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英仏(ドーバー)海峡を望むフランス北部カレー市近郊の林でここ数年、英国への密入国を狙うアフガニスタンなどの不法移民がキャンプを作り、社会問題化している。「ジャングル」と呼ばれる林一帯では不法移民同士の衝突で死者も出た。先月、仏政府は「治安悪化」などを理由にキャンプの強制撤去を決めたが、支援団体は「不法移民問題の解決にならない」と反発している。現場を歩き、移民の人々の声を聞いた。【カレー福原直樹】
正午、市中心部の広場。地元の非政府組織(NGO)「ベル・エトワール」が行う炊き出しに、数百人の不法移民が並んだ。国籍は多様だ。同団体などによると、エリトリア、ソマリア、スーダンなどアフリカ諸国やイラクやアフガンなどの出身者も多く、現在、市内に約700人いる。市近郊の林には400人が暮らし、残りは市の移民センターなどに住む。
その中の一人、アフガン人のノルゼイ氏(21)が話した。「1カ月前、給油所で英国行きのトラックの荷台に潜り込み、密入国を試みた。でも、運転手に見つかり失敗した」
同氏はアフガンの旧支配勢力タリバンと米軍との激戦が続く南部カンダハル出身。空爆で父が2年前に死亡し、欧州で働こうと家財を売った。不法移民をあっせんするマフィアに約1万ドル(約100万円)を払い、3カ月前に来た。
不法移民が狙うのが英国への密入国だ。「毎晩のように仲間が英国行きトラックやフェリーに忍び込み、摘発される」「トラックの車輪近くに隠れて走行中振り落とされ、大けがをした仲間もいる。自分も近く再度、英国に密入国する」
英国行きの理由を不法移民18人に聞くと、ほぼ全員が「英語が使えるし親族もいる」「仏に比べ移民規制が緩く、職も見つけられるはずだ」と答えた。
市中心から北東約4キロの「ジャングル」を歩いた。化学工場地帯そばの低木林。林に入ると、シートと雑木の「テント」が並び、炊事中の人や日なたで寝転がる人も。近くの汚れた運河では、数人が水浴びをしていた。
現在、「住人」のほとんどはアフガン出身の若い男性。10代前半の少年もいる。数カ所ある林ごとにパシュトゥン人、ハザラ人など、同国を構成する各民族が別々に暮らす。
「気をつけろ。キャンプには、マフィアがいる。彼らは武器を持っている」。現場にいた男性(19)に耳打ちされた。彼によると「マフィア」らは不法移民から1000ポンド(約15万円)を受け取り、キャンプに住まわせる一方、深夜、不法移民をひそかにトラックに忍び込ませる手伝いもする。男性は「自分も600ポンド支払った」と話した。
事実、キャンプ周辺の治安は悪く、1月にはマフィアの抗争とされる乱闘が起きて、アフガン男性が刺され死亡。3月にも抗争で6人が負傷し、昨年にはキャンプを取材中のカナダ出身の女性記者(31)が暴行され、アフガン人マフィアらが容疑者として逮捕された。
「写真を撮るな」。取材中、目つきの鋭い男性がそう叫んだ。
「今年末までに『ジャングル』を閉鎖する」。先月23日、仏のベッソン移民相はこう宣言した。「(治安)悪化は見逃せない」。仏政府の計画では今後800万ユーロを投じ、不法移民受け入れのセンターなどを作る一方、犯罪の温床であるマフィア撲滅に挑む。これに呼応してか、警察も4月、不法移民200人を摘発した。
欧州連合(EU、27カ国)では不法移民の扱いについて最初の上陸国が難民申請の判断を下す。不法移民の多くは旅券を持たず、EU圏内の最初の入国先を確認し、送還するのは難しい。人道的配慮も加わり、EU各国は不法移民に強硬方針を取りにくい。
仏移民相は英側の国境警備強化を要請した。これに英国は「我々の国境警備は万全だ」と主張。経済危機の影響で英国の移民政策については「過去、英国に入るのは簡単だったが、今後は難しくなる」(政府幹部)。
カレーでは、02年まで運営された赤十字関連団体のキャンプが仏政府によって閉鎖された以降に「ジャングル」が出現したいきさつがある。
「EUなどが根本的解決策を見つけない限り、『ジャングル』を閉鎖しても仕方がない」。支援団体「ベル・エトワール」のデラノイ代表(52)は、ため息をつき、国境を越えた連携が欧州で必要なことを強調した。
毎日新聞 2009年5月25日 東京朝刊