「日本的経営」の神話――関西大学教授・竹内洋

 
              
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コラム 旅の途中

「日本的経営」の神話――関西大学教授・竹内洋

2009/04/13配信


派遣などの非正規雇用による失業が社会問題になっていることから、にわかに、かつての日本的経営が見直されている。日本的経営とは終身(長期)雇用や年功序列をふくむ経営家族主義である。

 しかし、こうした日本的経営は古くからあったわけではない。

 ここにいまとなっては、めずらしい戦前のサラリーマンのアンケート調査(星野周一郎「給料生活者の観たる給料生活」『社会政策時報』1937年)がある。調査時期は1934年末から35年末。

 質問にサラリーマンの「最大の恐怖」という項目がある。1位は「馘首(かくしゅ)」、以下「病気」「仕事の失敗」とつづく。1位の「馘首」は2位以下を大きく引き離して、回答者の2人に1人があげている。さらに「サラリーマンを対象とする社会政策」という質問の回答をみると、1位が「失業保険」である。

 この調査が実施されたときは景気がもちなおした時代だった。にもかかわらず、大半のサラリーマンがいつ解雇されるかもしれないという大きな不安をかかえていたことがわかる。

 もしサラリーマンが終身雇用を信じていたら、このような回答は生まれないはず。終身雇用など信じられなかったからこそ恐怖の1位に「馘首」があげられ、要望される社会政策の1位に「失業保険」があげられていることになる。

 実際、戦前の企業においては、サラリーマンの解雇は日常茶飯事だった。会社がサラリーマンを容易に解雇しただけではない。サラリーマンも好景気のときにはこれまで勤めてきた会社を簡単に見捨てて転職している。

 だから1920年のある雑誌(『実業之日本』)にはこんなことさえ書かれてある。

 「日本では多くの場合腰掛的に執務して居るが、外国では、例えば巡査を30年勤めて居つたとか、教員を何十年勤めて居つたとか云つたやうに、一ツの仕事を永年勤続して居たのを名誉とする風があつて、日本人の如く移り気が少ない」。われわれが想定する日本と外国があべこべになっている。

 こうみてくると、戦前のサラリーマンにとっては永年勤続によって昇給、昇格し、定年まで企業にとどまるというのはかなり稀(まれ)だったことになる。

 終身雇用や年功序列の日本的経営がある程度定着しはじめたのは、戦後の高度成長時代になってからにすぎない。

 しかし、高度成長時代を生きたサラリーマンでも終身雇用にあてはまる人はそれほど多いわけではない。1991年でみても、50歳代前半で同一企業に勤めている人は、12%(高卒)、22%(大卒)にすぎない。大企業(1000人以上の企業)だけでみても22%(高卒)、51%(大卒)である。

 戦前のサラリーマンにとっては終身雇用が作り話めいているように、戦後の高度成長期を生きたサラリーマンについてみても終身雇用の半分以上は神話である。

 「昔がよかった」「昔にもどれ」で、昨今、日本的経営が持ち出されるが、現実は理想や願望から遠いものであったのである。

    ◇

 次回は興福寺貫首の多川俊映氏。
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