小学生のころ、夜な夜な見たエジプト発掘調査隊のテレビ番組。今回はその裏側で史料の「分析」を専門にする研究者に会った。【東京理科大・五十嵐亮平、写真は明治大・五十嵐裕太】
「私の研究テーマは物質から過去を読むことです。すべてのものには、それができた時から今までの歴史があります。昔、旧石器の捏造(ねつぞう)事件がありましたが、人間はうそをつくことがあります。しかし、ものが持つ歴史は変えることができず、必ず真実を伝えるのです」。そう語る中井先生。表情は真剣そのものだ。
先生の守備範囲は、あくまでも理系分野。「私の担当は、史料のもつ様式や形などではなく、モノを分析することですね」と語る。「物質史」という概念をつくり、分析を通してモノの経歴を解明していく。
先生の研究は、放射光という強力なX線で考古試料を分析することから始まった。X線を調査対象に当てたとき発生する蛍光X線という目に見えない光を分析することで、物質の組成や不純物の含有量などを調べる。
「複数の異なるサンプルが偶然にすべて同じ微量成分を持つ確率はほとんどない。しかし、例えば焼き物の場合、同じ産地のものは微量成分の特徴が一致するので、古九谷(こくたに)が本物かどうかなどの判別ができます」と話す。
放射光を焼き物などの美術考古学試料に使うのは世界初で画期的だった。しかし、焼き物などの骨董(こっとう)品は「文化的価値が高い」として、分析させてくれる機会はそう多くなかった。そこで15年ほど前に方針転換。考古学の現場に分析機器を持ちこんで分析を始めた。
現在では、エジプトやトルコなど10以上の遺跡で分析を担当し、1年のうち数カ月は海外で過ごす。月に数百点もの試料を分析鑑定することもある。また、かつては畳1畳ほどもあった分析機器も、今ではアタッシェケースにすべて収まるほどまで小型化が進んでいる。
研究のレパートリーは鑑識科学や、農作物の産地解明などにも及ぶ。
4月に最高裁の判決が出た和歌山カレー事件。分析技術を実際の刑事事件で扱うことは、中井先生にとって初の試みとなった。最高裁が死刑判決を支持した理由の一つに「カレーに混入された亜ヒ酸と、被告の自宅から発見された亜ヒ酸は不純物の組成から、同一の製品であると認められる」という先生の鑑定結果があった。また、小麦粉の産地判別法では100%の判別率を誇る。
もともと実験が好きで理系に進んだという中井先生。「世界初のことがたくさんあるこの世界はたまらない」と目を輝かせる。
座右の銘は「Where there’s a will,there’s a way」(意思あらば道有り)。「若い人は好奇心を持って積極的に、ポジティブにいくべきです」と話す。
最後に、「私の目標は化学で文化に貢献すること。一般の人にも分かる形で、最新の科学技術を還元できれば」と目標を語った。
先生が熱心に研究内容を語る姿に、化学の可能性を感じた。現在では闇に包まれている、いろいろなものが今後明らかになってくれればと思う。
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東京都出身。80年、筑波大学大学院化学研究科博士課程修了。同大学化学系講師等を経て東京理科大学理学部第1部応用化学科教授。同大グリーン光科学技術研究センター長兼任。専門は分析化学。
毎日新聞 2009年5月22日 東京夕刊