3月に公設第1秘書が逮捕、そして起訴された時が小沢一郎氏の代表辞任、衆院議員辞職の時だったと、私は思っていた。さすれば国民の意思は「次の衆院選は民主党」だったと思う。そして小沢氏は再度立候補し、永田町の論理で言えば「みそぎ」は済んだはずだった▼与野党、マスコミ(私も一員だが)、インターネットまでが「説明責任を果たせ」と言うが、取り調べ中の事件の説明は難しい▼私は69年に毎日新聞社に入社。同年12月、総選挙で小沢氏が初当選した。異業種交流会で新人衆院議員とは数回話し合った。当方も新人で忙しく、勉強会も縁遠くなったが、小沢氏の名は強烈に残った▼その後、田中角栄、竹下登と時代は変わり、40代で竹下派七奉行の一人に数えられた。当然、田中元首相のロッキード、金丸信元副総裁のヤミ献金などの事件はご存じだろう▼議員生活40年で、国民の思いを理解できなかったか。まして選挙担当代表代行とは。【吉野正浩】
毎日新聞 2009年5月26日 地方版