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原爆症訴訟―政府は全員救済を急げ

 裁判で負け続けながら責任を認めない。法治国家の政府として、これでいいのだろうか。原爆症の認定をめぐる集団訴訟への対応である。

 昨日の東京高裁判決で、政府は「18連敗」となった。だが、麻生首相は参議院予算委員会で「一連の司法判断を踏まえ、対応を検討させていただきたい」と述べるにとどまった。

 原告306人のうち、68人がすでに亡くなっている。政府は一連の判決を受け入れ、全員救済をはかって訴訟をいち早く終結させるべきだ。

 広島、長崎に投下された原爆の放射線が原因で、がんなどになったと認められれば、医療費のほか、治療中は月額約13万7千円が支給される。それが原爆症の認定制度だ。

 認定にあたっては、専門家による認定審査会の医療分科会の意見をもとに、厚生労働相が可否を決める。申請を却下された被爆者たちが処分の取り消しを求めて、03年春から全国17地裁に集団訴訟を起こした。

 当時の認定基準では、爆心地からの距離をもとに被曝(ひばく)放射線量を推定し、病気が起きる確率を出した。一連の判決で「機械的すぎる」と批判され、厚労省は昨年4月に基準を改めた。

 だが、新しい認定基準も、被爆による健康被害の実態を的確にとらえたものとは言い難い。認定の対象を事実上、がんや白血病など特定の五つの病気に限っているからだ。

 新基準になった昨春以降も、特定の5疾病以外の病気で原爆症と認める判決が相次いだ。原告らは再び基準の見直しを求めたが、政府は東京高裁の判決を待って検討するとしていた。

 東京高裁判決も新基準ではじかれた人を原爆症と認めたうえ、新基準を「原爆症認定の判断基準として適格性を欠く」と断じた。原告らが認定対象への追加を求めていた肝機能障害と甲状腺機能低下症の2疾病についても「原爆放射線と関連性があるとして審査にあたるべきだ」と指摘した。

 政府はその言葉通り、認定基準の見直しに着手しなければならない。

 ただ2疾病を追加しても、認定の対象からこぼれ落ちる被爆者は少なくない。個別に審査して総合的に判断する方法があるが、担当する医療分科会には「機械的」とされた従前の評価方法にこだわる委員の多くが残っている。厚労相は、被爆者団体が求めるように半数の委員を入れ替え、審査を待つ7800人の認定作業を急ぐべきだ。

 被爆者には生涯いやすことのできない傷跡を残し、不安のなかでの生活をもたらした。原爆の放射線による健康被害は特殊なものであり、国の責任において総合的な援護対策を講じる。

 そう宣言した被爆者援護法の精神に立ち返り、政府には救済のための手立てを尽くしてもらいたい。

厚労省分割―またしても政権の迷走

 麻生政権が次の総選挙の目玉にと意気込んでいた厚生労働省の「分割・再編」の雲行きが怪しくなってきた。

 発端は、首相が将来の国家ビジョンを話し合うためにと作った安心社会実現会議で、渡辺恒雄・読売新聞グループ会長が分割論を提唱したことだった。これを受けて首相は先週、年金と医療、介護を担う社会保障省と雇用、少子化を担当する国民生活省の二つに分ける持論まで披露して、政府内での検討を指示した。

 年金記録の問題や後期高齢者医療制度などをめぐって、国民の怒りや不信をかった厚労省にメスを入れ、改革姿勢をアピールしようという思惑もあったろう。

 しかし、関係閣僚の話し合いでは慎重論が続出し、与党内からも「拙速だ」という批判が噴き出した。週内にもまとめるとしていた素案づくりのめどは吹き飛んでしまい、そもそも案をつくれるのかどうかさえ分からなくなってきた。

 いいだしっぺの首相は昨夜、記者団に「国民の安心安全の側に立って、(組織のあり方を)一回精査したらどうか」と指示しただけだと述べ、分割についても「全然こだわらない」とあっさり語った。

 年金や雇用不安、新型インフルエンザなど、厚労省には次々と課題が押し寄せている。どれも国民生活に直結する問題ばかりだ。果たして今の役所の態勢できちんと対応できるのだろうか。この問題意識は正しい。

 時代の変化に応じて機敏に、柔軟に行政組織を見直すというのは、あって当然のことである。

 実際、厚労行政をめぐっては今年3月、福田前内閣の時にできた有識者懇談会が、厚労省の取り組む課題が年々増えているのにそれに見合った人員や予算配分がされていないといった問題点を指摘していた。

 しかし、「だから分割を」という論議がいきなり走り出した今回の進め方は、あまりに短絡的、場当たり的だった。新しくできる消費者庁を国民生活省にくっつけたらどうかという話が、まだ消費者庁設置法案が成立しないのに飛び出すありさまだ。

 話は厚労省だけの問題にとどまるまい。たとえば医療であれば、医学教育は文部科学省の担当だし、公立病院は総務省や地方自治体の所管にもまたがっている。

 これらを再編し、行政がスムーズに無駄なく動くような体制を整えてもらいたいとは思う。だが、数カ月以内に確実に総選挙があるというこの時期に泥縄式の議論を進めて、まともな結論が生まれるのだろうか。疑問である。

 国民が望むのは、役所の姿はどうあれ、しっかり仕事をしてもらうことだ。そこを見誤らないでほしい。

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