キュビズム建築の理論的指導者、それがパヴェル・ヤナークだった。
1911年、彼は「The Prism and the Pyramid(多角柱と角錐体)」と題した論文を発表。「自然界の現象には、すべて目に見えない力が働いている。その力でつくられた最も美しい形が結晶体で、これこそ建築の精神性を表現するのにふさわしい形態だ」と著した。これが今日一般にキュビズム建築宣言といわれているものだ。
実作は少ないものの、膨大なスケッチやドローイングを残していて、そこにヤナークの理論の先見性がよく表れている。1914年、チェコのキュビズム運動が大きく発展しようとした矢先、第一次世界大戦が勃発。戦後、ヤナークは「建築は社会的要請に応えるべき」だとして、民族的なモチーフを用いたロンド・キュビズムを展開していった。