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社説:原爆症救済 政治決断迫られている

 広島と長崎の被爆者が、国を相手取り、原爆症の認定申請を却下した処分の取り消しなどを求めていた集団訴訟の控訴審で28日、東京高裁が原告側勝訴の判決を言い渡した。一連の訴訟は306人が17地裁に提訴して争われてきたが、これで国側は事実上の18連敗である。

 判決は、爆風でガラスの破片を浴びたことに伴う「有痛性瘢痕(はんこん)」と呼ばれる疾病を高裁レベルで初めて認定したのをはじめ、認定基準で積極認定の対象外となっている肝機能や甲状腺の障害も幅広く原爆症と認定。基準外の原告9人を新たに救済する判断を示した。

 認定基準を緩和し、幅広い救済を図るべきだとする司法判断はすでに定着したとみられていたが、今回の判決によって救済対象を広げる流れに弾みがつきそうだ。

 同じ日、厚生労働省は肝硬変などを認定した大阪高裁判決について上告しない、と発表した。法令違反などの上告理由がないためだが、今回の判決についても大きく事情は変わらないはずだ。上告を見送り、すべての訴訟の終結を急ぐべきだ。

 認定基準の再見直しも避けられない情勢となった。政府は敗訴した原告を含めた一括救済には消極的といわれるが、基準の緩和は司法の妥協を許さぬ要請と言える。

 今後は、積極認定の対象を5疾病以外に広げなければならないことは言うまでもない。専門家が個別に総合判断する2段階方式では審査が遅延するなどの問題も生じ、改善が求められていただけに、この際、司法判断に従って、被爆が原因でないことを国側が証明できない限り、一律に原爆症として救済する道を開くべきだ。

 河村建夫官房長官が就任前、与党プロジェクトチームの座長として昨年4月の基準緩和に貢献したことも忘れられない。被爆者の高齢化が進む今、早期救済を目指すことに野党も異論はあるまい。麻生太郎内閣としての政治決断を急ぐべきだ。

 残念ながら政府は戦後、原爆の被害を過小評価するかのように、おざなりな被爆者対策で済ませようとしてきた。被爆者として健康手帳を手に入れることさえ容易ではなく、ましてや原爆症と認定するための基準は厳しく設定されてきた。認定基準は、司法府から批判されるたびに渋々緩和されてきたのが実情だ。

 しかし、今年4月には米国のオバマ大統領が核兵器を使った唯一の核兵器保有国としての道義的責任を明言した。北朝鮮の核実験を批判する声も世界的に高まっている。唯一の被爆国として、核兵器の廃絶を訴えるためにも、被爆者対策の充実は急務である。

毎日新聞 2009年5月29日 東京朝刊

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