■第59条「ねじれ国会」
第59条 1 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
2 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決したときは、法律となる。
3 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。
4 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて60日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。
……………………………………………………
07年参院選後、衆院は自民、公明の与党、参院は民主などの野党が多数を握る「ねじれ国会」となり、これまでに衆参両院の議決が異なったのは17回に及ぶ。憲法59条は両院の合意を形成する手段として「両院協議会」を用意しているが、「ねじれ国会」では一回も合意に至っていない。衆院の議決が優先される予算や条約関連を除き、与党側は衆院の3分の2以上による再可決を繰り返してきた。
しかし、「3分の2」は05年衆院選(郵政選挙)の自民圧勝による異例の議席数。これがなければ与党側は野党に政策協議を働きかけるか、早期の衆院解散・総選挙に追い込まれるかの選択を迫られていたはずだ。
「3分の2」が招いた与野党対立の常態化。だが、憲法59条は両院の合意形成を求めているとも読み取れる。今国会では、民主党が両院協議会の規定を生かそうと模索する場面もあった。今年1月の08年度第2次補正予算採決のときだ。
「このままでは勝負がついてしまう。力を貸してほしい」
1月24日夜、民主党の菅直人代表代行は、参院議員の石井一副代表に電話をかけた。菅氏が狙っていたのは、2次補正を巡って開かれる両院協議会で、定額給付金部分の削除を実現することだった。
1月26日の両院協で民主党は「給付金部分を除けば2次補正に賛成する」と妥協点を示したが、支持率低迷に苦しむ麻生政権にとって給付金は景気対策の目玉。両院協は紛糾し、くじ引きで両院協の議長となった参院民主党の北沢俊美氏が一方的に散会を宣言。94年以来15年ぶりに両院協が2日以上にわたって開催されることになった。結局、与党側が削除を受け入れず、衆院の議決が優先された。
もう一つ、ねじれ国会で注目されたのが「国政調査権」だ。憲法62条は「衆参両院は国政に関する調査を行い、証人の出頭、証言、記録の提出を要求できる」と規定。参院で多数を握った野党側が政府を揺さぶる武器となるとみられた。民主党の輿石東参院議員会長は07年10月の参院本会議で「調査権を積極的に活用し、政府が隠し続けてきたさまざまな都合の悪いことを国民の前に明らかにしたい」とすごんでみせた。しかし、民主党はこれまで一度も国政調査権を発動していない。
民主党の参院幹部は「発動は全会一致が原則。多数派の議決だけで行使する前例ができれば、衆院で少数派の野党に不利な事項の調査ばかりされてしまう」と説明するが、参院の与野党逆転効果が実感できない結果につながっている。社民党の保坂展人衆院議員は03年の名古屋刑務所の受刑者不審死問題で与党と協力し政府に死亡事例記録を出させた経験から「国政調査権の威力を知る者として民主党の対応は歯がゆい」と批判する。【田中成之】
衆院憲法調査会事務局が2院制を取る25カ国を調査したところ、日本と同様に再可決に3分の2以上の多数を求める国は少なく、主要国ではロシア程度。むしろ、過半数とする国が英国、フランス、インド、スペイン、ベルギー、オーストリアなど11カ国にのぼった。
両院協議会など、両院による調整機関を設ける国もインド、オーストラリア、日本など8カ国ある。一方、両院の議決が分かれた場合の明文規定を持たない国も8カ国あり、2院制のあり方は国情によって異なる。
==============
■第9条 安全保障
第9条 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
……………………………………………………
核兵器開発、弾道ミサイル発射、工作船--。冷戦終結後の日本の安全保障政策は、北朝鮮の「瀬戸際外交」に対応する形で日米同盟を強化し、有事法制を整え、ミサイル防衛(MD)システムなどの装備を充実させてきた。
その一方で、憲法9条をめぐっては▽集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈変更▽敵基地攻撃能力の保有▽自衛隊の存在を規定する改憲--などを求める論議がくすぶり続ける。
「来るべき選挙においては集団的自衛権の行使を含めた解釈の変更も私たちのマニフェスト(政権公約)に入れて臨むべきではないか」。安倍晋三元首相は4月25日の講演で、北朝鮮が同5日に弾道ミサイルを発射したことなどを受けて訴えた。
集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更は以前からの安倍氏の持論。首相時代、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を設置して議論を進めたが、集団的自衛権の行使を認める報告書は安倍氏の退陣後に提出され、お蔵入り状態となっている。「米国に向かう北朝鮮のミサイルを集団的自衛権の行使ができないから撃ち落とさないという判断はあり得ない」というのが安倍氏の主張だが、「米国を狙う大陸間弾道ミサイル(ICBM)を迎撃する能力などない現段階で議論する意味があるのか」との冷ややかな声も聞かれる。
このほか、北朝鮮のミサイル発射を受けて浮上しているのが、弾道ミサイル発射を探知する早期警戒衛星の独自保有だ。MDシステムは米国の早期警戒衛星が探知した発射情報を受け取るのが基本。一方で、昨年の宇宙基本法成立で防衛目的の宇宙利用が可能になり、4月27日に政府の宇宙開発戦略本部がまとめた宇宙基本計画案には早期警戒衛星の開発に向けた研究着手が盛り込まれた。ただ、実際の導入には兆単位の費用と高度な技術が必要で、費用対効果を疑問視する見方は根強い。
他国の基地を攻撃する能力を保有することは、海外での武力行使を禁じた憲法との整合性が問題になる。政府は「ミサイル発射直前の基地攻撃は自衛の範囲」とする一方、それを可能とするミサイルや爆撃機などの装備がないという見解をとってきた。北朝鮮のミサイル発射後、敵基地攻撃能力の保有を求める声が与野党から出ているが、日本が武力攻撃を受けた場合の反撃を米軍が担う日米安保体制の見直しにつながりかねないため、政府はなお慎重だ。
北朝鮮と米国が交戦手前までいった94年の朝鮮半島核危機を受けて有事法制と周辺事態法の本格検討に入った日本政府。その後も98年の長距離弾道ミサイル発射がMD導入のきっかけとなり、工作船の出没が海上自衛隊と海上保安庁の装備強化につながった。
さらに、今回のミサイル発射に際しては初めてMDを実戦運用。実際の迎撃には至らなかったが、米軍との情報共有を前提とした部隊運用は自衛隊と米軍の「一体化」を改めて印象づけた。【仙石恭】
--北朝鮮がまた弾道ミサイルを発射しました。
◆北朝鮮の脅威というのは目に見える脅威であって、北朝鮮が核実験をする、ミサイルを打ち上げると、日本の備えは十分かという議論が必ず出てくる。それは決して不自然なことではない。ただ、北朝鮮のような国を相手に軍事がすべてだということではないと思うんです。北朝鮮の不合理な行動に対して必要な力はやっぱり関係国の連携から生まれてくるわけですよ。外交と安全保障は表裏一体の関係にあって常に外交によって安全保障環境を良くする努力をしなくてはいけない。
もう一つ。日本の防衛という観点からの安全保障体制と、より安全な世界であるように脅威に対抗していく国際安全保障体制がよく混同して語られている。世界で頻発するテロとか大量破壊兵器の拡散という国際安全保障に対する脅威に体制を超えて共同で行動を取ろうという動きは、冷戦が終わった後から非常に強くなってきたわけです。
--田中さんが携わった日米安保共同宣言と新ガイドライン(日米防衛指針)は、日本の防衛と国際安全保障の両方を盛り込む形で日米安保を再定義した。
◆ガイドラインまではそうだったんですけどね。日本の周辺で起こることに対して防衛力をきちんと整備しようということと同時に、地域とはかかわりなく、国際的な安全保障を生み出すために日本が取るべき役割について法体制を整備しないといけないという気持ちがあったことは事実です。だけど、それはできなかった。その後の周辺事態法は(対象を日本周辺の紛争などに限定した)完結したプロセスで、有事立法も日本の防衛態勢として議論されてきた。
--田中さんは集団的自衛権を行使できるようにすべきだと主張されています。
◆私が考える集団的自衛権の行使は、イラク戦争のような形で米国の同盟国がコアリション(有志連合)を組んで戦闘行動をすることまでも直ちに認めるべきだと言っているわけではない。そのためには憲法も日米安全保障条約も改正しなければいけない。日本の国是の問題であり、十分な議論をすべきだ。
だけど、国連や地域機関が集団的に安全保障を担保しようという概念に沿った行動を取る場合、憲法の改正は必要ないと思う。まだ地域の国際機関というのはないけど、国連安保理決議に基づくPKO(平和維持活動)、あるいはアフガニスタンのISAF(国際治安支援部隊)のような治安維持活動をする場合ですね。国連重視主義、国際の平和と安全を国連が担保する概念はもともと憲法の中に埋め込まれています。
--国連重視というと民主党の小沢一郎代表の持論ということで、与党などから冷ややかに扱われている面があります。
◆安保理決議に基づくと言った途端に、これは小沢さんの議論だと決め付けてしまうのは賢明だとは思いません。私たちが持たなければならない問題意識は、世界が変わっているということです。明らかに多極的な体制になっていて、米国も国際協調主義に軸足を移している。中国もインドも含めて、テロリストや海賊に対して共同行動を取るというときに、憲法があるからできませんという理屈がどこまで通じるか。これだけ大きな国力を持っているにもかかわらず、日本はマージナライズ(置き去りに)されていくと思うんですよね。まずは安保理決議に基づく行動とか、地域が共同で取る行動で日本が役割を果たせるようにするというのが安全保障論として正しいのではないか。政局とか党派で議論されるのは不幸だと思います。【聞き手・平田崇浩】
==============
■ことば
衆参両院の議決が異なった場合に設置される。国会法に基づき衆院側からは衆院の議決に賛成した会派の10人、参院側からは参院の議決に賛成した会派の10人が委員として選出される。成案を得るには出席委員の3分の2以上の賛成が必要。これまでに38回開かれ、1953年以前の混乱期に開かれた17回のうち14回で合意が成立した。一方、自民党が参院での単独過半数を失った89年以降に開かれた21回のうち合意できたのは、小選挙区制を導入する政治改革関連法案を扱った94年の1回だけ。大半は決裂を前提としたセレモニーとなっているのが実態だ。
自国と密接な関係にある国が武力攻撃を受けた際、自国が直接攻撃されていなくても実力で阻止する権利。国連憲章51条で「安全保障理事会が必要な措置を取るまでの間」との留保付きで加盟国に認められている。ただ、内閣法制局は「権利はあるが、憲法9条が認める必要最小限の範囲を超え、行使はできない」との立場を取っている。麻生太郎首相も昨年10月の参院本会議で「行使は憲法上許されないとの解釈を取ってきた」と踏襲する考えを示した。
==============
■人物略歴
69年外務省入省。外務審議官などを歴任。日米安保共同宣言(96年)や日朝平壌宣言(02年)などに携わった。05年から日本国際交流センターのシニア・フェロー。近著に「外交の力」「プロフェッショナルの交渉力」。62歳。
毎日新聞 2009年5月3日 東京朝刊