メディアミックスが声優アーティストを生んだ?
納谷 僚介(なや りょうすけ)
スタジオマウス(有限責任中間法人「日本音声製作者連盟」に加盟)の専務取締役。アニメ『空の境界』『乃木坂春香の秘密』『アラド戦記』の音響制作、ゲーム『ストリートファイター4』の音響制作、キャスティング、音響監督を担当。マウスプロモーション(一般社団法人「日本声優事業社協議会」理事社)の副社長も兼任。同社には声優の大塚明夫(ブラックジャック、ムーミンパパ、ニコラス・ケイジ、アントニオ・バンデラスなどの吹き替え)、大谷育江(代表作『ポケットモンスター』のピカチュウなど)、田中敦子(『攻殻機動隊』シリーズの草薙素子、モニカ・ベルッチ、ニコール・キッドマンなどの吹き替え)らが所属している。
声優という職業が一般に認識されたのは今から約50年前。映画会社の大手が5社協定を結び、テレビでの劇映画放映や専属俳優のテレビ出演を禁じたことがきっかけだ。国産の映画が放送できないテレビ局は、空いた時間に輸入した海外ドラマや洋画を放送し始め、この時期から声優の需要が一気に高まった。
「洋画がテレビに普及したことで、当時アラン・ドロンの声優を務めた野沢那智さんや、クリント・イーストウッドの山田康雄さんなどが活躍しました。これが第1次声優ブームですね」(納谷氏)。
その後、1980年代にはアニメブームが到来する。アニメが子供の文化ではなく、エンタテインメントとして認められるようになった。『機動戦士ガンダム』や『超時空要塞マクロス』などが脚光を浴び、作品に登場する美少年キャラクターの声優が注目され、第2次声優ブームが起った。
「当時多くの二枚目の主人公を演じた神谷明さんや、ガンダムのアムロ役の古谷徹さんがその代表格です。ただし、この第2次声優ブームは、あくまでもアニメのキャラクターの人気に付随して声優さんも人気があるというものでした」(納谷氏)。
しかし、90年代初頭に入るとアニメは低迷の時代に突入する。90年代というと世間一般では『新世紀エヴァンゲリオン』や『美少女戦士セーラームーン』の爆発的なヒットの印象が強いが、実はそれ以外のアニメ作品の中には苦しい状態のものもかなり多かったようだ。
「90年代にはもはやアニメを放送し、ビデオを販売するだけでは利益を上げることができなくなっていました。そこでアニメ業界は作品をベースに、ゲーム、マンガの連載、おもちゃ、CDを作るなどさまざまなものに販路を広げる、いわゆるメディアミックス戦略を積極的に始めたのです」(納谷氏)。
実はこのメディアミックスの流れから声優アーティストが誕生した。この時期、椎名へきるや林原めぐみといった女性声優が人気を集め始めたが、この背景には、大手声優事務所とレコード会社が提携し、アーティストとして彼女たちを売り出す戦略を積極的に展開したことがある。
アニメの制作サイドにとっては、作品に出ている声優自身が歌番組に出演したり、ラジオ番組を担当してくれれば、作品自体の宣伝になる。事務所とレコード会社にとっても、声優が人気を獲得してくれれば、声優以外の仕事もビジネスになる。
「制作サイド、事務所とレコード会社の思惑が合致したことで、以前は裏方だった声優自身が脚光を浴びるようになったんですね。結果、声優としての技能だけではなく、歌を歌う、舞台経験があるなどほかのトレーニングも積み、この流れに対応できた声優アーティストがさらに活躍の場を広げ、多くのファンを獲得しました」(納谷氏)。
椎名へきるは女性声優としては初めて単独で武道館公演を行うなど大活躍。林原めぐみもヒット曲を連発する人気アーティストになった。この第3次声優ブームの流れが現在の第4次声優ブームとも言われる声優アーティストブームにつながっているのだという。