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社説

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党首討論―論点を絞って毎週でも

 麻生首相と、民主党の鳩山新代表が初めての党首討論に臨んだ。

 間近に迫った総選挙で党首力を競う「次の首相」候補同士の初顔合わせである。民主党の代表が小沢一郎氏だったころにはめったに行われなかったが、代表交代を機にすんなり実現した。大いに歓迎したい。

 冒頭、鳩山氏が力を入れたのは「友愛社会の建設」という自らの政治理念を説くことだった。「官僚任せの自公政権に対して、私たちは生活者に起点を置く。中央主権でなく地域主権、業界中心のタテ社会でなく、市民を大事にするヨコ社会をつくりたい」

 鳩山氏の持論である「友愛」には意味不明、古くさいといったイメージがつきまとっていた。それをかみ砕いて説明し、格差や貧困が深刻になっている今こそ、人々のきずなに根ざした社会づくりが求められると主張した。

 これに対し、首相は「時の政権にとって重要なのは、理念や抽象論ではなく、経済危機や朝鮮半島の脅威など現実問題」と切り返した。

 政権交代に込める理念を訴える鳩山氏と、政権担当能力を強調する麻生氏。力点の違いが見えてきた。

 もうひとつ、両氏が鋭くぶつかったのはやはり「小沢問題」だった。

 「反省の中から、企業・団体献金を3年後に禁止したい」と、法制化に同調を求める鳩山氏に対し、首相は「企業にも社会の一構成員としての存在意義がある。現在の法律すら守っていない疑惑があるのに、制度が悪いというのは論理のすり替えだ」と批判した。

 小沢氏が事件についての説明責任を果たしていないことが問題なのであって、企業献金が悪いわけではないということだろう。

 だが、小沢問題の説明責任や、他方で少なからぬ自民党議員たちが同じように「西松献金」を受け取っていたことについてのやりとりは、それぞれに都合のいい応酬で終わった。納得できない思いの国民は多かろう。

 気になったのは、鳩山氏が「一方は秘書が逮捕され、他方はおとがめなし。これが検察官僚のやることなのか。官僚国家に歯止めをかけなきゃいけない」と声を強めたことだ。

 そこに力点を置きすぎれば、自民党政治に突きつけた「官僚主導VS.国民主導」という肝心の対立軸がぼやけてしまう。

 政権選択の手がかりを求める有権者には、はなはだ物足りない約45分間だった。政策の財源論や安全保障、憲法など聞きたいテーマは山ほどある。論争を逃げないという両党首なのだから、総選挙への第一声と心得て、毎週でも討論を重ねてほしい。

 論点を掘り下げるためにも、交代で事前に大きな議題を設定しあう、といった工夫をしてもいい。

自殺者3万人―安全網を張り直さねば

 昨年、自殺者がまた3万人を超えた。98年以来、11年連続である。今年も4月までに1万1千人を超えた。

 4月には、認知症の母を介護していた女優の清水由貴子さんが死を選んだ。仕事をやめ献身的に家族を支えていて、追いつめられたのだとしたら、あまりに切ない。もっと社会的な支援はできなかったのだろうか。命をささえる安全網の弱さを改めて痛感させる出来事だった。

 3万人台に突入した98年は、山一証券、北海道拓殖銀行が経営破綻(はたん)した翌年だ。底なしの不況感が広がるなか、自殺者が前年より8千人増えた。今回の世界同時不況が、再び自殺者急増の引き金にならないか心配だ。

 10万人あたりの自殺者数では、日本はG8の中でロシアに次いで2番目だ。米国の2倍、英国の3倍である。

 長く2万人台で、その前の高度成長期は1万人台にとどまっていた自殺者が、なぜこうも増えたのか。個人の生きる力の問題よりも、社会的な背景に目を向けざるをえない。

 バブル崩壊後の十数年、「構造改革」の掛け声のもとに競争が激化した。社会保障は抑えられ、自己責任を強調する風潮が強まった。

 前大統領が自殺した韓国でも、通貨危機後の90年代末から急に自殺が増えた。急激な社会変化で追いつめられる人が増える構造は、日本と共通しているのではないか。

 事態は深刻さを増している。

 06年に自殺対策基本法ができ、政府、自治体、事業主の責務と連携をうたった。ところが各地のいのちの電話でさえ、相談員が減って悲鳴を上げているのが実態だ。

 かつてはうつ病対策が中心だったが、自殺の原因は複合的である。丁寧な分析と幅広い対策が必要だ。

 警察庁によると、昨年は30代の自殺が過去最多だった。「失われた世代」の雇用問題が背景にあるとみられる。

 原因では「多重債務」が減り、「失業」「就職失敗」が増えた。グレーゾーン金利の撤廃などの政策が効き始めた一方で、雇用や生活の支援が追いついていないとみることができそうだ。

 生活を保障しながら職業訓練を受ける機会を増やす、といった政策を自殺対策の面からも考えねばなるまい。

 警察庁にはもっと詳しい地域別のデータを公表してほしい。若い世代が多いのか、女性が多いのか、どんな職種が多いのか。地域の特徴に合わせた、きめ細かな対策が必要だからだ。

 東京都杉並区は昨年から5、9月を自殺予防月間に定めた。若い世代の自殺を防ごうと、遺族も加わって街頭宣伝したり、学校で命の授業をしたり、音楽祭で予防の話をしたりしている。

 生きる希望をつなぐための地道な努力を積み重ねていくしかない。

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