殺したかったわけではない

食べたかっただけだ

 

 

 


佐川一政

Sagawa Issei


●パリ留学生人肉食事件の犯人。犯行当時32歳

●1981/06/11日、オランダ人の女子大生(25)を銃で射殺、死体を切断し食べた

●シェークスピアの研究で修士号を持つ

●博士論文のテーマは「川端康成とヨーロッパ20世紀前衛芸術運動の比較研究」

●身長160cm、体重35kg

現在も作家として創作活動を続けている

 


被害者の女性は強姦されており(死亡後の屍姦)、首を至近距離から撃たれていた。銃は無許可で購入した22口径。

大腿部を噛んだが噛み切れなかったため、ナイフで肉を切り取った。佐川本人によれば大腿部の脂肪層は「トウモロコシのような黄色をして」おり、食べると「マグロの刺身のようにやわらかかった」という。その後二日間にわたって、肉に塩・コショウ・からしなどをつけて口にしてはエクスタシーを感じていた。衣服はシャンゼリゼ通り沿いのゴミ箱に捨てたが、下着だけは取っておいた。

自宅のバスルームでハルデルベルトの遺体を切断したが、切断は遺棄しやすくするためのもので、切断自体には嫌悪感を感じていた。

 

切断した遺体を2つのスーツケースに入れ公園の池に捨てようとしていたが、中年カップルに目撃されたことに気づいた佐川は、近くの茂みにスーツケースを捨て逃亡。

カップルが中を調べると、切断された女性の死体が入っていた。この死体遺棄現場までタクシーで行ったことから足がつき、犯行からわずか4日で逮捕。

警察が自宅にいくと、佐川はまったく抵抗せず素直に罪を認めた。冷蔵庫からは切断された遺体の一部が見つかった。

博士論文のテーマは「川端康成とヨーロッパ20世紀前衛芸術運動の比較研究

シェークスピア文学で修士号を持つようなインテリであるにもかかわらず、犯行後の死体処理は稚拙だった。

犠牲者のルネ・ハルデルベルトは裕福なユダヤ人の家庭の出身で、博士号取得のためパリに来ていた。佐川のアパートを訪ねたのは、ドイツ近代表現主義の詩人ベッヒャーの詩をドイツ語で朗読して欲しいと佐川が高額の報酬で頼んだからだった。その前にも何度か佐川宅を訪問しているが深い間柄ではなかった。

 


=== 幼少期 ===

祖父は朝日新聞の論説委員。父親は軍人でシベリアに抑留された。佐川の母親は一政を身ごもっている間に階段で転び流産しかかったことがある。佐川一政は未熟児で、父親の手のひらに乗るほど小さく、虚弱体質だった。

中学に入ると「嵐が丘」「戦争と平和」「若草物語」などを読みふけり、ベートーベンやヘンデルを好んで聞いた。佐川はシェークスピアの「テンペスト」に特別な意味を見出し、修士論文のテーマにした。佐川がフランス語で著した修士論文は教授たちの高い評価を受け、逮捕された時には出版される直前だった。

取調べ中の証言によれば、人肉食の願望は小学生の頃だったという。3歳の頃に叔父と「人食い鬼」に食べられるという設定の遊びをしていた。

16歳のとき人肉食の願望について精神科医に電話で相談を申し込んだが、その医師は相談に応じなかった。和光大学3年のとき35歳のドイツ人女性宅に忍び込んで逮捕されたが、佐川の父親の払った示談金を女性がうけとって告訴を取り下げたため、有罪にはならなかった。

197728歳のとき、シェークスピア文学で修士号を取得しパリに留学する。

留学中に何度か自宅に売春婦を連れ込み人肉食の願望を果たそうとするがためらった。

 


=== 裁判と事件後の経過 ===

ブルギュリエール予審判事は東京を訪れ、佐川の両親や女性宅不法侵入事件の時に診断した精神科医と面会した。

水処理会社を経営する佐川の父親は、高額の金銭を払い優秀な弁護士フィリップ・ルメールを雇った。

83年の判決では、犯行時心神喪失であったとして無罪となり、精神病院への無期限入院を命じられた。入院中、日本の大手映画会社が佐川事件を映画にする話を持ちかけ、劇作家の唐十郎に脚本の執筆を依頼。唐は映画脚本の下調べとして佐川と3ヶ月にわたって文通するが、佐川が「母親が傷つくから小説化はやめて欲しい」と依頼したにもかかわらず、唐十郎は手紙の内容を「佐川君からの手紙」をとして出版し芥川賞を受賞する。

839月に出版された「霧の中」も無断で出版されたと佐川本人は言っている。

佐川はアンリ・コラン精神病院に14ヶ月入院した後、845月に退院を許可され国外追放となった。佐川は、家族の意向から東京の精神病院(都立松沢病院)に入院。

佐川は「佐川急便スキャンダル」の時に、ふんどし姿で同社のロゴである飛脚の真似をしたことがある。作家として創作活動を続けているが、それを「更生した」と評価するのか、「殺人で金儲けした」のかは評価が分かれるところだ。

 

日本の刑事裁判では海外での裁判結果は国内の訴追には影響しないため、警察当局は殺人罪での起訴を検討した。しかし、フランスのブルギュリエール予審判事が証拠提出を拒否、起訴は見送られた。

ただ、佐川は殺人罪にあたる可能性が高い。百歩譲って殺害自体が心神喪失だとしても、「タクシーに乗って公園に行き死体を捨てたが、目撃されたためうろたえて逃亡した」のは明らかに「死体遺棄」にあたり、心神喪失でもなければ、故意の認定にも問題はない。

フランスでの無罪判決と日本の検察による起訴見送りには疑問が残る。

なお、佐川の父親は経営していた会社を辞め、母親は神経症を病んだ。

 

 

 

1 図書 生きていてすみません 佐川一政/著 北宋社 1990.12
2 図書 饗(カニバル) コリン・ウィルソン/対談 竹書房 1996.02
3 図書 霧の中 佐川一政/著 話の特集 1984.1
4 図書 サンテ 佐川一政/著 角川書店 1990.11
5 図書 少年A 佐川一政/著 ポケットブック社 1997.09
6 図書 蜃気楼 佐川一政/著 河出書房新社 1991.2
7 図書 喰べられたい 確信犯の肖像 佐川一政/著 ミリオン出版 1993.8
8 図書 華のパリ愛のパリ 佐川君のパリ・ガイド 佐川一政/著 アイピーシー 1994.09
9 図書 パリ人肉事件 佐川一政/著 河出書房新社 1998.02

 

 

 

 

 

 

 

 

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