「便利な馬鹿者」は中国政府の逆鱗に触れぬよう――フィナンシャル・タイムズ
(フィナンシャル・タイムズ 2009年5月26日初出 翻訳gooニュース) FT国際ニュースデスク、クインティン・ピール
北朝鮮は、スターリン的独裁の無惨な遺物だ。国民が飢えているというのに、国内総生産の約4分の1を軍事費に費やす、閉ざされた王国だ。にもかかわらず北朝鮮の指導層にはひとつ、得意技がある。彼らは、国際社会の恐喝が実に得意なのだ。
北朝鮮は繰り返し繰り返し、核拡散を恐れる国際社会の疑心暗鬼をうまく利用しながら、ウラン濃縮を実施し、衛星打ち上げのふりをして日本海を越えて長距離ミサイルを発射し、そしてまた再び核装置を実際に爆発してみせた。
今回の核実験にはもしかしたら、北朝鮮の国内政治事情も関連しているのかもしれない。病気がちな金正日総書記は、米国のオバマ新政権に軍事力をことさらに誇示することで、自分の国内的立場を強化しようとしているのかもしれない(さらに北朝鮮の軍事力誇示は言うまでもなく、北朝鮮に対してただでさえピリピリしている日本や韓国の政府をも意識しているはずだ)。しかし今回のやり口は、過去の手口とよく似ている。こんなとんでもない行動を自分たちはいつでも実行してみせるぞと誇示することで、金総書記は、国際社会の大国や国連がこんなに無力だと、自分を制止できるものなど実はいないのだと、白日の下にさらけ出してみせているのだ。
しかし恐喝の常習犯というのは得てして、どこかの時点で必ず、超えてはならない一線を超えてしまうものだ。金総書記が一線を越えるのはいつになるのか。問題はそのタイミングなのだが、「北朝鮮はついに一線を超えた」と決めるのは、ほかでもない中国政府なのだ。
中国政府の後ろ盾がなければ、金正日政権は続かない。北朝鮮にとって中国は最大の貿易相手だし、今やロシアに代わって発電所燃料の最大供給国だ。
北朝鮮が凶作になれば食糧を提供するのは中国だし、難民の大量出国を食い止めるために国境地帯を警備しているのも中国だ。亡命者を拘束すれば中国はただちに北朝鮮へ送還する。亡命者を本国で待つのは監獄か、あるいは処刑だというのに。
もちろんかつて両国は強力なパートナーだった。朝鮮戦争で韓国を守り戦う米国主導の多国籍軍に対抗して、共産主義の同志国である中国と北朝鮮は肩を並べて戦ったのだ。我々は「唇歯の仲」ほど近い関係だ――というのが、かつての中国のプロパガンダ的言い分だった。
しかしこの表現はかれこれもうずいぶん長いこと、北京では滅多に聞かれなくなった。今や中国と韓国の外交関係や貿易関係の方が、中国と北朝鮮の関係よりもよほど近い。しかし中国政府はそれでも外交の世界で北朝鮮の面倒を見続けているし、国際的な批判や制裁措置のエスカレートを徐々に容認しつつも、北朝鮮に対する国際社会の本格的な反撃を食い止めてきた。
しかし今回の核実験を受けて、中国はかつてない厳しい調子で北朝鮮を批判している。北朝鮮が「自衛」手段と呼んだ実験について、中国政府は「断固として反対」していた。とはいえ、国連決議に背いた北朝鮮に対して、いったいどれほど厳しい制裁措置を中国が容認するのかは依然として不明だ。
その一方で、日米政府を激怒させつつもその無力ぶりを露呈させてくれる北朝鮮と金総書記というのは、中国にとってある意味で「便利な馬鹿者」なのだ。加えて中国は、親米国家が中国国境に誕生してしまうような、そんな南北朝鮮統一には強く反対している。それだけに、北朝鮮国内で本格的な経済破綻・社会破綻のきっかけになりそうな事態は、中国にとっては望ましくないのだ。
とは言うものの核武装した北朝鮮などもっと望ましくないと、中国はそう思うのかもしれない。たとえば、無軌道で予測不可能な核保有国が近隣に出現すれば、日本政府はそれを理由にいよいよ、自らに課してきた核保有禁止の縛りをなげうってしまうかもしれない。
そのような事態は中国政府にとって、北朝鮮政権の崩壊よりもよほど大きな脅威となる。北朝鮮の核開発初期を支援したのは中国だったと、日本が公然と非難するようになれば、さらに中国にとっては事態は深刻だ。
中国政府の消息筋は26日、中国の対北政策を再検討すべきではないかと、あえて大胆な発言をしている。中国共産党機関紙「人民日報」傘下の英字新聞「グローバルタイムズ」(党の公式見解とは必ずしも同じ論調ではない)にはさらに、「中国はいい加減、北朝鮮政策を再考すべきだ」と語るアナリストの見解が複数掲載されている。
「トラブルメーカーな隣国に対するこれまでの姿勢を、中国がこれ以上維持する必要はない」 清華大学で米中関係研究を主導するソン・ジェ氏はこう言う。
中国は米国政策の後ろ盾に見られたくはないが、その一方でオバマ氏との関係悪化も望んでいない――というのが、複数専門家の意見だ。実際のところ米中はすでにアフガニスタンやパキスタンなど諸問題をめぐって軍事交流を進めている。
北朝鮮との関係は、中国政府にとってきわめてセンシティブな問題だ。数カ月前には、新華社通信のベテラン中国人記者が中朝関係情報を日韓の外交官に提供した罪で、懲役18年の実刑判決を受けたばかりだ。中国政府にとって、北朝鮮はすでに「恥部」になりつつある。もしかすると今度こそ、金総書記は超えてはならない一線を超えてしまった――ということになるのかもしれない。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
(翻訳・加藤祐子)
北朝鮮は、スターリン的独裁の無惨な遺物だ。国民が飢えているというのに、国内総生産の約4分の1を軍事費に費やす、閉ざされた王国だ。にもかかわらず北朝鮮の指導層にはひとつ、得意技がある。彼らは、国際社会の恐喝が実に得意なのだ。
北朝鮮は繰り返し繰り返し、核拡散を恐れる国際社会の疑心暗鬼をうまく利用しながら、ウラン濃縮を実施し、衛星打ち上げのふりをして日本海を越えて長距離ミサイルを発射し、そしてまた再び核装置を実際に爆発してみせた。
今回の核実験にはもしかしたら、北朝鮮の国内政治事情も関連しているのかもしれない。病気がちな金正日総書記は、米国のオバマ新政権に軍事力をことさらに誇示することで、自分の国内的立場を強化しようとしているのかもしれない(さらに北朝鮮の軍事力誇示は言うまでもなく、北朝鮮に対してただでさえピリピリしている日本や韓国の政府をも意識しているはずだ)。しかし今回のやり口は、過去の手口とよく似ている。こんなとんでもない行動を自分たちはいつでも実行してみせるぞと誇示することで、金総書記は、国際社会の大国や国連がこんなに無力だと、自分を制止できるものなど実はいないのだと、白日の下にさらけ出してみせているのだ。
しかし恐喝の常習犯というのは得てして、どこかの時点で必ず、超えてはならない一線を超えてしまうものだ。金総書記が一線を越えるのはいつになるのか。問題はそのタイミングなのだが、「北朝鮮はついに一線を超えた」と決めるのは、ほかでもない中国政府なのだ。
中国政府の後ろ盾がなければ、金正日政権は続かない。北朝鮮にとって中国は最大の貿易相手だし、今やロシアに代わって発電所燃料の最大供給国だ。
北朝鮮が凶作になれば食糧を提供するのは中国だし、難民の大量出国を食い止めるために国境地帯を警備しているのも中国だ。亡命者を拘束すれば中国はただちに北朝鮮へ送還する。亡命者を本国で待つのは監獄か、あるいは処刑だというのに。
もちろんかつて両国は強力なパートナーだった。朝鮮戦争で韓国を守り戦う米国主導の多国籍軍に対抗して、共産主義の同志国である中国と北朝鮮は肩を並べて戦ったのだ。我々は「唇歯の仲」ほど近い関係だ――というのが、かつての中国のプロパガンダ的言い分だった。
しかしこの表現はかれこれもうずいぶん長いこと、北京では滅多に聞かれなくなった。今や中国と韓国の外交関係や貿易関係の方が、中国と北朝鮮の関係よりもよほど近い。しかし中国政府はそれでも外交の世界で北朝鮮の面倒を見続けているし、国際的な批判や制裁措置のエスカレートを徐々に容認しつつも、北朝鮮に対する国際社会の本格的な反撃を食い止めてきた。
しかし今回の核実験を受けて、中国はかつてない厳しい調子で北朝鮮を批判している。北朝鮮が「自衛」手段と呼んだ実験について、中国政府は「断固として反対」していた。とはいえ、国連決議に背いた北朝鮮に対して、いったいどれほど厳しい制裁措置を中国が容認するのかは依然として不明だ。
その一方で、日米政府を激怒させつつもその無力ぶりを露呈させてくれる北朝鮮と金総書記というのは、中国にとってある意味で「便利な馬鹿者」なのだ。加えて中国は、親米国家が中国国境に誕生してしまうような、そんな南北朝鮮統一には強く反対している。それだけに、北朝鮮国内で本格的な経済破綻・社会破綻のきっかけになりそうな事態は、中国にとっては望ましくないのだ。
とは言うものの核武装した北朝鮮などもっと望ましくないと、中国はそう思うのかもしれない。たとえば、無軌道で予測不可能な核保有国が近隣に出現すれば、日本政府はそれを理由にいよいよ、自らに課してきた核保有禁止の縛りをなげうってしまうかもしれない。
そのような事態は中国政府にとって、北朝鮮政権の崩壊よりもよほど大きな脅威となる。北朝鮮の核開発初期を支援したのは中国だったと、日本が公然と非難するようになれば、さらに中国にとっては事態は深刻だ。
中国政府の消息筋は26日、中国の対北政策を再検討すべきではないかと、あえて大胆な発言をしている。中国共産党機関紙「人民日報」傘下の英字新聞「グローバルタイムズ」(党の公式見解とは必ずしも同じ論調ではない)にはさらに、「中国はいい加減、北朝鮮政策を再考すべきだ」と語るアナリストの見解が複数掲載されている。
「トラブルメーカーな隣国に対するこれまでの姿勢を、中国がこれ以上維持する必要はない」 清華大学で米中関係研究を主導するソン・ジェ氏はこう言う。
中国は米国政策の後ろ盾に見られたくはないが、その一方でオバマ氏との関係悪化も望んでいない――というのが、複数専門家の意見だ。実際のところ米中はすでにアフガニスタンやパキスタンなど諸問題をめぐって軍事交流を進めている。
北朝鮮との関係は、中国政府にとってきわめてセンシティブな問題だ。数カ月前には、新華社通信のベテラン中国人記者が中朝関係情報を日韓の外交官に提供した罪で、懲役18年の実刑判決を受けたばかりだ。中国政府にとって、北朝鮮はすでに「恥部」になりつつある。もしかすると今度こそ、金総書記は超えてはならない一線を超えてしまった――ということになるのかもしれない。
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(翻訳・加藤祐子)
- 北朝鮮の核問題 (外務省)
- 北朝鮮の核実験 (2006年)とは (goo Wikipedia)
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広島市植物公園で 12月2日(火) 13時00分 (gooニュース) |
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