午後から夜にかけてサーバーが妙に重くなることがあります。日が変わると大丈夫のようです。落ちているわけではないので、クリックして何も起きなかったら、まあ、お茶でも飲んでいてください。
ここの運営方針は、私との職務関係を示唆する投稿内容を原則として削除するというものです。私との職務関係が無い他大学の方であれば、大学名や立場が分かる状況での投稿は差し支え有りません。
ここの管理者は、apj@水商売ウォッチングの中の人、です。引用部分を除く著作権及び内容についての法的責任はapj個人にあります。
広い意味での研究・教育活動の一環として運営しています。一応学外なので、以前のblogよりは雑談の割合が高くなる見込みです。
apj_yamagataを名乗る私の偽者が出没していますが、こいつは「ふま」「比ヤング」という有名な荒らしで、私とは全く無関係です。ご注意ください。「ふま」っぽい投稿は削除します。また、他人のハンドル詐称を平気でやるので、他所様のblogや掲示板でapjを騙っている可能性もあります。
○研究室のサイト
○冨永研究室びじたー案内(水商売ウォッチング入り口)
○「事象の地平線」過去ログ倉庫
○裁判専用サイトと専用掲示板
○水商売ウォッチング in action
○メモlog
All Maps
サイエンスセミナーの課題(05/29 23:26)up!
学会発表は「権利」だけど論文掲載は違うだろう(05/27 22:10)
中島梓(栗本薫)さんの訃報(05/27 12:40)
ノミネート本は例年だって特に売ってなかったはずだけど……(05/26 21:10)up!
感染症学会からの提言(05/24 22:51)
ぐわっ!(05/23 00:49)
「ニセ科学批判」総括、あるいは私の「ニセ科学批判批判」:批判は足りていたが非難が足りなかった(05/22 18:27)
ホルスター(05/20 02:03)
iFlash(05/18 23:08)
ツヤ(05/18 12:20)
ツンデレの香りが……(05/14 20:34)
ちょっとした印象なのだけれど……(05/14 19:45)
指導教員は博士学位論文審査の主査や審査委員から外しておけ(05/13 18:55)
ニセ科学と社会規範(05/12 19:18)
ヤクザの方がまともに見える……(05/12 02:44)
トラックバックのテスト用
メモlog
at 2009/04/03 00:37:25
Buff (2009/05/27 12:37)
うさぎ林檎 (2009/05/27 15:49)
apj (2009/05/27 18:02)
Buff (2009/05/27 19:23)
apj (2009/05/27 20:30)
うさぎ林檎 (2009/05/27 20:49)
apj (2009/05/27 21:01)
apj (2009/05/27 21:16)
apj (2009/05/27 21:31)
Buff (2009/05/27 21:59)
apj (2009/05/27 22:18)
うさぎ林檎 (2009/05/27 22:39)
毒酒 (2009/05/27 23:25)
apj (2009/05/27 23:33)
トンデモブラウ (2009/05/28 11:41)
apj (2009/05/28 17:30)
冒険風ライダー (2009/05/28 19:40)
apj (2009/05/28 21:40)
うさぎ林檎 (2009/05/28 23:11)
apj (2009/05/28 23:56)
tty (2009/05/29 00:01)
apj (2009/05/29 00:37)
apj (2009/05/29 00:43)
冒険風ライダー (2009/05/29 08:34)
トンデモブラウ (2009/05/29 10:42)
apj (2009/05/29 12:33)
apj (2009/05/29 12:45)
apj (2009/05/29 13:13)
安岡孝一 (2009/05/29 14:47)
tty (2009/05/29 15:21)
apj (2009/05/29 18:30)
冒険風ライダー (2009/05/29 19:01)
apj (2009/05/29 19:30)
apj (2009/05/29 22:27)
うさぎ林檎 (2009/05/30 01:16)
apj (2009/05/30 02:50)
zorori (2009/05/30 06:47)
apj (2009/05/30 11:30)
トンデモブラウ (2009/05/30 12:05)
apj (2009/05/30 12:35)
neko (2009/05/30 15:29)
apj (2009/05/30 17:56)
トンデモブラウ (2009/05/30 18:10)
apj (2009/05/30 18:34)
うさぎ林檎 (2009/05/15 11:16)
案外常識人 (2009/05/15 17:20)
apj (2009/05/15 17:56)
apj (2009/05/15 18:26)
案外常識人 (2009/05/15 19:17)
apj (2009/05/15 20:03)
apj (2009/05/15 20:18)
zorori (2009/05/15 22:25)
うさぎ林檎 (2009/05/15 23:31)
apj (2009/05/15 23:43)
多分役立たず(HNです) (2009/05/16 12:14)
apj (2009/05/16 14:02)
案外常識人 (2009/05/23 02:00)
案外常識人 (2009/05/23 02:07)
apj (2009/05/23 03:24)
技術開発者 (2009/05/23 04:45)
案外常識人 (2009/05/30 02:24)
案外常識人 (2009/05/30 02:57)
酔うぞ (2008/10/03 01:01)
Enzo Romeo (2008/10/03 09:13)
apj (2008/10/03 09:28)
VNTR (2008/10/03 13:26)
すとんぴぃ (2008/10/04 08:26)
かとう (2008/11/21 15:42)
酔うぞ (2009/05/27 22:58)
apj (2009/05/27 23:31)
よしの (2009/05/28 03:31)
zorori (2009/05/28 07:04)
いろものさんの近所 (2009/05/28 22:15)
apj (2009/05/28 22:29)
よしの (2009/05/29 04:10)
我楽者 (2009/05/27 21:32)
apj (2009/05/27 21:53)
多分役立たず(HNです) (2009/05/28 08:32)
我楽者 (2009/05/29 00:46)
apj (2009/05/29 00:56)
杉山真大 (2009/05/23 02:52)
あ (2009/05/25 14:48)
名前はまだ無い (2009/05/25 22:03)
apj (2009/05/25 23:10)
apj (2009/05/25 23:16)
ngt (2009/05/27 21:31)
もとエスペ (2009/01/16 08:58)
apj (2009/01/16 10:16)
新井 (2009/01/16 12:24)
Seagul-X (2009/01/16 12:35)
多分役立たず(HNです) (2009/01/16 17:15)
apj (2009/01/16 19:04)
apj (2009/01/16 19:09)
ハッチ (2009/01/16 21:26)
かつゆき (2009/01/16 23:47)
apj (2009/01/17 00:34)
新井 (2009/01/17 13:23)
新井 (2009/01/17 14:56)
通りすがり (2009/01/17 20:25)
Seagul-X (2009/01/17 20:36)
ごんべえ (2009/01/17 23:05)
apj (2009/01/18 00:14)
鐚鰹竺鐚 (2009/01/18 04:41)
なざろふ (2009/01/18 09:10)
nomad (2009/01/18 19:51)
apj (2009/01/18 22:41)
tsgr7 (2009/01/19 01:56)
新井 (2009/01/23 13:33)
新井 (2009/01/23 18:47)
うさぎ林檎 (2009/05/26 15:55)
apj (2009/05/26 21:24)
なる (2009/05/19 00:25)
mimon (2009/05/19 07:05)
多分役立たず(HNです) (2009/05/19 08:30)
apj (2009/05/19 10:22)
がんのすけ (2009/05/20 00:41)
mimon (2009/05/20 06:52)
zorori (2008/06/21 08:22)
がんのすけ (2008/06/21 11:48)
apj (2008/06/21 13:17)
zorori (2008/06/21 14:20)
apj (2008/06/21 15:04)
憂鬱亭 (2008/06/21 23:51)
すぱーく (2009/05/19 12:51)
apj (2009/05/19 20:34)
すぱーく (2009/05/19 21:04)
亀@渋研X (2009/05/12 05:23)
高橋芳広 (2009/05/12 08:30)
A-WING (2009/05/12 11:59)
gallery (2009/05/12 12:17)
apj (2009/05/12 19:04)
d(l)4 (2009/05/13 16:14)
Enzo Romeo (2009/05/13 17:01)
QР (2009/05/17 21:29)
apj (2009/05/17 22:05)
zorori (2009/05/14 21:07)
酔うぞ (2009/05/14 22:33)
apj (2009/05/14 22:48)
温泉カワセミ (2009/05/15 00:41)
かつゆき (2009/05/17 10:25)
ながぴい (2009/05/13 20:32)
apj (2009/05/13 20:45)
T.Kouya (2009/05/13 21:18)
apj (2009/05/13 21:33)
rigarash (2009/05/13 22:41)
apj (2009/05/14 11:19)
なる (2009/05/15 00:02)
apj (2009/05/15 00:21)
あらきけいすけ (2009/05/15 05:11)
apj (2009/05/15 17:48)
tty (2009/05/15 19:33)
apj (2009/05/15 20:22)
高橋 芳広 (2009/05/12 21:53)
高橋 芳広 (2009/05/12 21:57)
酔うぞ (2009/05/13 06:56)
RBの残党 (2009/05/13 11:06)
apj (2009/05/13 12:28)
apj (2009/05/13 12:49)
管理人の他サイト (7)
管理人が見ているblog (0)
その他 (1)
「採るトンデモから育てるトンデモへ」というのが例会の標語みたいになってるわけで、新たなトンデモが近くで育つのは歓迎すべきことのはず。また、本の場合は他の商品とは違って、酷評されたらされたでその評判を見たり聞いたりした人が逆に興味を持って買う、ということもおきるわけで、酷評が必ずしもマイナスにはならない。
以前に特別賞のふぉるしいのCDは会場売りしたはずだけど、あのときは、トンデモ本大賞としてノミネートしたのではなかった上、会場で流すということを事前に伝えて許可をもらったりして、双方win-winで商売したという感だったから事情が違う。むしろゲスト扱いだろう、あれは。
で、引用先の唐沢俊一検証blogの論理がおかしい。唐沢氏の発言が
「トンデモ本大賞に本を売りに来ないでほしい」というものなら、本の販売はダメだけど会場に来るのはご自由に、としか受け取れない。それを、
大内女史は「トンデモ本大賞」の当日に会場に行くつもりだったのに、唐沢俊一から断られたと書くというのは、印象操作じゃないかな。
大内女史の方も、
他のノミネート作品の関係者は来ている(こともある)のに、なぜ、私だけダメなんでしょう。と勝手に勘違いしてるっぽい。
【追記2009/05/29】
大内氏の新しい記事では、会場で本を売らないかと先に持ちかけたのは唐沢氏であるということが書かれていた。ということは、最初に大内氏がこのことを書かなかったために、唐沢俊一検証blogの引用にも書かれることがなく、結果としてそれを読んだ私も、議論のスリカエあるいは当事者の勘違いではないかという印象を持ったということになる。
ということで、私からの評価を、
・大内氏:最初に不十分な情報を書いて誤解と混乱をもたらした
・唐沢俊一検証blog:大内氏の不十分な情報を引用した批判を書いたから私が誤解したのであって、特に論理展開をおかしくするような意図は無かったのだろう
と変更する。
【追記終わり】
他のノミネート作品を会場売りすることは、例年だって無かった。普段の大賞会場での物品販売は、楽工社さんの本やと学会会員の出している同人誌即売、と学会が作ったグッズの販売、といったあたりである。あとは若干のゲストの本コーナーを設けるくらいか。今年だって、他のノミネート作品を会場売りするという話は全く出ていない。
何だか、「本を会場で売るのはやめろ、(他のノミネート作品だってそんな扱いはしてないから、大内女史だけ特別扱いすると)トラブルになるかもしれないよ」と言われたことが、大内女史の頭の中で「大内は会場に来るな」に変わってるっぽい。また、唐沢氏の発言が
「だけど、きみが、一般入場者として来るとしたら、誰にも止めることはできない」ということなら、つまりは本を売らず普通に来ればそれで良いということだし、これに対して
入り口で止められる可能性はゼロではないので。はいささか被害妄想じゃないのかな。「誰にも止められない」と明言されているのに、「止められる可能性はゼロではない」って、一体どういう
まずは、「本を売らなくても大内さんは会場には来ないでほしい」とはっきり言った人が居たのか。言ったとしたら誰がそんなことを言ったのか。そいつをはっきりさせてほしい。
正直な話、本当にそんなことを言う人が居るとは私には信じられない。本当に居たのなら私が小一時間問い詰めたい。チケットを一般に売っている以上、と学会に批判的な人だって当然来るだろうけど、それを事前に排除するようなことはしていないし、できっこない。そうである以上、大内さんを特に排除する理由も見あたらない。ノミネートするからという理由で特に招待もしないかわりに、拒みもしないというのがこれまでのスタンスなんじゃないか。
何というか、読解力が無いけど曲解力があるからあの本が書けたのかと、別の意味で納得した。
【追記2009/05/29】
どうもこの問題は、最初に私が認識したのとは違う種類のものらしい。
私が最初にひっかかった理由は、「チケットを一般売りするイベントで、ノミネート候補作の作者の来場を拒否する」ということが(一般論として)生じるのは、そもそも一般売りという方法を選んだ趣旨に反するものなのでまずかろう、ということである。さすがにそこまで会の運営がひどいとは思えず、読みに行った先のblogがまた勘違いしていると(私にとって)受け取れるものであったために、一体何が起きてるんだということでここで話題にした。
その後、いろんな投稿やら友人知人からこっそりやってきたその他の情報を見ていると、どうもこの件は、唐沢氏と大内氏の個人的な仕事の事情が主な原因となって発生したものであり、「ノミネート候補作の作者一般」にあてはまる話ではなかったらしい。そうであるなら、何も私がひっかからなければいけない話題ではない。個人的な仕事の事情等が優先された結果そのようになったのであれば、それは当事者の勝手であって、一般売りの趣旨に反する虞れはないからである。
【追記2009/05/30】
コメントの方にも書いたが、それでもやっぱりまずいだろうという意見を捨てきれないので追記
チケットを一般売りするというのは「これは内輪の集まりではありません」というタテマエを掲げたことになる。それならば、個人間の事情を持ち出して事前に「来ないでくれ」などと言うのは間違っている、というか少なくとも矛盾している。運営の誰かがそのように言ったとしても、でもって個人的事情があったとしても、それを通してしまったら、タテマエ通りではない、ということになる。チケットを買って一般のお客さんと一緒に観客席に座って演し物を見る、という行為をするだけならば、いくら「と学会」の特定メンバーとの間に個人的事情や感情的もつれがあったとしても、トラブルが発生するというのは常識的に考えて想像しがたい。
私が今回引っ掛かったのは、掲げているタテマエと実際に行われていることがズレているということである。会場でどんな本を売るかは運営側の専決事項だが、チケットを買って会場に来るかどうかの扱いは、タテマエ通りにやらないとまずい。
今回の件は、外部に向かって「内輪の集まりではない」というタテマエを掲げておきながら、内輪の事情を優先させてしまったように見える。内輪の事情があるのはどこの社会でもあり得ることだが、それならばその話は内輪だけに止めておくのがマナーだろう。しかしそのことがblog経由で外に出てしまったという、一種の杜撰さが、余計な批判と非難を誘発したのではないか。
ついでに、コメント欄の方で、唐沢氏の行状その他についてあれこれアクションを要求されたが、全部突っぱねた。これも、タテマエ通りに考えるとその答えしか出てこなかったということである。
また、どのような場合に社会規範とくっつけてどういう責任を負わせるかという話は、ちょうど、ニセ科学問題の方で、議論しながら構築中である。ここで、自称ウォッチャーが押しつけようとしたホンネムラ社会的行動基準を受け入れてしまったら、今度は、構築中のニセ科学対策の論の方がブレてしまうので、私としては、どう非難されようが、私に対して要求されたアクションについては却下しておく他はない。
posted at 2009/05/26 21:10:49
lastupdate at 2009/05/30 18:25:56
ネタを振った責任上、ちょっと補足します。
1.唐沢氏が漫棚通信ブログから盗作問題を起こした。
経緯詳細はこちらにあります。
» link here «
唐沢氏は盗作を認め一旦は和解した後、訴訟期限後に漫棚氏をクレーマー呼ばわりするなど、非常に不味い対応を繰り返した。
2.唐沢氏の盗作問題後に、検証ブログが立ち上がり、懲りずに繰り返すG&P(ガセあんどパクリ)が問題視されている上に、作家としての技量も問題視されている。
トンデモない一行知識の世界2-唐沢俊一のガセビアについて-
» link here «
唐沢俊一検証blog
» link here «
3.唐沢氏の所業について山本氏にコメントを求めた人がいる。
» link here «
2008年9月23日に「その問題については「一言」ではコメントできませんので、いずれ別のエントリーで長文でお答えさせていただきます。」と返答後、なしのつぶて。
4.大内氏はフリーの編集者として唐沢氏と最近も親しい関係にある。
大内氏は「と学会」イベントで壇上に上がるなどスタッフ同様な行動している。
5.大内氏の本がトンデモ本大賞にノミネートされた。
唐沢氏から大内氏に出席を見合わせるよう要請があった。
» link here «
というような流れがあります。
このような事でネット(の一部)では唐沢氏自身がトンデモであると認識されています。
でまぁ、大内氏に来るなと言ったのは誰なのか、もしくは唐沢氏の独断の癖に例によって自分に都合の悪い事をごまかしているのか。と学会は唐沢氏のようなトンデモを擁し身内に甘い対応をしておきながら、人を揶揄する資格があるのか。
なーんて事を言う人がいるわけです。
大内さんのblog
» link here «
でも、言われたことは、
>「トンデモ本大賞に本を売りに来ないでほしい」
なんですよね。これがblogタイトルで、
>「トンデモ本大賞に来ないで欲しい」と言われました
に化けてると。
だいぶ違うと思うんですけど。
apjさんは大内明日香さんが、唐沢先生と電話で話してもまともに意味を理解できないほど知的レベルが低い、もしくは情緒不安定の人間だと思われているのですか?
うさぎ林檎さんが書かれたコメントの1〜3についてのapjさんのご意見をお聞かせ下さい。お聞かせ願えない場合、と学会は幹部と会員のどちらもが身内のトンデモは無視するトンデモ団体であると考えさせていただきます。
>apjさんは大内明日香さんが、唐沢先生と電話で話してもまともに意味を理解できないほど知的レベルが低い、もしくは情緒不安定の人間だと思われているのですか?
というか、何か勘違いしているようにしか見えません。知的レベル云々はあなたの誘導尋問モドキですから、それに乗るつもりはありません。
>うさぎ林檎さんが書かれたコメントの1〜3についてのapjさんのご意見をお聞かせ下さい。お聞かせ願えない場合、と学会は幹部と会員のどちらもが身内のトンデモは無視するトンデモ団体であると考えさせていただきます。
どうぞご自由に。
唐沢俊一氏が盗作しようが、それに対する態度が見苦しかろうが、私には関係ありません。唐沢俊一氏は作家(評論家?)名乗って実際に自分の名前で仕事をしているのだから、信義にもとる振る舞いをしたことの結果をご自身で引き受ければ良いだけのことです。
さて、答えろというなら答えますよ。
1.および2.
唐沢俊一氏がご自分の仕事上でまずい振る舞いをやらかした責任は、ご自身で引き受ければよいことです。その結果本が売れなくなろうが仕事が来なくなろうが、私の知ったことじゃありません。
3.山本会長が約束を破ったというのなら、そのことに対する責任も非難も山本会長がかぶればいいことです。私の知ったことじゃありません。
独自で活動しているメンバーの行為の責任を、法人格も持っていないような団体の別メンバーに負わせたがるあなたのセンスを疑います。ムラ社会の論理がどこででも通用するなどと思わないでいただきたい。連帯責任を負うような立場でも関係でもありませんのでね。
第一、「信義にもとるふるまい」「約束を破る行為」は、普通は「トンデモ」ではありません。いや、トンデモに昇格するほどすごいのが世の中に無いとはいいませんが、仰る内容が該当するとは思えません。
逆に言うなら、この先、仮に私が職業上のネタで訴訟やらその他もろもろやって相当に見苦しいことになろうが騒動になろうが新聞記事に出ようが、それは全て私が引き受ける責任であって、と学会が非難される謂われはないわけですよ。念のためあらかじめ言っておきますけど。
そうですね。大内女史の発言と今回の騒動だけを見ればそう解釈するのが当然です。
ネット雀が騒いでいるのは、「唐沢氏と大内氏が内輪もめしている」点をおもしろがっているのだと思います。唐沢氏が「本は売らないでね」と説明すればいい話に何故3日も掛かったのかが私にも不思議です。
apjさんは未だに「と学会」は同好の士が集まって、個人的に楽しむ集団であるとお考えなのでしょうか?「と学会」の出版物が同人誌・会報止まりであれば、それで恐らく構わないと思います。しかし「と学会」関係者が”トンデモ”と冠して複数の書籍を一般に流通させ、”トンデモ”とすることを一つの品質保証にしている以上、その姿勢が問われる事もまた当然ではないかと私は考えます。
私が補足した1〜2までは唐沢氏個人の問題点を揚げたに過ぎません(それにしたって有りすぎますが)。しかし3で上げている山本氏の対応は「と学会」の姿勢を問う事になると思います。私は山本氏の著作を読んだ事はありませんが、氏が行う苛烈な批判(罵倒ですかね)は目にした事があります。
批判する人間がどう振る舞うべきかをapjさんに申し上げようとは、私は露程も考えていません。それにapjさんが「と学会」を代表しているわけではないので、ここで「と学会」について言及するのは筋が違います。ただ騒動の裏側にはそのような側面がある事はご承知おき下さい。
今回の下世話なネタには不釣り合いですが、昨今問題になった「科学の権威」って何?と根は同じである気がします。「と学界の権威」(ネタじゃないですよ)があるってことなんじゃないでしょうか。
>Buffさん
ここは2chじゃないので、きちんと説明しましょうね。
私は、これまでに「教員個人の発言は教員が負うべきで、大学が負うべきではない」と主張してきました。所属組織に責任を追わせようとした相手とは、2回の訴訟でもって、要求を却下してきました。この場合、大学は法人格を持っており教員は大学と雇用関係にあり、不法行為の連帯責任を負わなければならない範囲に入っています。それでもこのように主張してきたのです。
さて、と学会はというと、同好会の延長上のような団体で、法人格を持っているという話はきいていません。権利能力無き社団と考えるとしても、どこまで法人に近いものかはかなり微妙です。と学会とメンバーの関係は、雇用関係に比べればずっとあいまいでゆるやかであやふやなものです。当たり前ですが。
一方、メンバーには、普通の会社員も居ますし、文筆業で身を立てている方々も居ます。文筆業で身を立てるというのはその人個人の能力によるものであり、その活動の結果発生する責任はその人個人が直接社会に対して引き受けるというのが社会通念ってものでしょう。
こういう状況で、メンバーの誰かが、メンバー以外の他の誰かから非難されるようなことをしたとして、他のメンバーに何らかのアクション(批判しろとか取り上げろといったもの)を期待するのはおかしいんじゃないですかね。
少なくとも、私に関して言えば、特に唐沢俊一のファンでもないのに、と学会のメンバーだというだけで、盗作で話題になったからこれから著作を読んで検証して批判しろ、などと他人から言われるのは大きなお世話です。
まず、上記の「補足です」は、Buffさんへの回答への補足であって、うさぎ林檎さんへのコメントではないことを一応補足しておきますね。
>しかし「と学会」関係者が”トンデモ”と冠して複数の書籍を一般に流通させ、”トンデモ”とすることを一つの品質保証にしている以上、その姿勢が問われる事もまた当然ではないかと私は考えます。
であるならば、「と学会」に課せられた品質保証とというものがあるとしたら「とりあげたトンデモがトンデモとして十分に楽しめるものであること」あるいは「トンデモの取り上げ方が読者からみて適切であること」であって、「メンバーの行状を批判すること」では無いはずですけど。でもって、とりあげる「トンデモ」の品質管理に失敗した場合には、「本が売れない」というダイレクトな結果になって跳ね返るわけで、結局は市場が判断するということになりそうです。
>私が補足した1〜2までは唐沢氏個人の問題点を揚げたに過ぎません(それにしたって有りすぎますが)。しかし3で上げている山本氏の対応は「と学会」の姿勢を問う事になると思います。
というか、唐沢氏個人の問題を山本会長に問い糺すこと自体が筋違いで見当はずれだと思いますけどね。常識的に考えて、双方ご自分の名前(とご自身の責任)で文筆業で活躍中なわけで、一方が一方の態度に責任を持つような関係にはなり得ないでしょうね。と学会の会則なんて見た事がないし「会員は品行方正であること」と書かれているわけでもない。
山本会長の対応が「と学会」の姿勢だというのなら、「そもそも却下すべきものに答えると約束するなど、ガードが甘いんじゃないの」と思わないでもなく。
ちょっと補足です。
>その姿勢が問われる事もまた当然
が私には当然とは思えなくなってきまして。
「と学会」が出しているものって、本、具体的には文芸作品の一種でしょう?他作品への言及や批判の形をとってはいますけど。
それでですね、普通に考えて、作者の行状が悪いとか態度が悪いということは、文芸作品の評価に影響するんでしょうか?仮に作者の生活が破綻してたり人格的に問題大ありだったりしても、作品に対する評価は別、というのが普通じゃないでしょうか。他に粗悪な作品を出していたとしても、別の作品への評価には影響しないのでは(直前の作品がアレだから買い控える、ということは起きるかもしれませんけど)。
いやもちろん、職種によっては行状がダイレクトに影響する場合もありまして、たとえば、「非常識な民法の権威」なんてものは想定しがたかったりもするわけですが。
>>うさぎ林檎さんが書かれたコメントの1〜3についてのapjさんのご意見をお聞かせ下さい。お聞かせ願えない場合、と学会は幹部と会員のどちらもが身内のトンデモは無視するトンデモ団体であると考えさせていただきます。
>どうぞご自由に。
ではそうさせていただきます。
悪文失礼いたしました。
まあ、私の回答を理由に
>と学会は幹部と会員のどちらもが身内のトンデモは無視するトンデモ団体
などと主張したところで、何の説得力もないことを思い知るだけだと思うけどね。
ついでに言うなら、私はちゃんと「答えた」のでね。わざわざ
>お聞かせ願えない場合、
という前提条件をつけたのはBuffさんなのだから、私の回答を理由に「と学会は幹部と会員のどちらもが身内のトンデモは無視するトンデモ団体」と判断した場合、「自分でつけた条件も守れない、あるいは最初から守るつもりもなく、専らと学会がトンデモと主張する目的で私に言いがかりをつけた」ことになるのはあなた自身ですから、その評価も引き受けていただきます。
”笑う”って部分が強調されて、”嘲笑する”と受け取られているのですよ。それもこっそりとでなく、大っぴらに集団で楽しむ(こう書くとまるでいじめっ子集団みたいだな)。で”お前に人を笑う資格があるのか”となり、自然と周囲の目が厳しくなっているのですな。書籍も出ちゃってるし。
唐沢氏はご本人が意図的に「と学会」関係者である事を利用しているフシがありますし、氏の作品の評価については先のリンクが詳しいですが、まぁ高いとは決して言えません。それがまた「と学会」全体の評価に追い打ちを掛けている・・・とこんな感じです(理不尽なのは分かってます)。
また山本氏のガードが甘いのは間違いなさそうです。コメントを出さない事で、山本氏が唐沢氏を擁護しているという証左にされているようですので。それくらいなら最初に口を出さずに黙殺すれば良かったと思います。
市場の判断については、仰有るとおりだと思います。一時のバブルがはじけ、”トンデモ”の神通力が薄れているのが実情のようですし、かく言う私も大分前から「と学会」関連本は購入していません。
私自身は「と学会」の権威って何それ?ですが、「と学会」として商業ベースにのってしまった部分があることで当事者の意図は何であれ、いまや観察する側だけではいられなくなっているということだと思いマス。思えば「水からの伝言」は最初はトンデモ本でしたねぇ、いまや本当にトンデモ無い(誰が上手い事言えと)。
さすがさすがすばらしい。
>私の知ったことじゃありません。
というapjさんの反応は完全に正しいのですが、問題の両名とも「と学会」としての『顔』と言っても過言ではないほど、「と学会」の看板でしょう。
その唐沢が盗作してバックレている現状を、知らないならともかく、知っているなら、「プロが素人の文章をパクる・・・アホか、死ね!」的なコメントを、少なくとも事情の関連しているブログでは公開するべきじゃないのかなぁ。
黙視しているのは、否定していない→パクり私認、な態度ととられますよ。
まぁ、そのことも含めて「私の知ったことじゃありません。」なのでしょうが、ニセ科学撲滅運動で「と学会」関係者というのが瑕疵になるような気がするので・・・(全くの主観ですけど)
きくち先生も気をつけてほしいのに。
>その唐沢が盗作してバックレている現状を、知らないならともかく、知っているなら、「プロが素人の文章をパクる・・・アホか、死ね!」的なコメントを、少なくとも事情の関連しているブログでは公開するべきじゃないのかなぁ。
おっしゃりたいことは良く分かるのですが、「知っている」を軽く考えすぎだと思います。
書くだけなら簡単ですよ。でも、そう書いたことについての責任は私に発生するわけです。つまり、そう書いたことで唐沢氏に私が名誉毀損で訴えられたら、弁論するのは私で、書いた内容の真実性と公共性を立証するのも私になります。すると、そのように書いて、かつ免責されるための私の事前準備としては、
○ネットに出回っている検証情報の引用ではなく、自分でつかんだ1次情報を確保した上で、パクッたことを裁判官の前で立証できるだけの証拠を予め準備しておかなくてはならない。誰かがネットに書いてまとめてあったのを見ました、などというのでは、立証が足りずに負ける可能性があります。
○「パクリ」の部分が立証できるだけの準備をしたとして、「アホか、死ね!」に該当する部分について、表現をどうするにせよ、意見論評であって名誉毀損に該当しないことを裁判官の前で立証できる状態にしなければならない。
ことになります。
正直な話、私にとってこの話は、そこまでの準備をしてまで何か意見表名するテーマじゃないんです。現実に発生する手間と投入しなければならないリソースを考えると、パクり私認と思われる方がよっぽどましです。
大内明日香女史にまつわる騒動、および唐沢俊一の盗作問題に関するあなたの見解を拝読致しましたところ、少々気になった点と疑問がいくつか浮かび上がりましたので、この場に投稿させて頂きます。
まず第一の問題点ですが、あなたは大内明日香女史が
「トンデモ本大賞に本を売りに来ないでほしい」
という唐沢俊一の主張から直接
「トンデモ本大賞に来ないで欲しい」
へと脳内変換したかのような前提で論を展開していますが、大内明日香女史のブログによれば、唐沢俊一は同時に
「会の円滑な運営のためです。トラブルの種はできるだけ持ち込みたくない。きみだってと学会には世話になっているだろう」
「と学会ウォッチャーがおもしろがって来るかもしれないし、そういう騒ぎは避けたい」
とも言っているわけですよね。そして大内明日香女史はさらに、
<「大内明日香にどうしても来て欲しくない人がいる」らしいです。>
という文章を追加で書いているわけです。
唐沢俊一の「トンデモ本大賞に本を売りに来ないでほしい」に続く「会の円滑な運営のためです。トラブルの種はできるだけ持ち込みたくない」「そういう騒ぎは避けたい」という一連の主張の流れからは、「だからお前は来るな」というメッセージが明確に見て取れますし、「きみだってと学会には世話になっているだろう」などという締め文言は一種の「ダメ押し」です。
そして大内明日香女史もそう考えたからこそ、<「トンデモ本大賞に来ないで欲しい」と言われました>という解釈と結論に至ったのでしょうし、その流れをさらに延長して考えれば<入り口で止められる可能性はゼロではないので。>という考えも、一般人並の常識と「文章読解能力」を持っていれば普通に出てくるものなのではありませんか?
また、あなたは大内明日香女史の「文章読解能力」を問題にしていますが、大内明日香女史と唐沢俊一の一連のやりとりは、大内明日香女史のブログの記事を読む限りでは「電話」ないしは「直接会話」で行われているようにしか解釈できませんよね? そこで本来問題になるべきなのは普通「ヒアリング能力」ないしは「コミュニケーション能力」といったものであって、「文章読解能力」ではないのではないかと思うのですが。
それともこれは、実は相当なまでに精度の高い音声文字変換機能が搭載されている高性能な電話機を大内明日香女史が所有し、かつそれが件の会話で使用されていることを知っていて、それを前提に話を展開している、というオチだったりするのでしょうか?
また、あなたは「と学会」について、
<まずは、「本を売らなくても大内さんは会場には来ないでほしい」とはっきり言った人が居たのか。言ったとしたら誰がそんなことを言ったのか。そいつをはっきりさせてほしい。
正直な話、本当にそんなことを言う人が居るとは私には信じられない。本当に居たのなら私が小一時間問い詰めたい。チケットを一般に売っている以上、と学会に批判的な人だって当然来るだろうけど、それを事前に排除するようなことはしていないし、できっこない。そうである以上、大内さんを特に排除する理由も見あたらない。ノミネートするからという理由で特に招待もしないかわりに、拒みもしないというのがこれまでのスタンスなんじゃないか。>
と述べておられますが、その「と学会」の会長たる山本弘には、以前こんなことを述べていた前科があるんですよね↓
» link here «
★ レンズ&難破船問題(^^;) / 山本弘 [近畿]
No.20393 - 2004/07/31(Sat) 13:13 [zaq3dc0691e.zaq.ne.jp]
> 次のような二つの状況を想像してみてください。
>
> 1.あなたの知らないところで、誰かがあなたをからかう発言をしている。
> 2.大勢の目の前で、誰かがあなたに向かって、あなたをからかう発言をした。
>
> これは同じでしょうか?
> ぜんぜん違います。
> 個人をからかうような陰口やジョークは、誰だって言います。誰もそれを「規制しろ」とは言わないでしょう(よほど悪質な中傷でないかぎりは)。しかし、それは本人の耳に届かないと思っているからできること。僕も作詞者本人に向かって、「比喩を比喩で説明するなあ!」なんてきつい口調で言いませんよ。「歌詞のトンデモ」スレで発言していたみなさんだって、まさか作詞者本人に向かって堂々と同じことは言えないでしょう?
> だって、そんなことをしたら、相手を怒らせますもん。そんなのは誰でも分かることです。
> 僕だって、僕の知らないところで誰が何を言ってようと、気にしやしません。しかし、ぼやき漫才師さんの発言は明らかにそうじゃない。100%確実に僕の目につくところで、僕をからかってきた。これは僕を故意に挑発する意図があったとしか解釈できない。
> 怒らせようとしておいて「なぜ怒るんだ」「ジョークじゃないか」と開き直る、その卑劣な態度が許せないのです。
「と学会」の頭目たる山本弘がこんな考え方の持ち主であるのですし、トンデモ本選定の権限は山本弘が独占しているわけですから、自分がトンデモ本としてノミネートした作品の著者を、自分が主催する「日本トンデモ本大賞」の会場には招きたくない、という会長の意向を元に「と学会」全体が動いてもおかしくはないでしょう。しかも、大内明日香女史は「と学会」の運営委員である唐沢俊一の関係者でもあるのですから、(山本弘から見た)目障りな邪魔者を排除するにはとても好都合な環境が存在しているわけです。
会長の戯言で「と学会」全体がこんな疑いをかけられ、あまつさえ「と学会」の会員というだけで「お前もあいつと同類ではないか」というレッテルで世間一般から見られるのは、「と学会」会員のひとりとしてもはなはだ不本意でしょう。あなた自身「本当に居たのなら私が小一時間問い詰めたい」と仰っているくらいなのですし、「と学会」云々以前に自己保身という観点から見ても、あなたは「と学会」会員の一員として、一連の騒動の真相を白日の下に晒すべく行動すべきなのではありませんか?
<唐沢俊一氏が盗作しようが、それに対する態度が見苦しかろうが、私には関係ありません。唐沢俊一氏は作家(評論家?)名乗って実際に自分の名前で仕事をしているのだから、信義にもとる振る舞いをしたことの結果をご自身で引き受ければ良いだけのことです。>
<少なくとも、私に関して言えば、特に唐沢俊一のファンでもないのに、と学会のメンバーだというだけで、盗作で話題になったからこれから著作を読んで検証して批判しろ、などと他人から言われるのは大きなお世話です。>
「と学会」という団体は、他社の著書をトンデモ認定して笑い飛ばすことを生業としているのでしょう? しかも「と学会」では、他者のパクリや盗作などの問題を積極的に取り上げ、笑い飛ばす記事や書籍も出しているわけです、ならば自分の身内に同じことが起こった場合もまた、同じように笑い飛ばすことこそが「と学会」という団体の<仕事>であり、義務(であると同時に権利)ですらあるではありませんか。
その「と学会」の一員であり、その団体ブランド利権の恩恵を受ける身としては、「自分の身内に潜むトンデモさんを笑い飛ばす<仕事>」を「私には関係ありません」として拒否するというのはいささか職業倫理的な問題があるのではないでしょうか。そういうスタンス自体が、周囲からは「自分の身内を贔屓している」だの「仕事を放棄している」だの「他人に厳しく自分&身内に甘い」だのと「と学会」全体が評価される元になるのですし、現にそうなっているのですから。
別にあなた個人に唐沢俊一の盗作の責任を取れと言っているわけでもなければ、「これから著作を読んで検証して批判しろ」と言っているわけでもありません(というか、そんなこと誰が言っているのですか?)。件の事件に対する己のスタンス(否定か肯定か)を誰にでも分かる形で明確に表明し、他社の著書をトンデモ認定して笑い飛ばす「と学会」会員としての<仕事>を「自分の身内に対しても依怙贔屓することなく」遂行するべきではないのか、というのが、今回の件を問題にしている(私も含めた)人達の最大公約数的な考え方でもあるのではないかと個人的には思うのですが。
実際、かつて「と学会」に協賛していた町山智浩氏や藤岡真氏などは、「唐沢俊一の盗作行為(だけではないですが)を弾劾する」という自らのスタンスをきちんと表明していますし、「と学会」の主旨から言っても過去の仕事内容から考えても、そうするのが本来の「と学会」のあり方というものではないのでしょうか。
<「と学会」が出しているものって、本、具体的には文芸作品の一種でしょう?他作品への言及や批判の形をとってはいますけど。
それでですね、普通に考えて、作者の行状が悪いとか態度が悪いということは、文芸作品の評価に影響するんでしょうか?仮に作者の生活が破綻してたり人格的に問題大ありだったりしても、作品に対する評価は別、というのが普通じゃないでしょうか。他に粗悪な作品を出していたとしても、別の作品への評価には影響しないのでは(直前の作品がアレだから買い控える、ということは起きるかもしれませんけど)。>
<いやもちろん、職種によっては行状がダイレクトに影響する場合もありまして、たとえば、「非常識な民法の権威」なんてものは想定しがたかったりもするわけですが。>
「他作品への言及や批判の形をとって」いる【からこそ】、その作品内容が「P&G(パクリ&ガセ)だらけ」「他人に厳しく自分&身内に甘い」的なシロモノに堕しているという問題点を(批判対象も含めた)他者に晒してはならないというノルマが「一般的な文芸作品」以上に課せられるのですし、それは作品を出荷する「と学会」の品質管理の問題にも直結しかねないでしょう。だからこそ、唐沢俊一の盗作問題とガゼネタ乱発、およびそれに対して「関係ない」と無視を決め込む「と学会」全体の対応は、「行状がダイレクトに影響する」となって問題になるのですが。
「他作品への言及や批判の形をとって」おきながら、自分達の不祥事についてはダンマリを決め込んだり「私は関係ありません」などと引き篭もったりする態度は、他者から見ればあまりにも得手勝手かつダブルスタンダードなシロモノでしかないのですし、場合によって「と学会」の品質および評価に致命傷を与える事態に繋がりかねないものですらあるでしょう。そのような「行状がダイレクトに影響する」所業は「と学会」内部では問題にならないのでしょうか?
<おっしゃりたいことは良く分かるのですが、「知っている」を軽く考えすぎだと思います。
書くだけなら簡単ですよ。でも、そう書いたことについての責任は私に発生するわけです。つまり、そう書いたことで唐沢氏に私が名誉毀損で訴えられたら、弁論するのは私で、書いた内容の真実性と公共性を立証するのも私になります。>
……申し訳ありませんが、もしかしてあなたは、唐沢俊一の盗作問題について批判的言動を行うと、唐沢俊一が自動的に批判者に対して訴訟を起こすとでも考えているのですか? どうやったらそんな発想に行き着くのか全くもって理解不能なのですが。
あなたの論理だと、先に例として挙げた町山智浩氏や藤岡真氏などは、すぐさま唐沢俊一に訴訟を起こされても不思議ではないでしょう。にもかかわらず、何故唐沢俊一がこの2者を名誉毀損で訴えようとしないのか、そして自分について「だけ」は唐沢俊一が訴訟を起こすだろうと考える、それぞれの理由について具体的に説明しては頂けませんでしょうか?
その理由が説明できない場合、あなたは唐沢俊一に対して何の根拠もなく「自分に対する批判者を常に裁判に訴える人間」と誹謗していることになり、それこそ唐沢俊一に名誉毀損で訴えられるかもしれない可能性が(すくなくとも唐沢俊一を直接批判することで訴えられる確率よりは高い水準で)出てくるのですが(苦笑)。
>「トンデモ本大賞に本を売りに来ないでほしい」
>という唐沢俊一の主張から直接
>「トンデモ本大賞に来ないで欲しい」
>へと脳内変換したかのような前提で論を展開していますが、
大内女史のブログがそのように読めたというだけのことです。
<「大内明日香にどうしても来て欲しくない人がいる」らしいです。>
この部分は、大内女史の主観であり推論ですよね。一方、私が引用したのは、大内女史が事実として書いた部分です。私は、大内女史の書いた内容を、本を売りに来た場合には懸念されるような騒動が起こるだろう、と理解したので、私が理解した通りに書いただけです。
>「電話」ないしは「直接会話」で行われているようにしか解釈できませんよね?
メールではない、ともいいきれません。
次に、山本会長の発言について。
山本> 怒らせようとしておいて「なぜ怒るんだ」「ジョークじゃないか」と開き直る、その卑劣な態度が許せないのです。
が結論ならば、怒らせようとしておいて相手が怒ったことを、開き直らずに当然のこととして受け止めれば良いわけですよね。山本会長のクレームは、覚悟もなしにクレームをつけたことに対するものでしょう。
>会長の戯言で「と学会」全体がこんな疑いをかけられ、あまつさえ「と学会」の会員というだけで「お前もあいつと同類ではないか」というレッテルで世間一般から見られるのは、
それはあなたの世間ですよね(笑)。疑いをかけているのは「あなた」ですよね。ご自分の主張を「世間一般」にすり替えるのはやめてくださいね。
>「と学会」会員のひとりとしてもはなはだ不本意でしょう。「と学会」会員のひとりとしてもはなはだ不本意でしょう。
別に不本意ではありません。むしろ、個人と集団の区別ができないことの方が問題であると考えます。
意味もなく、個人の責任を所属集団の他のメンバーに求めて当然と考える風潮にこそ、今後異を唱えていかなければ、社会の風通しは良くならないのだと、はっきり意識しました。権限が無いところには責任も発生しない、という最低限の常識すら通用しない人達が居ることの方が、よっぽど問題だと思います。
>あなた自身「本当に居たのなら私が小一時間問い詰めたい」と仰っているくらいなのですし、「と学会」云々以前に自己保身という観点から見ても、あなたは「と学会」会員の一員として、一連の騒動の真相を白日の下に晒すべく行動すべきなのではありませんか?
「と学会」の評価が外部からみてどうなろうが、私自身の評価には関係ありません。関連づけて評価するのは勝手ですが、結論を間違えるだけでしょうから、意味がありません。ここで自己保身という発想が出てくることが理解できません。
>その「と学会」の一員であり、その団体ブランド利権の恩恵を受ける身としては、「自分の身内に潜むトンデモさんを笑い飛ばす<仕事>」を「私には関係ありません」として拒否するというのはいささか職業倫理的な問題があるのではないでしょうか。
私は別に「団体ブランド利権」恩恵は受けていません。最近は、と学会本にいくつか寄稿していますが、と学会本以外の雑誌や書籍等にも普通に寄稿していますので、と学会を特別視する理由は私の方にはありません。何故、ブランド利権といった話になるのかが意味不明です。私にとってのブランド利権の内容とは一体何を意味するのか、具体的に説明してもらえませんか?
ついでにいうなら、私は、勤務先に兼業届を出してと学会の活動をしているわけではありませんので、職業倫理云々は筋違いです。
> 別にあなた個人に唐沢俊一の盗作の責任を取れと言っているわけでもなければ、「これから著作を読んで検証して批判しろ」と言っているわけでもありません(というか、そんなこと誰が言っているのですか?)。
これ↑があなたの主張ならば、
>件の事件に対する己のスタンス(否定か肯定か)を誰にでも分かる形で明確に表明し、他社の著書をトンデモ認定して笑い飛ばす「と学会」会員としての<仕事>を「自分の身内に対しても依怙贔屓することなく」遂行するべきではないのか、というのが、今回の件を問題にしている(私も含めた)人達の最大公約数的な考え方でもあるのではないかと個人的には思うのですが。
は一体誰に向かって言っているのでしょうか。少なくとも、私に言っても仕方がないことを、私のblogのコメント欄で延々と書いてるわけですよね?その自覚はありますか?
>「他作品への言及や批判の形をとって」いる【からこそ】、その作品内容が「P&G(パクリ&ガセ)だらけ」「他人に厳しく自分&身内に甘い」的なシロモノに堕しているという問題点を(批判対象も含めた)他者に晒してはならないというノルマが「一般的な文芸作品」以上に課せられる
その責任は唐沢氏個人のものでしょう。
個人の不祥事について、勤務先でもない団体に連帯責任を負わせようとする考え方の方が、問題があると思います。
> 「他作品への言及や批判の形をとって」おきながら、自分達の不祥事についてはダンマリを決め込んだり「私は関係ありません」などと引き篭もったりする態度は、他者から見ればあまりにも得手勝手かつダブルスタンダードなシロモノでしかないのですし、場合によって「と学会」の品質および評価に致命傷を与える事態に繋がりかねないものですらあるでしょう。そのような「行状がダイレクトに影響する」所業は「と学会」内部では問題にならないのでしょうか?
私は別に気にしません。なぜなら、私の職業上の活動は、と学会に対する評価の影響を受けないからです。私自身に対して、例えば、オマエは趣味の悪い団体に加わっている、と批判するのであれば、それはお受けいたします。
> ……申し訳ありませんが、もしかしてあなたは、唐沢俊一の盗作問題について批判的言動を行うと、唐沢俊一が自動的に批判者に対して訴訟を起こすとでも考えているのですか? どうやったらそんな発想に行き着くのか全くもって理解不能なのですが。
私にはあなたの突っ込みの方が理解不能です。およそ文章を書いて公表する以上は、内容に関する法的責任を負う覚悟と準備をしておくのが当然でしょう。相手が誰であってもです。で、私がこれまでそういうスタンスでやってきたことについて、とやかく言われる謂われはありません。
> あなたの論理だと、先に例として挙げた町山智浩氏や藤岡真氏などは、すぐさま唐沢俊一に訴訟を起こされても不思議ではないでしょう。にもかかわらず、何故唐沢俊一がこの2者を名誉毀損で訴えようとしないのか、そして自分について「だけ」は唐沢俊一が訴訟を起こすだろうと考える、それぞれの理由について具体的に説明しては頂けませんでしょうか?
まず、一般論として、誰を訴えるかは原告の自由です。また、私の手元にある情報は、今のところ伝聞以上のものではなく、立証に耐えられるものではないことを自覚しています(立証に向けて何かする手間をかけるつもりもありませんが)。そうである以上、唐沢氏の人物像が具体的にどうかということとは無関係に、防衛的に振る舞うのが当然です。それがリスク管理というものではないでしょうか。
>その理由が説明できない場合、あなたは唐沢俊一に対して何の根拠もなく「自分に対する批判者を常に裁判に訴える人間」と誹謗していることになり、それこそ唐沢俊一に名誉毀損で訴えられるかもしれない可能性が(すくなくとも唐沢俊一を直接批判することで訴えられる確率よりは高い水準で)出てくるのですが(苦笑)。
ないでしょうね。なぜなら、この↑表現は、あなたの解釈を述べたものであり、私のもとの文章ではそのように書いてはいません。元の文章は、明らかに仮定の話をしています。おそらく、裁判官はあなたの主張するようには解釈しません。私自身の文章表現におけるリスク管理の姿勢を説明したものである、と主張すれば終わりでしょう。
また、法的な議論をするならば、どんな場合でも公然と表現したことによって相手の社会的評価を変動させた時点で名誉毀損は成立します。訴えるかどうかとは別の話です。その意味では、既に、町山智浩氏や藤岡真氏による唐沢俊一氏への名誉毀損は成立しています。でもって、表現した側が公共性と真実性を立証すれば免責される、というのが現行法の枠組みです。ついでにいうなら、名誉毀損においては、虚名であっても保護の対象となります。
町山智浩氏や藤岡真氏は、免責される要件を立証できると考えているかもしれませんね。あるいは、唐沢氏側が営業上の理由で訴訟は損、と判断する場合だってあるかもしれません。これらも一般論に過ぎず、本当のところがどうであるかは、私にはわかりません。
私個人としては、自分が免責要件を立証できる自信が無いことは書かない、というスタンスでいます。これは、相手が誰であってもです。
ちょっと仕事がぎうぎうでまごまごしているうちに話があらぬ方向に・・・。
私としては、大内(バーバラ・アスカ)氏の著作をトンデモとして楽しめるのならば、あんな子ネズミよりも大ネズミ(唐沢氏)の方が面白がって頂けると勝手に思い込んでいました(唐沢氏は歩くトンデモです)。私が紹介した検証Blogは、非常に丹念に資料に当たり綿密に検証されていますし、オタクを含んだ文化論に踏み込む部分もあったりして、今風に言えばふつーに面白い内容になっていて、読み応えのあるものです。それでお暇な時にでも楽しんで頂ければいいかな位の軽い気持ち・・・だったんですが、ネット上に漂う「と学会」への反感は私の想像を少々超えているようです。
ともかくこんな下らない話でapjさんを矢面に立たせるつもりはありませんでした。本当に私の浅慮で申し訳ありませんでした。
>冒険風ライダーさん
山本氏への批判活動は存じております、ですがそれをここへ持ち込むのはやはり筋違いです。山本氏への批判活動の一環としてご利用になる事は控えて頂けないですか?
>私としては、大内(バーバラ・アスカ)氏の著作をトンデモとして楽しめるのならば、あんな子ネズミよりも大ネズミ(唐沢氏)の方が面白がって頂けると勝手に思い込んでいました(唐沢氏は歩くトンデモです)。
なるほど。確かに知名度からいうと唐沢氏の方が知られていますが、どうも、唐沢氏は私が興味を持つジャンルじゃなかったみたいです。テレビとかに出ておられたようですが、そもそもテレビが無いので見ませんし。
あのとき、大内氏の本をとりあげた理由は、たまたま私が昔から「文章作法の本&作家養成本好き」だったからです。大内氏が唐沢氏の関係者だという意識は、上京した折にジュンク堂で本を手にした時はまったくありませんでした。お、作家養成本の新しいのが出たから買ってみるか、と思っただけです。で、帰宅してなんじゃこりゃー、と思いながら読んで、ついついツッコミを入れてしまったというものです。実は、若桜木氏の作家養成本も何冊か読んでいます。
で、唐沢さんがトンデモとして面白いかというと、私にとっては、別に……です。いつぞやの例会で別の会員の方が紹介したアニメ「チャージマン研」は、戻ってからDVD-BOXを買って通しで見るほどツボにはまりましたが。
何を面白がるか、ということは、それこそ主観と趣味の問題なので、理屈はつけられません。なぜ面白いかを説明することはできますが、だからといってそれが他の人に通じるとは限らないですし。
『pronto pronto?』のがせねたシリーズ
» link here «
特許を調べりゃわかる嘘をかいている
» link here «
なんかを読んでも唐沢氏は裏を取らない人であるとわかります。
対して、大内氏も曲解力の高い人です。
彼らの発言はいままでに、信用できないことがわかっているのですから直接観察できない人がどっちが正しいだとかいっても無駄でしょう。
>ともかくこんな下らない話でapjさんを矢面に立たせるつもりはありませんでした。本当に私の浅慮で申し訳ありませんでした。
そんなことはありません。私としては別の問題が見えてきたので、それなりに収穫がありました。
私が2つ前のコメントで書いたことの補足です。
>権限が無いところには責任も発生しない、という最低限の常識すら通用しない人達が居ることの方が、よっぽど問題だと思います。
この部分です。
別の作業をしていたら、すこし表現を変えた方が良さそうなので修正します。
まず、今回私は、「唐沢氏がパクリをしたことについて、と学会員としてアクションをしないことがけしからん」あるいは「アクションを起こせ」という理由で非難されたわけです。つまり、不作為の責任を問われたわけです。
不作為の責任を問うためには、作為義務(一般用語)あるいは作為債務の存在が前提となります。
唐沢氏の件で私が「と学会員としてアクションをしなかった」という理由で不作為の責任を問われるためには、私が、と学会員として何かのアクションをしなければならないという作為義務がまず存在しなければなりません。
しかし、私は、と学会に対して何らの権限も有しておりませんので、と学会と私の関係においては、私はと学会に対して何かの作為義務など負いようがありません。
山本会長や唐沢氏を監督する義務もありません(当たり前だ)から、お二方の行動について、私にとやかく言われたって、そんなものは知った事じゃありません。そもそも責任の無いことについてとやかく言うヤツが理不尽なので悪いと思うだけのことです。
次に、メンバーの誰かの書いた本に問題があって、何らかの責任を問われる事態になった場合について考えます。著作の内容について責任を負うのは、第一に著者であり、連帯して責任を負うのは、その本によって利益を得る出版社です。と学会のメンバーに問題の本の売り上げが分配されているわけでもない以上、著者と連帯して責任を負う立場になどなりようがありません。
と学会本に問題があった場合はどうか。寄稿者がだれかは特定できる状態ですから、責任を負うのは、問題を引き起こした文章を書いた人と、出版社である楽工社になります。まあ、「事前に仲間内でもっとチェックしろ」と言われるくらいは仕方有ないでしょうけど。それ以上の責任を他の会員に負わせるのは無理でしょう。
「と学会」に反感を持つ人が居るのは予想の範囲内ですが、他人に対して義務のない事を行わせようとし、それがかなえられないと平気で非難するという人が居るということの方が問題だと思います。一体どこの封建社会にお住まいなのでしょうかね。
と学会の本が商業誌として出ているという理由で、会員に対し、「唐沢氏のパクリ問題についてと学会として問題にせよ、それが品質管理だ」という理路は、私には理解できません。そこに手間をかけたって、と学会誌等の内容が良くなるとは到底思えません。それなら、新たなネタを探すことに労力をつぎ込んだ方が結果に結びつきます。まあ、「広く会員が寄稿して作ると学会誌やと学会本のうち、唐沢氏寄稿分については普段より注意してみんなで事前にチェックせよ」という要求であれば、品質管理に結びつくかもしれません。
>裏を取らない人と曲解力の高い人のどちらが本当なんかわからない
……思い切り納得。
今回は「どうなっとるんだ」と不思議に思ったのだけど、次からは「どうなっとるんだ、と思うことが起きるのは当然」と思うことにします。
<メールではない、ともいいきれません。>
該当発言をこっそり訂正しているようですが、それについてひとつ問題が。
その程度の「文章読解能力」でもって、唐沢俊一検証ブログのkensyouhan氏のことを「論理がおかしい」「印象操作じゃないかな」などと書いていたのは、あなたが忌み嫌う名誉毀損訴訟のリスクを(実際にkensyouhan氏が訴えることはないでしょうが、法的に見れば)冒すことになりはしないでしょうか。
「文章読解能力」についてはあなたも人のことは言えないということを他ならぬあなた自身が証明していますし、そこまでのリスクを冒してkensyouhan氏を批判できるのであれば、同じように唐沢俊一を批判しても何ら問題にならないのでは?
> 次に、山本会長の発言について。
>
> 山本> 怒らせようとしておいて「なぜ怒るんだ」「ジョークじゃないか」と開き直る、その卑劣な態度が許せないのです。
>
> が結論ならば、怒らせようとしておいて相手が怒ったことを、開き直らずに当然のこととして受け止めれば良いわけですよね。山本会長のクレームは、覚悟もなしにクレームをつけたことに対するものでしょう。
<それはあなたの世間ですよね(笑)。疑いをかけているのは「あなた」ですよね。ご自分の主張を「世間一般」にすり替えるのはやめてくださいね。>
あの〜、件の発言がどのような状況と経緯から飛び出したものなのか、あなたは全然読めていないのではありませんか? 実際のところ、件のスレッドで「覚悟もなしにクレームをつけた」罵倒投稿を己の掲示板で好き勝手に展開していたのはむしろ山本弘の方だったのですし、そのことを指摘されて逆上し、批判者に対して喚いていた発言がアレだったわけですが(苦笑)。
私の言動がウソだと思うのであれば、関連スレッドのURLを全部紹介しておきますから、それを見たうえで判断して下さい。
「歌詞のトンデモ」スレッド(上から古い順です)
» link here «
» link here «
» link here «
» link here «
それと、これは新規情報になりますが、大内明日香女史の騒動の真相について、以下のURL先で本人が詳しく語っているようです↓
» link here «
これが事実であれば、大内明日香女史に「トンデモ本の販売」を【勧めた】ことを皮切りに様々な騒動を引き起こした最大の元凶は唐沢俊一にある、ということになるわけで、私が疑っていた山本弘黒幕説も、あなたが提唱していた「(大内明日香女史が)勝手に勘違いしてる」「本当にそんなことを言う人が居るとは私には信じられない」説も晴れて消滅することになりますね。そして、私としては大内明日香女史の証言を疑う理由も根拠も今のところないので、今回の騒動で山本弘に対してかけた嫌疑を撤回することをここで宣言させて頂きましょう。
で、「本当に居たのなら私が小一時間問い詰めたい」と述べておられたあなたは、当然唐沢俊一に対して「小一時間問い詰め」る予定なんですよね? 己の投稿で明言した公約は「訴訟のリスクがあっても」存分に果たして頂けると思いますので、この件に関するあなたのアクションを期待しておりますよ。
<少なくとも、私に言っても仕方がないことを、私のblogのコメント欄で延々と書いてるわけですよね?その自覚はありますか?>
<その責任は唐沢氏個人のものでしょう。
個人の不祥事について、勤務先でもない団体に連帯責任を負わせようとする考え方の方が、問題があると思います。>
前の投稿でもはっきりと述べているはずですが、誰も連帯責任を取れだの批判しろだのとは言っていません。あなたにも分かるように非常に簡単に言い直しますと、あなたが大内明日香女史やkensyouhan氏に対してブログ上で色々言及しているのと全く同じやり方を、唐沢俊一にも適用すれば良い、というだけです。
大内明日香女史に対する論評でも、当の本人からの訴訟云々を特に意識しないで「いささか被害妄想じゃないのかな」だの「読解力が無いけど曲解力があるからあの本が書けたのか」だのと色々と述べることが出来るのですから、唐沢俊一に対しても当然できなければおかしいはずなのですけどね。
<私は別に「団体ブランド利権」恩恵は受けていません。最近は、と学会本にいくつか寄稿していますが、と学会本以外の雑誌や書籍等にも普通に寄稿していますので、と学会を特別視する理由は私の方にはありません。何故、ブランド利権といった話になるのかが意味不明です。私にとってのブランド利権の内容とは一体何を意味するのか、具体的に説明してもらえませんか?
ついでにいうなら、私は、勤務先に兼業届を出してと学会の活動をしているわけではありませんので、職業倫理云々は筋違いです。>
「と学会」という肩書き自体がそもそもブランド利権なのですけどね。すくなくとも世間一般=「市場の判断」的に見れば、「と学会」という名前には一定の社会的価値があるのですから、「と学会」という肩書きを使って論文を寄稿したりする際には、すくなくとも何もなしに同じ論文を寄稿する場合よりは(金銭的なものだけでなく、論文の信憑性や社会的信用なども含めた)付加価値がついてくるわけです。それが「ブランド利権」というものです。
その肩書きを使って論文を寄稿したりする「権利」を保持する以上は、すくなくともその肩書きに対する「義務と責任」も一緒に持って下さい、という至極単純な「職業倫理」の話です。
<まず、一般論として、誰を訴えるかは原告の自由です。また、私の手元にある情報は、今のところ伝聞以上のものではなく、立証に耐えられるものではないことを自覚しています(立証に向けて何かする手間をかけるつもりもありませんが)。そうである以上、唐沢氏の人物像が具体的にどうかということとは無関係に、防衛的に振る舞うのが当然です。それがリスク管理というものではないでしょうか。>
<私個人としては、自分が免責要件を立証できる自信が無いことは書かない、というスタンスでいます。これは、相手が誰であってもです。>
あなた個人のスタンスとしてはそれはそれでかまわない、と言いたいところですが、前述のように大内明日香女史やkensyouhan氏に対しては、「伝聞以上のものではない」情報でもって「防衛的に振る舞う」でもなく、(あなた曰く)大変な訴訟リスクを冒してまで言及している辺り、あなたのリスク管理とやらははなはだ危ういものだと言わざるをえないですね。
そしてくどいようですが、そのような対応の差が生じる両者と唐沢俊一との違いは一体どこにあるのか、是非とも知りたいところです。
個人的な感想としては、「・・・んなアホな。」ですが、いろいろあったことも表面上は知っているし、慎重なことを外部から無責任にどうこういう筋合いもないので、スタンスは充分理解しました。
で、ここも極めて個人的な意見ですが、日本の頭脳をインチキ撲滅活動に使うのは国家としても損失だと思いますが、インチキ撲滅活動の重要性も分かるので、軽重を問うとapj先生やきくち先生にはインチキ撲滅活動に重きを置いていただきたいのですよ。
なので、「と学会」を切るって方向では無理っすか?
運動に及ぼす影響は、かなり大きなデメリットだと感じるんですけど。
>該当発言をこっそり訂正しているようですが、それについてひとつ問題が。
指摘されて、確かに誤解を招く表現だったと思ったので、「こっそり」ではなく、「見え消し」で、「堂々と」訂正しました。
> その程度の「文章読解能力」でもって、唐沢俊一検証ブログのkensyouhan氏のことを「論理がおかしい」「印象操作じゃないかな」などと書いていたのは、あなたが忌み嫌う名誉毀損訴訟のリスクを(実際にkensyouhan氏が訴えることはないでしょうが、法的に見れば)冒すことになりはしないでしょうか。
ならないと考えています。公開されたものを読んで、そのように読めたという話でしかありませんので。ただ、追加の情報を見ると、もともと大内女史の出した内容が不足したいたということのようですね。
> 「文章読解能力」についてはあなたも人のことは言えないということを他ならぬあなた自身が証明していますし、そこまでのリスクを冒してkensyouhan氏を批判できるのであれば、同じように唐沢俊一を批判しても何ら問題にならないのでは?
あなたが、意見論評の違いと事実摘示の違いを理解していないだけだと思います。私の見解は違います。
そもそも、大内氏の情報の不十分なblogを元にして批判を書いたのはkensyouhan氏の方でしょう。
> あの〜、件の発言がどのような状況と経緯から飛び出したものなのか、あなたは全然読めていないのではありませんか? 実際のところ、件のスレッドで「覚悟もなしにクレームをつけた」罵倒投稿を己の掲示板で好き勝手に展開していたのはむしろ山本弘の方だったのですし、そのことを指摘されて逆上し、批判者に対して喚いていた発言がアレだったわけですが(苦笑)。
で、それを私に言って何の意味があるんですかね?
既にあなたが後から示した大内氏のblogにより、山本氏への(あなたからの)嫌疑は晴れたわけですよね。もともとあなたは「山本氏が疑われても仕方がない」ことを示すために問題の投稿を引用したわけですから、その意味が無くなった以上、私にそのことを示しても無意味と思います。この部分だけ、議論の本筋とは外れているんじゃないですか。
> それと、これは新規情報になりますが、大内明日香女史の騒動の真相について、以下のURL先で本人が詳しく語っているようです↓
なるほど。それなら私の方も、大内氏に対する主張を、
”最初に、本を売らないかと誘ったのが唐沢氏である旨を明記しておけば誤解が生じなかったのに、途中の話だけ端折って書いて余計な誤解を振りまいた”と変更致します。その情報が無かったために、kensyouhan氏の引用もそのようになり、それを読んだ私も、何だこれはと思ったわけですから。
>己の投稿で明言した公約は「訴訟のリスクがあっても」存分に果たして頂けると思いますので、この件に関するあなたのアクションを期待しておりますよ。
私の書いた内容をどう読めばそうなるんですか?私は、本人を前にして問い詰めたいという私個人の希望を表明したのであって、問い詰めた結果を公表することまでは約束していません。公然性が無ければそもそも名誉毀損にはなりませんから、あなたの主張は見当外れです。
>あなたにも分かるように非常に簡単に言い直しますと、あなたが大内明日香女史やkensyouhan氏に対してブログ上で色々言及しているのと全く同じやり方を、唐沢俊一にも適用すれば良い、というだけです。
大きなお世話です。あなたにそんなことを言われる理由はありませんし、そうする義務もありません。
「チケットを一般売りしているイベントで特定の人の来場を拒否する」ということが起きたのだとしたら、扱いが公平ではないという点で私の問題意識に引っ掛かったので話題にしました。一方、唐沢俊一の作品がどうであれ評価がどうであれ、そんなものは本人の責任ですから私の知ったことではありません。私には、唐沢俊一を批判するインセンティブがありません。
> 「と学会」という肩書き自体がそもそもブランド利権なのですけどね。
あなたにとってはそうでしょうけど、私にとってはそうではありません。
>すくなくとも世間一般=「市場の判断」的に見れば、「と学会」という名前には一定の社会的価値があるのですから、「と学会」という肩書きを使って論文を寄稿したりする際には、すくなくとも何もなしに同じ論文を寄稿する場合よりは(金銭的なものだけでなく、論文の信憑性や社会的信用なども含めた)付加価値がついてくるわけです。
と学会本への寄稿については、会員の義務だと認識しています。例会で多数行われた発表のうち、どれを使うかは、編集部が決めているのでしょう。私は、出版社から書くように連絡があった場合に対応しているだけです。これまでも知り合いがお世話になったりしている楽工社さんですから、私の方には協力を拒む理由がありません。
それ以外に、と学会の名前で私が何かしたことはありません。むしろ、普段の活動の方向と、「トンデモを楽しむスタンス」を他の人に分かるように分けて動かなければならないため、若干の手間がかかっています。
> その肩書きを使って論文を寄稿したりする「権利」を保持する以上は、すくなくともその肩書きに対する「義務と責任」も一緒に持って下さい、という至極単純な「職業倫理」の話です。
既に述べたようにその主張は、見当外れです。あなたが「と学会」をブランドだと思うのは勝手ですが、私にとっては、ブランドとしての利用価値はありません。第一、私がと学会に出しているのは論文ではありません。
また、一般の会員が「と学会」の名前を使って出版活動等をしても良いかどうかは、会長の専決事項で、会員が自由に使える権利を保持しているとは言えないと認識しています。会長の趣味と一存でどうとでもなるものなので。会員の権利とは、「遅刻しないで例会に出席した場合に、一定の割り当てられた時間口頭発表できることが保証されている」以上のものではないというのが私の理解です。
また、私が「と学会」のブランドに頼るようでは、私個人として終わってる状態なので、その方が私にとって困った事態です。
ところで、あなたの発言を見ると、会員である私以上に「と学会ブランドの品質を維持する」ことにこだわっておられるようですが、そしてそれを唐沢氏や山本氏に対する批判を通して行うべきだと考えておられるようですが、あなたにとっての、そのように振る舞うインセンティブは何でしょうか。逆にいうと、このお二方の行動によってと学会の評判が落ちたとして、あなたに具体的にどんな被害が及ぶのですか?
あなたが趣味でそうするのは自由ですが、それを他人である私にまで何かの行動を求めるのは、迷惑なのでやめてくださいね。
と学会というのは、社会において、制度としての正しさを保証あるいは維持しなければならない種類の団体ではないのですよ。
>前述のように大内明日香女史やkensyouhan氏に対しては、「伝聞以上のものではない」情報でもって「防衛的に振る舞う」でもなく、(あなた曰く)大変な訴訟リスクを冒してまで言及している辺り、あなたのリスク管理とやらははなはだ危ういものだと言わざるをえないですね。
いいえ。blogという、本人が書いた公開情報を見て、かつその公開情報についての意見論評です。あなたがどう判断しようがそれは自由ですが、私の判断は違います。意見論評(どこまでの表現なら意見論評と解釈されるか)と、事実摘示の扱いの違いも考慮して、判断しているつもりです。
> そしてくどいようですが、そのような対応の差が生じる両者と唐沢俊一との違いは一体どこにあるのか、是非とも知りたいところです。
唐沢俊一氏には特に興味がないので私にとってはどうでもいいんです。しかし、一般にチケット売りしているのにノミネート本の作者に来るなということがあったならば公平性の点でかなり疑問を感じるし私にとっては想定しがたい状態だった、というだけことです。
私の問題意識としては、「一般にチケットを売るようなイベントで特定個人の来場制限をする場合には、例えば以前にやって来て何か被害をもたらしたといった事実が必要で、そうでないのに制限するのはおかしいだろう」ということのみです。
大内氏の本を取り上げた時は、唐沢氏の関係者だということは全く失念していました。意識もしていませんでした。単に私が、文章作法&作家養成本というジャンルに興味を持っていたため、本屋で見つけて衝動買いしたというのがきっかけです。
>なので、「と学会」を切るって方向では無理っすか?
>運動に及ぼす影響は、かなり大きなデメリットだと感じるんですけど。
「デメリット」の原因は誰がもたらしているのかを考えると、メンバーと団体の区別もつけず理不尽な批判をしている人達、ですよね。山本氏や唐沢氏は、文筆業でやってるわけですから、成果も批判も全て個人で背負うというのが当たり前です。
さて、私が「と学会」に居る個人的メリットは、
1)他の皆さんの発表物件を見ることがとにかく楽しい。ビデオや本など発表を見て買ったものもこれまでにいくつかある。同時に、自分の発表も楽しんでもらえるようにしたい。
2)オフィシャルな活動ではニセ科学のインチキ性をきっちり指摘しなければならないので、そうではない「楽しむ」というとらえ方を自分の中に残しておきたい
というものです。ぶっちゃけた話、自分が楽しいから居るんです。
だから、仮にと学会本が売れなくなって同人誌のみになっても、上の2つが満たされているか、上の2つを捨てなければならないほどのデメリットが生じない限り、続けると思います。
でもって、このblogでも何度か書いていますが、ニセ科学を問題とするということ以外に、私自身が求めていることとして「個人と所属組織の区別をする」とか、「ムラ社会の論理ではない規律を求める」というのがあるわけです。ここで、理不尽な批判をする人に屈して、ニセ科学への対応のためにと学会をやめるということにしたら、それは私自身のポリシーにとって忠実ではない振る舞いということになるため、容認できません。
私は常々、ニセ科学を問題にするときに、「肩書きや所属団体がそれらしいからといって信用すると危険」と主張してきました。
今回の「と学会」への批判は、「所属団体の権威を維持すべし」ということを前提にしているようです。これは、私の普段の主張とは真っ向から対立するものですから、私としては反対の意見を出し続けるしかありません。むしろ、「と学会がちょっと名前を知られたからといって、あんなものにブランドや権威などはない」と言っておかなくてはならないでしょう(まさかこんな野暮なことを大まじめに言う羽目になるとは思ってもみませんでしたが)。
学術団体のように制度としての正しさをある程度維持しなければいけないものと、と学会のようなものを一緒くたにするのはおかしいと思います。
もちろん、私個人は、唐沢俊一が書く文章は、もはや全く信用できません。と同時に、唐沢俊一と共著で本を出版なさるような方(残念ながら、天羽優子さん、あなたも含みます)の文章も、やはり、あまり信用するわけにはいかない、というのも正直なところです。ただしこれは、単に、「共著者」というものに関する、私個人の感覚的なものに過ぎませんが。
唐沢俊一が裏を取らない信用できない人と思ったのは、個人的な感想です
。安岡さんの日記は、私がそう思った根拠の1つなので挙げさせてもらいました。
はじめまして。
私の方は、唐沢俊一氏に特に興味があったわけではありません。被害も受けてないし利益も受けてない。氏の著作を追っかけているわけでもないし、氏の仕事仲間が誰で、どの程度の関係かということも知りません。大内氏との関係も、ここにいらしているうさぎ林檎さん他の指摘で初めて認識しました。
今回、私がこの問題を取り上げたのは、ただ単に、「チケットを一般売りするイベントで、ノミネート作品の候補者の来場を拒否した」という部分にひっかかったからです。この問題を話題にしたとき、私は、唐沢氏と大内氏がそこまで仕事仲間だという認識は持っていませんでした。もし、そのことを知っていたら、「チケットを一般売りするイベントで、ノミネート作品の候補者の来場を事前に拒否した」という見方ではなく、「既に仕事の関係にある人達の事情でもってごちゃごちゃやっている」という見方をすることになったので、そもそもここで話題にすることも無かったと思います。
唐沢氏と共著であるという理由で私を信用しないというのならそれでもかまいません。私は、私の力で私の信用を築いていくように自分なりの努力をするだけのことです。
そもそも、大内氏の情報の不十分なblogを元にして批判を書いたのはkensyouhan氏の方でしょう。>
<いいえ。blogという、本人が書いた公開情報を見て、かつその公開情報についての意見論評です。あなたがどう判断しようがそれは自由ですが、私の判断は違います。意見論評(どこまでの表現なら意見論評と解釈されるか)と、事実摘示の扱いの違いも考慮して、判断しているつもりです。>
その論法からすると、あなたがこのブログで唐沢俊一を論評するのも、kensyouhan氏に対するそれと同じ「意見論評」ということになるので、訴訟を起こされるリスクについて考慮する必要なく批判が展開できる、ということになってしまうのですが、そのことを自覚してます? 唐沢俊一の盗作問題も「本人(およびマスメディア)が書いた公開情報」に基づくものであり、それに対する論評は「その公開情報についての意見論評」となるのですから。
他ならぬあなた自身が定義した理論により、あなたが唐沢俊一から名誉毀損の訴訟を起こされるリスクはゼロになりました。訴訟リスクを背負い込む必要はなくなりましたので、「と学会」会員のひとりとして、好きなだけ唐沢俊一に対する個人的見解を提示し、その所業を笑い飛ばしまくって下さい。
<で、それを私に言って何の意味があるんですかね?
既にあなたが後から示した大内氏のblogにより、山本氏への(あなたからの)嫌疑は晴れたわけですよね。もともとあなたは「山本氏が疑われても仕方がない」ことを示すために問題の投稿を引用したわけですから、その意味が無くなった以上、私にそのことを示しても無意味と思います。この部分だけ、議論の本筋とは外れているんじゃないですか。>
これは失礼しました。
私としましては、前々回の投稿であなたが山本弘の発言を誤解釈しておりましたのと、「と学会」会員として山本弘の過去の所業を知って頂きたいという、あなたに言わせれば「大きなお世話」的お節介をつい焼いてしまったのとで、ついつい例のログにこだわった投稿を行った次第です。URLを提示したのも、私などが百万遍費やして例のログについての説明をするより、その目で実際に確認してもらった方が早いと考えたものですし。
もちろん、今となってはあなたが仰るようにこの件に関する山本弘に対する疑いは晴れているわけですし、その状況で例のログにこだわることに私も意味を見出しておりませんので、この件については終了として頂いてかまいません。
例のログについては、まあ気が向いたら一度じっくり閲覧頂ければ幸いです、ということで私の方からは終了と致します。
<私の書いた内容をどう読めばそうなるんですか?私は、本人を前にして問い詰めたいという私個人の希望を表明したのであって、問い詰めた結果を公表することまでは約束していません。公然性が無ければそもそも名誉毀損にはなりませんから、あなたの主張は見当外れです。>
<大きなお世話です。あなたにそんなことを言われる理由はありませんし、そうする義務もありません。>
あなたはその「【本人を前にして(小一時間)問い詰めたい】という私個人の希望」とやらを実現させたいのでしょう? そして一連の騒動の元凶たる真犯人(唐沢俊一と「と学会」女性スタッフ)が判明し、かつあなたは「と学会」を通じて本人と直接会える立場にあるわけです。誰もが閲覧可能な公の場で「私個人の希望」を表明し、かつそれが実現できる環境にある以上、己の言論に対する責任という観点から言っても、あなたはそれを「実現しなければならない」立場にあるのです。
あなたが何度も力説する「個人的責任を組織および他の構成員が負う必要はない」云々以前の問題として、誰もが閲覧可能な公の場で発した自分の発言に対する自己責任くらいはきちんと取って下さい。それすらもできないくせに他者および組織論について言及するなど、おこがましい限りではありませんか。
それと、私は「この件に関するあなたのアクションを期待しておりますよ」とは言いましたが、「問い詰めた結果を公表しろ」とは述べておりません。あなたのアクションについては、「小一時間問い詰められた」唐沢俊一がストレス解消兼恨み辛みを込めて自分の日記にアップしてくれることを期待しておりますので、あなたが積極的に公開する必要はありません。そういうわけですので、「この件に関する【あなたのアクション】を期待しておりますよ」。
<と学会本への寄稿については、会員の義務だと認識しています。例会で多数行われた発表のうち、どれを使うかは、編集部が決めているのでしょう。私は、出版社から書くように連絡があった場合に対応しているだけです。これまでも知り合いがお世話になったりしている楽工社さんですから、私の方には協力を拒む理由がありません。
それ以外に、と学会の名前で私が何かしたことはありません。むしろ、普段の活動の方向と、「トンデモを楽しむスタンス」を他の人に分かるように分けて動かなければならないため、若干の手間がかかっています。>
<既に述べたようにその主張は、見当外れです。あなたが「と学会」をブランドだと思うのは勝手ですが、私にとっては、ブランドとしての利用価値はありません。第一、私がと学会に出しているのは論文ではありません。
また、一般の会員が「と学会」の名前を使って出版活動等をしても良いかどうかは、会長の専決事項で、会員が自由に使える権利を保持しているとは言えないと認識しています。会長の趣味と一存でどうとでもなるものなので。会員の権利とは、「遅刻しないで例会に出席した場合に、一定の割り当てられた時間口頭発表できることが保証されている」以上のものではないというのが私の理解です。>
ああ、あなたにとっての「と学会」というのはそういうものだったのですね。私は会長たる山本弘と「と学会」の関係をそのままあなたに当てはめていたので、どおりで意見が食い違うわけです。
そういう意味では、
<また、私が「と学会」のブランドに頼るようでは、私個人として終わってる状態なので、その方が私にとって困った事態です。>
というあなたの主張に全面的に同意致します。確かにそうなったら人生終わりですし(笑)。
ただですね、あなた個人としては「自分が『と学会』に名前を貸しているだけ」に近い状態かもしれませんが、あなた曰く「終わってる状態」にある山本弘や唐沢俊一などといった「と学会」の幹部達は、まさに私が言うが如く「と学会」のブランド利権の恩恵に預かり、かつその際にあなたの名前を利用&会費を徴収しているわけです。そうなると、あなたとしては一種のスポンサーとして、今現在の「と学会」の惨状に対し是正を申し入れる権利と義務と責任があるのではありませんか?
「と学会」の幹部達は、あなたの名前とカネを使って救いようのない劣悪な作品を多数出版することで、あなたの名誉と財産を(あなたにとってはたとえ僅かなものではあっても)傷つけているのです。たとえばの仮定話ですが、「と学会」の幹部達は、自分達の愚かしいP&Gな所業を批判された時、「俺達にはこれだけの協賛者がいるんだ」と言ってあなたの名前を公示し、愚劣な論の正当化を図るかもしれない。カネについては言うまでもないでしょう。スポンサーのひとりとして、そういう所業を「自分には関係ない」という論理で許しても良いのでしょうか?
実例として、唐沢俊一の盗作問題について批判的なスタンスを表明している藤岡真氏は、山本弘に件の盗作問題についての問い合わせを行い、返答をもらった後、「と学会」との絶縁を宣言すると同時に「トンデモ本の逆襲」「トンデモ本の世界R」で使われていた自分の本名を削除するよう要請しています。自分の名前が不正行為を行った人間に使われる、ということに対する怒りは、人として当然のものではないでしょうか。
不正行為を行った人間または組織に名前を貸し、カネを出している状態で、その不正について沈黙を守った挙句、引き続き関係を維持するという行為は、あなたの個人的見解如何を問わず、社会的にはその不正を結果として容認していると解釈されます。それは「自分には関係ない」で済まされる問題では決してないと思いますが、いかがでしょうか。
<ところで、あなたの発言を見ると、会員である私以上に「と学会ブランドの品質を維持する」ことにこだわっておられるようですが、そしてそれを唐沢氏や山本氏に対する批判を通して行うべきだと考えておられるようですが、あなたにとっての、そのように振る舞うインセンティブは何でしょうか。逆にいうと、このお二方の行動によってと学会の評判が落ちたとして、あなたに具体的にどんな被害が及ぶのですか?
あなたが趣味でそうするのは自由ですが、それを他人である私にまで何かの行動を求めるのは、迷惑なのでやめてくださいね。>
被害? 逆ですね。私は「と学会」がトンデモ本に対してやっていることを「と学会」、特に山本弘に対して行うことを「趣味」としている人間でしてね。山本弘や唐沢俊一の醜行によって「と学会」の評判が地に堕ちることは、私にとって「笑いのネタ」でしかありません。
他人のトンデモを笑い飛ばす楽しさについては、他ならぬ「と学会」会員であるあなたならば容易に理解できることではないかと思いますが。
で、ここであなたに対して大内明日香女史の件や唐沢俊一の醜行、ひいては「と学会」の評価に対する見解について問い合わせた理由は、「と学会」の一般会員達が何を思って山本弘や唐沢俊一の醜行を黙認しているのか、という疑問に対する解答を知りたかったからです。知ったからといって同意するわけではありませんが。
あなたにとっては常識であるのかもしれませんが、「と学会」の外側から「と学会」を見る人間としては、トンデモを批判する「と学会」の身内で不祥事やトンデモ事件が発生しているにもかかわらず、内部批判が全く行われないというのは極めて異常な光景でしてね。その理由が一体何なのかについて知ることは、「と学会」を笑いのネタにする格好の題材となりえるからこそ、私はわざわざここまで乗り込んであなたに直接疑問をぶつけることにしたわけです。
そして、あなたは私の個人的な疑問と期待に見事応えてくださいました。その点について、私は心よりあなたに感謝しておりますし、一定の成果を出すこともできましたので、真に勝手ながら、今回の投稿をもって私はこのブログから撤退致します。
以後、私の投稿に対して反論するのは自由ですが、すくなくとも、今後このブログで私があなたにレスを返すことはありませんので、その辺についてはご了承願います。
なりません。パクリである旨の指摘は事実摘示ということになります。
でもって、自分の利害にも関係がない盗作問題を云々するインセンティブは私にはありません。
>他ならぬあなた自身が定義した理論により、あなたが唐沢俊一から名誉毀損の訴訟を起こされるリスクはゼロになりました。
あなたの論に謹んで「トンデモ法解釈」のレッテルを貼ってさしあげます。
>あなたが積極的に公開する必要はありません。そういうわけですので、「この件に関する【あなたのアクション】を期待しておりますよ」。
残念ながら、どうもその必要はなくなりそうです。
追記に書いたように、私がここでこの話題を出したのは、「ノミネート作候補者の来場を拒否するというのはチケットを一般売りするという趣旨に反する」と考えたからです。しかし、大内氏と唐沢氏が個人的に仕事で密接な関係にあって、そこから出てきたことならば、話は別です。なぜなら「ノミネート作候補者一般」にあてはまる話ではないということですし、従ってチケットを一般売りするという趣旨に反するとも考えがたいからです。
>あなた曰く「終わってる状態」にある山本弘や唐沢俊一などといった「と学会」の幹部達
主張が矛盾しています。山本会長と「と学会」の関係と、私と「と学会」の関係は異なるということをお認めになったばかりなのですから、「私がと学会ブランドを使う状態」と「山本会長がと学会ブランドを使う状態」は同じではないでしょう。そこを同じにしている論はおかしいですね。
>「と学会」の幹部達は、あなたの名前とカネを使って救いようのない劣悪な作品を多数出版することで、あなたの名誉と財産を(あなたにとってはたとえ僅かなものではあっても)傷つけているのです。
それはあなたの解釈です。私は自分が例会で楽しむためにと学会に参加しているのです。
また、私の名誉と財産をどのように使おうが、私の自由です。あなたにとやかく言われる理由はありません。
>「俺達にはこれだけの協賛者がいるんだ」と言ってあなたの名前を公示し、愚劣な論の正当化を図るかもしれない。
そうなったら、その時に、私はそこまでは認めていないと表明するだけです。
> 不正行為を行った人間または組織に名前を貸し、
と学会という組織と唐沢氏は別ですから、この部分を「または」で繋ぐのは間違っています。
そして、私は唐沢氏に名前を貸した事実はありませんから、あなたの論は前提が間違っています。
>カネを出している状態で、
この部分は認めます。
>その不正について沈黙を守った挙句、引き続き関係を維持するという行為は、
メンバーがそれぞれの職場でやらかした不祥事が会の他のメンバーに及ぶとは考えがたいので、問題にはなりません。
>あなたの個人的見解如何を問わず、社会的にはその不正を結果として容認していると解釈されます。
これは、あなたの勝手な意見です。
>それは「自分には関係ない」で済まされる問題では決してないと思いますが、いかがでしょうか。
済まされます。
> 被害? 逆ですね。私は「と学会」がトンデモ本に対してやっていることを「と学会」、特に山本弘に対して行うことを「趣味」としている人間でしてね。
では、好きなだけ笑っていればいいのです。私のところに来て何らかのアクションを求めるというのは、明らかに「やり過ぎ」でしょう。
>「と学会」の一般会員達が何を思って山本弘や唐沢俊一の醜行を黙認しているのか、という疑問に対する解答を知りたかったからです。知ったからといって同意するわけではありませんが。
それ以前に、あなたがここで質問したって、望む答えが得られるわけではありません。ここに書いたのは、あくまでも「私の」意見であって、他の会員がどうかということに一般化できるものではありません。
>あなたにとっては常識であるのかもしれませんが、「と学会」の外側から「と学会」を見る人間としては、トンデモを批判する「と学会」の身内で不祥事やトンデモ事件が発生しているにもかかわらず、内部批判が全く行われないというのは極めて異常な光景でしてね。
山本弘を笑いたいあなたにとって異常な光景、ということですね。それならどうぞご自由に。
>そして、あなたは私の個人的な疑問と期待に見事応えてくださいました。
私も、あなたが、個人と集団の意見や個人と別の人の意見を区別できない人間であるということがよくわかりました。さらに、笑うことが目的であると言っておきながら、私に対してアクションを求めるあたり、ご自身の主張する姿勢からも既に逸脱しています。更に、私の財産の処分に口を出すなど、大きなお世話もいいところです。
組織と個人を敢えてごっちゃにしないと成立しないような批判は、論の体をなしていないと思います。
私が「と学会」に名前を貸しているという事実はありません。
私は、支払った会費の対価として
(1)自分がネタを発表し
(2)他の皆さんの発表を楽しむ
権利をもらっているだけです。
それはともかくとして、延々他人に向かって安っぽい正義感を振り回した上、唐沢氏を批判しろと要求しているのだから、何らかのpublicなものでも背負っての発言かと思ったら、ただの山本弘ウォッチャーで趣味だというのだから、開いた口がふさがりません>冒険風ライダーさん。
何を趣味にしようがあなたの自由ですが、自己完結させといてください。私にはあなたの趣味に付き合う義理などありません。迷惑ですし、そういう行動は単なる不作法です。
apjさんはここで展開されたのが、と学会への「理不尽な批判」であると判断されたのですね?であればこその対応であり、それ自体は全く正しいと思います。
ですが私は少し違う感想を持ちました。それはと学会の存在が”笑う”側から”笑われる”側へ、山本氏の言葉を借りれば”バードウォッチされる”側へ大きくシフトしたのだな、というものです。唐沢氏の検証サイトには、批判もありますがそれよりも大きくウェイトを占めているのは、氏の自己申告してきた過去や作品、現在の言動や行動その作品のあまりの馬鹿馬鹿しさや見え透いた嘘を笑い飛ばす事です。それはと学会の手法と同じですね。でもまぁ、もうあんなプライドだけは立派で姑息なクズの事はどうでも良いです。
トンデモ本の世界(洋泉社)は10万部のベストセラーだったそうです、Wikiで見ましたがと学会名義で出版されている著作は20冊を軽く超えています。出版不況の現状ではある程度の部数が見込める企画になっているのですね。人目につく活動が多ければ反応が大きいのも世の常です。
冒険風ライダーさんがここで行ったのは、山本氏への批判活動の一環であり、apjさんの反論が引き出せればそれで良かったのだと思います。そう言う意味では冒険風ライダーさんの目論見(パフォーマンス)は見事に果たされてしまいました。
自分の軽率さに忸怩たる想いです、今回ここへ書き込むのも大分躊躇いました、既に私の様な者が発言する事ですら笑いのネタになるようです。このことで書き込むのは私も最後にします、何を書き込もうとも、唐沢氏、と学会はギャラリーにとって所詮は笑いのネタでしかないようですから。
>apjさんはここで展開されたのが、と学会への「理不尽な批判」であると判断されたのですね?
理不尽は理不尽ですが、理不尽の意味が、うさぎ林檎さんが思っておられるものとは違うのではないでしょうか。
批判される側にとっては、内容が正当な批判であっても理不尽と感じることなど普通に起こりますから、私は、内容が理不尽かどうかということは問題にしていません。そうではなくて、「と学会」への批判や山本弘氏への批判を、私個人への批判で代用しようとしたことが理不尽なのです。批判の内容を言うべき相手を間違えていることが理不尽なんですよ。
>人目につく活動が多ければ反応が大きいのも世の常です。
それはわかっています。でもね、私がと学会に入ったのは比較的後で、110番目なんですよねぇ。最初のと学会本の時は単なる一読者でした。ついでに言うなら、私自身の普段の立ち位置からして、と学会になど寄りかかりようがないことは明らかでしょう。と学会とも唐沢氏とも関係なく、ニセ科学対策関連の活動のせいで、私に対する批判は多い筈です。マルチ商法の人達は完全に敵に回してます。もともと、別の原因で批判を大量に引き連れて(?)いる人物をサンプルに選んで、と学会批判に結びつけようとしたって、それがうまく効果を発揮するとは思えません。と学会と結びつく部分がどこか、選び出すのに手間がかかるだけでしょう。
ということで、「と学会」を叩きたいのなら、と学会の会員サンプルとして、もうちょっとマシなのを引っかけた方が良かったんじゃないですかね。最初から相手を選び間違えているとしか思えません。
私自身のやっているニセ科学に対する活動が人目についたことによる私に対する批判であれば、それは私が引き受けますよ。でも、と学会の(他の人の)分までは知りません。私がと学会関係で引き受けられるのは、私が寄稿した分の原稿の内容についてだけであり、せいぜい、雀の涙の原稿料分だけでしかありません。
>山本氏への批判活動の一環であり、apjさんの反論が引き出せればそれで良かったのだと思います。
私の反論は私のものです。山本弘氏とは何の関係もありません。はっきり言って、山本弘氏と私の議論の関連付けをしたって、した方が笑われるだけでしょう。もうちょっと古株で、と学会の名前で本の1冊でも出している人をターゲットにしないとねぇ……。と学会の小物をひっかけて喜ぶ愚か者という評価を受けるのは、私の言論を利用した側ってことになりますよ。その意味では、相手が私で良かったのでしょうね。しかも、普段のオフィシャルな活動の立ち位置は、「と学会」のそれとは全く違っていますから。
>冒険風ライダーさんの目論見(パフォーマンス)は見事に果たされてしまいました。
私の方も、冒険風ライダーさんが、何らpublicなものを背負わず、専ら自分の趣味のために、他人に対して理由のない行為を求めるような傍迷惑な人物であるということを、ここで立証することができました。その意味では、正義感を振りまく人物から「趣味である」という言質をとった時点で、私の目的もまた果たされたのです。もし、ご面倒でなければ、議論を読み返してみてください。私の冒険風ライダーさんへの反論が、どこでどう線を引いた上で何を引きだそうとしたものであるかがわかると思います。
今後、冒険者ライダーさんが山本弘氏に対してどういう批判活動をしようと、私に対して「相手違い」で「見当外れ」の批判をやらかした事実は消えません。批判というのは、正しく撃つべき相手を撃ってこそ意味があります。と学会つながりだというだけで、別の人(しかもと学会内ではまだまだ新参者)への批判を代わりに行ってそれを利用しようなどという情けない論は、批判としての力を持ち得ないでしょうね。批判は、パフォーマンスでできるものではないというのが私の認識です。パフォーマンスが一時的にウケることはあるかもしれませんが、いずれ、そういう不誠実さはばれますのでね。
だからこそ、「パフォーマンスを楽しむ」と学会と、パフォーマンスに頼らずきっちり論を構築しなければならないニセ科学対策は、まるで別物だし、私も意識して分けているのですよ。
いずれにしても、パフォーマンスでどうにかなると考えているような人物による批判が、長期的に見てどう判断されるか、その結果はご本人に引き受けていただきます。ここでやったことの不誠実さも含めてです。
>自分の軽率さに忸怩たる想いです、今回ここへ書き込むのも大分躊躇いました、既に私の様な者が発言する事ですら笑いのネタになるようです。このことで書き込むのは私も最後にします、
どうかお気になさらないでください。この件でエントリーを立てたのは私の意思でしたことです。その結果、極めて不誠実な態度で他人を批判する人物を2名、明らかにすることができました。
>何を書き込もうとも、唐沢氏、と学会はギャラリーにとって所詮は笑いのネタでしかないようですから。
いくらでも笑ってればいいんですよ。でも、今回はそうでなかった(=私にアクションを要求しようとした)のですね。これは明らかにギャラリーとしては、逸脱した行為でしょう。
少なくとも、と学会のメンバーが、ウォッチ対象に近付いて、何らかのアクションをすることを要求するなどといったことをしているのは見たことがありません(既に仕事の関係があったらしい唐沢氏と大内氏は除く)。ギャラリーを自称するなら、ギャラリーに徹しないと、と学会の劣化コピーになるだけでしょう。
まあ、そうだとしても会員には関係ないという気がします。私も建築学会というところの会員ですが、誰かが変な発言や論文を発表しても、私がとやかく言われることも有りませんし、学会の運営陣が不正を働いても責任を問われることは有りません。この学会も出版事業や講演会をしていてそれなりに利権はありますけど。
利権などない私的な同好会ということであれば、イベントに出席させろさせないで揉めることはないだろうし、大きな学会だったら、事務局の不手際で会員が非難されるなんて考えられません。少人数の同好会でかつ利権があって会員全員がその利権の恩恵に与っていると見られているんような気がします。
>と学会とは単なる同好の士の集まりかと思っていましたが、だんだんと権威有る公的な機関みたいに見られてきているんですかね?
よくわからないんですよ。実際には、「と学会でこんな話が出ています」というのと「物理学会がこんなテーマでシンポジウムをしてます」「○○大学でこんなテーマで公開講座をやってます」というのとでは、世間の受け止め方はまるで違うわけです。だから、「と学会」の権威というのは、そう言い張る人の脳内にはあっても、社会じゃ通用しないでしょう。それが、制度として正しさを維持しなければならないものと、そうでないものの違いなんです。
>というよりも知名度があがり利権が発生してきているというほうが正確でしょうか?イ
利権と言われてもピンと来ないのは、メンバーによって大差があるからなんですよね。
と学会の名前をつけて本を出して、著者名のみで出した場合よりも売れている、という人にとっては利権と言えるかもしれません。ただ単に名前が知られるチャンスがあることを利権だと思う人がもし居たとしたら、と学会本以外で名前が出てこない場合は、と学会を使って有名になったということで、一種の「売名利権」みたいなものを想定する人もいるかもしれません。
しかし、と学会本に寄稿して雀の涙の原稿料を貰っただけで、しかも、と学会入会以前から自分の名前で仕事をしなければならないのがデフォで、と学会経由で知名度が上がることが多少はあったってそんなものには全く意味がない私のような立場の者にとっては、利権の恩恵は想定しがたいわけです。
会長の山本弘だって、自らの本業、つまり小説家としての作品の著者名肩書きに「と学会」と付けるようなアホなまねはしていません。無印の「山本弘」のみです。作家は自らの名で作品でもって勝負して結果を引き受けるわけで、余計な肩書きをつけるようになったら終わりでしょうね。
>イベントに出席することが商売の種になっているから揉めるんでしょうね。
これもよくわからないんですよ。「内輪の同好会でやったネタを本にして同人誌としてコミケで売る」のと「内輪の同好会でやったネタを本にして出版社から出す」の間に、今どき、そんなに大きな違いがあるかというのが疑問です。プロが同人誌も同時にやってたり、売れない出版物と売れる同人誌を比べると同人誌の方が部数が出てたりということもざらにあるわけで。
>利権などない私的な同好会ということであれば、イベントに出席させろさせないで揉めることはないだろうし、大きな学会だったら、事務局の不手際で会員が非難されるなんて考えられません。少人数の同好会でかつ利権があって会員全員がその利権の恩恵に与っていると見られているんような気がします。
私的な同好会に徹していれば、イベントに出席させろさせないで仮に揉めたとしても、そんなものは仲間内の事情だから、外部の人間がとやかく言うことではない、で済んでしまいますよね。
大きな学会だったら、仰る通り、事務局の不手際でメンバー個人が責められることはないわけです。私も、いくつかの学会に入ってますが、その通りです。その場合は、問題が起きた場合は個別の「個人の事情」とは無関係に、完全に事務的に処理されるでしょうね。
チケットを一般売りするというのは「これは内輪の集まりではありません」というタテマエを掲げたことになると思うんですよ。それならば、個人間の事情を持ち出して事前に「来ないでくれ」などと言うのは間違っている、というか少なくとも矛盾しているわけです。会長以外の運営の誰かがそのように言ったとしても、それを通してしまったら、タテマエ通りではない、ということになります。私が今回引っ掛かったのは、掲げているタテマエと実際に行われていることのズレの部分なんです。会場でどんな本を売るか、は、運営側の専決事項ですけど、チケットを買って会場に来るかどうかについてはは、少なくともタテマエ通りにやらないとまずいでしょう。
一方、最初から会員にしか参加権利がなく、会員が事前に諮らないとゲストが呼べないようになっている例会では、「そのゲストは問題があるから参加不可」ということがあったとしても、外からとやかく言われることは無いでしょう。
外部に向かって「内輪の集まりではない」というタテマエを掲げておきながら、内輪の事情を優先させてしまい、しかもそのことがblog経由で外に出てしまったという、一種の杜撰さが、余計な批判と非難を誘発した面はあると思いますよ。
でもって、そのことでapjさんが趣味的楽しみをあきらめるべきだ、という主張ではありません。
同好の士の集まりであれば、その同好の士の中に好ましからざる人物が混じっているなら、その個人をその集まりから排除するか、自分が離れるかしか道はないと思いますけどね。
>同好の士の集まりであれば、その同好の士の中に好ましからざる人物が混じっているなら、その個人をその集まりから排除するか、自分が離れるかしか道はないと思いますけどね。
これをやってしまうと、冤罪をかけたがる人物の主張を容認することになりますから、受け入れられないんですよ。そんな種類の人物を社会にのさばらせたら、めぐりめぐって、今度は本当にもっと重大な被害をうける事になると思いますので。
私はあくまでも内部に居て、冤罪をかける人間を批判し続けます。その方が、私にとって望ましい社会の実現につながると考えるからです。
>そうであるなら、何も私がひっかからなければいけない話題ではない。
最初に事実確認をすれば良かったですね。
誰かを批判すれば、それに応じた出来事も引き受けるのは発言者のつとめ。途中で感情的になったのはいただけませんでした。
それでも、書いたことを消さずにいるのは正しいことだと思います。
(都合の悪いことを消して終わりにする人は多い)
これからも応援しています。
書かなくても良いこと、とも考えていません。書き方がgoodではなかったかな、とは思います。
なぜなら、書いたことによって、私の結論は、
私> 外部に向かって「内輪の集まりではない」というタテマエを掲げておきながら、内輪の事情を優先させてしまい、しかもそのことがblog経由で外に出てしまったという、一種の杜撰さが、余計な批判と非難を誘発した面はあると思いますよ。
というものに落ち着いたからです。タテマエを疑われるような行動をすることは、やはりまずいと思います。
ですから、やっぱり当初の想定とは別の意味で、今回の大賞が終わって一段落した後で、運営している人達にははクレームを出しておきます。「運営側に、掲げたタテマエ通りに振る舞う覚悟がないのなら、一般向けのイベントをするのは、ちょっと荷が重いということではないか」と考えるからです。
チケットを一般売りすると決めた以上、個人的な好き嫌いといったものは、表に出すことを押さえないといけないと考えます。
また、その副産物として、根拠もなく他人に向かって行為を要求する人物が活発らしい自称ウォッチャーに含まれていることが明らかになったのは、収穫だったと考えています。
既に結論ありきでと学会やら山本弘氏を見ている人達にとっては今回の件はネタでしょう。でも、その人達の論が、内輪を越えて広がるためには、やはり「理」が必要です。その「理」が無いことがはっきりしたわけですから、それで十分です。
でもって、私に対して、理不尽な要求をするということが行われた分については、今度は私が当事者として批判をするという位置を獲得しました。と学会とも山本弘とも無関係にです。実際に手間をかけて批判をするしないは別ですが。
これはちょっと違うかなぁ。
唐沢問題は全くの冤罪ではないので。
妙な瑕疵はない方が同好の士の集まりとしてもいいでしょうに、という話です。
ちょっと省略しすぎました。
>唐沢問題は全くの冤罪ではないので。
同意します。
で、追加説明を。
「唐沢氏に問題があること」を原因とし、同じ「と学会」のメンバーであるという理由で「私が何かの責任を負わなければならないとする」「私の論も信用ならないと判断する」ことが「私に対する」冤罪だということです。
この場合は、瑕疵が及ぶ範囲を意図的に広げた結果引っ掛かった(あるいは引っかけようとしている)、ということを指して「冤罪」と読んでいます。
犯罪を行った人が居た場合、家族が記者の前で頭を下げずにいると今度は家族をバッシングする、といった行為と同種のことが行われているという認識なんです。