コラム・会見

津工業、堅守でつかんだ初の8強
<3回戦 津工業(三重)vs.那覇(沖縄)>

2008年01月03日
中田徹

予選2けた失点の津工業は、堅守のチームに生まれ変わり、初の選手権ベスト8進出を果たした

予選2けた失点の津工業は、堅守のチームに生まれ変わり、初の選手権ベスト8進出を果たした 【 たかすつとむ 】

■謎のスペイン人に遭遇


 津工業(三重)対那覇(沖縄)の前半40分間、スペイン語でずっと隣の日本人に向かって「あのヌメロ7のメディオ・カンポがどうのこうの」などとしゃべり続けている外国人がいた。ピッチの上では、津工業はチームの生命線であるドイス・ボランチが、那覇のチェックに抑えられ苦戦していた。0−0のまま、前半が終わると、その外国人は席を移ったのか、それともスタジアムを後にしたのか分からないが、ともかく消えた。

 試合は後半動いた。1−1のまま延長戦かと思われたが、77分、津工業は相手ペナルティーエリアの中で鮮やかなパスワークによって守備網を崩し、飯田裕之が決勝ゴールを挙げた。
 那覇の健闘が光ったゲームだが、後半は津工業が立ち直り、ドイス・ボランチからの配給、機を見ての攻め上がり、FW松葉司のスラロームドリブル、ストライカー・中野真人のキープ力と決定力が光った。

 これで津工業は初のベスト8進出である。県予選で11失点を喫したDF。「2けた失点で全国大会に出場するチームなんて、現在・過去・未来にない」と藤田一豊監督も苦笑いする。そんな守備に課題を抱えていたチームが、選手権2試合で失点2とまずは上々の守りを見せている。その手応えは2回戦で富山一を破ったときに、すでにつかんでいたのだろう。
「臨時コーチを招いて守備の修正を図りました。そのコーチは明日3回戦に勝ったらみなさんに紹介します」と藤田監督は報道陣に約束した。那覇戦に勝った後、その約束を守ってもらうとしたら、藤田監督は慌てた。
「今日(スタジアムに)来ていたんですけど、前半で帰ったのかな。昨日フラッと来て、今日もフラっと来て、『頑張れよ』って帰って行きましたから」
 と行方不明。藤田監督の話だけ聞いていると、まるで「流しのDFコーチ」である。

「12月23日から2泊3日で見てもらいました。私もうまく説明できなくて。プロフィールは全部学校に置いて来てしまいましたし。えーと、ヤフー! の検索で“ジョアン、サッカー、コーチ”と検索してもらえれば出てくると思います。バルセロナのU−14で監督経験があるそうです」


■偶然の出会いから、大会前に行われた守備強化


 ジョアンとは何者か? ここで頼りになるのは、津工業サッカー部のオフィシャル・ホームページである。ブログは以下のように語る。

<12月23日 強化遠征初日>
 丹波強化遠征合宿は野洲高校とのトレーニングマッチで始まりました。ゲームは2点のリードを守り切れず、2−2で引き分けました。
<12月24日 二日目>
 招へいしたスペイン人コーチのジョアン・サルバンス氏のクリニック開始です。熱いスペイン語がピッチに響きます。午前中のトレーニングマッチは膳所と9−2でした。

 津工業は27日から御殿場遠征を実施し、星稜に1−0と勝つものの「3度決定機を作られた」とブログの主は反省している。28日には岐阜工業に3−2と勝ったが、「守備の修正ポイントの確立に急きょ3時からトレーニングに日程を変更」と、24日のクリニックを皮切りに、大会前は守備の強化にいそしんだ姿が目に浮かぶ。
 何はともあれ、流しのDFコーチはジョアン・サルバンス氏。検索サイトで調べてみると、バルセロナでユース年代の監督、エスパニョルでも若手指導を務めていた大物指導者だった。写真もいくつかのサイトでアップされていたが、僕の近くに座っていた外国人と同一人物に間違いないだろう。

 津工業にとってサルバンス氏との出会いは偶然だった。藤田監督がびわこ成蹊スポーツ大学の関係者に選手権出場のあいさつをした際、「失点が多くて」と話したら、いいコーチがいると言われ、「私はそれに飛び乗っただけ」(藤田監督)。しかし2泊3日のDFクリニックは「ホント、的確でした。僕もDFについて整理ができたので、情けない話、自分は今まで何をしてきたんかなと」というほど津工業に大きな刺激を与えた。12月28日、岐阜工業との試合で津工業は2失点を喫しているが、「明らかにDFの確認をしていく途中のミスだった」ということで修正途中の出来事と受け止められた。
 津工業はサルバンス氏の指導のもと、守備のトレーニングをする一方、DFからのビルドアップにも磨きをかけなおした。というのも、サルバンス氏の診断によれば「ある程度守備はできている。しかしビルドアップの途中でボールを奪われ、それであたふたしてしまっている」。つまり点を奪われている理由には、攻めの構築も一因があったのである。

 那覇戦では前半ビルドアップがうまくいかず、津工業は苦しんだ。2回戦でセンターバックの真田修次が退場処分を受け、那覇戦には出場できなかった。真田は球出しがうまい上、大会前に行った守備の再構築の中心人物であったため、真田の不在は大きな影響をチームに与えた。だが、後半ビルドアップを修正し、津工業の戦いぶりは安定さを取り戻した(前半詰まっていたディフェンスラインとドイス・ボランチの距離を、後半はおそらく広げたはずだ)。
 こうして今大会、2回戦、3回戦共に試合後、藤田監督は守備陣について「よく理解し、やっている」と合格点を与えている。“県大会2けた失点”のチームは、名コーチのもと、堅守のチームへと変ぼうを遂げた。準々決勝の対戦相手は広島皆実(広島)。「おととしの夏、練習試合で6点入れられました」(藤田監督)という因縁の相手に、鍛えられた津工業の守備がどこまで真価を見せるか。真田の復帰とともに注目である。

<了>
 
中田徹/Toru NAKATA
1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。メキシコW杯を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。2002年、2006年ワールドカップ、ユーロ2004をはじめ、オランダリーグのコラムなどをリポートしている

出場校一覧[地域紹介 北海道・東北関東北信越東海近畿中国四国九州

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