからだ」と怒られる。 いつもお世話になる故佐藤文治先生の好著「気仙ことば」では「ちょーす」と表されていて、「嘲す」が語源だろうとある。下手に「ちょして」嘲笑されるからか、あるいは「ちょされた」側が「この『ほでなす(うつけ者)』が『ばんたび(なんども、しょっちゅう)』して」と嘲笑するからだろうか。いずれにせよ各地に残る「夜這物語」には絶対不可欠な言葉である。 「やんた(嫌だ)」も含蓄のある言葉だ。「気仙ことば」にはなぜか出ていないが、単純すぎるからだろうか。「嫌だ」が訛ったのか、それとも「止む」か「病む」が変化したのか。 この言葉には、はっきりと否定を表す場合の「ノー」という意味合いと、軽くたしなめる「嫌ね」といったニュアンスを持つ場合とがある。用足しなどを頼まれて「やんた」と言えば門が立つが、「やんたなー」と言えば、気乗りがしないな、しょうがないなといった調子となり、「やんたごどー」となると相手をメッとにらむような情景が目に浮かぶ。これは親しい男女間に用いられることが多い(のだろう)。怒ったふりをしながらまんざらそうではない時などに用法が限定されるようだ。 「呆れた」という意味で使われる時は、前後に修飾がつく。「な〜んつ、やんたんだってー」という具合にだ。訳せば「なんていやらしいこと」ということになろう。しかしこれも嫌悪の情を表す時に使われるというよりは、むしろ好意的に用いられる方が多い(ようだ)。戯れ歌にある「いやーん、ばかー」といった感じで、そんなことを言われたことはないから、これはあくまで想像上の産物だ。 「うざねはぐ」も外部の人には外国語のように感じるだろう。「苦労する」「疲れ果てる」という意味だが、この「うざね」は何か。佐藤先生はこれを、湿田の作業に使われる板製の道具をこう言い、それを履いて作業することに由来していると説明、これは土井晩翠夫人の説だそうだと述べている。忍者が水の上を歩くときに使うといわれる「水蜘蛛」のようなものを想像すればいいのかもしれない。いや「田下駄」というものがあるから、それをこのように言う地方があるのだろう。 しかし疲れ果てた時には、ふうっと息を吐くように、「はぐ」は「履く」より「吐く」と解釈した方がふさわしいような気がする。そうなると「うざね」は別の意味を探さなければならないので、それは「うざねはぐ」作業になるかもしれない。 ああ、気仙語は、いや気仙語に限らず方言は面白い。(英) |
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最初にご馳走だと… |
☆★☆★2009年05月24日付 |
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「野球シーズンが本格化して間もなく二カ月。春先の侍ジャパンによるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の連覇と、センバツ甲子園での花巻東高校の準優勝という話題で大いに活気づいたけど、その後に開幕したプロ野球のほうはパッとしないように見えるが、どうかな」 「うん、その二つはあまりにもインパクトが強かったからねぇ。シーズンが進んでいって徐々に盛り上がり、最後に喜びを爆発させるといったシナリオ≠ニは違うから、余計そう感じるんだろう。最初に最高のご馳走を食べちゃって、あとの楽しみが減っちゃったという気分だね」 「そうかも。WBCメンバーの何人かは燃え尽き症候群≠フようでもあったし、そこでの疲れや故障でペナントレースを出遅れた選手もいる。横浜の村田は大会終盤にケガをしたし、松坂は肩を痛め、西武の涌井や阪神の藤川、オリックスの小松、ヤクルトの青木らの調子もなかなか上がらないようだ。イチローでさえ胃潰瘍で当初の何試合かを欠場したほどだった」 「とはいっても、日ハムの稲葉やダルビッシュ、巨人の小笠原、楽天の岩隈、田中マー君、横浜の内川らはちゃんと額面£ハりの活躍をしているよ。中でもマー君はすごい。肩の疲れで一時一軍登録を外れたけど、復帰してすぐ七回投げ、次の試合を完封。これで6勝無敗。WBC出場が自信になったようだ。それにしても、若いって羨ましいねぇ」 「まったくだ。そうしてみると体調の管理、精神面のコントロール、モチベーションの持ち方がいかに大切かということだ。WBCメンバー全員が例年より一カ月も早めに体力づくりを始動し、そして本番では全力プレー。初代王者だったので連覇への国民の期待も大きく、その分プレッシャーがあったことは想像に難くない。ほんとにご苦労さまだった」 「で、プロ野球のほうはというと、二十二日現在でセ・リーグは巨人が先頭を走り、ヤクルトが追撃。ちょっと離れて中日、広島、阪神、横浜の順。パ・リーグは日ハム、楽天、ソフトバンク、西武、ロッテ、オリックスと続いている。何か気付いたことはあるかい」 「セは巨人のトップは予想できたけど、ヤクルトの健闘が目立つね。投手力が意外とよくて、攻撃陣もここぞという場面でよく打つ。僅差のゲームにも強く、しぶとい。青木に調子が戻ったらさらに面白いよ。パは開幕前に貧打といわれた日ハムが打線が好調で首位。楽天は岩隈、マー君の二枚看板がいてなかなか連敗しない。だから両チームがこの位置にいるんだが、どこまで続くか…」 「そういえば、不振が続く横浜の大矢監督が休養させられ、二軍である湘南の田代監督が代行として采配を振るっている。初戦こそ敗れたものの、そのあと連勝した。もともと打力のあるチームだから、これをきっかけに最下位脱出もあり≠セね。田代さんを知ってるかい」 「もちろん。団塊世代の野球ファンが知らなけりゃもぐり≠ニ言われちゃう。もっとも、本名よりオバQというニックネームのほうが有名だけどね。若い人たちのために紹介すると、昭和四十八年に藤沢商高から大洋(横浜の前身)に入団。四年目から頭角を現し、平成三年まで主に三塁手としてプレーした。タイトルとは無縁だったが、年間二、三十本のホームランを打ち、チームの主力として活躍。引退試合(公式戦)で満塁ホームランを打ってバットを置いたことでも知られる」 「オバQは藤子不二雄のギャグマンガの主人公。変身や魔術は使わない、ちょっと間の抜けたオバケだが、オバQ監督代行はどんな魔術を使ってチームを変身させるか、横浜ファンならずともお手並み拝見といったところだね」(野) |
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“貝通”からみた漢検 |
☆★☆★2009年05月23日付 |
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欧米諸国から、“悪魔の文字”と言われる漢字。表意文字と言われて、一文字一文字に意味があるため何千もの字を、一つひとつ覚えなければならない。 世界の常識は、むしろ表音文字が主流。英語なら二十六文字、平仮名だと五十音の表記さえ覚えればよい。「A」とか「あ」とかの文字には、特に意味があるわけではない。それらの文字が組み合わさって、はじめて意味を持つ。 「あ」と「い」そのものに意味はなくとも、「あい」となると愛になる。「こ」と「い」では恋になる。愛や恋には心があるが、恋に似ているようでもラブレターに「変しい変しい」と書こうものなら、百年の恋も一遍で吹き飛ぶ。まさに漢字は悪魔の文字だ。 ところが、この小悪魔がまた何とも言えない味がある。愛や恋の文字に含まれる「心」に代表されるように、漢字の一部を見ただけで、「これは心のありようを表しているな」と、およその検討をつけることができるからだ。 作家の陳舜臣氏が、何かの本で「貝の付く漢字はすべてお金に関係している。古代中国では貝が通貨として用いられていたからだ」と書いていた。そんなものかと、手元にある漢和辞典をみると、貝偏の字が七十種類も載っている。 最初の貝の説明に「子安貝の殻の形をかたどる。中国では、周代の中ごろまで、貝が貨幣の役目をしていたので、貨・財に関係することを示す」とあった。まさに陳氏の言うとおりで、子安貝は沖縄産が最高級だったとか。中国内陸部では貴重な物だからこそ、通貨の役割を果たしたのだが、貝偏の字を眺めていくと結構面白い。 「財」には積み重ねる意味があることから、貝(金銭)のたくわえで財産につながる。「負」は貝の一人占めから、一人でむさぼる貪欲となる。「貯」は、逆に多く集める意味があり、貯蓄につながる。「賊」は、父で人を傷つける意味から、人をしいたげる賊党につながる。 「賄」は貝の所有が転じて、たくらみがあって物品を贈ること。「賂」も、貴重な物品を並べて貢ぐ意味から、たくらみで人に贈ること。二つ合わせて賄賂となる。「賤」は小さい貝、すなわちあまり価値のない貝の意味から、いやしいことや教養に欠ける下賤につながる。 こうやって一つずつ貝偏の字を見ていくと、貝の字は何でもござれの“貝通”になった気がしてくる。貝に限らず、他の漢字も同じように共通の偏から眺めていくと、ひょっとして悪魔の文字にも“天使の顔”が見えてくるのではないか。調子に乗って、一つ世上に話題を呼ぶ漢検なるものを受けてみようか、という気にもなってくる。 しかし改めて、財、貪、貯、賊、賄、賂、賤の文字を並べてみると、何やらある親子の顔が連想させられる。 日本漢字能力検定協会が実施する漢字検定がスタートした昭和五十年、受検者はわずか六百七十二人だったという。それが昨年は二百八十九万人もが挑戦したとか。旧文部省の“お墨付き”を得てから受検者が急増し、検定料で何十億円という一大産業となった。 たとえ公益法人であれ、赤字を出されるより黒字は大いに結構。その利益は、受検者なり国民に還元しさえすれば、何も問題はない。ところが協会の元理事長親子は、トンネル会社を創って利益を自分のフトコロに入れる仕組力を作っていたとの疑いがあるところに問題がある。 蓄財の賊党では、貝の字が泣く。貝偏には「貴」や「賢」という立派な字もある。貴は美しい貝を多く持っていること、賢はその多くの貝を人に分け与えることから、道徳的に優れている人を指すようになったという。 若者の活字離れが指摘される昨今、漢検ブームは大いに歓迎したい。しかし、その利益を一人でむさぼる貪だけは、ぜひ避けてほしいものだ。(谷) |
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香りで誘う観光もある |
☆★☆★2009年05月22日付 |
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今年の碁石海岸観光まつりは、例年以上のにぎわいを見せた。主催者発表の来場者は二日間で四万五千人と、昨年よりも七千人上回り、過去五年間で最多だった。 高速道料金の値下げ、好天に恵まれたなど、要因はさまざま挙げられている。実行委事務局がある市商工観光部では、食をPRする企画を充実させた点も集客増の一つとして分析していた。 確かに、今年は食にちなんだ新機軸が目立った。大船渡東高校生による「あんこ椿」、大船渡水産物流通研究グループによる「カキ小屋」食べ放題テーブルの設営など、地元産の食材を今までとは違ったアイデアで発信しようとする意図が感じられた。 個人的に、にぎわいを呼んだ陰のMVPとして挙げたい要因がある。食の関連だが、食材そのものではない。地元産の食材を焼くことで会場に広がる香りである。 「カキ小屋」では一皿ごとの注文にも対応するため、来場者が通るレストハウス前広場に面した形で大きな鉄板が設けられ、殻付きカキがどっさり置かれた。湯気とともに香ばしさが広がると、来場者が次々と鉄板を囲んでいた。 人垣で鉄板が見えなくなっても、香ばしさは会場内に広がり続け、さらに人を呼ぶ。香りで関心を引けば、次は味わいたい欲求が生まれる。昼食時間帯に限らず、日中を通して人気を博していた。 カキだけでなく、会場内ではホタテの炭火焼きも行われた。殻が開き、旨みが詰まった汁が溢れ出して炭火にふれると、来場者の嗅覚においしさを訴える。昨年は貝毒検出を受けて食材提供が見合わされただけに、今年の来場者増に貢献したといえる。 殻付きカキやホタテは、碁石でなければ食べることができない、というわけではない。海産物に限らず、最近は地方ならではの物産イベントであっても、近隣のスーパーマーケットで買えない商品を探す方が難しいといえる。 通信販売も充実し、産地から手軽に買える時代となったが、一方で香りを大胆に楽しむことは、家庭で意外に簡単ではない。どんな食材も火を通せば自然に香りは生まれるが、室内では食事後も「におい」として残る難点がある。 換気すれば済む話だが、完全に消えるまでには時間がかかる。現代住宅では冷暖房を効率的に利かせるため気密性を高めているほか、キッチンとリビングが一体的にデザインされているマンションが多い。くつろぎの場でもあり、食卓の場でもある住居の空間で、碁石でのような食べ方までは、手軽に、とはいかない。 水揚げされたばかりの海産物を炭火焼きできる地域には、もう一つ強みがある。食材そのものに加え、貝殻などに含まれる海水も熱せられて蒸発していくことで、さらに香りを演出する。産地で大胆に味わう醍醐味でもあり、産地ならではの香辛料でもある。 浜どこ≠ナある大船渡らしさとは、景観や食はもちろんだが、嗅覚で感じる面も大きい。食材に限らず、帰省客にとっては列車やバスから降り立った時、かすかに感じる潮の香りで、大船渡に戻った実感がわく。最近の観光では、食や景観、体験が主要なキーワードになっているが、さらに香りを加える発想はどうだろうか。 最近は花粉症対策で四月にかけてマスク姿が多くなるが、碁石観光まつりが開催される五月に入ると沈静化する。花粉症の悩みは、地元住民も首都圏在住者も同じ。マスクを外して屋外を散策できる開放感に合わせるように、大船渡発の香りや空気を魅力として発信する視点も面白いと思う。 碁石では太平洋を一望することで、浜風を満喫できる。新緑の木々や松林の中を歩けば、風薫る五月の空気を味わえる。 香りの先に、にぎわいがある。そんな視点に立った観光の可能性が、今年の碁石観光まつりで垣間見えた気がした。(壮) |
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「ジャパンレールパス」 |
☆★☆★2009年05月21日付 |
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今月のゴールデンウイークに、三陸鉄道の南リアス線に久しぶりに乗った。 ローカル線ブームらしく、盛駅発の産直列車とレトロ列車の二両編成は行楽客をいっぱい乗せて走り、相席となった人たちとも会話が弾んだ。人とのふれあいは、鉄道の醍醐味(だいごみ)の一つである。 その車内で、たまたま一緒になった人たちから、「ジャパンレールパス」を見せられた。長年、海外に住む同級生も帰国した際にジャパンレールパスを利用して移動していると話していたが、実際にどのようなものかはよく知らなかった。 バッグからジャパンレールパスを取り出して見せてくれた日本人夫妻は、スウェーデンのストックホルムに在住し、ご主人は元商社マンで現地でコンサルタント業をしていると話していた。夫妻が持っていたのは、二万八千三百円で一週間JRが乗り放題のジャパンレールパスで、格安さに驚いた。 夫妻はスウェーデンに永住権があるらしく、日本に帰国して国内のローカル線の旅を楽しんでいるのだと話していた。レールパスでJR大船渡線の終着駅盛に着き、三鉄盛駅からは切符を買って乗り継ぎ国内旅行を続けているようだった。 ジャパンレールパスを利用できるのは、外国から短期滞在の入国資格で観光を目的に日本を訪れる外国人旅行者のほか、日本国籍をもって外国に居住している人で、その居住する国に永住権をもっている場合や日本国外に居住する外国人と結婚している場合に購入できる。JRのホームページによると、ジャパンレールパスにはグリーン車用と普通車用の二種類があり、さらに七日、十四日、二十一日間用のパスがある。 JRグループ全線で利用でき、新幹線(のぞみ号自由席除く)、特急、急行、快速、普通列車のほか、JRバス、JRフェリーにも乗れる。 一方、海外にも同じような鉄道パスがあるようで、ユーレイルグローバルパスは、西ヨーロッパ二十一カ国で利用できる鉄道パスで、各国の国鉄などが運行する列車を無制限に利用でき、二十五歳までの人にはよりリーズナブルな二等ユースパスもあるという。 ジャパンレールパスも利用範囲がJRだけでなく三鉄まで広がったならば、三鉄の乗客が増えるかもしれない。 三鉄の旅を選んだストックホルム在住の日本人夫妻は、「新幹線沿いよりも、ローカル線の方がいいですよ。まちの味≠ェ残っており、何を見てもいい」と車窓からの漁村の景観や家並みを眺め、心から楽しんでいる表情だった。 そういえば、ゴールデンウイーク中、気仙の「三陸の食卓をおすそわけ」実行委員会の食のイベントで来大した東京・南麻布の日本料理の名店「分とく山」の野崎洋光総料理長も、三鉄三陸駅のホームで取材した時に、「まちに独特の香りがある」と言っていた。褒め言葉だと思う。この地には、失ってはならない大切にすべきものがあるのだと理解した。 鉄道の旅の醍醐味には駅弁もあり、その野崎総料理長監修のオリジナルレシピをもとに「三陸の旬彩り膳あわび弁当」が期間限定で販売され、その総料理長の手による特製みそ汁のサービスがあることを、ストックホルム在住の日本人夫妻に教えたところ、急きょ予定を変更し、三陸駅で途中下車し、そのフノリ入りの香り高い味噌汁を喜んで味わっていた。三鉄の良き旅の思い出になったに違いない。(ゆ) |
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注目したい農業参入 |
☆★☆★2009年05月20日付 |
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大船渡市のさいとう製菓梶i齊藤俊明社長)と陸前高田市の八木澤商店(河野和義社長)が、農業参入することになった。自社用加工原料の地元調達を図るべく、種山高原の牧場跡地(県所有)で実証栽培を行っていた白いんげんと大豆の生産を本格化させるもので、先日、住田町で調印式が行われた。 平成十七年の農業経営基盤強化法改正を機に、担い手不足対策や遊休農地解消を目的とした「特定法人貸付事業協定」が設けられた。農業生産法人以外の企業が対象農地所在市町村との協定を交わすことで、所有者からのリース方式により農地を確保できるようになるもの。両社もこの制度を活用した。 銘菓「かもめの玉子」で全国に名を知られるさいとう製菓。そのあんの材料に用いている白いんげんは、「大手亡」(おおてぼう)という品種。湿気に弱いといい、梅雨のない北海道が主産地となっている。 年間約二百五十d、金額にして一億円以上を主に北海道から仕入れてきた同社だが、「地元でまかなうことができれば、経済貢献にもつながる」と、平成十七年から県との連携で地元での栽培確立を模索してきた。 一方、こだわりのしょう油づくりの姿勢を貫き、全国に根強いファンを持つ八木澤商店では、年間約五十dの県産大豆を使用。このうちの気仙産拡大を図りたい考えがあった。 両社はおととし、考えに賛同した大船渡市の建設業、轄イ々木組(佐藤政夫社長)を加え、三社で「食品原料契約栽培システム構築研究会」を旗揚げ。 県の後押しのもと、十年ほど遊休地となっていた県肉牛生産公社住田第二牧場跡地を活用し、「種山豆類プロジェクト」と銘打って白いんげんと大豆の栽培実証に着手した。 取り組み初年度は一f、二年目は六fに栽培面積を拡大。土づくりや湿気対策に課題を残すものの、一定の収量を確保できるようになったことから今回、直営農場を確保しての本格生産に踏み切ることになった。 六月にも種まきを行う考えといい、さいとう製菓が六f、八木澤商店が四fの作付けを予定する。作業は栽培実証を通じてノウハウを身に付けてきた佐々木組に委託する。 調印式終了後、さいとう製菓の齊藤賢治専務は「地元が元気になるよう、『豊かな国いわて』を合言葉に研究会や県のみなさんと取り組んできた。当面の課題は収量の安定。これをクリアして将来的には県外にも発信できれば」と話していた。白いんげんだけでなく小豆も作付けするといい、地産地消型製品のバリエーションを広げたい構えにあるようだ。 八木澤商店の河野社長は「われわれは農業の素人だが各方面の指導と協力のもと、ロマンを忘れず挑戦していきたい。取り組みが実を成し、ほかにもチャレンジする企業が出てくればうれしい」と抱負を語っていた。 特定法人貸付事業協定の制度が成立して以来、公共事業削減の中にあって新展開で活路を見出そうという建設業、国内産原料で安全を確保しようという食品関連業を中心に、農業にチャレンジする企業が全国的に増えているという。 県内で食品関連業が農業参入するのは両社で二例目とのこと。「農は万業の大本なり」とは二宮尊徳の言葉だが、制度の目的とする担い手不足対策や遊休農地解消はもちろん、新たな産地形成や地域経済活性化など、多方面への波及効果が期待され、取り組みの成功を願ってやまない。(弘) |
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