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コンチクショウ! くるんく、発奮す。

2009-04-13

NHK「ジャパン・デビュー」それとその周辺の感想

11:13

放送後、この番組に対して、とても批判的なコメントをよく見かけます。

反日番組だ、等々。

僕もあの番組を見ていました。

確かに、戦時中の日本による台湾への近代投資についての編成部分は少なかったように思いました。

しかし一方で、台湾が現在いくら親日であるにしても、その統治の仕方については、問題もあったのではと思います。

近代化に貢献したことは、戦前日本の大きな功績でしょう。

その部分を放送してくれなかったのは、残念にも思いますが、番組は、日本は台湾に貢献し、台湾人親日だと言われている。この点を前提にして番組を作っていたように思います。あの番組の趣旨は、日本の統治は成功したと言われているが、全てが適切とまでは言えるものではなかったというのを知らせたかったのでは、と思います。

そのため、あの番組は、あれは反日だ!と非難轟々されるほどでもないと思います。少なくとも僕は、番組を見た後でも台湾への憧れももっていますし、日本の統治の全てが間違っていたとも思ってませんし。

しかし、統治とはいえ、やはり文化というものに対して、敬意を払うべきだったのではないか、とあの番組を見て、気づかされた部分もあります。

台湾にある宗教施設を破壊し、日本の神社を作り、参拝させたというのは事実です。

名前を日本風に変えさせたのも事実です。

このやり方は間違っていたと言わざるをえない。

当時の同化政策により、日本人と同じ学校に通っていた台湾人のご老人は、頭の中で日本語でしか考えられないと泣いておられた。この方は、番組後、番組に対して、私は日本の統治のよかったところもたくさん語ったのに、なぜあの部分だけを使うのか、ともおっしゃっていました。しかし、そうであったとしても、言語まで統一するというのは、やはりあの統治というものは、軍事的な色彩が強く、軍事的な便箋を図るためという部分が大きかったのだろうと言わざるをえない。言語文化を傷つけたことは事実に違いない。

それを、番組の編成が反日的だという理由で、その事実を含め全てを否定するのはおかしいと思います。

統治して良かったという事実と、統治の中にも悪いところはあったという事実のバランスを欠いていた部分はあったし、その説明が不十分でもあったかもしれない。

しかし、日本人としてあの番組を見たときに、素直に悪い点については反省するべきではないでしょうか。

現在の法律的な基準で考えれば、他の文化の宗教施設を破壊し、日本の神社を作ってそこに参拝させるなんていうのは、明らかに精神の自由、宗教の自由に反する。台湾人による自治をしたいという要望も検討してもよかったのではないか。参政権はどうだったのか。それを、当時の軍事的な状況を理由に、正当化するのは果たして妥当なことなのでしょうか。

あの番組の中に出てきた台湾人の方たちが、日本による近代化を好ましく思ってなかったとは受け取れなかった。ただ、好ましくは思っていても、その統治を満足していたとまでは受け取れなかった。1%でも2%でも悪いところがあったならば、その点を改善すべきではないでしょうか。残りの98%におごり、あぐらをかき、割合から言って、日本の統治は成功だったなどと傲慢な態度は取るべきではないと思います。

この先、台湾人の方と話をした時に、向こうから感謝されることはあっても、こっちから感謝を要求するような、感謝されて当然だというような醜態は避けるべきだと思うのですが。

欧米の植民地化と比べてどうこうという問題でもないでしょうし。


番組が反日構成だったからといって、これに流されるようではいけない。自らの頭で、本当にそうかどうか、事実と照らし合わせて考える必要がある。

しかし、番組が反日だったからといって、番組内容全てを否定するのもまたおかしい。

番組に対する評価は、それでいいかもしれませんが、その内容の中に、修正すべき事実が含まれているならば、それは反省するべきではないでしょうか。

反省とは、後ろを向き、それから前を向きます。悪かった点をこれからの未来に生かすのだから、本来有益なものであるはずです。もちろん、その指摘が適切なものかどうかは吟味しなければなりませんが。

ナイアガラナイアガラ 2009/04/13 20:45 >日本の統治は成功したと言われているが、全てが適切とまでは言えるものではなかったというのを知らせたかったのでは、と思います。

じゃあそう言う旨のナレーションを入れれば良かったんじゃないでしょうか。
それが無いと言う事はそうじゃないって事ですよ。
短い文面なのに。

>私は日本の統治のよかったところもたくさん語ったのに、なぜあの部分だけを使うのか、ともおっしゃっていました。

ソースは?

>残りの98%におごり、あぐらをかき、割合から言って、日本の統治は成功だったなどと傲慢な態度は取るべきではないと思います。

あなたの様な完璧主義者の人生からは悔恨しか生み出されませんな。

>番組が反日構成だったからといって、これに流されるようではいけない。

NHKは強制的に視聴者から金を巻き上げて局員が生活を成り立たせている放送局なのだから
つまり如何に番組内容が不適切でもスポンサー企業の商品の不買運動が出来ない構造なのだから
番組内容が厳しく制限されてしかるべきである。
民法なら経営の論理に従って好きに作れば良い。
しかしNHKでは厳しく指弾されて当然である。

たかしたかし 2009/04/20 13:22 ブログ「台湾は日本の生命線!」に出ていますが、その中の
一文にある柯徳三氏(インタビュアー)との会話です。

―――NHKには利用された、騙されたという気もしている。
日本に対するネガティブな印象のところだけ取り上げられた。

インタビュアーの柯徳三氏自信がNHKを否定されてますよ。

tomomostomomos 2009/04/21 16:10 たかしさんへ。
そう記事に書きました。

また、NHKを否定したとしても、
>日本に対するネガティブな印象のところだけ取り上げられた。
というネガティブな印象が存在する、という事実は否定されないと思います。仮に番組が公平に作られていた場合に、この部分も取り上げられるでしょうが、この部分まで否定するのでしょうか?彼らが日本へ感謝していようがいまいが、この部分は消しようのない事実ではないでしょうか?日本人として、この部分は悪かったと認めるべきではないかと、私は言っているのですが、おかしなことでしょうか?日本の統治は台湾に対して非常に良いことをたくさんもたらした。欧州の統治(植民地化)と比べても、はるかに公平な統治だった。だからそういうネガティブな部分は、否定してよい。私にはこれが正しい姿だとは思えません。私は、日本は、台湾に多くの良いことをもたらした。欧州の統治(植民地化)と比べても、はるかに公平な統治だった。。しかし、ネガティブな部分も存在した。この点については反省する必要がある。そう思ってます。これは、NHKの番組がどうだろうが関係ないと思います。NHKの番組が偏向的だったからと言ってこの部分まで否定してよいのでしょうか?

>一文にある柯徳三氏(インタビュアー)との会話です。

>―――NHKには利用された、騙されたという気もしている。
>日本に対するネガティブな印象のところだけ取り上げられた。

ポジティブな印象の部分もあったと素直に読み取れます。それゆえに抗議されておられるでしょう。
ではネガティブな印象の部分というのは、存在しないのでしょうか?ネガティブな印象の部分も存在したと読み取れます。この方は、ネガティブな印象のところの存在を否定されていません。ネガティブな印象の部分が仮に存在するのならば、日本人としてその改善に努めようとするのは当たり前だと思うのですが。この点について、どうお考えなのでしょうか?

慧 2009/04/24 16:25 繰り返して言っておられますが、要するにおっしゃりたい事は
悪かった事は悪かったと認めて反省するのは当然だ。って事ですよね?

まさにそこが問題なんですよ。

番組を否定している人=事実を認めない厚顔無恥な人間
という図式が出来上がってませんか?

番組を否定している人は、NHKが「事実を歪曲して伝えている」
一歩下がって「事実を誤認されるような内容だけを伝えている」
という事を主張し否定しているだけで、ネガティブな部分の肯定などしてませんよ。

そこの話をすり替えて、当時の日本を非難しながら、番組を否定する人間を非難、
もしくは番組を肯定する、最も典型的な反日思想のパターンです。

まぁ良く言えば高潔すぎるんですが、日本人のバランスを欠いた自己反省は
政治利用されすぎています。人が良いだけではすまされない問題です。

ましてやバランス良く報道することが放送法で定められている放送局に対して、
バランスが取れていない事を非難する事の非正当性は一体どこにあるのでしょう?

そしてその考え方にはもう一つの問題があります。
当時の出来事を現在の価値観・道徳観で見すぎているという事です。
織田信長を侵略者・虐殺者だと糾弾し、その子孫である人々は反省するべきだと主張する
事は正しい事ですか?
別に日本が反省の必要が無いとは言ってませんが、それならば最も日本が反省するべきは
戦前ではなく、戦後です。それは台湾を良く知れば分かる事です。

>あの番組の趣旨は、日本の統治は成功したと言われているが、全てが適切とまで
>は言えるものではなかったというのを知らせたかったのでは、と思います。
>そのため、あの番組は、あれは反日だ!と非難轟々されるほどでもないと思います。
>少なくとも僕は、番組を見た後でも台湾への憧れももっていますし、日本の統治の
>全てが間違っていたとも思ってませんし。

これは逆に言えばこういうことになりますよ。
日本は統治時代にあらゆる悪行を行ったと言われているが、全てがそうではなかったの
ではないかという観点から、完全に戦前を肯定・賛美する番組を作っても放送しても良い。
そういうことですか?

それからいくつかの点に関して「事実です」と断じていますが、
本当に調べて書いてるとは思えませんね。

tomomostomomos 2009/04/25 00:40 確かに、私が批判の対象としている人たちは、事実を認めない厚顔無恥な人間です。
しかし、番組を否定している人の全てが、事実を認めない厚顔無恥な人間だとは思っていません。
(上記の”否定”という言葉についてですが、番組の構成に反対しているという趣旨だと受け取らせていただきました。)

NHKの番組が偏っていたという点だけを批判し、主張していただけ、という人しかいないと断言されていますが、私がみたコメントの中には、それだけではない人もいました。
その点から、番組を否定する人の中に、事実を認めない厚顔無恥な人間も存在したと確信しています。

私が典型的な反日思想だとおっしゃられた点について質問します。
あの番組は偏っていた。しかし日本の悪かった部分も存在したと認められる。
これは典型的な反日思想なのでしょうか?
この点、慧さんの想定されている典型的な反日思想の定義とはどのようなものなのでしょうか?

私もバランスが取れていない事を非難する事の非正当性などないと思っています。
私の批判の対象には、バランスが取れていないことを批判する人も含まれるかもしれません。
しかし、私が批判する対象の範囲に、バランスが取れていないことを批判する人の全ては含まれません。
私が批判しているのは、あくまで(慧さんの言葉を借りるならば)事実を認めない厚顔無恥な人間(事実を認めない部分)です。

現在の価値観・道徳観で見すぎているというご指摘については、一部妥当するものと思います。
信長の例を挙げておられますが、信長の子孫がそう主張するのならば、それ自体は間違ったことではないと思います。
それは何をもって正しいとするかどうかという基準が、ものをみる立場によって変わってしまうものだと考えるからです。
この点で、私は日本が反省すべきかどうかは、私の価値観・道徳観から判断していますので、該当します。
しかし人の嫌がることはすべきではないというのは、当時の道徳観にも備わっていたものと考えますので、嫌がっていたことを強制したのはやはりいかがなものかなと思いました。この点において反省すべき点はあるのではないかと考えました。
また、反省すべき点があるのならば、どの時点でも反省してもよいのではないかと思います。

逆に言えば〜以下についてお答えさせていただきます。
完全に戦前を肯定・賛美する番組を作って放送してもよい
という部分については、私が語弊を招いたのかもしれませんが、そのような反対解釈にはならないと考えます。
私の考えでは、
日本は統治時代は失敗だったと言われているが、全てが失敗とまでは言えないのではないかという観点から、
戦前の一部について肯定・賛成する番組を作って放送してもよい。となります。

おそらくこの解釈の違いは、”全てが適切とまでは言えるものではなかった”という部分にあるものと思われます。
この点は、全てが適切なものではなかったという全否定を趣旨とするものではなく、適切なものが全てではなかったという一部の否定(not all)を趣旨とするものです。
そのため、完全にという反対解釈は生まれません。語弊を生ませてしまったようで、申し訳ないです。

確かに私は、この日記で今回のものを書くにあたって特別に資料探したりしていません。
建物の近代化、日本の宗教施設の設置、言語の統一、改名
これらは全て事実だと思っているのですが、もしそうでないのならば、反証を示していただけると助かります。

慧 2009/04/29 01:54 >おそらくこの解釈の違いは、”全てが適切とまでは言えるものではなかった”という部分
>にあるものと思われます
私はNot Allの意味で解釈してましたが、なんにしても今回の番組構成を弁護するような論調に聞こえたので言ったまでです。そのつもりがないのであれば番組評価に関してはこれで終わりにしましょう。

>信長の例を挙げておられますが、信長の子孫がそう主張するのならば、それ自体は間違っ
>たことではないと思います。
いや間違っていますよ。これは歴史に触れる際に非常に大きな問題なので言っておきます。

「信長の子孫」と限定しておられるのは、その場合は「批判」ではなく「反省」になるからでしょう。つまり批判するのは下品な事で悪い事、反省するのは謙虚で良い事という、世界では認められないが実に日本人らしく素晴らしい考え方だと思います。
しかしそれは自分という範囲内での反省であった場合です。
信長の話に戻しますが、これはもちろん400年以上前の事の先祖に対する子孫の責任などという事自体がナンセンスですが、その点を無視しての話です。
歴史的資料の不足も無視した上に百歩譲ったとすると信長の場合、虐殺の点ではある意味それを検証する余地があるかもしれません。
しかし少なくとも侵略に対して彼らは反省する必要は無い。むしろ絶対に反省してはいけない。
もちろん現代では侵略は悪あり、そんな事は現在の日本人なら誰でも持っている価値観です。しかし現在の価値観での批判・反省の対象はあくまで侵略を許容するような当時の全体の価値観そのものでなければならず、特定の個人や集合体であってはならない。
仮に彼らが反省すればそれは謙虚な自己反省という美名の下に行われる自己満足に満ちた極めて独善的で傲慢な態度であり、当時を懸命に生きた自らの先祖に対する侮辱と冒涜でしかない。自らの倫理的な虚栄心を満たす為に、先祖の名誉を犠牲にし侮辱し、彼らの思いを裏切る。
こんなに冷酷で醜い事はない。
だからこそ歴史的な事実は時代背景や状況が絶対的に重要であり、温かい目を持って先祖を振り返る事が重要なのです。
これは近代史でも全く同じです。

さらにもう一点。
tomosさんは「反省するべき」と常におっしゃられてますが、「反省」とは過去の言動の可否を自ら問いただし改める事です。
では考えて頂きたいのですが、あなたはこう言っておられます。
>しかし人の嫌がることはすべきではないというのは、当時の道徳観にも備わっていたものと
>考えますので、嫌がっていたことを強制したのはやはりいかがなものかなと思いました。
>この点において反省すべき点はあるのではないかと考えました。
つまり当時の人々にもそういう道徳観があったと。そしてtomosさんにもある。
つまり同じです。
少なくともその点に関してあなたと同じ価値観を持った当時の人は、自らの道徳観に反してそれを行ったという事ですね。
では何故当時の人はそれを行ったのでしょう?
そしてどうやってあなたはそれを行ってしまう事を回避するつもりなのか?

反省と言いますが、それが分からない限り自ら改める事など出来るわけがありませんね。
その理由をあなたは十分に調査も考えもせずに、あなたにとって悪の化身である「日本軍」の関与という一言で結論付けている。当時の一般人にはあった道徳観が日本軍だけにはなかったという事ですか?
言っておきますが、我々の先祖である当時の日本人はどう客観的に判断しても明らかに世界で最も進んだ素晴らしい道徳観を持った人達です。それは多くの部分で、現在の日本人よりも厳しく高潔なものです。

つまり当時の人々にそのような価値観があったとするのならば、その行動は当時の複雑な状況や背景がある中での決断であり、一人一人の個人の中でも様々な価値観が葛藤、時には苦悩し取った行動であると考えるべき、百歩譲っても少なくともその可能性ぐらいは考えてみようとしなければならない。
そしてその決断に至る背景と過程を理解しなければあなたの言う未来の為の反省など出来るわけがないのです。
もちろん前述したように私は当時の価値観は一部否定しますが、ほとんどのケースの場合国や民族や子孫としての道徳的な反省などする必要もないし、してはいけないと思ってますが。


>私が典型的な反日思想だとおっしゃられた点について質問します。・・・
私はtomosさんが本当の意味で反日的な人間だとは思ってませんよ。日本人らしい素晴らしい道徳観と倫理観を持った方なんだろうと思ってます。

私が典型的な反日思想と呼んだのは、典型的な戦後日本人が持っている自虐史観に基づく自閉的な自己否定思想の事です。
現在の倫理観や道徳観だけで傲慢ともいえるほど短絡的に戦前の歴史を判断し、自らを否定し徹底的な内省を求める。東京裁判史観に基づくGHQ洗脳教育の結果、軍・さらには国家にまで強烈なアレルギーを持ち、そこには国家観が完全に欠落した状態で、正しい道徳・倫理観・人権意識だけが存在する。

それでも世界の人々が同じような価値観を共有し、その価値観に従って世界の国家が動いていればそれほど問題になる思想ではないかもしれません。
しかし現実は全く違う。

前述したように元々日本人には「周りは周りで関係ない、とやかく言う事は品性に欠ける、問題は自分」というとても高尚な考え方がある。これが国家観を欠いたこの人々にかかると一方的に自らが内省する事が美徳であり、現在も過去も外的な要因や結果を全く無視する。様々な歴史的背景や国際状況を無視するわけです。
本当に周りが関係ないのであればまだいいのですが、そこはまた世間体を気にする日本人で常に外部の顔色を伺い外部からの圧力には滅法弱いから始末に悪い。さらに島国で長く単一民族国家だから多様な価値観という物を本質的に理解していない。
つまり現実の外の世界が全く見えてない、または見る必要が無いからこの思想が本当の反日勢力に利用されている事に全く気づいていない、もしくは気付いたとしても国家観が欠落し、世界の多様な価値観を理解していないので危機感が全く無く、自らの自閉的な倫理観だけを優先する。
そういう人達が結果的に反日分子となってるからこの思想を典型的反日思想と呼んだのです。
ですから私の言う典型的反日思想とは、日本の主権回復後50年以上いまだに洗脳されつづけ思考が停止している日本人の事です。

私はtomosさんがそういう人間だと断定してはいません。
しかし少なくとも一部の考え方がその思想であるので指摘しただけです。

このような人々は自らがアレルギー反応をもつ分野に関しては、前述したように正常に歴史を捉える思考が停止してしまうだけでなく、1つの事実に関する多面性さえ認めない事が多い。戦前の日本が行った一つの事実に対して、短絡的なネガティブ面ではなく背景と状況を加味したポジディブ面や温情的主張を行うと生理的に激しく抵抗し、あろうことかその事実のネガティブ面自体を肯定している人間だと断定し問題のすり替えを行い非難し自閉的反省を強要する。
私が「ネガティブな部分の肯定など誰もしてませんよ」と言ったのはそういう意味です。
例えば信長が侵略を行った事の「侵略」という事自体、または仮に信長の「侵略」に2面性があるとすればそのネガティブ面を現代の価値観において肯定する人間などいないという意味です。

長くなりまして申し訳ありません。
後から知ったのですが全体的なブログの内容にはそぐわないようなので、べつに削除してもらっても構いません。

tomomostomomos 2009/04/30 23:10 >「信長の子孫」と限定しておられるのは、その場合は「批判」ではなく「反省」になるからでしょう。
>つまり批判するのは下品な事で悪い事、反省するのは謙虚で良い事という、世界では認められないが実に日本人らしく素晴らしい考え方だと思います。
つまりのつながりが見えません。
批判することは自由です。
ただし、反省は性質上、本人にしかできません。
第三者が反省を強要したところで、本人にその意思が生まれなければ意味がない。
建設的な批判でなければ、第三者に反省の念を生じさせることはできないでしょう。
もっとも今回の例では
>400年以上前の事の先祖に対する子孫の責任などという事自体がナンセンスですが、その点を無視
するとのことですが。

>歴史的資料の不足も無視した上に百歩譲ったとすると信長の場合、虐殺の点ではある意味それを検証する余地があるかもしれません。
ならば、その点についてはされた本人による反省を間違っていると断言することはできないのでは。
>しかし少なくとも侵略に対して彼らは反省する必要は無い。むしろ絶対に反省してはいけない。
>もちろん現代では侵略は悪あり、そんな事は現在の日本人なら誰でも持っている価値観です。しかし現在の価値観での批判・反省の対象はあくまで侵略を許容するような当時の全体の価値観そのものでなければならず、特定の個人や集合体であってはならない。
>仮に彼らが反省すればそれは謙虚な自己反省という美名の下に行われる自己満足に満ちた極めて独善的で傲慢な態度であり、当時を懸命に生きた自らの先祖に対する侮辱と冒涜でしかない。自らの倫理的な虚栄心を満たす為に、先祖の名誉を犠牲にし侮辱し、彼らの思いを裏切る。
>こんなに冷酷で醜い事はない。
>だからこそ歴史的な事実は時代背景や状況が絶対的に重要であり、温かい目を持って先祖を振り返る事が重要なのです。
>これは近代史でも全く同じです。

これらの点について、ほとんど意見の相違はありません。
ただし、最初の時点において、この例についての捉え方が違ったようです。
もう少し条件を絞って例を出していただけたら、一見して意見が食い違うようなことにはなかったでしょう。

>反省と言いますが、それが分からない限り自ら改める事など出来るわけがありませんね。
>その理由をあなたは十分に調査も考えもせずに、あなたにとって悪の化身である「日本軍」の関与という一言で結論付けている。
反省するべきだ、と言うことと、反省することには時間的な差異があります。
>では何故当時の人はそれを行ったのでしょう?
その理由が明らかになった時点で、反省する必要はないと判断されたのならば、当初反省するという姿勢で調べていたとしても、反省する必要はありません。
理由を明らかにできなければ、
>自ら改める事など出来るわけがありません
同感です。
切り口が違っても行き着くところは同じです。ならば、切り口の違いは本質に比べて大した問題ではないと思います。
もっとも、今回のようなことは、この日記で軽はずみに書いたことによって語弊が生まれたのでしょうから、反省という言葉の使い方が問題だったと思います。

>長くなりまして〜
いえいえ、とんでもないです。
当初は絶対わかりあえないと思っていましたが、話し合いによって、お互いの共通点が意外に多いことに気づかされ、大きな収穫になりました。
是非また遊びにいらしてください。
ちなみに、最後に言うのもアレですが、私のハンドルネームはtomosではなくtomomosです。

namename 2009/05/06 16:17 受信料を強制徴収された上に、あんな番組を作られては、納得がいきません。スクランブル放送にしてほしい。

tomomostomomos 2009/05/06 18:09 NHKに対して、抗議されてはいかがでしょうか。

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